(11話)十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない──アーサー・C・クラーク
「え!?」『え!?』
「『えーーーー!』」
わたしの声にミミの念話が重なった。
「わ、わたしはルーナ。五歳。えっと、今ちょっと迷子でして!」
慌ててなにを言ってるのかよくわからない返事になったけど、気にする事なく巫女さまはにこっと微笑まれた。
「存じていますよ。迷子……この世界でも稀ではありますが次元の迷子は起こります。空間がねじれて、道が狂うのです」
「え、それって……“次元の穴”のこと!?」
わたしが思わず身を乗り出すと、彼女の瞳が光った。
「ええ。この世界は今、魔素の流れが歪んでいます。原因は――“向こう側の世界”」
ミミと目を見合わせる。これってお父様たちが忙しい原因、漏穴と同じだ。“向こう側の世界”ってわたしたちの世界のことかしら。
「あの、向こう側の世界ってどんなところなんですか?」
わたしは恐る恐る聞いてみた。
「わかりません。こちらの世界から魔素が流れ出していく事はわかっています。それも随時マスターが対処しているので、今のところ大きな問題にはなっていません。貴女がたがこちらに現れたのは想定外のことで、マスターも驚いたようです」
「マスター?」
「“母さま”の事です。私達はそう呼んでいます」
「えっと、じゃあマスターはここにいますか?」
「“お母さま”でいいですよ。皆さまそうお呼びですので。マスターは今はここにおられません。ちょっと手が離せない用事で、他国の教会にいらっしゃいます。」
そっか“お母さま”はいないのか。
『ミミ、どうしよう?』
『とりあえず、本を見せてもらおう。きっと役立つ情報があると思うから』
ミミとも相談し、魔力譲渡方法が載っている魔法書か、魔力を一時的にでも増やす方法がわかればいいかなって。
どうせ別の世界から来ちゃってることは知られてるんだし、もういろいろぶっちゃけちゃへってことに。
「元の世界に帰る方法を探してます。次元門を開けるのは、この猫 ーーミミって言うんですけどーー しか出来なくて、でも魔素が少なくて、魔法が使えないんです」
「……なるほど……マスターにも便宜を図るよう仰せつかっておりますので」
巫女さまは少し考えて、奥の扉を開いた。
「こちらへ。この世界にまだ広めていない知識が眠る書庫です」
出てきたのは、魔法の光で満たされた書庫。
本棚が壁いっぱい、そして空中に浮いてる巻物まで!
テンション爆上がり。
「うっわ! すごい!」
たくさんありすぎて、どこを探したらいいのか検討がつかない。全く読めない文字の本がいっぱいだし。
「こちらへどうぞ。ミミさんもご一緒に」
巫女さまは、部屋の中央にある円筒形のテーブルの前でわたし達を呼んだ。
そのテーブルの中央には円形の切れ込みがあり、巫女さまが手をかざすと、その部分が裏返り、半円球の透明な石が現れた。
「どうぞこのスフィアに触れてください。ミミさんも」
「これは?」
「知識のインデックスです。書籍の目録と閲覧方法がわかるようになっています」
わたしはミミを抱き上げ、テーブルに近づいた。そのスフィアと呼ばれる半円球の上半分が透明で、テーブルの中に埋め込まれているように見える部分を覗き込むと、そこには、星空があった。
『ボクが触れるから、ルーナは少し待ってて』
ミミはそう言うとわたしの腕から抜け出し、テーブル載ってる上に飛び乗った。
前足がスフィアにかかると、白乳色の渦が透明部分を包んだ。
「ミミ大丈夫?」
『大丈夫。特に問題は無さそうだけど、ボクだけだと本の扱いは難しそうだ。あと念話……まぁもういいか』
「じゃわたしも」
手を伸ばして、スフィアに触れると頭の中に、ここにある全ての本の種類と、しまってある場所がわかった。
読めないと思っていた文字も、問題なく、スラスラ読める。読めるというより、その本に意識を向けるだけで、内容がわかる。
でも、魔力譲渡や、次元門の魔法が書かれた本はなかった。
「ないねー。面白そうなお話の本はいっぱいあるけど。この魔法使いの少年が学校へ行く話とか、スライムに生まれ変わったおじさんの話とか……あれ……(このお話知ってる気がする……)」
魔力譲渡、自分でなんとかするしかないのかなぁ。
んーと、ミミが使えない理由。この世界の魔素が少ない。世界の魔素を増やす。無理ダメ。
わたしが魔力をぶわぁーってミミの周りに出す。ミミがその魔力を使う……ことは……
『出来ないね。魔素がルーナの魔力になっちゃってるからボクには使えない。直接魔力としてボクにわたしてくれるか、ボクが編んだ魔法をルーナが使うかじゃないと難しいね』
無理かぁ。なにか役立つ本はないかなぁ……。
──ん?
──これ……使えるかも。
“エネルギー転送”、“生体同調”、“共鳴回路”
えーっと……科学?
知ってる気もするけど、知らない。なんだかモヤモヤする。
でも、使えそうな気が……。
その本に意識を向ける。
──知識が流れ込む。知らない魔法の使い方。でも……きっといける。
“エネルギー転送”──これで魔力を送れる。
“生体同調”──念話とほとんど同じ。大丈夫。
“共鳴回路”──んー。
多分わたしとミミの魔力を、同じにするってことなんだろうけど……。
酸っぱくて苦手なレモン水にハチミツを混ぜたら、わたしでも飲めるようになるみたいな?
たとえば、わたしの魔力がハチミツで、そこにレモン水を混ぜようとしても、そんなすっぱいものわたしに入れないで。ってなっちゃうものね。
──うー。
わたしがうなっていると、巫女さまが心配そうに近づいてきた。
「何かお困りですか? わからない事があれば遠慮なく聞いてくださいね」
「共鳴回路っていうのがわからないの。魔力を直接渡す方法はわかったんだけど、そのまま渡しちゃダメって事でしょ」
「そうですね。渡されても使えないですし、相性が悪ければ……。それはやめておいた方が無難だと思います」
こっわ! すっごい怖いことを聞かされそうになった気がする。
「それを防ぐのが共鳴回路です。ミミさんのお付けになっている、その布にも共鳴回路が織り込まれていますね」
「じゃ、魔力を渡す事ができるってこと?」
解決した! これでいつでも帰れる。
「その答えに関しましては、不明です。その布の回路を見てみないとわかりませんが、あまり大量の魔力共鳴は出来ないと思います。次元門を開く火力量も分かりかねますので」
わからないことは、試してみましょう。
わたしは目を閉じて、指先に意識を集中。
――ビリッ。空気が震える。
白い光がじんわり滲み出して、ミミの首輪――あの“母さまのハギレ”が輝いた。
『魔力、最初に巻いた時より多く流れ込んでくる。それにあの時はちょっと異質な魔力だったけど、今はよく知ってる魔力。これなら次元門を開けられるかも』
わたしはミミを抱き上げた。
「帰ろう。もらったおかしをテーブルに積み上げて、それを眺めながらゴロゴロしよう!」
『もちろん。サンマの約束も忘れてないでよ』
食べることは忘れないわねぇ……やれやれ。
「じゃミミ。出てきた廃墟に戻りましょ」
『帰りはここからでも大丈夫。元の穴に繋げるだけだから、どこからだって問題なしさ』
“母さま”に会えなかったのは残念だったけど、また来ればいいよね。
おともだちもいっぱい出来たし。あの、おじいさんともね。
「巫女さま、ありがとうございました。無事帰れることができます。“お母さま”にもよろしくです」
「お気をつけて。“母さま”に感謝を」
「もちろん! じゃミミ、お願い」
ミミが魔法を使うと床が白光で満たされたあと、そこに紅と黒の光が絡みあって、床の魔法陣が浮かび上がる。
でも――
「あ! いけません!」巫女さまが叫んだ。」
「えっ!」




