道種 千鶴②
千鶴視点です。
ガラガラ……。
久々に開いた職員室の扉……。
その向こうには、いつも通りにせわしない様子で与えられた仕事をこなしていた同僚達……見慣れた景色が広がっていた。
「大河!!」
その中……大河の姿をこの目で確認した瞬間、私は場をわきまえずに彼の名を叫んだ。
その瞬間……同僚達は手を止め、一斉に視線を私に向けた。
一瞬、時が止まったかのようにその場が静まり返ったけど……私は構わず、大河の元へと駆け寄った。
「千鶴……」
「一体どこに行っていたの!?
私……ラインも電話も何度もしたよね!?
どうして返事をしてくれなかったの!?」
とめどなく口から飛び出す大河への言葉……。
だけど大河は、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ……。
「場所を変えよう……」
そう言って私を職員室から連れ出し……校舎裏へと場所を移した。
私に寂しい思いをさせておいて……周囲の目の方が気になるの?
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「千鶴……俺はもう……お前と夫婦でいる自信はない」
場所を変え、改めて私へと向き直した大河の口から出てきたのは……耳を疑うような言葉だった。
「は?……なっ何を言っているの?」
「離婚したいんだ……」
大河はおじいちゃんとのことを理由に……離婚を突き付けてきた。
冗談だと思いたいけど……彼の性格を誰よりも知っている私だから……彼が冗談でこんなことを言う人じゃないと理解できてしまう。
だけど……離婚なんて到底認められる訳がない!
私とおじいちゃんは妊活していただけで……不貞関係じゃない!
オウム返しのように何度も伝えてきたその事実を……彼は理解してくれなかった。
「お前にとってはただの妊活だろうけど……俺にとっては不貞以外の何物でもないんだ」
わからない……全然わからない……。
どうしてそんな発想に至れるの?
妊活はあくまで妊活……まして、相手は身内だよ?
男女の情なんてお互いに全くないんだよ?
それなのにどうして……不貞なんて結論になるの?
大河はおじいちゃんと違って優秀な人間ではない。
でも……大河は教育者でしょ?
日本の未来にも……子供達の将来にも無関心な馬鹿共よりは、私達の思想に近い部類の人間でしょう?
なのにどうして……理解してくれないの?
「私達はただ……この日本を救いたいと願っているだけなの!
おじいちゃんから聞いたでしょう?
優秀な子供を生むことが……女である私の使命なの!
教師である大河なら……理解できるでしょう!?」
「……悪いが、全く理解できないな。
子供の将来を血統だけで決めつけるなんて……俺からすればそっちの方がおかしいよ。
優秀でも犯罪に手を染めてしまった子だっているし……才能がなくても努力して人に認めてもらえた子供だっている……。
それくらい教師のお前ならわかるだろう?」
わかる訳がない!
子供の良し悪しは血で決まる……それが現実だ。
大河が言っていることただの理想論……いや、妄想だ。
努力は優秀な人間がすることで初めて意味を成す。
無能がどれだけ努力を重ねたって無駄だし……最終的に破れかぶれで犯罪者に堕ちるだけだ。
世界中で犯罪が尽きないのは……それを理解せず、バカスカと無能な親共が子供を生んでいるからだ……。
だからこそ……道種家は優秀な子供を残そうと頑張っているんじゃない!
どうして大河はそれを理解してくれないの?
何より……。
「大河は私の事……愛していないの?」
「正直……俺にもよくわからない……。
でも……お前という存在が受け入れられない……。
今こうして向かい合うだけで……吐きそうなほど気分が悪くなる……」
相思相愛で結婚したはずの私を……どうしてそんなに否定することができるの?
お互いの意思を尊重し合い……意見が食い違えばまず話し合う……それが夫婦でしょう?
『俺が必ず千鶴を幸せにするから』
『これから何が起きたって……俺は千鶴一筋だからな!』
結婚式の時……神や親達の前で私を愛すると誓ったのに……どうして”妊活”くらいで離婚するなんて言えるの?
大河の私に対する愛は……その程度だったってこと?
それとも……あの誓いは偽りだったの?
わからないわからないわからない……。
大河が何を考えているのか……全然わからない。
「……」
何度も何度も説得したけど……結局、大河は私の気持ちを全く理解してくれなかった。
大河の心ない言葉に深く傷ついた私は糸の切れた人形のように崩れ落ち……堪えきれない涙がどんどん溢れ出た。
そんな私を哀れむこともせず、大河は私に背を向けて行ってしまった。
「ひどい……ひどいよ……。
なんで……わかってくれないの?」
私は答えが求めた……。
大河がおじいちゃんの思想を理解しない理由……愛する私の存在そのものを否定する理由……。
私にずっと愛を囁いてくれていた彼が……どうしてあんなに冷たくなってしまったのか……。
わからない……。
誰か……誰か教えてよ……。
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「そうか……そんなことがあったのか……」
答えを欲した私が足を運んだのは……理事長室だった。
顔も心もボロボロにされた私をおじいちゃんは温かく迎え入れてくれた……。
私はたまらず、大河から受けた仕打ちを全て話した。
「おじいちゃん……大河はどうしちゃったのかな?
どうして……私にあんなひどいことを……」
「そんなに気に病むな。
大河君は元々ワシ達とは住む世界が違う人間だ。
数日やそこらでワシ達のことを理解するのは厳しいだろう」
「じゃあ……どうすればいいの?」
「今の大河君にワシ達が何を言っても逆効果だ。
当分は距離を置いて頭が冷えるのを待った方が良いだろう」
「私……このまま大河と別れるなんて嫌よ?
心から愛しているんだから……」
「誤解するな。
あくまでも別居という形で冷却期間を設けるだけだ。
その間……お前はワシとの子作りに専念していれば良い。
家族が増えたらきっと……大河君も考えを改めてくれるだろう……」
「そう……かな?」
「当然だ……。
優秀な子供が生まれて……喜ばない親などおらん。
大河君もきっと……お前の元に帰ってきてくれるだろう」
「そう……だね。 そうだよね!」
そうだ……。
大河は誰よりも愛情あふれる男……。
2人目ができたらきっと……ううん、必ずわかってくれる!
私達の考えが正しいことを……家族の大切さを……。
この日本で最も優秀なおじいちゃんが言っているんだから……間違いない!
「ならしばらくはワシの元に帰って来い。
1日でも早く子が実るよう……これまで以上に種をくれてやろう」
「うん!」
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以降……私は自分に課せられた義務を果たすため……大河との関係を元に戻すため……音瑚とおじいちゃんの家にしばらく身を寄せることにした。
おじいちゃんがベビーシッターも雇ってくれたおかげで子育ての負担も軽くなったし……安心しておじいちゃんとの子作りに集中できるから、ぶっちゃけ大河と暮らしている時より充実はしている。
もちろん、大河がそばにいない寂しさはある……いつ本気で離婚に動くか気が気でない……。
明日にでも訪れるかもしれない恐怖と不安に何度も押しつぶされそうになる……。
平然をどうにか装っても……気を抜けば口から愚痴という形でおじいちゃんに話してしまう。
『千鶴……今は時を待て。
感情のまま選択を誤れば……取り返しのつかないことになる。
道種家の優秀な血が流れているお前なら……わかるな?』
『うん……』
『ほれ……足を開け。
種をやろう……』
私の心にまとわりつく嫌なものを……おじいちゃんはこの上ない快楽で何もかも塗り替えてくれた。
大河から受けた傷を塞ぐために……寂しさや悲しみから逃げ出したいがために……私はおじいちゃんから与えられる快楽に一層沈んだ。
心の平穏を維持しようと……本能的におじいちゃんを求め続けた。
『ホレ、どうだ!?
ワシのモノは最高だろう?』
『うぅん! おじいちゃんサイコー!
もう私……これなしじゃ生きていけないよぉ!!』
『そんなに良いか? 大河君とワシ……どちらが良い?』
『おじいちゃんでぇす!! 大河なんて話にならない!』
『もっとはっきり言え!』
『アレは小さいしぃ……手癖もひどいしぃ……キスすら下手過ぎて吐きそうなレベルぅ!
もう大河を男として見れなぁい!!
おじいちゃぁん! もっとめちゃくちゃにじてぇぇ!!』
『ハハハ!! いいぞ!
どんどん狂ってしまえ!』
頭が狂ってしまいそうなほどの快楽に……私の中の”女”がおじいちゃんを”雄”として求めるようになっていたことは前からわかっていた。
だけど……おじいちゃんの家に身を寄せるようになって、人の目を全く気にする必要がなくなったことでタガが外れたのか……行為中に大河をコケにする癖がついてしまっていた。
大河への罵詈雑言がお互いのスパイスへと変わり……私達の快楽にさらなる深みを含ませてくれたみたい……。
大河のことは心から愛してるのは今も変わらない事実だけど……体はおじいちゃんにしか反応しなくなっている。
だからこればかりは仕方ないの。
だいたい……大河は私を傷つけて悲しい思いをさせているんだから……これくらいしても罰は当たらないでしょう?
それに……おじいちゃんとの妊活は……巡り巡って大河のためにもなるんだ。
家族が増えたら……大河は家族への愛を思い出して戻ってきてくれる……そうでしょ?
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おじいちゃんとの妊活は……私に種だけでなく安らぎを与えてくれる。
とはいえ、おじいちゃんは私以外の女性にも種を与えないといけないし……理事長の仕事もあるから子作りの回数は限られてしまう……。
仕方ない事だけど……やっぱり1人になるとまた不安や悲しみが押し寄せて来てしまう……。
そのせいで……音瑚の世話をする気力も湧かず……最近はベビーシッターに音瑚のことを任せっきりだ。
「音瑚、最近放置気味でごめんね?」
「まー! ぶー!……うえぇぇん!!」
「……」
音瑚には申し訳ないと思う反面……何も知らずに”母”を求めてくる音瑚の能天気さにイラ立ちを覚え始めていた。
母親の”痛み”を察せず……何かあればすぐに大声で泣きわめく……。
毎日ミルクを飲んで……意味のない遊びに夢中になって……泣いて……寝る。
そんなこと繰り返すだけの音瑚が……愚かしい上に見苦しく思えた……。
音瑚はその辺の無能な子供とは違う……優秀な道種家の血を引く優秀な子供だ。
1歳とはいえ……学ぶことはできるはず!
今の時代……遊びながら学習できるおもちゃだってたくさんあるんだ……私なりに色々と勉強に繋がる物を買い与えたけど……音瑚は学ぼうとしない。
物を投げたり、口に咥えたりと……意味のない事ばかりするだけ……。
そのくせ……心に傷を負った母親に甘えたがるなんて……正直、ふざけんなと思う。
そんな暇があるなら……学びなさいよ!
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おじいちゃんの家に身を寄せてから数ヶ月後……。
「はぁ……」
気を紛らわせようと趣味の読書に耽ったりしたけど……完全に心の溝を埋めることはできなかった……。
やっぱり私の心を満たしてくれるのは、おじいちゃんとの妊活だけなのね……。
「おじいちゃん……早く帰って来ないかなぁ……」
ピコンッ!
おじいちゃんとの妊活を待ち遠しく思いながら、愛読している本を読み進めている最中……私のスマホから通知音が鳴った。
「えっ? 大河……?」
スマホを開いてみると……そこには大河から1通のラインが届いていた。
ブロックされていたはずなのに……もしかして、心を入れ替えてくれたの?
そんな淡い期待を抱きながらラインを開くと……。
『離婚について話をしたい。
明日……お義父さんの事務所に来てくれ』
「……は?」
メッセージの意味が理解できなかった……。
離婚?
えっ?……どういうこと?
一体何を言っているの?
っていうか……なんでお父さんの事務所を指定してきたの?
「なっ何なの?」
私はどういうことか大河にラインを返したけど……再度ブロックされたのか、既読はつかなかった。
電話もかけたけど……こっちも着信拒否されているまま……。
お父さんにも連絡したけど……。
『明日、事務所で話す』
と言うラインメッセージを送られてきた。
どういうことかと詳細を聞いてみたけど……なぜかそれ以降、お父さんは連絡をくれなくなった。
お母さんにも連絡したけど、こっちは無反応……。
おじいちゃんはそもそもスマホを持っていないため、理事長室の直通電話に掛けてみたけど出なかった。
かといって……友人達に”夫から離婚話を持ち掛けられた”なんてヘビーな話はできない。
こうなった以上……大人しく弁護士事務所に赴くしかない。
そこでもう1度……大河を説得しよう!
学校の時とは違って、その場にはお父さんがいるっぽいし……一緒に大河を説得してくれるはず。
お父さんはいつだって……私の味方だもの……。
そして……はっきり言おう……。
”私が愛しているのは大河だけ”……と。
きっと……私のこの想いは伝わるはず!
だって私達は……愛し合っている夫婦だもの……。
次話は大河視点です。
千鶴達のアホさ加減はもう十分書いたので……そろそろ堕とそうと思います。




