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一話:喪失者1

 揺れを感じて目を開けた少女は、ほの白い光、薄明の中瞬きをした。

 薄く紫を刷いているのは天か地か。

 降る光全てか判然としないほど、視界が霞んでいる。


「お、れ…………は…………?」

「目が覚めたのか、良かった。本当に良かった。まさか見つけられるとは思っていなかったからな」


 早口に言う何者かの声も、少女からは遠く、水を隔てたよう。

 ただ、覗き込む顔らしい影の中、黒い髪が揺れたのは見えた。


「…………うん、俺? いや、古くは自らを指す己れか。それは今様じゃないな。今なら私と言うんだ」

「わ、たし…………?」


 少女は写し取るように繰り返す。

 そのまま力が抜けるように、煙るような双眸を隠して瞼が降りた。

 様子を見ていた黒髪は、何かに気づいて首を巡らせる。


 眠る少女を一度確認すると、そのまま踵を返して去って行った。

 ただ木の幹に背を預けた少女が一人眠る。

 その姿はあまりに無防備だった。


「え…………。ちょ、ちょ、ちょ…………。え、死体?」


 驚きに怯懦を含んだ声音で、騒々しい足音は、草々とした中を近づく。


「いやいやいや、だって、こんな所で寝てる子なんているわけないし…………」


 怯えを抑えるように、言い聞かせるように、姦しく喋る少女が一人、金色の髪を揺らして歩み寄った。


「う?」

「本当に寝てるだけ!? あ、けど怪我かも?」


 瞼を開けた少女の前には、金髪の同じ年頃の少女がいた。

 覗き込む青い目には心配の色が濃い。


 灰色の目をして木の幹を背に、朦朧とした様子の少女に金髪の少女が声をかける。


「ね、大丈夫?」

「わ、たし、か?」

「そう、君。あ、私怪しい者じゃないよ。ちょっと走って鬱憤晴らししてたら、その真っ赤な色見えてさ」

「まっか?」


 金髪の少女に指されて見れば、放り出すように伸ばした足を包むのは緋袴。

 草の間からは燃えるように見えたことだろう。


 目を射る色に意識が浮上し、灰色の目をした少女は同時に身に起きた異常に気づく。


「私は…………誰だ?」

「へ?」

「名前はおろか、ここが何処かも、わからない」

「それって、もしかして、記憶喪失ってやつ?」

「そうなのか?」

「えー、私もわかんないよぉ。けど、怪我はない? 頭打ったとかセオリーだけど」

「いや、異常は感じられない」


 頭に触れば、白い髪が頬を撫でる。

 さらに周囲を確認するように動けば、腰から金属音が立った。

 記憶喪失の少女は、腰に太刀を刷いている。


 何かないかと触れば、太刀を帯びるための飾り紐には銘板が揺れていた。

 そこには獅子の顔が彫られ、裏には御恩の文字。


「獅子と、御恩?」

「それライオン? えーと、君は名前とかないの? うーん、どうしよ。誰もいないし、このまま放ってもおけないし。女の子一人なんて危ないし。まぁ、それで言えば私含めても女の子二人だからあんまり変わらないんだけど」

「女の子…………?」


 姦しく喋る金髪の少女の言葉に、緋袴の少女は疑問を覚えた。

 そうして自分の手を見て、さらには喉を触る。


(細い、それに喉仏もない)


 少女であるなら当たり前のこと。

 しかし緋袴の少女は違和感を覚えた。


(女、しかも幼い。それは見ればわかる。なのに、何故私は大人の男のつもりでいた?)


 緋袴の少女は男を自認していた。

 その上で記憶がないため、自認はあっけなく揺らぎ、自らの記憶や認識に懐疑しか抱けなくなる。


 己が何者であるかという根本的な部分が抜け落ちている。

 本来なら慌てるべき状況だという意識はあるが、それさえ疑わしい。

 自らの性別さえ誤認していた事実が、少女をより混乱させる。

 そうして周囲を見れば、さらに疑問が湧いた。


「空は、こんな色だっただろうか?」


 白い雲が覆う空は白く、紫がかった中に橙や黄色がほのかに色づく。

 白んだ光に照らされる草は、緑もあるが、黄みが強く、濃い色の草も紫に寄っていた。


「雨でも降らないと空は白いし、夜にでもならないとこの明るさのままだよ」

「私は、とても忘れていることが多いようだ」

「そうだね、空の色までわかんないって、色々ヤバそう」

「やば?」

「あ、えっと、まずそうってこと。あの、最近の言葉でね。まだ広まってないからこれは聞き覚えなくても全然、全然平気だから」


 金髪の少女は手を振って慌てる。

 その少女が着物の下に着ている白いシャツさえ、緋袴の少女には馴染みがない。


 そうして見つめ合っていると、風が吹き抜ける。

 まるで誰かが走るような草を鳴らす。

 金髪の少女はその音に首を竦めた。


「そういえば、近くに魔王軍が来てるんだった」

「魔王?」

「あ、それもわかんないのか。この国を治める王さま、悪いことしてるから魔王って蔭口叩かれてるの。でも王さま強いから誰も止められないし、その魔王に従う軍もけっこう乱暴だから、魔王軍って聞いたら逃げるのが大事。いい?」


 真剣に教える金髪の少女に、緋袴の少女は頷く。


「始めて、聞いた気がする。魔王、か」

「私も他の王さま知らないけどね。ここにある国、魔王の国だけだし。後は海の向こう」

「海?」

「わー、それもわからないのかぁ。じゃあ、いつも凪いでるとか言ってもわかんないよね」


 金髪の少女は言いながら、手を差し出す。

 立ち上がる手伝いとみて、緋袴の少女は手を借りた。


「ありがとう」

「え…………?」


 引き起こしてもらい緋袴の少女は礼を言う。

 しかし金髪の少女は目を瞠った。


「私は、何かおかしなことを言っただろうか?」

「え、あ、いやいやいや! 全然、全く、別に、変じゃないよ!」


 拳を握って力説した上で、金髪の少女ははにかむ。

 今度は緋袴の少女が目を瞠る番だった。


 しかし、驚かれたことに慌てて、金髪の少女はまた手を振った。


「そ、そういえば名前がまだだね。私、芽依っていうの。君は、聞いてもわからないか。だったらえっと…………獅子、御恩…………獅恩、シオンって呼んでおくけどいい?」

「シオン。そうか、わかった。メイ」


 立ち上がったシオンは改めて自分の出で立ちを確認する。

 緋袴は長く、太刀も幅を取る。

 着ているのは水干で、頭には烏帽子もあった。


 服装自体は男物だが、シオンの脳裏に浮かぶ言葉がある。


「白拍子?」

「あ、なんかそれ聞いたことあるけどなんだっけ? ともかく裾長すぎるしどうにかしないとね。私くらいの長さにできない? あとその帽子は目立つから取ろう」


 メイは気にせず、シオンが動けるよう考える。

 そんなメイが着ているのは、シャツと振袖に袴を踝上に上げた姿。

 シオンからすれば見慣れない恰好だった。


「…………服の着方はわかるようだ」


 シオンは裾を括り上げ、水干の袖の露を絞って動きやすくまとめる。

 烏帽子は畳んで懐へいれると、押し出されて扇が出て来た。


「おぉ、綺麗な扇。名前とかは、ないか」

「シオンの名は気に入った。ありがとう、メイ」

「え、へへ。そう?」


 一言の礼で嬉しそうにするメイに、シオンも記憶のない不安定さの慰めか和む。

 そんな弛緩した空気を責めるように人の声が上がった。


 近づいているのか離れているのか、途切れ途切れに聞こえるが、切迫した不穏さは風と共に感じられる。


「助けてくれー!」


 その声と共に、走って来る男の姿シオンとメイにも見えたのだった。


連続更新

次回:喪失者2

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