四十一話:巫女の従者1
「西と南の位置関係を思うと、ヨウマルの奴は東を確認しに行ったんだろう。ついでだから、拠点の候補地の下見もしてくれ」
馬に乗って出発しようとするシオンとメイに、ジンダユウが巻物を投げ渡す。
手綱を握ったシオンの代わりに、メイが慌てて受け止めた。
「場所と点検項目書いてあるから。ここと同じ六台の一つだ。魔王軍に占拠されたとも聞かないからな。すでに人員も送って、借り拠点作ってあるはずだ」
ジンダユウに言われて、シオンは了承する。
「わかった、行ってくる」
「いってきまーす」
シオンが馬首を返すと、メイも手を振った。
再建し直すため、以前の端材を片づける途中の塀。
柱しか残らないその門を通り抜けようとすると、横から声がかかった。
「おーい、シオン、メイ」
「ミツクリ」
「あ、見送りに来てくれたの?」
シオンが馬を止めると、勇者のミツクリが走って来た。
その手には包みがある。
「間にあった。道中の食料だ。町に寄れるかもわからないからな」
「助かる」
シオンが笑みを浮かべると、ミツクリも笑い返した。
「干し芋もあるから休憩中にでも食べてくれ」
「あ、甘いの」
メイがわかりやすく喜び、ミツクリの差し出す食料を受け取った。
「気をつけてな」
「そちらも」
「頑張ってね」
互いに励まし合って、傷跡はあるものの活気の絶えない拠点を後にする。
拠点から離れたシオンとメイは、東へ。
しかしそちらには魔王の都がある。
「ホオリを見かけた者の話では南に進路を取っていたとか」
「ケンノシンさんの予想でも、都から距離取って東に向かうって言ってたね」
馬を歩かせつつ、シオンとメイはホオリの進路を考えながら進んだ。
二人乗りとは言え、馬のほうが足は速い。
ただホオリは朝の内に発ち、二人は丸一日遅れた形だ。
「クロウは、ジンダユウが用意した人員からの援助を受けていたと言っていたな」
「動いてる勇者はそうやって物資手に入れてたらしいね」
拠点を構えたジンダユウは、その足場の確かさから魔王の国に人を配置した。
同時に物も人を介して、仲間内に行き渡らせる兵站も担っていたという。
そうして動いて回る勇者たちの活動を援助していた。
「ホオリが最初、ジンダユウを大将と呼んでいたけれど、今なら納得できる」
「そう言えばそうだったね。最初は情けないと思ってたけど、ずっとすごいと思う」
メイも憎まれ口を叩くものの、ジンダユウの実力を否定しているわけではない。
ただシオンは、その肩が震えていることに気づいた。
(これは、気の立った者たちからメイを離すためにも、ジンダユウは外に出したのか)
ジンダユウの気遣いに、シオンも改めて思い至る。
戦うだけが戦いではない。
どう戦うか、そして負けないか、そのことを考えて選択できることこそ戦の上手さ。
その際に見落とさず、過不足なく判断できるのは実力と言っていい。
(ジンダユウは武力ではない、将才があるのだろうな)
そう考える自身に、シオンは違和感を覚えた。
ただそれはメイと出会った時よりも小さい。
(カタシハに、戦う者と定義づけられ。またメイが救世の巫女として扱われるならば、ついて行くと決めた。今さら、自分が何者かなど、気にしても甲斐はない)
シオンは一人苦笑を漏らす。
かつての自分が何者かなど、どうでもいい自身の薄情さに対してのものだ。
そう考えこむシオンと同じ馬上で、メイも自らの思考に耽る。
そうして静かに旅は始まった。
ただ二日目になって、当初の目的は早くも達成される。
「あ、あれじゃない? あの赤い襟巻と外套」
「そのようだ…………ホオリ!」
道の先を行く人を見つけて、メイが声を上げる。
シオンも声をかけて馬を走らせた。
「お、どうしたんだ、二人とも?」
振り返ったホオリはシオンとメイの姿に目を瞬かせる。
「予言を探すのなら、そのまま回収してくれと言われた」
「ジンダユウが、六台の点検もしろって」
シオンは馬を降り、メイに手を貸して補助する。
その間にやってきた理由を口々に説明した。
聞いたホオリは少し考え、水を向ける。
「ジンダユウが言ってたのは、それだけか?」
「…………予言の内容から、ホオリを一人にしないほうがいいと」
「私たちでも手を貸すから、一緒に行かせて」
シオンはどの予言かは言わず、メイは含みもなくやる気を見せる。
ホオリはその極端な反応に笑った。
「それは心強い。向こうは救世の巫女がいなくても士気が崩れないというなら、手伝ってもらおう」
「それは大丈夫。なんか妙に元気な人たちが多かったよ」
メイが経験の乏しさから語る言葉に、シオンは補足を加える。
「浮足立っているとも言える。すぐにでも攻め込みたいとでもいうように」
「なるほど。勢いに任せるほど、ジンダユウも軽率じゃないからな」
ホオリは察した様子で応じた。
三人は馬を曳いて歩き出す。
白く薄明を降らせる空に、白みを帯びた草木が揺れる山際の道。
「しかしちょうど良かったかもしれない」
「何かあった?」
溜め息とともに零すホオリに、シオンが警戒を滲ませた。
「ま、四年もうろついてると人相が割れててな。もう背格好と年のころ、顕現まで揃えば俺が勇者ってばれるんだ」
「そう言えば、カガヤとかその兵たちにも一発でばれてたね」
出会って間もない頃を思い出すメイに、ホオリは大いに頷く。
「そう、だから一人での活動に困ってはいたんだ。何処かで目隠しのために移動する人を捕まえようかとも考えてたんだが」
ホオリは一人で活動する勇者と魔王軍に知られているため、動きにくくなっていた。
それでもより派手に動いているジンダユウやクロウに比べれば、知名度は低い。
顕現を露わにして確定させられなければ逃げることもできるという考えだったが、そこにシオンとメイが手伝いに駆けつけた。
「よし、このまま南下して、そこから東へ向かおう。そこの六台確認してから、予言があるかもしれない場所探るぞ」
「そう言えば、六台というあの壁のような建造物、元はなんのために作られたの?」
予定を決めたホオリに、シオンは記憶にない六台について確認した。
シオンが知っていることと言えば、ジンダユウ曰く勇者が作ったということくらい。
「あれは、ずっと昔の勇者が魔王打倒のために作ったものだ。特別な術具を仕込んで作ってあるから、全部壊して術具抜かないと崩せない。だからって術具のせいでカチカチだからな。まず壊すことが難しい代物だ」
「あ、そんなものだったんだ。なんかこの土地特有の山かと思ってた」
メイにホオリは笑って、魔王の都がある北を見る。
「まぁ、魔王も壊せないならって、城の土台に使って守り固めてるからな。勇者が作ったものだと知らない奴も多いんじゃないか」
かつての勇者が作った目的を思えば、魔王打倒のための代物。
しかし時が経ち、魔王にも利用されているという。
そんな話しをしつつ、ホオリが言った。
「そうだ、打ち合わせもしておこう。先に決めておいたほうが、慌てなくて済む。で、この三人で旅する理由を聞かれたらなんて答えようか」
「私はメイの従者を名乗るように言われた。だから、救世の巫女と言わなければ、従者で通せると思う」
「それいいな。よし、じゃあ俺も従者だ。で、メイは親戚の所に行儀見習いに行く途中のお嬢さんな」
「え、私がお嬢さんなんて! む、無理だよ。そんなお嬢なことできないし」
「メイ、お嬢さまがそんな激しい動きをしてはいけない」
シオンがからかうと、さらにメイが慌て、ホオリが笑いだす。
慌てていたメイも、不座k手お嬢さまのふりを始めればさらに深まる笑み。
一夜に命をかけた戦いの後という緊張感は風にほどけて消えるようだった。
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