六十一話:勇者の月衛1
「背負えば、いいんでしょ」
メイを連れて逃げる中、シオンはそんな呟きを聞いた。
大将であるトノの死に、シオンはメイを連れての逃走を選択。
アヤツの兵は無言で追従する。
そしてトノの供回りは、その死体の回収に回り、ことなきを得たのだった。
「大将が、亡くなった、か」
「正直命取らないと逃げてくばっかりで、そんな奴らしかいない」
瞑目するクロウの横で、ミツクリは戦いの様子を語り、敵に不満を吐く。
それはカガヤが言ったとおりの状況であり、ケンノシンも頷いた。
「そもそもこの地の者は保身の気持ちが強い。それを兵として統率するには相当な技量が必要だ。カタシハほどの統率力を、そのトノという娘が磨く時間もなかったろう」
相手の体勢が整わない内に攻め、そうして狙いどおりに攻め上がっている。
それでも、メイの暗さとトノという重要性のほぼない相手の死に湧くこともない。
ただそのメイが、さらに事態を早めるよう求めた。
「もう、早く終わらせよう。ジンダユウが待ってる」
その言葉に周囲は迷いを払う。
(メイに、言葉以上の意味はないだろうに)
シオンは冷静に状況を眺めた。
誰も予言に語られた魔王の終わりに、期待と不安を抱いていた。
そこに救世の巫女の言葉があれば、その時は来たと期待のほうが膨らむ。
けれどなんの知識も記憶もないシオンだからこそわかる。
メイは予言のことなど考えてはいないし、今も魔王を倒さなければならないとは思っていない。
ただジンダユウが生きている内に会うには、その必要があると言うだけ。
「メイ、いいの?」
魔王の下へ勢いに乗って攻め上がるため、周囲は慌ただしく動いている。
シオンの問いに、メイは捨て鉢に答えた。
「しょうがないじゃん。始まっちゃったものは、終わらせないと」
「しょうがない、なんてことはない。今なら…………」
「やめて。…………これ以上、こんな争い、続けたくないの」
シオンにメイは震える声で問答を拒否した。
(今にも逃げ出したいように見える)
メイはその逃げるために踏み出す足で、魔王の下へ向かうことに決めた。
逃げる背後にあるのは、両親と姉の死。
死に向かいながら待つジンダユウに、死体も見つからないホオリもいる。
メイが言うとおり、終わらせなければならないことを理解し、シオンはそれ以上言わずにメイの後を追った。
「歯向かう者には容赦するな! だが、逃げる者は捨て置け!」
勇者として周囲に指示を出すミツクリに、クロウが駆け寄って告げる。
「拙僧はここで! 必要とあらばすぐに駆けつける!」
「頼んだぞ。アヤツの姿が見えないことも気にかかる」
ケンノシンがクロウに警戒を呼びかけながら見送った。
クロウは信頼できる者たちを率いて、魔王が逃亡した際の追討を担う。
それと同時に勇者軍が撤退する際の逃亡経路の確保。
人を配置し終えれば合流する算段だが、それと同時にアヤツを捜すこともする。
(手が足りない。準備も不足。だが、敵には結束がなく、混乱がひどい)
シオンは捕まえる誰も、魔王の所在を知らないと逃げるさまに嘆息した。
「天守ではないだろうか? ほしと天かく高殿をつきばや、ひさしければ毀れるたかみにふしなむ、と予言にある」
ケンノシンが言うとおり、予言に従えば魔王が斃れるのは高殿と言える天守。
ただそれにシオンは疑問を呈した。
「封印したのは誰?」
「あ、魔王だ。そうなると、わざわざ自分で予言に当てはまる場所にいないか」
ミツクリは天守から首を巡らせて、御殿を見る。
六台の上にあるだけ、高い位置にあることは変わらない。
シオンはまた、予言に固執することを諫めた。
「続く予言を思えば私たちも登るのは危ない。高き君も台至りぬればあゆるのみ、たかきに追ふ者身を詰むる同じ煙なむ。つまり、魔王と同じく高く登れば、煙のように消えることになる」
それは死を想起する予言だが、メイは今さらながらに聞く。
「もうよくわからないけど死ぬってないのに、その文章で魔王が死ぬのはなんで?」
「あゆると言うのは、花が落ちるという意味になる。だから、その後の首切りという所と合わせて…………」
シオンは言って肝が冷えた。
(花を表す言葉であるなら、メイ? だが、高き君と言うのは高位の者で、魔王のはず。…………いや、メイも領主の娘か)
不安を覚えながらも、天守に背を向けることで一度は疑問を退ける。
何よりすでにサクイシという家の領地はないことが、トノの口から語られていた。
それでもシオンはメイを守るために緊張を高め、歩を進める。
そして、魔王はいた。
御殿の主として何一つ変わらず。
下段に怯え騒ぐ配下を従え、上段に一人座り勇者たちを迎えている。
ただ、侍る大将も三傑もいない。
「…………やはり無理だな」
魔王はひと言、乱入してきた勇者軍に呟いた。
ここまで駆けてきた勇者も従う兵も、誰も何も言えない。
それほど、魔王の存在感は大きかった。
この場の主、千年の統治者としての威がある。
何より、漏れた言葉の意味が分かる者は、この場に二人だけ。
そして気づいて声を上げたのはメイだった。
「やってみなきゃわかんないでしょ!」
叩きつける啖呵はあまりにも王者に対して不遜であり、頑是ない。
それでもメイは、救世など無理だと言う魔王に、救世の巫女として応えた。
だが、魔王はかつて会った時と変わらず、救世の巫女であるメイを視界に収めた以外に興味はない様子で命じる。
「勇者は殺すな。巫女と他はどうとでも排除しろ」
その命令に、逃げ回っていた者たちとは違う兵が現れる。
シオンはその質に、トノの供回りと同じ気配を感じた。
つまり、戦う気概があり、今こうして魔王に従って役目を全うしようという志のある者たちだ。
「…………勇者は殺すな?」
ミツクリが、魔王の不可解な命令に眉を顰める。
しかしそんな疑問も、魔王の命令を遂行しようと襲いかかる供回りによって中断される。
下段にいた、魔王の側に寄れる高位の者たちは叫び端に寄り戦いを避けたが、その場にとどまり邪魔だ。
(やはり、強い)
シオンは供回りと切り結び、メイを守りながら弱卒との違いに歯噛みする。
それでも一人ではなく、勇者たちも一丸となってメイを守り、それに従う者たちもまた助け合った。
戦い、ここまでともに歩んだのだ。
意気が違う。
一度は魔王に気圧されたが、それをメイが受けて立った。
それが何よりの戦意となって勇者軍を鼓舞する。
ただ、魔王に従う者たちを退けた途端それは来た。
「あ、く…………! これは、魔王の力だったか!?」
ケンノシンが鉾を支えになんとか身を保ちながら、突然の脱力に抗う。
都の門を開いてから二度、勇者軍を襲った異変は、魔王からの攻撃だった。
その時と同じく、影響されているのは勇者軍のみ。
供回りはもちろん、武装していない魔王の臣下にも影響はない。
隙だらけの勇者軍の者たちが次々に斬られていく。
そんな劣勢の中、メイは絞り出すように声を上げた。
「この…………! う、ご、けぇ!」
メイの領巾が、固まっていた勇者軍を包むように広がる。
途端に弱まった力に活力が注がれ、立つことはできるようになり身を守る対処もできた。
謎の攻撃をメイがのけたことで、今一度意気を取り戻した勇者軍。
ただ同時に魔王も抵抗を見て取り立ち上がる。
太刀を抜いた瞬間に、魔王とは戦乱を生き抜いた武勇の人であることを誰もが思い出した。
その立ち姿だけで、わかる者にはわかる。
手練れの気配と、殺気とも感じられない無風の殺意。
「…………来い!」
ミツクリは震える歯の根をかみ合わせて止めると、唸るように魔王へと啖呵を切ったのだった。
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