表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/20

第6話 シャラン鴨

「おはよう」


ベッドでまどろみながら、佳子がつぶやいた。


「おはよう、ゆっくり寝れたかい」

「なんだかいやな夢を見たわ。踏みつけられる夢。でもその後ぐっすり眠れたわ」

「ぐっすり眠れたのかい。よかったね」

「最近悩んでた痛みが取れて、久しぶりに熟睡したわ」

「よかったね、背中の痛みが取れて」

「背中なんて言ってないわよ。なんで背中が痛かったってわかるの」

「う~ん、それは。今から言うことは適当に聞き流してほしいんだけど」


 今までの経緯を話した。

 患者とシンクロして眠ると、その患者の精神体内の中に入り込む

 そして、その患者の患部に変な邪鬼(ヤツ)がいて、そいつを倒すと病気が治る

 そのシンクロの方法や、そこからの離脱方法についても説明した。


「そう、よくわからないけど、アタシの痛みは良くなったわ。ありがとう」

「どういたしまして。治療費は負けとくよ」

「でも」

「でも、何んだい」

「こういうこと、他の人には話さないほうがいいわね」

「そうだね、誰にも話さないよ」


 彼女はそういう女性だ。

 俺のことにも、他人のことにも干渉しない。

 誰のことも批判しない、裁かない、ありのままに受け流す感じかな。


「お昼、鴨がたべたいわ」


 今日は月曜だが、ちょうど祝日で、朝はゆっくりできそうだ。

 もちろん俺は午前中は病棟の患者を診に行くが、それでも昼前には帰ってこれる。


「鴨が食べたいのかい」

「そうよ、シャラン鴨があったらご機嫌ね」


ああ、お嬢様だな、また俺の知らない単語が口から出てきた。シャラン鴨ってなんなんだよ。あとでスマホで調べるとして、とりあえず知ってるふりをしよう。


「シャラン鴨か、いいね」

「でもランチでシャラン鴨を出すお店ってないわね」

「そうだな、ランチではシャラン鴨は無理だな」

「亮ちゃん、シャラン鴨って知ってるの。いつも知ったかぶりするんだから。本当は知らないでしょう」


 といって、長い髪をかき上げながらクスリと笑った。


「知ってるよ、フランスの鴨だろ。今の時期だとあまり出回ってないね」

「へー、知ってるんだ」


シャラン鴨なんてもちろん知らないが、佳子のことだから、フレンチの、ちょっとレアな食材だろうと鎌をかけただけだ。


「じゃあ、お昼は軽く済ませて、夜はジビエか鴨。シャラン鴨があったらラッキーね」

「そうしよう。とりあえず病棟の患者さんを診てくるよ。それからランチに行こうか」

「そうね、じゃあシャワーを浴びて用意しておくわ」


 そう言って祝日の病院に出かけた。

 休みの日は救急外来の出入り口から入るが、その時救急外来受付の職員のおじさんから声をかけられた


「先生、小児科の急性腹症の患者さんがいるんだけど、診てほしいらしいです。救急外来婦長が先生が通ったら声をかけて引き留めててくれって言ってたんです」

「私、総合内科なんですが。小児科か、急性腹症だったら外科じゃないですか」

「救急外科が手術に入ってしまって。小児科の患者さん、ウォークインで急外を受診して、痛みが強くて小児科が困ってるんです」

「私が見ても引き取れないですよ。内科医が外科系の患者を診察して引き取れって無理難題です」


 そうこうしていると、外来婦長がやってきた。


「小児科の患者さんがウォークインで急外受診したんだけど、急性腹症で血液検査とCTを撮っても診察が付かないのよ。外科が消化管穿孔でオペに入っちゃって、急性腹症で外科に回せず困ってるのよ。先生、外科医でしょう、診てくれないかしら」

「いやいや、総合内科医ですって。そもそも急性腹症って診断名じゃないですから。診断がつかないから外科に回すって、それもどうかと思いますよ。診ませんよ、私。小児科も総合内科医、しかも小児専門の総合内科医でしょう。診断ぐらいちゃんとつけて、手術適応かどうかの判断が必要だ、という理由で外科に送ってくださいよ」

「そんなこと言いながら、診てくれるんでしょ」

「いやいや、診ませんって。診たって、外科医として引き取れないでしょ、総合内科医は」


 断りきれずとりあえず診察することになってしまった。

 血液検査とCTがもう検査されていて、CTの画像の前で小児科と内科のドクターが腕を組んで唸っていた。

 CTを見る前に触診をする。外科医の頃からの私の方針だ。

 救急外来では、混んで来ると患者を待たせてる間に血液検査とCTを撮りがちだ。ただ、診察のストラテジーとしては、視診・触診をして鑑別診断を上げて、必要なら血液検査、さらに画像診断に移るべきだ。

 といっても、混んで来るとどうしても

「先に血液検査とCT撮ってて」

 と言ってしまいがちだ。


 さて、患者は年齢から言えば小学生3-4年生かな。あっ、小学3年と電カルに出てる。便利だな。まあ、3年生でも4年生でも変わりないけどね。

 痛がって泣いているし、横でお父さんお母さんが心配そうに立っている。


 腹部を触診すると、心窩部、いや、右季肋部の痛みかな。

 結構ピンポイントで痛がる印象だが、う~ん、わからん。

 腹壁が薄いから、両手で挟み込んで何度も触診していると、


「う~ん、背中、腎臓だな」


 ということで、血液検査を見ると、白血球が上がって左方移動があり、CRPも上がっている。

 右季肋部の圧痛、CTでは胆嚢も炎症はなさそう。右腎盂はヒドロはなさそうだが、周囲の後腹膜がちょっと毛ば立ってるような気もするが、わからん。


「触診からすると腎臓の炎症が強そうですね。腎盂腎炎ではないでしょうか」


(CT要らないだろ、こんなにピンポイントで腎臓を痛がってるんだから。エコーでよかったんじゃないかな。エコーだったら放射線被ばくもなかったのにな。でも、急外当番だったら、俺も先に血液検査と一緒にCTをオーダーしていただろうな)


 ということで救急外来から急いで離れて、病棟に上がった。

 病棟では胃を痛がっている患者さんの診察と処方を頼まれた。私の受け持ちではないんだけど、断るより診た方が早いので、診察してH2ブロッカーを処方した。


 さあ、帰って昼めしを食べに行こう。

 そういえば ”シャラン鴨” をスマホで検索するのを忘れてた。

 どれどれ。


「あれっ、シャラン鴨ってWikiPediaでは載ってないや。シャランって町の名前としては載ってるな。で、シャランは家禽の飼育で知られていて、シャラン鴨は有名のようだ。」


 まあいいや、帰って昼飯食べて、食後に熱いミルクティーを飲もう。

お読みいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、評価ボタンでの応援をよろしくお願いします。

また、ブックマーク登録や感想も大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ