道種 千鶴①
千鶴視点です。
長引きそうなので区切りました。
私の名前は道種 千鶴。
祖父の熊次郎が理事長を務めている道種学園で教師をしている。
私には……大河という夫と音瑚という娘がいる。
大河は同じ学園に勤めている教師という縁で知り合った間柄だ。
これといって顔や容姿が良い訳でもなく……お金を持っている訳でもない。
だけど……彼には教師としての情熱と誠実な心があった。
常に生徒のことを考え……授業でも部活動でも真剣に取り組む姿勢が素敵だと思った。
教師としてそんなの当たり前だと思う人もいるだろうけど……その当たり前のことができていない教師は少なくない。
生徒の将来……親からの圧……いろんなストレスと常に隣りあわせなんだから……仕方ないことだ。
実際……私自身も教師という職業に対し、いくつかの不満はある。
勉強意欲のない生徒に……自分の無能ぶりを棚に上げて教師に八つ当たりする親共……教師も学園も最高クラスなのに……バカばかりのせいで私達教育者が苦労するばかり……。
だからこそ……そんな苦悩の渦の中、教師である姿勢を崩さずにいる大河が素敵だと思った。
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『好きです……私とお付き合いしてください』
気持ちを抑えきれなかった私は……意を決して大河に告白した。
大河はすごく戸惑っていたし……自分の誠実さに気付いてもいなかった。
だけど……そんな鈍感な所も、愛おしく見えた……。
『こんな俺でよければ……』
私の想いを伝えた結果、大河は……私の気持ちを受け入れてくれた。
それからはトントン拍子に2人の仲は急接近していき……交際から2年後、ついにはお互いに結婚を決意した。
互いの両親は私達の結婚に賛同してくれたし……同僚の教師達や生徒達も私達を祝福してくれた。
『千鶴が選んだ男なら……構わん』
特におじいちゃんの許しを得られたことが何よりも嬉しかった。
おじいちゃんは道種家の希望であり……私の尊敬すべき人。
大河にとっても、おじいちゃんは学園の理事長としてだけでなく……教育者として憧れているようで、すごく嬉しそうだった。
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こうして私達は無事に結婚し……私は後に音瑚を生んだ。
両親はもちろんのこと……親族や友人達は音瑚の誕生を祝福してくれた。
大河も父親になるんだと躍起になっていて、可愛かったなぁ。
そう……私の幸せは、最高潮にまで達していた。
この幸せが永遠に続いていくんだと……信じていた。
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「千鶴……今日も頼むぞ?」
「はい。 しっかりとお役目を果たします」
そんな幸せいっぱいな私だけど……大河に黙っていることがある。
それは……私達、道種家の”お役目”だ。
”道種家の女は道種家の男の種で身籠らなければいけない"
その仕来りに従い……私を含め、道種家の女は全員……おじいちゃんから種をもらって子供を作ることを義務付けされている。
どうしてそんなことをしているか……その理由はシンプル。
道種家の優秀な血を絶やさないためだ。
私が生まれる前から道種家のほとんどが女ばかりで……血を色濃く受け継いでいる男はおじいちゃんくらいだった。
そこでおじいちゃんは……道種の血を受け継ぐ男児を作ろうと、私達にお役目を与えたんだ。
『千鶴……お前はワシの子供を生むのだ。
お前とワシの子には……この国の未来が掛かっているのだ』
物心つく前からおじいちゃんに何度も言われ続けていた言葉だ。
おじいちゃんはただただ子供を作りたいだけの種馬じゃない。
優秀な子供をたくさん作って……この廃れた日本を救いたいんだ。
おじいちゃんの気持ちは……私にも痛いほど理解できる。
いじめ……ハラスメント……学生にも社会人にも当てはまる問題は多くある。
そのどれもこれも……常識もモラルもないクズな人間達が中心にいる。
じゃあどうして……そんな人間をどうして絶やすことができないのか?
それは……無能な親が多すぎるせいだ。
無能な親から無能な子供が生まれるせいで……どんなに完璧な授業や教育を施しても、ちょっとしたきっかけで子供達は道を踏み外す。
私達教育者がどれだけ身を削るような努力をしたところで……元がダメだからほとんど無駄に終わる。
そうでなくたって……日本は少子高齢化が問題視されているのに……誰もかれも真剣に向き合おうとしない。
おじいちゃんはそんな廃れてしまった日本の教育を……1人で立て直そうとしているんだ。
だけど今の世の中……小さなコンプライアンスに縛られ、大きな理想を非常識だと呼ぶ人がほとんどだ。
『この廃れた日本を築いた過去の愚か者達が……今の若者達にくだらん常識を植え付けてしまった。
だからワシの理想を今の若者達に伝えたところで……みな理解などしないだろう』
そう悟ったおじいちゃんは、自らの功績を誰にも言おうとせず……私やほかの女性達にも口止めを施した。
その身を削って日本に奉仕しているのに……誇ろうとしないその謙虚な姿勢に……私は胸を打たれた。
この人の孫であることを……私は強く誇りに思う。
そして……おじいちゃんの理想のために……おじいちゃんの子供を生んで育てよう……そんな決意から、私は音瑚という優秀な子供を生んだんだ。
そう……音瑚は大河との子供ではなく、おじいちゃんの優秀な血を受け継いだ子だ。
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おじいちゃんの口留めに従い、私は音瑚を大河の子供だと偽った。
心苦しいけど仕方ない。
大河も他の人達同様……くだらない常識を植え付けられた被害者だ。
本当のことを言えば、不貞だの托卵だのと誤解して離婚を言い出す可能性が高い。
それだけは絶対に嫌だ……。
好きな人と結婚する……女にとってこれ以上ない幸せを手放したくないもの。
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音瑚が生まれたのをきっかけに育児休暇を取った私は……育児に励みつつ、おじいちゃんとの新たな妊活に勤めていた。
次こそ待望の男児を身籠ろう……そんな願いと期待を胸に、私はおじいちゃんから種をもらう毎日を過ごしていた。
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「おじいちゃん……まだやるの?」
今日は音瑚が1歳になる誕生日……。
お祝いと称して、おじいちゃんが家を訪ねてきてくれた。
大河は受験シーズンが重なっていることもあり……最近の帰宅は遅い。
私は大河の帰りを待つ時間を、おじいちゃんとの妊活に当てることにした。
「これくらいで何を言っている?
まだまだワシは物足りん」
おじいちゃんは高齢にも関わらず、性に関しては並みの男よりも豪傑だった。
まあ、いろんなの子と妊活に励んでいるんだから……こういったことに強くなるのも当然か。
「この程度で限界を迎えるとは……大河君との夜は上手くいってないのか?」
「そんなことないよ。
大河との夜は最高だよ?」
この言葉に嘘偽りはない。
大河との夜はこの上ない至福の時だ……。
ただ……おじいちゃんという最高の男を知ってしまった私の身体は、大河に物足りなさを感じる。
心は満たされるが……どうしても男としての大河が劣っているように感じてしまう。
おじいちゃんとの行為はあくまで妊活であり……そこに男女の情なんてものは一切ない。
でも……身体と心が求めるものは違う。
「カカカ!! どうだ、千鶴?
この辺が良いだろう?」
「んあぁぁぁ!! いい!
おじいちゃぁん……そこそこぉ!!」
私の身体は……完全におじいちゃんの物になっていた。
もうおじいちゃんに頬をなでられただけで身体が猫のように発情してしまうくらいだ……。
だけど……これは決して不貞なんかじゃない。
おじいちゃんとの妊活に快楽を覚えてしまったことは認めるけれど……あくまでそれは日本への奉仕。
私の心には常に大河がいる……私が愛する男性は大河だけ。
それはこの先何が起きようとも……揺るがない事実だ。
※※※
「はぁ……はぁ……」
それから何度甘美な絶頂を迎えただろう……。
ベランダから見えていた夕暮れの街並みが……いつの間にか暗闇に沈んでいた。
汗と熱に包まれた体が鉛のように重い……特にガクガクと振動で疲労を訴えて来る腰が私の脳からの信号を受け付けない。
息も深く吸うことができなく……ちょっと苦しい。
だけど……この上なく心地よい。
まるで桃源郷にでも迷い込んだような気分……何度味わっても、飽きなんてチンケなものは全く湧かない。
むしろ家族の聖域である我が家での行為……それが背徳感というスパイスへと変わり、さらに深い快楽へと沈むことができたくらいだ。
義務のための妊活ではあるけれど……私の女の部分が妊活を楽しんでしまっているのね。
なんて……余韻に浸っていた時、ぼんやりとした視界の中に……見知った顔がうっすらと映りこんだ。
「はぁ……はぁ……!! 大河!?」
我に返った衝撃で……大河の顔がはっきりと見えた。
彼はおぞましい化け物でも見ているかのように……青ざめた顔でただただ私達を見ていた。
まだ帰宅する時間じゃないのに……どうして彼が?
そんな疑問が頭に浮かんだが、彼が手に持つ音瑚への誕生日ケーキが入った箱を見たら……なんとなく察することができた。
音瑚の誕生日を1秒でも早く祝おうと……急いで帰って来たんだ……。
「そんな……いつから……」
「もう結構前からいるよ……。
それより……これはどういうことなんだ?
なんで熊次郎さんとこんなことをしてるんだ?」
声音は普段と変わらなかったけど……言葉には明らかに動揺が含まれていた。
間違いなく……大河は”誤解”してしまっている。
”私とおじいちゃんが不貞行為をしている”……と。
でも……それは大きな勘違いだ。
現場を見られた以上……下手なごまかしはもはや通用しない。
立ち上がろうにも……体が思うように動かず、立つことすらできない。
だったら……。
「私はおじいちゃんから種をもらっていただけ!
子供を作ろうとしていただけで、それ以上の意味はないの!
男女の情とか……そういうのは一切ないから……」
私はおじいちゃんとの妊活について、嘘偽りなく大河に話した。
話せばきっとわかってくれる。
だって大河は私達と同じ教育者だもの……私とおじいちゃんの理想をきっとわかってくれる。
何より……大河と私は相思相愛……。
愛する妻の気持ちを……きっとくみ取ってくれる。
そう信じて……私は大河に全てを打ち明けた。
「私はあなたを愛してる!
これからの一生をあなたに捧げるつもりでいるわ!
だから誤解しないで!
これはあくまで……妊活なの!」
そう……おじいちゃんとの妊活を楽しんでいた部分はあるけど、心はあくまで大河のもの……。
おじいちゃんとの間に男女の情なんてものはない。
それじゃあただの近親相姦じゃない……気持ち悪い!
「君は……この日本という国で……どれだけの若者が犯罪に手を染めているか……考えたことがあるかね?」
おじいちゃんも教育者としての大河を信じてくれたんだろう……。
今まで身内以外に話したことがない自分の理想を語ってくれた。
私との行為はあくまで妊活であり……お互いに男女の情なんてないと……。
「千鶴……まさか……音瑚は……熊次郎さんの子供なのか?」
音瑚への疑惑を向ける大河に……私は事実を包み隠さず話した。
「うっうん……そうだよ?
大河には黙っていたけど……音瑚が生まれてすぐDNA検査したんだ……。
音瑚は……おじいちゃんの子供だった。
でも……音瑚の父親は大河だよ?」
音瑚は血縁上……私とおじいちゃんの子供だけど、あの子は私と大河の子供だ。
血が繋がってなくても……愛があれば親子は成立するんだから!
「……」
私達が事実を打ち明けていく内に……大河は口を閉じてしまった。
仕方ない……色々なことを一気に話過ぎてしまったんだから……。
「ねぇ大河。 もう気持ちを切り替えて、音瑚の誕生日会やろうよ!
せっかくケーキやプレゼントまで買ったんだから……」
茫然と立ち尽くす大河を我に返そうと、私は音瑚の誕生日会を持ちかけた。
娘の誕生日を祝えば……自然と落ち着いて、事実を理解してくれるわ。
「なあ千鶴……。
お前これからも……熊次郎さんと妊活を続けていくつもりなのか?」
「えっ?
まあ……そうだね。
優秀な子供を身籠ることが……女の役目だし……。
でも大丈夫!
大河との夜の生活は怠ったりしないし……音瑚のことも2人目の子供のことも……私がしっかりと育てるから!
おじいちゃんだってサポートしてくれるだろうしね!」
「うむ……そうだな。
せっかくこの世に生まれた優秀な人材だ……。
金銭的な援助なら喜んでやろう……」
おじいちゃんが援助までしてくれるって言うんだから……もうこれ以上ぎくしゃくする必要はないよね?
そう……思っていたのに……。
「俺は……千鶴と離婚する。
これ以上……お前らみたいな頭のおかしい奴らと関わりたくない!!」
「まっ待ってよ大河! 何を言っているの!?」
私は耳を疑った……。
今なんて言った?
離婚?……いやいや、あり得ないあり得ない。
きっと感情的になって、混乱しているだけだ……。
私は冷静にもう1度、大河と話し合おうとしたんだけど……。
「うるさいっ! 俺は……俺は……うわぁぁぁ!!」
「大河!!」
大河は私達の言葉を無視し……家を出て行ってしまった。
「大河……どうして……」
「案ずるな、千鶴。 大河君は少し混乱しているだけだ……頭を冷やせばワシ達の理想が正しいことに気付いてくれる」
「そう……かな?」
おじいちゃんはそう言っていたけど……私はようやく動き始めた体にムチ打ち、スマホで大河に連絡を入れた。
大河は誤解している……これは不貞行為じゃなく、あくまで妊活だって……。
話せばわかるわ!
だけど……何度連絡を入れても、彼が私の言葉に反応してくれることはなかった。
おじいちゃんもシャワーを浴びて、そそくさと帰って行き……1人残された私は大河の帰りを待ち続けた。
※※※
だけど……夜が明けても大河は帰ってきてくれなかった。
共通の友達にも連絡を入れたけど……誰も彼の行方を知らなかった。
私もあちこち探し回ったけど見つからず……。
3日後に同僚の教師から大河が学園に来ていると連絡を受け、私は音瑚を母に預けて学園へと赴いた。
話し合おう……とにかく話し合おう……。
大河はきっとわかってくれる……そう信じて……。
次話も千鶴視点です。
毎度のことながら、アホの視点はやっぱり疲れます。




