七話:三傑の香々邪3
押し負けていたシオンが、太刀を使って兵を倒す。
少女には大きすぎる太刀だが、流れるように振るわれる扱いに淀みはない。
「ふん、全くできないわけじゃないみたいだけど」
カガヤはそう言って、足元に倒れた兵にも気にせず傲岸に言い放った。
「そんなので、このあたしの前に立つなんて身の程知らずなんだよ!」
カガヤの手には瓜ほどの大きさをした勾玉が現れる。
沿えた両手の中央に浮いて、黒い靄を吐く勾玉は見るからに禍々しい。
その者の心の在り方を武器とする顕現において、カガヤは勾玉の形をとっていた。
本来武器でもない顕現であれば、攻撃性は低いと侮られる。
しかしカガヤが顕現を露わにすると、兵はもちろん町人たちもカガヤの目に映る範囲から逃げ出した。
「メイ、あれは?」
「噂だけど、なんか呪ってくる勾玉らしいよ。しかも敵味方関係なし、だから兵も逃げてるんだと思う」
「では、斬ろう」
「へ?」
シオンはすぐさまカガヤと正面から距離を詰めた。
カガヤの顕現を恐れて退避した兵は、シオンの接近を止められる位置にはいない。
(心が顕現になるなら、私は記憶もなく心定まらず顕現がない。そうであるなら、相手が顕現を使う前に斬るのみ)
太刀を横薙ぎにするシオンに、カガヤは高下駄の上で笑う。
「本当、くそ度胸してる。何をする前に攻撃は正解だよ。あたしでなければね!」
カガヤは高下駄を脱いで飛び上がり太刀を避ける。
同時に後方宙返りをするさなか、勾玉をシオンに向けた。
途端に黒い靄が針のように変わってシオンへと殺到する。
到達する直前に、メイの領巾が無数の針を受け止めた。
柔らかく薄布にしか見えない領巾。
しかし針は、領巾に触れると途端に脆くなったように折れて、溶けるように消える。
「貫かない? 何、その顕現?」
「そっちこそ。なんで勾玉なのに針が出てくるのよ、ずるい」
着地したカガヤが睨みつければ、メイは言い返しつつ、内心冷や汗を流していた。
(うわぁ! 呪いとか顕現には効かないんだ、良かったー!)
シオンは近すぎた距離を退いて、メイを庇う位置に立つ。
「ありがとう、メイ」
「ううん、それよりあの勾玉何してくるかわかんないよ」
「はは! 何してやろうか!」
話し合ってる内に、カガヤが勾玉を掲げる。
次には黒い靄がさらに細かく薄くなって、霧のように周囲に広がった。
逃げ遅れた町人が霧に触れる。
瞬間叫んだ。
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」
叫びながら転げまわり、まくり上がった袖から見える肌は、まるで火傷でも負ったかのように赤く膨れ上がる。
「ほらほらほら! 浴びてるとその内燃えだすよ!」
振れた者たちが叫び転げ逃げ惑う。
カガヤはその無様さを笑い、脅しかけるように言った。
中には逃げ遅れた魔王軍の兵が巻き込まれるが、それさえもカガヤは意に介さない。
「なんてひどいことするの! 狙いは私たちでしょ! やめてよ!」
「はん、こんな雑草ども! お前らも我が君を愚弄したことを後悔させてやるから待ってろ!」
霧は広がっていくが、その速度は遅い。
カガヤが動いても霧を置いて行く形になるため、周りを侵食するように広がるに任せている。
「雑草とか、もう、ひどいことするな!」
メイは怒って、無意識に手を広げた。
瞬間、儚く揺れていた領巾が大きく広がる。
顕現の動きを見たメイはすぐに領巾を操って、町人にかかる黒い霧を遮った。
風のように広がった領巾は、何処までも柔らかく攻撃性など感じられない。
それでも領巾が触れた先から、黒い霧は消えていく。
「はぁ!? 本当どういう顕現してんだ! だったら!」
「私のことも忘れてもらっては困る」
領巾が広がる間に、また距離を詰めていたシオンが太刀を振り下ろす。
しかしそれは金属音を響かせる黒い靄だったものに阻まれた。
「え、今度は何!」
「葉のような形の、薄く固い黒い靄だったもの、かな?」
メイの元に退いたシオンが、太刀に刃こぼれがないかを確認しながら答える。
カガヤは黒い靄を葉のように小さく薄い形に変えていた。
ただそれは刃の切れ味と金属の固さを持っている。
それらを固めることで、シオンの太刀を防いでのけたのだ。
「ほらほら! じっとしてると切り裂かれるぞ!」
カガヤの言葉と同時に、葉の一枚一枚が宙を飛び襲いかかる。
避ければ踏み固められた地面に突き刺さるが、また黒い靄に戻ると、新たにカガヤの手元に薄い葉として生成された。
メイも領巾で防ぐが、一枚でも勢いで押される。
二枚、三枚と葉が襲えば、領巾を貫通しいった。
「なんだ、思ったより柔! あははは!」
「調子に乗るなー!」
メイは笑うカガヤに言い返すも、避けるしかすべがない。
また町人も巻き込まれて血を流し、騒ぐ声が周囲に満ちる。
シオンは冷静に周囲へと目を走らせた。
(人には被害があるけれど建物には全くない。これは生き物にしかきかない力か。それにあの殺された男と違って、致命傷を負わされてる者もいない。だったら)
シオンは怒りで前に出ようとするメイを引き留めて、葉の襲撃をかわし、そのまま建物の陰へ走り込む。
「あれはものを貫通はできない。けれど止まればカガヤの手元に戻る。だったら、本体への攻撃が効く」
「え、うん?」
「一発、入れたくない?」
「うん!」
メイが強く頷くと、シオンは笑って作戦を告げた。
「じゃあ、少し領巾で陽動をお願い。大きくなってるなら、メイ自身が隠れて当たらないように気をつけて」
「わかった!」
打ち合わせて、二人して道に飛び出す。
待ち構えていたカガヤはすぐに黒い葉を飛ばそうとした。
しかし視界を塞ぐ領巾に狙いを迷う。
数を出し、葉で領巾を押し退けた時には、シオンが横合いから切りつけていた。
「ち! これ嫌なのに!」
言って、避けられないと見たカガヤは勾玉を顔の前に出す。
視界を奪うような愚行だが、勾玉からは黒い靄が小刻みに揺れ、まるで牙を剥くような形に代わった。
黒い口腔からは、耳を覆うほどの叫喚が響き渡る。
あまりの騒音にシオンも近づくことができずに足を止める。
ただやっているカガヤもうるさいらしく、すぐに止めてシオンへ目を向けた。
しかしそこにいるのは一人だけ。
「もう一人は?」
「ここ!」
すぐ側でカガヤが目を向けるより早く、メイはその頬に張り手を見舞う。
「う…………!?」
「それ見たか!」
張り倒されてカガヤが地面にうずくまると、メイは痛む手を握りしめて声を上げる。
地面に座り込んで殴られた頬を撫でるカガヤ。
噛み締めた唇からは堪えられない声が漏れた。
「うぅ…………うぅぅぅぅううう!」
「メイ!」
異変に気付いたシオンはメイの腕を引いて下げる。
瞬間、勾玉が浮き上がりメイに向かって飛んだ。
「うぅ、うぅぅぅう! もういい! 死ね!」
カガヤが癇癪を起した子供のように叫ぶ。
シオンはメイを背に庇い勾玉と相対したが、太刀を上げるには遅すぎる。
瞬間、勾玉がシオン目がけて飛び、ぶつかった。
シオンも何かあると思い身構えたが、鳴ったのは固いもの同士がぶつかる音。
そして、跳ね返ってカガヤの手に戻る勾玉。
「な、なんで!? え、死の呪いは!?」
「…………さぁ?」
シオンも驚き、異変のない自身の胸元を撫でる。
ただ、死の呪いという言葉にメイが総毛立った。
「そんなヤバいのまずいよ! ともかく今の内に逃げよう!」
今度はメイが手を引いてシオンと共に走り出す。
カガヤは自身の顕現を抱えて、予想外の状況にすぐには反応できなかった。
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