大人のお茶会
新聞に載った後、マルグリットはどうなったでしょうか。
最終回で初登場のマルグリット。
とある伯爵夫人のお茶会に、マルグリットは招待されて堂々とやって来た。
学生同士のおままごとではなく、ご夫人方の大人のお茶会だ。
「新聞で私の存在を知ったのね」と、会ったことがない人からの招待を不思議に思わなかった。
年上のご夫人たちに舐められないよう、胸元の開いた大人っぽい服を選んだ。
招待状の時間どおりに、豪華なサロンへ通された。
学園に入学する前なら怖じ気づいたかもしれないが、今は侯爵家にお邪魔した経験も手伝って余裕があるわ。
「お招きありがとうございます。マルグリット・シャンブルです」
ちゃんと挨拶できたわ。カーテシーって片足を後ろに引けばいいんでしょう。楽勝よ。
私以外の人間が、もう飲み物に口をつけている。
時間どおりなのに私を待たないなんて、あんまりマナーがなっていない人たちなのかしら。
私は心が広いから、騒ぎ立てないであげるけど。
「あらぁ、そこにお座りになるの」
参加者のひとりが、聞こえるように独り言を言った。
案内されたから座っただけなのに、なんなの?
扇の陰で、「爵位順に考えたら、遠慮すべき席に座ったわよ」「さすが、第五王子に馴れ馴れしい口をきく方は違いますわね」という会話が交わされていることに気付くはずもない。
大皿の中央には小さなタルトレットが数種類、周囲にマカロンやフィナンシェ、マドレーヌが乗っていた。
紅茶を注がれたので、遠慮なくいただく。
まずは、フルーツタルトとチョコタルトよね。
「ずいぶんと、艶めかしいドレスですわね」
半眼の女性から声をかけられた。
「年上の方とのお茶会ですので、それらしく装いました」
可愛いとよく言われる、元気で感じよい口調で応じてあげるわ。
ちゃんと受け答えしたのに、こめかみに青筋が立っている。どうしたのかしら。
「どんな年齢であろうと、淑女がそこまで胸の谷間を見せることはありま…」
その隣の人が咳払いをしたら、気まずそうな顔をして口を閉じた。
言いかけてやめるなんて、感じ悪いわね。
フィナンシェを手に取り、パクリと一口。バターの香りが鼻に抜け、幸せな気分になる。
「シャンブル嬢は、殿方のご友人が多いそうですね」
「ええ、皆さん親切にしてくださって」
「特に仲良くされているのは、どなた?」
「えっと、第五王子のルイくんと、将軍の四男テオフィル、侯爵家次男セザール、伯爵家三男アルマン……男爵のオスカーかな」
おばさま方があっけにとられている。
私がモテモテでビックリしたのかしら。
黄緑とピンクのマカロンを取る。
「……皆さんに婚約者がいたことはご存じ?」
「知っています。でも、過去形ですよね。あ、ルイくんは『婚約の打診』だから、いませんでしたよ」
ちゃんと教えてあげないと。
マドレーヌをぱくり。
マドレーヌとフィナンシェって、形が違うだけ? 若干、マドレーヌがしっとりで、フィナンシェは少しカリッとしているかな。
私って、違いがわかる女ね、ふふ。
「あなたが原因だとわかっていらっしゃる?」
「原因なんてことはないですよ。
まあ、浮気だって元婚約者たちは騒いでいましたけど。
浮気がダメなら、婚約者がいなければいいんですよね? みんなスッキリしたみたいです」
ナッツがのったタルトを取る。下はアーモンドクリームかな? 楽しみ。
「そのうちの誰かに嫁ぐおつもり?」
吊り目のおばさんが、責めるように訊いてくる。ええ~、関係ないじゃん。
「私が、誰かひとりのものになったら、悲しむと思いませんか?」
心の中で「あなたたちと違って」と付け加える。
「ルイくんは気位の高い侯爵令嬢と会うのは気が重いって言ってたんです。
テオフィルは、婚約者が自分のことをバカだと思っているって悩んでいたし。
セザールの婚約者はダサ眼鏡ですよ。一緒に歩くの恥ずかしいでしょ。
アルマンの婚約者は体型を気にして、趣味で作ったお料理やお菓子を食べてくれないんですって。人の好意がわからない、残念な女の子ですよね。
オスカーの婚約者は鈍くさいし、あんまりしゃべらないんです。裁判官なんて頭がいいお家の人が、頭が悪い農家の娘を相手にするのも気の毒じゃないですか」。
どうせ、聞きたかったのは、こういうことでしょ?
わかりやすく教えてあげたわ。
質問がやんだので、ゆっくり紅茶を飲んだ。
次は、フィナンシェとマドレーヌの食べ比べをしようかな。
笑顔で「うふ、美味しい」とつぶやくのも忘れない。
こうしておけば、また、誘ってくれるでしょう? 食べさせ甲斐があるでしょう?
私の母は男爵の愛人をしていた。
子どもの頃、三ヶ月くらい援助が途絶えたことがある。
あのときの恐怖は、忘れられない。
その後、正式に男爵の子どもになれたけれど、私は学んだ。
もらえるうちに、根こそぎもらっておかなければ。
フルーツタルトが美味しかったから、もう一ついただく。
それに、男性は「あげたい」「喜ばせたい」と思っているのよ。
もらってあげて「嬉しいわ」と言えば、両方が幸せになれる。
「役に立ちたい」と言うなら、やらせてあげる。遠慮する女なんか、可愛くないでしょう。
ああ、私って、男心がわかるいい女。
「まるで娼婦が客に貢がせるかのよう。学生なのにこんなことを言うとは……末恐ろしいわ」
「頭が悪くて自分を脅かさない、あざとい仕草で優越感を満たす、貞操観念のない若い女……危険だわ。娼婦が娼館を出て、無料で営業するようなものよ」
――楽しくてたまらないという演技を交えながら、ぱくぱくと食べ続ける少女。
彼女には、夫人たちの危機感と悪意が届かない。
届いたとしても「モテない女は大変ね」と聞き流したかもしれないが――。
「……フルーツタルト、食べたかったわ」
気が弱そうな女がつぶやいた。
もう、とろくさい。囓っちゃったわよ。まあ、囓ってなくても、あげる気はないけど。
「早い者勝ちが世の常、欲しいのであればご自分で取り分けておけばよろしかったのに」と教えてあげる。
「まあ!」
「なんてことを?」
「ひとりに一つだと、見ればわかるでしょう?!」
おばさんたちが喚きだした。
奪われる方が間抜けなんじゃないの? 油断大敵よ。
「……そんなことで目くじらを立てるなんて。
ケチケチしている方がむしろ無粋ではないですか? 分け合うのが当然でしょうに。
あら、違います?」
刺々しい視線が飛んでくる。けれど私は胸を張る。
大勢でひとりを責めるなんて、みっともないわ。
「食べるのが好きで、遠慮しない私が悪いとでも?
欲しいのなら、欲しいと仰ればよろしいではありませんか」
手遅れになってから言うのも、おかしな話よね」
可愛くコケティッシュに見えるように、首をかしげて上目遣いで見てあげる。
「食事ごときでいちいち騒ぐなんて、はしたないと思います。私のように、心のままに楽しめばいいのに」
残り一片のタルトを口に運び、陶然と目を閉じる。これは勝利の一口だわ。
「ちゃんと、お客さんが満足できる量を用意するのも、ホストとして大事じゃないですか?」
私のせいじゃないと、ちゃんと理解してね。
ミシリ、ベキっと扇を壊した人がいる。わ~ん、野蛮だわ~。
私がお腹いっぱいになったころ、小さなシュークリームを積み上げたクロカンブッシュが出てきた。
扇で隠しても、ニヤニヤしているのがわかる。なんて意地悪なの?
とても悔しい。こんなところで負けるわけにいかない。
よろけるフリしてシュークリームのタワーをダメにした。
息をのむ人も小さく悲鳴を上げる人もいる。
「あら、ごめんあそばせ」
意地悪する方が悪いのよ。
その様子は、しっかりとカメラに納められていた。
お茶会での会話も、悪意に満ちた湾曲した書き方で新聞に載ってしまう。
しかも私がすごく変な顔の瞬間……これじゃ、ブスだと誤解されるじゃない。
お父様にはすごく怒られた。家の恥だ、出て行けって。
お母様と同じことをしているのに……そうやって「接待」されて喜んでいたのはお父様でしょう?
お母様は「言っていいことと悪いこと、しゃべっていい相手かどうか、ちゃんと考えないと駄目よ」って。かばってくれないし。
あんたたちが不倫したせいで、私は生まれたときから「恥ずかしい存在」って、洗礼も受けられなかったんですけど?
私のせい? 違くない?
私になんの罪があるっていうの?
最初から皆が持っている者を持っていないんだから、一つでも多く、確保しないと。欠けている部分が埋まらない気がする。
仲良くしてくれたお友達たちも、「なんてことをしてくれたんだ」って責めるのよ。なんで?
正直なことろが素敵だって、褒めてくれたじゃない。
僕たちの将来を潰して……って、しらないわ。役立たず。
伯爵家にどういうことか訊きに行ったのに、門前払い。ひどいわ。
招待客にこんな無礼なことをするなんて、淑女の風上にも置けない。卑劣、陰険。
こんなことをしたら困る人がいるって、わからないのかしら。
そんなふうに騒ぐ私を見下ろす人影になど、気付きようもないじゃない。
「我が家のお茶会の写真を、どこに提供しようがわたくしの自由よね。
……これで、あなたをほしいと思う殿方はいなくなったんじゃないかしら。
『この世の全ては私のもの、食い尽くし令嬢』さん」
これ、ざまぁになってますかね。
なんか後味悪いかも……??
「違くない?」は、文法的には「違わない?」ですが、敢えてこの表現にしています。