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四十三話:巫女の従者3

 巫女とは何かを聞いた時、ジンダユウは言った。

 死して生まれた女児の身に、白き星の天より堕ちるは巫女の誕生なり。


 そしてカガヤはこの世界を穴だと語る。

 屑籠のように穴に捨てられるごみの中で、降って来る、ごみではない者が巫女だと。


「その反応、覚えがあるわけか。だったらメイ、あんたは我が君の言ってることの正しさがわかるはず」

「し、知らない…………。知らないもん、何があったかも、わからないのに! 知らない!」


 カガヤの言葉を拒否するように、メイは声を強める。

 シオンはメイのほうへ行って庇うように立った。


「カガヤ、表の世界というのは何? こことは別の世界があるというの?」

「らしいけど、それはこの世界しか知らないあたしに聞くな」


 そう言ってカガヤは顎を振る。

 顎の先にいる、メイに聞けと示した。


(思い当たることは、あるな)


 シオンも記憶喪失で、カガヤの言うことは初耳だ。

 しかし、メイの発言にそうなのだろうかと疑問を覚えることはあった。


(表の世界という場所は、空が青いのか?)


 シオンは胸中に疑問を覚えるが、震えるメイに聞けず、カガヤにまた目を向ける。


「では、カガヤは何故知っている? 魔王…………陛下に聞いたか?」

「はぁ、聞けるならいくらでも聞くわ。けど我が君は暇じゃないの。だから自分で調べた」


 カガヤは疲れの漂う息を吐いて、書物を当たったという。

 書物が作られたのは、魔王が現れる以前、千年以上の時を経たものもあるという。

 今とは違う文字や文体を、カガヤは一から調べたのだ。

 そうして魔王を知ろうと、魔王の言葉を零さないように努めて来た。


「あぁ、そうだ。伝説なんかより、兵法書読めってカタシハの奴がうるさくて」


 その名に、メイが反応する。

 カガヤも思い出したように赤から黒へと変わる空を見た。


「もういないんだっけ。ふん、他人の戦いにしゃしゃり出て負けるとか、ダセェ」

「そんな、仲間にまで…………!」


 メイが声を上げるも、カガヤはいっそ笑う。


「ばーか、お前らより長い付き合いだ。あいつが我が君のお役に立つ以外何も考えてないのは知ってんだよ。あたしに何言われようとその場で怒って終わりだ。死んだあとまでとやかく言う奴じゃねぇ」


 そう言われてはメイもそれ以上何も言えない。

 カタシハに出会ったのは一度きり。

 そしてそれが最後であり、二度とカタシハという人物と語り知ることはないのだ。


 罪悪感で小さくなるメイを背に庇い、シオンは話を戻した。


「その伝説に、燃える巨人がいるの?」

「うん、あぁ。神々の勝敗は決し、力を尽くした人と共に大地を安んじる際において、燃える死に瀕した巨人の体はなお燃え盛り、山野を焼いた。っていうような伝説で、昔の巫女が表の世界をそう語り伝えたって話だ」

「なぜ巨人は死に瀕した?」

「神と戦って負けたんだと。で、神々が争った中で、かつて国生みの神が作り固めた芦原が荒れて、生き物たちの苦しみから悪性が大量に発生。それを処理して新たに国を造るために、負けた巨人を大穴に落とした。後は底で燃える国を焼くほどの火に、表の世界のいらないもの、悪性を放り込んで燃やしてたのが、この世界の始まり」

「それは、どれくらい前の話?」

「さぁ? 千年以上前のやつに、語った巫女も生まれるずっと昔の言い伝えって書いてあったな」


 カガヤもずっと昔としか知らないという。


「ホオリは、言い伝えを聞いたことはある?」

「いや、聞いたこともない。そもそも、古い記述というのは魔王が持ってるんだろう? だったら知りようがない」

「ふん、別の陸でお互い戦って滅ぼし合うこともある奴らだ。まともに記録残してもいないんだろ。その点、我が君は長き治世を保つ偉大なお方だからな」


 鼻高々に誇るカガヤに、ホオリは首を横に振る。


「いや、その辺りの古いことはジンダユウが詳しいんだがな。俺はあまり」

「では悪性というものが何かは聞いたことはない?」


 シオンに、ホオリは知らないと肩を竦めるだけ。

 カガヤは優位を誇るように口の端を上げた。


「ふん、それも知らないからないなんて言うなよ。この世界の悪性の証拠ならここにある」


 そう言って、カガヤは顕現の勾玉を露わにする。


「あたしの顕現が他と違うのは、この世界に蔓延る呪いのせい。あたしは本来丸い玉の顕現だった。それが、呪いにあてられて歪んだんだ」

「呪い?」

「海から出て来た鬼女とも違う黒い奴さ。たまに船を沈めてた。それに村が潰された時に、我が君が助けに現れ、呪いに侵されて顕現まで歪んだ私を抱き上げて保護してくださった。誰も、恐れ嫌って、生き残った親さえ、手を触れようともしなかったのに」


 カガヤの声には隠すつもりもない恨みが滲む。

 それと同時に魔王への思慕も確かに含まれていた。


 シオンはカガヤの生い立ちよりも、話の帰結を優先した。


「カガヤの言う呪いと、悪性は結局どういう関係?」

「悪性が燃える巨人に処理されなくなって、時間で凝り固まって変質したものが呪い。本当なら巨人の火で白くなるんだって。けどそうならずに黒く固まった。で、海の中で今も固まってる。それが呪いとなって陸に現れるんだよ」

「鬼女とは別?」

「別だ。呪いは世界の始まりから火が消えた後に生まれ。鬼女は呪いが何かに憑いた結果だ。妖魔も同じで、あっちは動物に憑いたもの」

「世界の始まりから積り、燃えきらなかった悪性が、鬼女に? それも記録が?」

「そ、というか、巫女の言葉に、呪いが表の世界に影響するから祓いに来たか何かで降りて来たのが巫女だって話だ。つまり、呪いをどうにかするのが巫女なんだよ」

「そう聞くと、国を治める者としては悪性に対抗しつつ巫女を待つ、正しいやり方か」

「ふふん、結局この世界は悪性に覆われてる。我が君でなきゃ無理なんだ」


 シオンが納得したことで、ホオリが手を挙げる。


「待て待て。全部本当かもわからないんだ。それに本当だとしても、やり方が悪い。他の国から人を攫うわ、返せと迫れば争うわ。残された者たちの嘆きと怒りを無視するな」

「ふん、我が君が連れてくるのは悪性が強すぎる奴だけ。それを自分の国で監視して、悪さしないようにしてんだ。そういう奴は、他の奴にも悪性を広げるってね。実際連れてこられた奴らはろくなもんじゃない」

「だから、そっちの都合でしかないだろ。話し合いなり穏便に済ませられるのを、暴力でやってるからこっちも暴力で返すことで守るしかないんだ」


 ホオリが説得するように言うが、カガヤは鼻で笑い、何処か疲れた様子で応じる。


「そもそもこの国に四年もいたんだ。だったらわかってんでしょ? 我が君が押さえつけないとまともに暮らすこともしないろくでなしばっかりだって」

「つまり、雑草だ、害虫だと自らの臣民を罵るのは、それだけ悪性だと王さえ見放しているからか?」

「あっはは、一度我が君の城で頭下げてる奴ら見に来ればわかるよ。我が君の臣下である自覚がある奴のほうが少ないくらい、ひっどい奴らばっかりだ」


 カガヤは自嘲ぎみに国の中枢を腐す。

 その様子に距離を取っていたメイが、シオンの背から顔を出した。


「カタシハって人のことは、悪く言わないんだね」

「少なくとも、魔王に使える臣下の自覚はある者だったんだろう。…………メイは、他の陸、知らないんだっけ?」

「うん、海も呪いとかそんな怖いのいるなんて知らなかったよ」

「でも、海を越えて別の陸へ行くと、ここほど人は悪性ではないらしいよ」

「それはちょっと気になるけどぉ」


 シオンとメイが話してる間に、カガヤとホオリは議論を戦わせるように話を進めていた。


「そもそもここにしか鬼女がいない理由はどうするんだ。魔王のせいだと言われている」

「んなの巫女に聞け。巫女が現れてから鬼女は現れたらしいからな」


 メイが聞こえた言葉に肩を跳ね上げる。


「し、知らない。知るわけない。私だって鬼女なんて何かわからないよ」


 シオンはメイを振り返り、息を吐いて疲労を滲ませるカガヤに向き直った。


「それほどに素晴らしく世を守るために手を尽くす方なら、今度は言葉を交わす許可をもらいたいな」

「はぁ? 我が君と話したいだと? …………色目か!?」


 カガヤの殺気のこもった声に、シオンもさすがに身じろぐ。


 ところがカガヤは疲れていた様子が剥がれ落ちるように、熱狂し始めた。


「我が君が素晴らしい、我が君が素敵。それはそう。でも私の、私だけのあの方なんだ! 絶対やらないからな…………!」

「いや、王であるなら誰か一人に偏ることは許されないだろう」

「なんだと!? 私はあの方に全てを捧げてるんだ! そこらの雑草と一緒にするな!」

「仕えられる者とじゃ違うって話だろ」


 シオンの言葉に激高すカガヤに、ホオリが冷静に言った。

 ただそれはカガヤにとって火に油を注ぐ言葉となる。


「なんで!? あたしは我が君がいないと駄目なのに! 我が君のために、この命奉げてもいいのに! 我が君がいないと、あたし…………!?」

「あ、これ依存だぁ」


 頭を抱えて昂る感情のまま喉を絞って、吐き出すカガヤ。

 一人熱くなるカガヤに、メイはシオンの陰からそう呟いたのだった。


毎日更新

次回:巫女の従者4

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