其れはとてもよく晴れた日の事で
雲一つ無い、一面真っ青な空模様の下。
麗らかな陽射しが照らすのは、人々の笑顔でも無ければ、懸命に咲き誇る路傍の花々でも無かった。
「王のお言葉である!静粛にせよ」
磔にされた犯罪者を目にして響めく民衆に向けて、一人の兵士が高らかに叫んだ。
その声は遥か先まで伸びた人の群れの先までしっかり届き、ぴたりととまでは言わぬがそれでも早々に場は静まり返った。
その中、杖先で床を小突く音を高らかに響かせながら前に出て来たのはこの国の王その人。
王は言った。
是なる者は、平穏を掻き回しこの国を打ち壊さんと目論んだ勢力の一人と繋がりし罪人であると。
是なる者がその一人と繋がった事が、王弟の死を招いたのであると。
「本来であれば、国家反逆罪は一族郎党全てを罰するべき罪であるが──」
何故この場に居るのが少女一人なのか、王は語った。
少女は令嬢でこそあれど、属せし男爵家とは血縁の無い養子であると。
王命による調査の結果、男爵家は此度の陰謀と無縁であったと。
予てよりこの国を破壊せんと動いていた訳ではなく、孤児院から男爵家へ引き取られたのは貴族社会に潜り込む為では無かったと。
その男爵家も教育を施さず野放図にしていた訳ではなく、学ばせた内容も令嬢教育として至極真っ当なものであったと。
それに何より、当の本人が「家族や孤児院の人達は何も知らない。悪くない。どれ程残虐な刑罰も受けるから彼らを罰さないでくれ」と懇願した。
であれば、責任を負うべきは親の教えを守らず放蕩に明け暮れた本人のみであると。
「他の罪人とは異なる刑を処す故、今日の処刑はこの娘一人のみ。そして、明日以降の者には石打ちが含まれぬ。こやつには首を落とすまでは死なぬ様に呪いを施してある。怒りをぶつけたい者は存分にやっておくが良い」
話を終えた王が処刑台を降りた。
いよいよ始まる、という事だ。
「売国奴め!」
「よくもあのお方を!」
人望厚き王弟を殺された怒りに狂う群衆が叫ぶ。
作物のちょっとした変化から悪天候や不作を推測し、国中の者を飢餓の恐れから守った偉大なる人。
真より金を追い求め不正を働かんとした者共を締め上げた清廉なる人。
貧民を救うべく動き回り、才ある民草が学ぶ機会、才を活かす場を与えるべく働いた彼の功績は、この国の多くに尊敬されていた。
そんな仁徳の人が悪辣の者に殺されたのだから、憤るのも無理は無い。
刑の為に荷車へ山積み用意された石を次々手に取り、言葉と共に少女へぶつける彼ら。
磔にされた少女が泣き叫ぼうとも、その勢いは収まらない。
寧ろ、王弟の苦しみは更なる物だと怒りが増幅されるくらいであった。
──彼らは知らない。
少女に弁明の機会など無く、他者を守ろうとする殊勝さなぞ見せていなかったなんて。
彼女は悪意持つ転生者、いわゆる”転生の悪魔“。
調査によりそう知った王は、この世の者が教育すれば防げた事案では無いとして罪状を練り直した。
かの者が背負うは、色に狂って余りにも多くの者を不幸に陥れた罪。
王政を害そうと企てた者達と同じ罰、王弟が飲まされたと同じ毒を血に混ぜられる事で雪がれるべきではない。
だが、それを理由に周囲への断罪を止める事は、怒りに燃える者達への宥めになんてなりやしない。
本当に教育で防げないのか、何故王家は罪人の関係者を庇い立てするのか、と王家へ不信感を抱く恐れさえある。
転生者が必ずしも悪意ある者とは限らぬと、この世には少なからず広まっているからだ。
そうした考えから”彼女“に関する真相は伏せる事となり、民衆の納得がいく理由を発表した。
心清らかな者が聞けば、汚い大人の嘘だと感じよう。
だが、王は清らかな世界のみで生きられぬ。
正しさだけを貫こうとすれば必ず何処かに皺寄せが訪れると、そう教えられ、目の当たりにしてきた。
だからせめて。
誰からも恨まれる少女の安らかな眠りをただ一人、王はその心中にて祈った。
◆
首に走った鋭い激痛と共に、夜に停電した時みたいにプツンと真っ暗になった世界。
でも目の前に広がってる闇は黒一色じゃなくて、赤とか紫とか、いろんな色がぐちゃぐちゃにぶち撒けられた感じがする変な感じ。
それを掻き混ぜて真っ黒にするみたいに、視界がグルグルグルグル、右も左も上も下も無く滅茶苦茶に回る回る回る。
たくさんの手に掴まれて肉をグニュグニュ捏ねられる感覚が全身を襲う。
その手は頭の中にまで入ってきて、脳みそをぐねぐねぐちゃぐちゃに掻き混ぜる様な気持ち悪さまでもが込み上げてきた。
あ、あ、あ……知ってる。
アタシ…これ…知ってる……。
やだやだやだ……何で思い出しちゃったのよ……。
階段から落ちた時と同じじゃん……。
少しずつ強くなっていく、何かを無理矢理剥がすのに似た激痛で思い出した。
これ、転生前に神様に教えて貰った奴だ。
身体から魂が離れてく時の感覚だ。
いや…やだ…やだよぉ……気持ち悪い……。
マジ…最悪……。