六話:三傑の香々邪2
昨日シオンとメイを囮にした末に殴り倒した男は、軍に捕まっていた。
もちろん罪を犯したからには妥当な処置だ。
しかし怪我を負わされた兵が、女二人の仲間がいたと報告したことで、殴られた男が顔はわかると命乞いをしていた。
結果近くの町に首実検のため縄をかけられ連行され、シオンとメイの二人を見つけたのだ。
「ふぅん、何そのだっさい恰好。そんなので、この香々邪さまに喧嘩を売ったの?」
「カガヤ? 魔王軍三傑の?」
高下駄にお太鼓、金襴の映える黒の振袖を纏った少女に、メイは目を剥いた。
ただ記憶喪失のシオンにとっては初見の相手。
派手な服装、華美な髪形も記憶にはない。
それでも商家と民家が混ざり合って並ぶ雑多な町に現れるには、場違いな相手であることは十分に察せられた。
「誰? 三傑というのは、魔王軍の偉い人?」
「魔王軍でもヤバい奴らなの。特にカガヤは駄目」
「軍で、偉いじゃなく、ヤバい? メイと変わらない少女に見える」
「確かに私たちと変わらないよ。でも軍を率いる立場やってるから、絶対軍が他にいるし、容赦ないことでも有名なの」
狼狽えるメイに、昨日の男は気をよくして笑いだす。
「それ見たか! 死ね、ばーか!」
「うっさい! 誰があんたの仲間よ! 昨日会ったばかりだし、兵は乱暴目的で襲ってきただけでしょ! だいたいカガヤの軍相手に何して追われてたのよ!」
自棄でメイが聞くと、男は壊れたように笑って言い返した。
「ははっはぁ! 俺だって知ってたらやらねぇよ! だが、目の前に金目のもんあるのに手出さないわけにはいかないだろ!」
「つまり軍から盗み? 馬鹿! 捕まるの当たり前じゃん!」
「ひゃーはは! 馬鹿はお前らだよ! 兵に手出して無事で済むか!」
男は笑ってカガヤを振り返って訴えた。
「見つけたでしょ? 俺は言いつけどおりしたんで、この縄ほどいてくだせぇ!」
「あぁ、忘れてた」
カガヤは声をかけられたことで男を見下ろし指を振る。
途端に、縄を握っていた兵が直刀を抜くと、後ろから心臓を過たず貫いた。
あまりに当たり前のように行われた処刑に、男も何が起きたかわからない内に命を失う。
「あんたがそもそも窃盗なんて馬鹿をやったんでしょうが。なんで許されると思ってんの」
「そんな! 盗みだけで殺すなんて!」
メイは怯えて震えながらも、カガヤの暴挙に声を上げる。
「はぁ? 罪は償え。それが我が君の法だ。そんなこともわからない馬鹿は死ね。どうせお前たちは無駄に根を張るだけの雑草なんだから」
カガヤは、冷然と見下した。
今まさに殺された相手に、一切の感情のない目。
恐れられる魔王軍の中でも三傑とあえて言われるのは、その行いからだ。
三傑は魔王のために行う争いで名を上げた。
さらには三傑の中でカガヤはもっとも残虐非道とも言われる。
(まずいまずいまずい! ただの魔王軍ならともかく、カガヤは!)
メイは知っているからこそ内心焦り、死の恐怖に思考が囚われる。
そしてシオンは知らないからこそどうすべきか迷って動けない。
そこに一人、声を上げる者が野次馬の中から現れる。
「見つけたよ、メイ! いつまで油売って、へ?」
人をかきわけてやって来た女将は、戻らないメイに怒鳴りつけた。
ただその勢いも、人々が逃げ腰で開けた状況の中、魔王軍と対峙する姿に尻すぼみとなる。
そして特徴的なカガヤの姿に前身の穴から水分を垂れ流して、女将は縮み上がった。
「庇う奴も殺す」
カガヤの冷たい声に女将は膝が崩れるほどに震え、必死に声を絞り出す。
「め、めめ、滅相もない! そいつは今日うちを辞めた無関係の娘です!」
「こき使うんじゃなかったの?」
呆れるシオンに女将は被せるように叫んだ。
「あー! もう、こんな小娘使えないったらありゃしない! お国に逆らって馬鹿な奴だよ全く! 殺されてもしょうがない駄目な奴だった!」
そう罵る女将だが、見るからに怯えて自分以外にカガヤの目が行くよう願っているのは見てわかる。
その姿にメイも呆れてシオンに言った。
「なんか、辞められたみたい?」
「そうだね。でも、この場は…………」
すでにカガヤが連れた他の兵が半円に広がってシオンとメイを逃がさず囲む。
それでも状況わかってない町人が行ったり来たりと周囲の喧噪は収まらない。
(人に紛れることはできるが)
シオンは冷静に高まる殺気を肌で感じていた。
(おかしいな)
同時に自分のおかしさも自覚する。
軍という殺すことを目的とした組織、それに目をつけられた上に、名高い暴虐の指揮官を前にしているのだ。
本来なら女将のような反応が一般的であることはわかるし、そうでなくては殺された男のようなことになることもわかる。
(静かだ。私は、記憶と共に感情というものも失くしているんだろうか?)
それでも、自分を売った男の死に憤ったメイの行いは、正しいと思える。
他人のために心動かす姿は、何かを思い出すようにも感じられた。
シオンが見ていると、メイが囁く。
「シオン、私が顕現で視界塞ぐから、その隙に走って」
「メイは?」
すぐさま聞き返すシオンに、メイは黙った。
領巾を操って目隠しはできるが、領巾を操るメイ自身が動けば目隠しも外れる。
つまりは一人で逃げろと言われたことを察したシオンは、メイの手を掴んだ。
「逃げるなら一緒」
確かな力で握られた手に目を落として、メイは口元が緩む。
「シオン、いい人すぎるよ」
「普通じゃないの?」
「普通だったら、よかったなぁ」
「そう、それは残念」
小さく笑い合うのを見たカガヤは、鼻白んだ様子で顎を上げる。
「すぐには殺さないから。まだ仲間がいたら面倒だし、捕まえて吐かせる。素直になるまで時間かけて可愛がってやるよ」
「それは断る。そして素直に言っておけば、仲間なんていない」
シオンが本当のことを言うと、その様子にカガヤが驚く。
「本当にくそ度胸。もしかして勇者の一味?」
「知らないよ、そんなの! ともかく私たちは兵に襲われたから身を守っただけ!」
メイが事実を訴えるが、カガヤは聞いた上で態度を変えなかった。
「どっちにしても兵に怪我させてるじゃん。だったら我が君への反逆も同然! 死ね!」
「話聞いてるようで聞いてないな、こいつ! …………顕現!」
メイはそう言って、領巾を出す。
兵たちはカガヤの言葉で抜刀し、それぞれ直刀を変質させて少女二人に斬りかかった。
「メイ、お願い! けど走って!」
「わ、わかった! やってみる」
太刀を抜いたシオンは、メイに力を高めてもらうため領巾に巻かれる。
しかし慣れないメイはシオンに手を引かれて敵の刃を避けるも、領巾での強化に手間取った。
そもそもシオンを覆っては目を塞ぐことになり、太刀を持って敵の攻撃を捌くシオンの邪魔にしかならない。
「なんだ、口だけ? っていうか、何してんのそれ? あはは、だっさ!」
「うるさいなぁ!」
抵抗するシオンを邪魔するだけにしか見えないメイに、カガヤが煽り笑う。
ただ怒った瞬間、メイの領巾が光を放ち強化が完了した。
「あ、できた」
そういった時には、斬りかかった兵が二人、立て続けにシオンの太刀でなで斬りにされ地面に倒れる。
確実に手首や指を切り攻撃をさせない手腕に、カガヤの笑みも引いた。
「あぁ、そう。確かにあの兵の腕の傷はその太刀だ。しかも太刀振るのにぶれもなくなった。つまりその領巾、触れた相手強化するわけ。ふぅん」
カガヤはすぐさまメイの顕現の能力を理解する。
状況の変化に慌てず傲然と見下ろすカガヤは、顎を振る雑な動きで兵をさらに嗾けた。
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