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第9話 一部はメンタルじゃなかった

 福来軒で日高ナースと別れて部屋に戻った。

 当たり前だが、部屋には明かりはついていなかった。

 佳子はもう戻っただろうし、明かりが消えているのはあたりまえだが、寂しさが一瞬心をよぎった。

 別れ際に日高ナースは

「後で行くわね」

 と言っていたが、即座に

「来ないでくれ」

 と返した。まあ、冗談だろう。

 今日は論文を書く日にしようと思って早めに部屋に戻ることにしたのに、襲撃されたらたまらない。

 


 机に座ってパソコンを立ち上げて論文を書き始めたら、急激に睡魔が押し寄せてきた。

「定食に何か盛られたのか」

 と思うほどの睡魔だが、単に腹いっぱいになって眠くなっただけだろう。

 眠くてもうどうしようもない、論文はあきらめてもう寝ようと思った瞬間に、部屋のドアを誰かがノックした。

 トントン、トントン

 チャイムがあるのにわざわざドアをノックするのは佳子も同じだが、佳子の場合は

 トントン、トントントン、トントン、トントントン

 必ずこのリズムの繰り返しだ。


 ノゾキ穴から覗くと、日高ナースだった。

「留守です」

 と返事をしたら、ちょっと怒ったような口調で

「早く開けてよ」

 いやいや、入ってほしくないんだって。でもそんなことを言い出せるはずもなく、何となく開けて部屋に入れてしまった。


 そこからしばらくつまみをつつきながらビールを飲んだ。つまみといっても、缶詰めのオイルサーディンしかなかったので、それに塩を振って電子レンジで温めただけのものだ。

 そして当然最後は、することは一つだ。


 しばらくベッドでまどろんでいた日高さんが

「あっ、長い髪の毛。やーね」

 当たり前だ。前日髪の長い女性が寝ていたベッドだから、髪の毛が転がっていないほうが不自然だ。


「日高さん、困るんだけどな」

「困るって、最後までしといて、説得力ないわね」

と言って笑った。

 そして狭いベッドで寝てしまった。


 最後までいってしまったが、恋人でもない女性と同じベッドで寝るのはなんとなく違うかな、と思い、床に座布団を並べてひいて寝ることにした。

 寝入ってしばらくして、例の人体の中にいることに気が付いた。


「まじか、儀式なしに精神体内に入ってしまっているな。これは昼間に泣かせたメンタルヘルスに回した患者の中だな」

 なぜそう思ったかよくわからないが、昼間に診察した患者の精神体内なのは確信ができた。

 いつも通り肝鎌状間膜から始まったので、どこを探すか考えることにした。

「えっと、主訴はなんだったっけ。手、足、唇がしびれる。これはハイパーベンチレーションに間違いないな。あとは胸がジーンとするっていってたな、コレかな。」

 心窩部、つまり腹腔内か、それとも胸腔内か。


 最初横隔膜を超えず腹腔内を探したが何もなく、横隔膜を超えて胸腔内に入った途端に、人型のアレが飛びかかってきた。邪鬼だ。

 この患者、メンタルヘルス科に送ったが、過呼吸を引き起こす原因の胸痛は、ひょっとしてこいつが原因だったのか。どちらにせよ、パニック障害はあるだろうから、送り先はメンタルヘルス科でよかったのだろうと、自分に言い聞かせた。


 今回のヤツは腹が出て手足が細い、餓鬼のような体型だ。

 払い気味のローキックで倒して顔面を力いっぱい踏みつけたら死んだようだ。

 そして死んだと思われた瞬間に、現実に戻って床の上で目が覚めた。

 儀式無しに精神体内に入り込んで、儀式無しに現実に戻ったというわけだ。


 今回のように、儀式だかプロセスだかがなくて精神体内に入り込んで、邪鬼を倒せば自動的にこちら側に戻れるなら簡単で助かるが、今後診察する患者全部の精神体内に意図せずに入り込んでしまうのは、何としても避けたい。

 今回このようになったとすると、今までと違ったのは、患者が泣いたことだろうか。その点では、患者と俺が精神的にかなり強いつながりを持った気もする。それが患者の精神体内に自然に入り込んでしまうトリガーだとすると、それはそれで困ったものだ。

 診察中の説明で患者が泣いてしまうなんて、しょっちゅうとは言わないが、それほど珍しくもないことだ。その度に、意図せず強制的に患者の精神体内に入り込まされるなんて、勘弁してほしい。


 意図せずあちら側に放り込まれたことで、かなり焦ったからだろうか、ふと気が付けば、全身汗だくだし、なんだか体がだるい。

 時間は15分も経っていないが、ちょうど長時間の手術の後のような汗だくの肉体的疲労感と精神的疲労感を覚えている。

 隣のベッドでは日高さんが下着姿で寝ているが、それを見たからではないが、また情欲がこみ上げてきた。先ほどの行為からそれほど時間が経ってないはずで、これでは中学生ではないか。どうしたのだろうか。まあ、とにかく、寝るしかない。



 結局朝まで眠れなかった。

 いや、明け方にウトウトはしたが、疲労感が取れるどころか、朝にはさらに増している。

 日高さんはかなり早くに起きて、自分の部屋に戻っていった。洗面所で顔を洗った時に、佳子の化粧品類や歯ブラシを目にしただろうが、何も言わなかった。

 どうにも罪悪感しか残らないので、いまさらだが、今後は距離を取るようにしよう。

お読みいただきありがとうございます。

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