(八話)僕の見る夢は秘密だよ 誰にも言わない秘密だよ
ヒゲのおじさんたちに向き直ったわたしは、ゆっくり一歩足を踏み出し、優しく話しかけた。
「あら、侮辱など致しておりませんわ。こちらのお屋敷の皆様が、今日は何の日かご存知ないようでしたので、お教えしたまでです。あのような立派な飾り付けをしておられたので、まさかご存知なかったと思いも致しませんでした。ご近所がお飾りになられているのをご覧になって、我が家でもと言う事だったとは。いえ、貴族としては大事な事で御座いましょうとも。特に子爵ごときでは、王侯から知遇を得られる機会も少なく、情報を得る伝手も手段も限られておりますものね。知らない事であっても、ご近所の真似、例え実の無いカタチだけであっても。ですわね」
わたしは、そこまで一気にしゃべるとヒゲのおじさんたちに、にっこり微笑んだ。魔力を含んだ極々僅かの威圧を込めて。
「な、ななななななな、なにを……!」
ヒゲおじさんは、見えない力に押されたようによろめきながら、後ろに並んでいた兵士にぶつかった。
真っ青な顔色をした兵士だったけど、なんとか、ヒゲおじさんを支えて、崩れ落ちるのを防いだ。
「こんな門前で大声でしかも“母さまの日”に子どもを怒鳴るとか、ご近所さまから不興を買いましてよ」
さらに一歩踏み出して、両脇を兵士に抱えられているヒゲのおじさんを、下から見上げさっきより少し強めの威嚇を当てる。
ヒゲおじさんの顔色は、現れた時の赤から青、そして白から今は土気色となり、今にも気絶しそうな様子だ。
『ルーナ。あんまりいじめちゃ可哀想だよ』
『いじめてなんかいないわ。ホントのことを言っただけだもん』
『いや、内容じゃなく威圧の方ね』
『だって少しくらい威圧しないと怒ってるって分かってもらえないじゃない』
その時、わたしたちの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「なにをしている? 泣いてる子供もいるようだが、今日は“お母さまの日”子供が悲しむ様な事が有ってはならん」
振り向いたわたしの目に入ったのは、木馬に乗った少年。
「あ、馬ベチャの子!」
『しー!聞こえるよ!』
足元にいたミミがわたしのマントを引っ張った。
少年もほぼ同時にこちらに気づいたようだ。
「貴女は先ほどの」
少年は慌てて木馬を降りようとしたが、思い直して木馬に声をかけた。
「そのままでよい。動くなよ」
少年は気づかなかっただろうが、その時、木馬がの口元がニヤリとしたのを、わたしは見逃さなかった。
わたし、あの木馬とは気が合いそう。
「無事降りられて良かったみたいね」
ミミが、『その態度はマズイ』とか言ってるけど気にしないわ。一度は正式に挨拶したんだし、あんなの毎回やってられないわ。多分王族なんだと思うけど、こっちは名乗ったのに、名前も教えてもらってないし。
わたしにとっては、さっき会っただけの馬ベチャ少年ってだけよ。
「いや、お恥ずかしいところを見られていたようで……」
少年は軽く耳を染めた顔でこちらに近づいて来た。
「子どもは恥をかいて失敗して怒られながら成長して行くんだって。気にしなくてオーケーよ」
ニッコリ微笑みながら言うと、少年はさらに顔を赤くし照れくさそうに笑った。
この世界の人はすぐに顔色が変わる体質なのかしら。
少し変な空気が流れかけた二人の間を声が割って入った。
「その風態を見るに、何処かのご令嬢かとは思いますが、その言葉づかいはお改を! 到底王族に向ける言葉では御座いませんぞ!」
ヒゲのおじさんが、まだ回復しきってない青白い顔を押して、少年の前に膝を着き、わたしに言った。
「よい。この者は友人だ。それより何の騒ぎだ」
庇うようにわたしの前に立った少年は、おじさんに不快そうな顔を向けた。
やっぱり王族だったわね。それに友人って。名前も教えてもらってないのに。と思ったが、ここはおとなしく黙ってる事にした。
「いえ、それが……」
おじさんがもごもご言ってると、屋敷からやたらと着飾ったおじさんが飛び出してきた。
「殿下! このような場所で如何なさいました。本日は“母子祭”お茶の支度をしておりますので、宜しければ当家にてお寛ぎ下さいませ」
「必要はない。それより其方も“母子祭”を知っているようで何より。そんな日に門前で子供が泣いておるが、如何したか存じおるか?」
おや、ベチャ少年、イメージが違うわね。へぇ、ちゃんと王族もできるんだ。
「いえ。何事でしょうな。見れば庶民の子供の様子。おそらく菓子の取り合いでもしたのでしょう」
わぁ……、この派手に着飾ったおじさん、多分子爵家ご当主(略して、ハデ子爵って事に)、みごとに知らんふりね。わたしがヒゲさんに詰めよる前から、二階からその派手な衣裳が覗いてたのを知ってますからね。
「えー、説明しますね……」
わたしが話そうとするとハデさんが遮ってきた。
「黙れ!大人の話に子供は口出し……」
っと、そこまで言ったところで、ベチャくんを見て固まった。
よっしチャンス!
「説明します。このお屋敷では、“母さまの日”に、身分の低い子どもたちにお菓子を配らないらしいです。しかもそれを大声で子どもたちを怒鳴り散らし、泣かしておりました。はて?確か今日は全ての子どもには“自由、平等、博愛”が与えられると聞いておりましたが、この子爵家のみなさまはそれをご存知ないと。そこでわたしが親切丁寧に今日は何の日かをお教えしておりました」
ほれ、どうするのよ。ベチャ少年王子。
「まことか!」
あ、これわたしに言ったんじゃないよ。ハデさん、しっかり答えないと。
「それがまことの事であれば……」
「ほんとよ!」
ちょっとハデさんに向けちょい威圧。
「であれば、メイドが心得違いを……」
「いえ、メイドさんはお仕事で仕方なく断ってたって感じだったわ」
威圧のおかわりをちょい。
「執事かメイド頭が……」
「ここの使用人たちってどんな教育受けてたのかな? っていうかハデさん! 貴方ずーっと二階から見てましたよね!」
さらに威圧倍! ぼっしゅーとはさせないよ!
「子爵どういう事でしょう?……母さまの日は、子どもは皆平等! この屋敷の者は、母さまの教えを侮辱しているのか!」
あらぁ。ベチャ少年王子お怒りですわよ。
「申し訳ございません。以後この様な事がないよう家中の者全てに申し伝えておきます」
ハデさんは、顔を青くしながら、メイドさんに合図を送った。
数分後。戻ってきたメイドさんの手には――宝石みたいにキラキラしたチョコレートの詰め合わせ!
「ど、どうぞ……」
「みんなおかしだよ! もらいにおいで」
わたしは子どもたちに向かって笑顔で声をかけた。
最初は恐る恐る近づいてきた一人の子供が、お菓子を見て歓声をあげた。
「わぁっ!ありがとう!」
それを見て続いてきた子どもたちも 歓声を上げる。
小さい子なんて、手のひらでチョコを見つめて泣きそうになってた。
……うん、やっぱり、来てよかったわね。
子どもたちが、お菓子をもらい終えたのを見て、わたしは、ベチャ王子に向かって、深々とお辞儀をした。
「王子さま、ありがとうございました。これで、母さまの教えは守られましたわ」
「う、うん……。貴女も……その、ありがとう。平民の子どもたちが、“母さまの日”には気軽にお菓子をもらいに来れるようにすると誓おう」
王子さまは、また少し顔が赤くなっていたけど、その顔は少し誇らしそうだった。
「では、わたしはこれで失礼いたします。母さまに感謝を」
わたしは、そう言い残し、ミミを抱きかかえ、子どもたちを引き連れて、その場を離れた。
「あ、ベチャ王子の名前聞いてないわ」
すみません。
短編一本挟んだせいで、少し投稿遅くなりました。
このお話もハロウィンまでには一区切りつきそうです。
ふぅ……。