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九話:勇者の火織1

 シオンとメイは町から逃げだした。

 ホオリの手を借り、町を出た時点で大方は撒いている。

 気づいて追ってきた者たちも、雑木林の中足を止めさせた。


 その後道を外れて移動した結果、シオンたちは捜索の目をかいくぐって茶屋で休憩を取るに至る。


「…………美味い」


 シオンは香ばしくとろりとした、茶色の蜜が垂れる団子串を手に呟いた。


「あ、シオンみたらし好き? 甘じょっぱくて美味しいよね」

「みたらし? この、米の味のする、なんだろう?」


 同じみたらし団子を手にしたメイの説明にも、シオンは戸惑った。


「そっちは団子。米を突いて…………って、本当に記憶がないんだなぁ」


 ホオリは団子さえわからないシオンに改めて驚く。

 シオンも頭に手を添えて、初めて見る茶屋の様子に目を向けた。


「それが、自分については全く。その他は穴が開いたように、わかることもあるんだが」

「へぇ、例えば?」


 シオンは腰の太刀に手を置いた。

 それだけでホオリは何を覚えているのかを察する。


「もしかしたら、頭で考える記憶がないのかもな。その分体が覚えてる記憶ならある」

「あ、そうかも。お団子知らないのにお米ってわかるし。着物だって脱ぎ方はわかってたし」


 メイはみたらし団子を頬張り頷く。

 ホオリも初めての団子をシオンが食べ終えるのを待って言った。


「それじゃ、先を行こうか」


 声をかけられたシオンとメイは、揃ってついていく。

 その上で、人がいなくなってから行く先を聞いた。


「何処へ行くの?」

「宛とかあるの?」

「二人は身一つだから、さすがに放り出すわけにはいかないと思ってるさ」


 カガヤに追われているため、ホオリも町から逃がして終わりだとは思っていない。


「メイは聞いたことないか? 都の西に拠点を構えて、魔王を睨む勇者の話」

「あ、知ってる。有名な勇者二人の内の一人」

「それがホオリ?」


 シオンが聞けばホオリは手を横に振る。


「いやいや、あの大将と違って、俺はうろうろ見て回ってるだけの無名だ」

「それは、ホオリは勇者で、魔王を倒すことが目的だけど、してないってこと?」


 シオンはそもそも魔王が何かもわかっていない。

 嫌われて、憎まれて、他の国から刺客を向けられる王。

 その刺客である者は勇者と呼ばれているという認識だ。


(言葉の響きから、善悪にわけられるようだが)


 前提条件のないシオンからすれば、王という統治者を襲うのは賊の所業。

 悪法であっても、王が治める土地の決まりであれば、暴力で覆すのは悪だ。

 国が派遣するのなら、その非道を正面から糾弾して互いに軍を立てて堂々戦うべきもの。


(この常識も、何かおかしいのかもしれない)


 シオンは常識がわからない。

 だからこそ、すべきだと思うことも、思った後には疑いが湧いて覆い隠す。


「シオン、悩んでる?」

「うん、わからないことがわからないみたいな」

「なんか大変そうだな」

「それでも私を助けてくれてくれるし、他にも困ってる人のところに駆けつけるんだよ」


 メイからシオンの行動を聞いたホオリは、カガヤに目をつけられた経緯も聞くことになった。


「それで魔王軍に目をつけられたのか。一応、拠点持ってる勇者の所に行けば、人が多い分紛れられるし、潜伏場所の斡旋もしてくれるぞ」


 ホオリが頼る先として挙げる勇者の拠点に、シオンはそもそもの疑問を投げかけた。


「勇者とは何? 魔王を倒す必要性はあるの?」

「魔王軍相手にしてそこからか?」

「今回のやり方には確かに納得がいかない。ただ、軍を指揮する者として、その兵が害されて放っておかないのは指揮官として当たり前の判断だ」

「なるほど、シオンはずいぶんと公平なんだな」


 襲われたことに対しての怒りも怯えもない様子に、ホオリは苦笑いを浮かべた。

 メイも客観的過ぎるシオンの意見に眉を寄せる。


「さすがに、カガヤのあれを肯定するのは、私もできないなぁ」

「それに、勇者は別の国から来たと聞いた。何故そんなことを? 勇者とは何をするの?」

「ははは、勇者は魔王を倒す。当たり前すぎて今さらそこを聞く者はいなかったな」

「あ、やっぱりそういうものなんだ?」


 シオンにホオリが笑うと、メイが安堵する。


「そうだな、まず巫女の予言って言ってわかるか?」


 町の傍の畑から遠ざかるように歩き、丈の高い草の脇でホオリが問いかけた。

 メイは迷うように目を泳がせるので、シオンが代わりに聞いたことを答える。


「何か特別な存在が下した未来予想」

「そ、巫女の予言は他とはわけが違う。そしてその巫女の予言には勇者について語られていた。それが、魔王を倒す役割を果たすように書かれていたため、各国は勇者となれる者を捜して送り込んでるんだ。ずっと、な」

「ずっとって、いつから?」


 メイの問いに、ホオリは悪戯に笑った。


「千年」

「え、嘘だぁ」

「これが本当。巫女の予言は魔王が現れる前から存在していた。そして魔王が現れてからは魔王によって封印されている。けど、封印以前に内容知ってた奴らが広めて、勇者が必要ってことは他国も知ってたんだよ」


 ホオリが淀みなく答えると、疑ったメイは否定の言葉もない。

 シオンからすれば疑問しか湧かないため、変わらずわからない顔だ。


「あー、もしかしてシオン、地形もわかってないか?」

「地形? 確かに自分が何処にいて、この国がどんな形かは知らない」


 ホオリは丸を空中に描いて話す。


「この陸は、魔王が制圧して、一つの国になってる。それが千百五十年前」

「陸?」

「そう。海の中の陸が世界には五つ。その一番北がここ。他の陸はいくつかの国が同じ陸に存在する。けど一人の王が統治してる陸はここだけだ」


 初耳のシオンは聞いたことを嚙み砕いて理解に努める。

 その間にメイが聞いた。


「ねぇ、ホオリ。どうして陸って言うの?」

「うん? 他に言い方あるのか?」

「え、大陸とか?」

「たい、りく? 聞いたことない言い方だな」

「あ、そうなんだ。あ、はは。じゃあ、忘れて。うん、私も何処で聞いたかなぁ」


 メイは手を振って言うと、シオンが思い出したようにホオリへ問いを投げかける。


「メイに聞いたけど、魔王が害をなしたのは、その他の陸?」

「そう、他の陸の国から人を攫う。そして冤罪で国からは人を追放する。もちろん攫われるほうの国も抵抗するんだが、魔王が強すぎる」

「それよく聞くぅ。魔王ってすごく強いから逆らったら恐ろしい目に遭うぞって」


 メイは魔王を知らないが、そうして恐ろしい噂にはいとまがないことを知っていた。


「実際そうらしいな。追放された者たちは、何もしてない村が焼き払われたり、生きたまま獣に食われたりしたのを見たと。実際、俺も調べてそういう形跡は見つけた」

「だが、そんなことばかりが起きていては、町も発展はしないだろう?」

「ま、そうだな。公平に見れば、どう民を賞罰しようと国内問題だ」


 あくまで公平なシオンに、ホオリは指を立てて見せる。


「だが、魔王は予言を封じた。そこに不都合がある。俺はそれを検めようと旅してる。なんで勇者が必要かわからないままって言うのも気持ちが悪いしな。見つけられれば、余計な被害もなく魔王打倒を果たせる可能性もある」

「そう言われてみれば、確かに…………」


 メイはホオリの言葉に、真剣に考えだす。

 そのまま何も言わないと見て、ホオリは続けた。


「それに予言には、救世の巫女という存在の到来も語られているという。勇者は成れるが巫女は降りてくるしか現れないと言うし。揃えば魔王打倒できるとかってのが、他国の予言に対する見解だ。だが、こっちとしてはそんな不確かなところに頼るのも危ない」


 シオンは知らないことばかりで、ただホオリの言葉を聞いていた。

 それでも、巫女という言葉には聞き覚えがあり、予言という存在にも何処か記憶が刺激されるが、何を思い出すということもない。


「ま、俺は勇者だが予言探してうろうろしつつ、できれば人助けもしつつっていう、気楽さだ。拠点を構えてたり、魔王軍とバチバチやり合ってる真面目な勇者たちとは違うのさ」


 ホオリが言った途端、遠くで叫びがあがる。

 風に乗って人々が混乱の声と共に走り回る不穏な音も聞こえていた。


 混乱と恐怖の叫びの中、誰かが助けを求める声が聞こえる。

 応じて一番に足を踏み出したのは、記憶のないシオンだった。


毎日更新

次回:勇者の火織2

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