身勝手な元婚約者
SNSで「食べ尽くし」の話題を見かけまして、思いつきました。
私に婚約破棄を突きつけた令息が、女子学生寮にやって来た。
面会依頼を何度も断っていたら、約束もないのに突撃してきたのだ。
仕方なく、友人に声をかけてから、寮の玄関に出る。
今までは面会室に案内して、冷たいジュースを出していたけれど、もうそんなサービスはいたしません。
腕を組んで、まるで「遅い!」と言いたげな目つき。
相変わらずの居丈高な態度に、うんざりする。
「冷えたジュースでも持ってくれば、気が利くいい奥さんになれるのにね」
はあ?!
歓迎されていないことに気付かない男性は、いい夫になれるのでしょうか~?
仮にも、裁判官の息子がそんな要求したら、いけないんじゃないんですかぁ?
そう言えたら、どんなにすっきりするだろう。
実家では、母と姉と妹がすごくおしゃべりで、私はずっと聞き役だった。
そのせいで、しゃべるタイミングがどうにも掴めない。
「……何のご用でしょうか?」
「あれを知っていたのか?」
「あれ、とは?」
むむぅ……なんでしょうか、この不毛な会話。
「彼女が、銀盤に乗せたお菓子を食べ尽くすんだ」
「……そうですか」
「同じ男爵令嬢同士、教えてやってもいいのではないかな?」
元婚約者に、婚約破棄の原因である浮気相手の教育をせよと?
い・や・で・すぅ~! 自分で言えばいいでしょ!
と心の中で、舌を出す。
そんな「食べ尽くし」、どうにもできません。
小さな男爵領では、果樹の受粉や収穫の時期に、人手が足りなくて領民と一緒に働いている。
休憩の時間に菓子を振る舞えば、平民だってそっと数を確認して平等に取っていくものだ。
たまに独り占めしようとする子どもがいても、大人たちが躾けるから繰り返すことはない。
そういう基本的な社会性が育まれていない人間に、何を言っても無駄だと思いますぅ。
しかも、彼女は私を「捨てられた女」と見下しているから、耳を傾けることはないでしょう。
無駄、ムダ、無駄、むだぁ!!
頭の中で、三頭身の私が雄叫びをあげながら駆け回る。
婚約していた頃、彼女のマナーに問題があると私たちが指摘しても聞き流していたくせに。
嫉妬は見苦しいとか言って……マナーがなっていないことこそ「見苦しい」ですわよ?
今更、責任転嫁されても困りますわ~、おほほほほ。
――と脳内で高笑いをするけれど、口には出せない私。小心者め。
「お断りいたします」
「……そんな冷たいことを、言わなくてもいいんじゃないかな」
首をかしげて、「君のためにもなると思う」と言いだしかねない、押しつけがましさを醸し出す。
ちらりと背後に視線をやると、お友達が録音機を持って立ち、再生ボタンを押してくれた。
『金輪際、彼女に近づかないでくれるかな。底意地の悪さが移ったら困るからね』
あら? ピンと来ていないご様子。録音された声って、自分の声とちょっと違って聞こえますものね。
「これは、あなたの声ですよ」
「……こんなことを僕が? いつ? いや、なんで録音機なんか……」
んふふふ。録音機はとても高価で、男爵では買えない代物ですもんね。
婚約破棄され仲間の、新聞王のご令嬢が貸してくださったのですわ。
記者さんに貸し出す録音機で、古くて少し音が途切れることがあるもの。
食べ尽くし令嬢の被害者の会、と言ってもいいかもしれません。
さあさあ、自分の発言に、責任を持ってくださいね。
「ですから、できません」
にっこり、笑ってあげる。
仰せのとおり、金輪際、彼女には近づきませんことよ、ほほほほほ。
――簡単に前言撤回など、なさらないでくださいましね。
そんな発言をしたら、今すでに底辺の「信用」が一気に無くなりますわよ。
たとえば、契約してもいつひっくり返されるかわからない……となれば誰にも相手にされなくなるでしょう。
お父様の後を追って裁判官を目指すなら、信用できないという評判は致命的ね――
と、頭の中で理論武装して待ち構える……おや、前言撤回は、しないのかしら。
「……!」
あらあら、びっくり眼で。絶句して、何も言えないようね。
だったら、もう、早く帰ってくださいな。
調子いい人間が反省しない様って、腹立ちますよね~。
(私もそう思われてたりして……にゃはは、人間だもの)