r1. Project
雨音に泣き声が書き消されていった日。
雨の匂いに混ざった赤い金属臭。
手の中に握り締めた、まだ温もりが残っていた小さな5本の指。
時々、微かに浮かび上がる、忘れたはずの記憶。
「…しま」
「おい…」
「おい三島!」
「うん?ああ…ごめん。ぼーっとしてた」
「ったく…疲れてんのか?」
「そうかもな…ハハ」
「じゃあ俺の家こっちだから、また明日」
「ああ、バイバイ。体調悪いなら病院行っとけよ?」
「三島君、また明日ね~」
「はあ…疲れる…」
適当に相槌を打ちながら自分に損がないようには立ち回れてるつもりだけど…やっぱり他人と関わるのはストレスが溜まる。
わかりもしない他人事に共感するふりをして、他人を思うふりをしないといけない。
やっぱり、一人でいるときが一番落ち着く。
俺は、家の鍵を開け、ゆっくり中に入っていった。
日当たりのない、暗いワンルーム。
着替えるのも面倒になり、俺は制服を脱ぎもせずパソコンの前の椅子に身を委ねる。
お父さんの残した古いデスクトップに電源を入れ、慣性であるサイトにアクセスする。
「オムウィキ」
最大規模の日本語のウィキサイト。
その文字をクリックし、ぼーっとローディング画面を眺める。
分厚い本がパラパラと開かれ、一匹のオウムがその上に舞い降りる。
確か…本社がインドにあるとかだっけ。
名前の由来であるインド宗教の「オム」と「オウム」をかけたんだろう。
ローディングが終わると、検索ランキングの上位の文書をクリックし、ぼーっとスクロールを下ろす。
「…これも飽きてきたな」
ウィキの編集は…一人で楽しめるいい趣味で、最初は確かに楽しかった。
自分の書いた文章がそのままサイトに反映され、自分がネット上で何かの影響を与えられていることが実感できた。
間違っている内容を直したり、自分の知っている内容を付け足すときは知的優越感をも感じられた。
利用者同士の討論に参加し、自分が願う方向に叙述が決まったときの快感もすごかった。
でも…こんなことしてて何になる?
自分の時間を費やして文書の内容を潤しても、何かで報われる訳じゃない。
こんなの…ただの自己満足だ。
きっと皆、他人に早く新しい情報に触れてほしいという優しい気持ちで書いてる訳じゃない。
ただ、自分の知ってることを自慢したいだけだろう。
更にはウィキに書かれた内容は信憑性がないと馬鹿にされる。
もう…やっている意味がわからない。
俺ももう高校生なんだし…もっとリアルで役に立つことに時間を費やすべきなんだろうな…
俺は、マウスをいじり、脱退ボタンにカーソルを当てた。
ー本当にオムウィキから脱退されますか?(はい/いいえ)
迷う理由もなく、はいをクリックしようとした瞬間。
「管理者から一件のメッセージが届いております」
管理者からメッセージ…?何だ?
ー「デーヴァ選抜プロジェクト」のお知らせ
こんにちは、オムウィキの管理者です。おめでとうございます!あなたは私たちの開催する「デーヴァ選抜プロジェクト」の参加者に選ばれました。
「どういうことだ?運営がプロジェクトを開催?しかも参加者を選ぶって…」
プロジェクトは、ウィキで特定分野に関するより深度の深い叙述を行うために、ユーザー同士が自主的に企画し力を合わせることをいう。それを管理者たちが開催するなんて、明らかにおかしい。
ーこのプロジェクトとオムウィキは「世界」を書き換えるため、そしてそのために「デーヴァ」、つまり神を選ぶためにあります。
あなたには神となり、世界を書き換えるチャンスが与えられたのです。
「はあ…」
「エープリルフールはもう過ぎてるんだぞ?こんな幼稚な悪戯なんかして何が面白いんだ?」
ーこれはジョークや悪戯ではございません。
今、このメッセージをご覧いただいているユーザーの方々は、「オムウィキ」から脱退できなくなっているはずです。
「そんなまさか…」
ーあなたはこのサイトから脱退することができません。(OK)
「はあ?」
何度試してみても、帰ってきた答えは同じだった。
「何だ…これ…たちの悪い冗談はやめろ!」
[もちろんこれだけで信用していただくのは多少難しいと思います。ですのでこうさせていただきます。]
「一体何なんだよ…これ…」
そのメッセージはパソコンのモニターに書かれている訳じゃなかった。それは…俺の目の前の、宙に浮いていた。
俺は、急いで鏡の前に行き、自分を映してみた。
しかし、宙に浮いたホログラムのようなメッセージは鏡には映っていなかった。
「じゃあこれもしかして…俺にしか見えてないのか?」
[これでこれが冗談ではないことを十分に理解していただけたと思います。三島準様。]
「会員登録の時に本名なんか入力してないんだけど…何で知ってるんだ?」
[ユーザーの方々のお助けのお陰で、「オムウィキ」はここまで大きくなることができました。衒学者の方々の努力に誠に感謝いたします。
この度はその衒学者の方々から参加者を選出しプロジェクトを企画することになりました。
ただし、今回のプロジェクトの内容は文書の作成や編集ではございません。
プロジェクトの内容とはずばり、]
その次に来る言葉に、俺は驚かざるを得なかった。
「おい…いきなり何言ってんだよ…」
[「殺し合い」です。]
これは冗談じゃない。「管理者」は何度も証拠を見せてきた。今更言っていることが嘘とはとても思えなかった。
否定したい気持ちもあった。でも…受け入れるしかない。
[ACL check-perm: pedant
Request for entrance to the MW accepted]
***
「何だ…ここは…?」
俺は、いつの間にか自分の部屋じゃなく、知らない白い部屋の中にいた。
いや、これは部屋というよりは、無限に広がった…白い空間。
「本当…なんだよな」
今はとにかく、自分の置かれた状況を正確に理解するのが先だ。
正直、こんなの現実であり得るとは思えないが…実際目の前で起きているんだ。
俺がおかしくなったか、本当か、どっちかだろう。
「…俺はやるなんて一言も…」
[貴方に拒否権はございません]
「返事も返してくるのか…ハハ…今更驚くこともないか」
こんなことができるんだ…逆らおうとしても意味がないだろう。
落ち着け…まずは、順応してるように見せかけて、状況を把握する。
「わかった…やってやるよ。何をどうしろってんだ?」
[それでは、ルールを説明いたします]




