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五話:三傑の香々邪1

 軒が並び、建物の壁同士の間にできた横道で、シオンはメイと見つめ合っていた。

 探るようなメイの視線に首を傾げつつ、シオンは不確かな記憶を口にする。


「巫女、には聞き覚えが、ある気がする…………」

「そ、そうなんだ? なんかずっと昔からいる、いいことをしてくれる人なんだって」

「そんな感じ、だった気がする。それで今の巫女は?」

「あ、それがね、魔王が国造ってから千年現れてないみたいだよ」

「千年? そんな、者だったかな?」

「そんな感じが巫女だよ。えっとすごく昔の人、うん」


 シオンが聞くごとに、メイは早口に教える。

 そして言った後目が泳ぐように振れた。


 シオンは気になりつつも、巫女以上に千年という言葉に引っかかった。


「国を造って千年…………じゃあ、魔王は何代目?」

「あ、代替わり? いやそれが、魔王って呼ばれてる理由でね。魔王、変わってないんだ」

「千年も?」

「確か千百五十年とかなんとか」

「私が人間の寿命を忘れてるとか?」

「ううん、大丈夫。百年くらい」

「それも長い」

「あ、うん。まぁ、ともかく魔王は一人でずっと生きてるの」


 シオンは信じられない話に困惑したが、メイが嘘をついているとも思えない。

 ただ千年も生きている者が同じ人間とは思えない。

 それに故に魔王という不名誉な呼ばれ方をしていることはシオンにも想像がついた。

 さらに国外から人を攫うと言う実害があるなら、よりあしざまに言われることもわかる。


(わかるが、やはり魔王に聞き覚えはないな)


 シオンは自身の記憶の不確かさに、落ち着かない気持ちになりメイに声をかける。


「千年を超える寿命は、魔王が特殊ということ?」

「そうかも? えっと、噂だけど捕まえた人食べるとか、罪人を生贄に長寿の儀式するとか? それで無理やり寿命伸ばしてるって」

「儀式はともかく、そういう刑罰ってことは?」

「え、どうだろう?」

「刑罰なら国の決まり。刑罰でもないなら私欲。ただ、噂なら真偽不明。そもそも他人を食べてその寿命を奪うようなことできるの?」


 できないと断言できないのは、シオンの記憶の曖昧さだ。

 ただメイも真偽を問われると、ただの噂と考えずにいた内容に首を捻る。


「無理だよね。でも魔王はずっと一人らしいから何かしてるはず? 一応、人間らしいし」

「それは知られず交代しているとかはない?」

「え、うーん、わかんない。けどそっちのほうがありえそうかも」


 頷いて、シオンに聞かれた内容に答えられず、メイは落ち込む。


「私、教えられることないなぁ」

「そんなことはないよ。ちゃんと私の質問に答えてくれてる」


 シオンは誰かの力になりたいと思い、それが叶わないと嘆くメイ感謝を告げた。


「何よりこうして私を見捨てずにいてくれるのがありがたい」

「いや、それでちゃんとできてればいいんだけどね。狭いとこに寝かせて、しかも女将さんから助けてもらって。感謝されるようなことできてないんだよ」


 メイは自分で言いながら余計に自信を失くしていく。

 そうして白茶けた地面を眺めて呟いた。


「何もできないな、私」

「できているよ、メイ。声をかけてくれたでしょう。あの時、私には一番必要な助けだった」

「そう、かな…………あ」


 メイが声を上げると、足元に転がる紐を巻いた布の包み。

 拾い上げるのを見て、シオンは聞いた。


「これは?」

「お財布だよ。今通った人が落としていったんじゃないかな」


 メイに言われてシオンはすぐに道へでる。

 すると一番近くに背を向けて進む着流しの男が見えた。


「あの人?」

「紺の鼻緒だったのは見たんだけど」

「ともかく追い駆けよう」


 財布を届けるため、シオンとメイは男を追いかけた。


「すみません」

「財布落とされましたよ」

「あん?」


 振り返る着流しの男の鼻緒の色は紺色。


「あ、それ俺の財布!」

「落としましたよ」

「返せ!」


 男は礼も言わずメイから奪い取る。

 その乱暴さにシオンも眉を寄せた。


 シオンとメイが文句を言わない様子を見て、男はまるで優位に立ったように笑う。


「…………おい、足りないぞ! 盗んだだろ!」

「はぁ!?」


 メイが怒鳴るも男は下卑た笑みを浮かべて騒ぎ出した。


「盗んだ分、耳を揃えて返せ!」

「何言ってるの! そんなの知らないよ!」


 メイは言い返すが男は退かず、どころか手を伸ばす。


「だったら体で返せ!」


 メイに伸ばされた腕を、シオンが払う。

 同時に、反対の手に握っていた財布を奪った。


「あ!? おい、返せ!」

「金額が合わないのだろう?」

「そうだ! お前らが盗んだんだろう!」

「ではそもそもお前の財布ではないはずだ」

「なんだと!?」

「私たちは拾ったまま紐を開いていない。それで内容が違うなら、よく似た別人の財布だ」

「何を言ってやがる! 俺のだ! 返せ!」


 掴みかかるも、シオンは身を返して避ける。

 さらには近づく相手に足かけて転ばせ、メイと一緒に距離を取った。


 周囲はその騒ぎに文句の声をあげつつ様子を見始める。

 シオンはそんな野次馬を見て、財布を掲げた。


「すまない、この財布の持ち主はいないだろうか? どうやら金額が違うからこの男の財布ではないらしい」

「やめろ! 俺のだ!」


 掴みかかろうとする男だが、それもまた避けてシオンは言った。


「私たちではもう誰かわからない。知ってる者はどうか、持ち主に返してやってくれ」


 そう言うと、シオンは一度財布を腰だめに下ろし、勢いよく投げ上げた。


 投げる方向は弧を描いて野次馬がいるほうへ。

 財布の行く先に歓声があがった。

 そして財布を取ろうと腕を伸ばす者たちが複数。

 どう考えても、持ち主に帰す気などない欲に駆られた動きだった。


「やめろ! 俺のだ!」


 男は財布を追って走り出す。

 シオンは唖然とするメイの手を掴んで、男とは反対方向へと足を向けた。


「行こう。これ以上関わるだけ無駄だ」

「…………は、あはは。本当にそうだね」


 メイはいっそ吹っ切れたように笑う。

 そうしてシオンと一緒に走ってその場を離れた。


 背後の騒ぎは遠ざかり、一度息を整える。

 しかし行く先も不穏なざわめきが生じていた。


「なんだろう?」

「私はこの町のことを知らない。騒ぎはよくある?」

「そんなにないよ。駅もない田舎の町って場所だし。っていうか、なんだかみんな不安そうでこれって…………」


 メイは行く先から聞こえる、囁くように、潜めるようにざわめきに合わせて声を小さくする。

 囁き合う周囲の様子は、怯えや恐れをはらんでいた。


 シオンもメイの手を放して足を止める。

 周囲の声に耳を傾ければ、聞こえてくるのは共通した単語だった。


「…………魔王軍?」

「魔王軍が来てるの、まずいって」


 顔を見合わせたシオンとメイは、前日に魔王軍と敵対している。


「向こうが悪くても斬っちゃったし。私も蹴ったし」

「軍への暴行はそれこそ反逆だね」


 シオンもわかってて考える。

 どんな理由であれ、軍への暴行は罰せられるのはメイの反応からもわかったからだ。


 ただそこに走り寄ってくる足音があった。


「こ、こいつだ! 見つけたぞ!」

「あ、あんた昨日の!?」


 声の主を見たメイが指を突きつける。

 見つけたと言ったのは、昨日魔王軍を押しつけた赤茶色の髪の男。

 シオンに殴り倒されたため薄汚れており、首には荒縄がかかっていた。


 そうして男が声を上げると、後ろからは乱暴に荒縄を引く魔王軍が現れる。


「道を開けろ!」

「三傑のお通りだ!」


 さらにその後ろから威嚇するような声と、派手な朱色の傘が現れた。


 傍らには質素な着流しの男と、男を支えに派手な着物を纏った少女が高下駄を引きずるように歩く。

 年のころはシオンとメイと変わらないが、振りまく色は円熟し腐乱した雰囲気。

 そして何より人々が向ける目には恐怖があった。


毎日更新

次回:三傑の香々邪2

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