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第5話 好きっていいなさい、ちゃんと

「亮ちゃん、ちゃんと言ってごらん、ほら、ねえ」

「えっ、えっ、何んだ、いきなり」

「ちゃんと好きっていってごらんなさい。ス、キ、 って」

「そうだな、時が満ちたらな」

「ダメ、今言わないとダメよ」

「わかったわかった、そうだよ、そう」

「そう、じゃなくて、好きっていいなさい、ちゃんと。じゃないと、もう、触らしてあげない」


 ベッドで寝っ転がりながら長い髪を触っていた俺の手を、静かに払いのける仕草をした


 この間のことを根に持っているんだな。

 なんとかこの場を切り抜けたい。

 何年もこんなやり取りをしてきたが、今日はいつになく直球だ。

 ヨーコもひるむ様子がない。


「おバカさんね。後悔って後からするものなのよね」


 意味深な言葉を残して、その晩佳子(よしこ)は寝てしまった。


 翌朝、俺が出勤する時、佳子はまだベッドでまどろんでいた。

 出勤といっても、今日は日曜日だ。

 研修医の頃からの習慣で、休みの日でも一度は病棟の患者を視て回らないとなんだか落ち着かないので、早くに起きて病棟に行く。


「ベーコンエッグとコーヒー、できてるよ。冷めないうちに食べなよ。もう冷めかかってるけど」

「ありがとう。いただくわ。病棟に行くのね。優しいわね、患者さんには」

「みんなにやさしいよ。自分に自信がないから、患者から目を離したくないだけだよ。臆病モノなんだよ」

「そうね、慎重なのね。朝ごはん食べたら、いったん実家に戻るわ」

「ああ、わかった。じゃあ、いってきます」


 休みの朝の病棟は好きだ。

 他のドクターも少ないし、詰め所の申し送りもなんだかのんびりしているような気がする。

 でも、ナースにとっては人員が少ないので、受け持ちが多くなるので部屋周りが大変のようだ。


「おはようございます」


 ぼそりとつぶやき気味の小声で挨拶して詰め所に入って、受け持ち患者のカルテをチェックしようとパソコンの前に座った。

 座ると同時に主任がやって来て


「先生、この患者さんだけど、熱が出てるの。ちょっと後で診てくれないかしら」

「主治医の先生には連絡しましたか」

「連絡したけど、当直のドクターに診てもらってくれって」

「で、当直のドクターはなんていってるの」

「ちらっと熱計表だけみて、様子を見て月曜主治医に診てもらえって」

「じゃあ、あとで覗いてみます。部屋番と名前をお願いします」

「ありがとうございます。助かります。ついでにこの人とこの人」


 こんな具合に、受け持ちではない3人の患者のようすを視るよう頼まれたので、結局受け持ちも含めて2時間かかって病棟を視まわったので、病院を出たのは12時を過ぎていた。

 毎週こんな具合だが、別に休みの日だからといって、洗車以外にすることもないので、構わない。


 部屋に戻ると、いったん実家に帰る言っていた佳子がまだベッドまどろんでいた。


「あれ、実家に帰るんじゃなかったのかい」

「ゴロゴロしてたら時間がたっちゃって、めんどくさくなったわ。お昼たべようよ、お昼。なんかおいしいもの食べたいわ」


昨夜の意味深の言葉で、そのままいなくなってしまう気がして、まだ部屋にいてくれたことになんだかホッとした。


 昼は佳子のリクエストで、フレンチのランチを食べた。

 フレンチといっても、ランチなので2680円とお手軽で スープ、前菜盛り合わせ、肉か魚、デザートとコーヒー。

 肉か魚か迷うところだが、別々に頼んでヨーコとシェアすることにした。

 ランチのスパークリングは550円でお手軽だし、ドライで好きと彼女も言ってくれた。


 お昼をしっかり食べたせいか、夜は二人ともあまり食欲がわかなかった。

 食欲がわかないので、食べたいものが思いつかない。

 結局冷凍の牛丼の元を解凍してご飯少な目で食べた。


 牛丼を食べながら


「好きだよ」

「あのね~、好きって言えばいいってもんじゃないのよ。ちゃんとムードを考えてよ。どこの世界に牛しばきながら愛の告白する人がいるのよ」

と笑いながら、うれしそうに見えたのは、単なる俺のうぬぼれだろう。

 夕食後は二人でネットで映画をみて、風呂に入って寝た。

 

 今日は特に気になる患者はなかったので、そのまま寝たが、気が付くと体のなかにいた。

 そう、いつもの肝鎌状間膜の付近だ。

 さて、この人はどこに病巣があるのだろう。というか、誰の体のなかなんだ、いったい。

 一番考えられるのは、隣で寝ている佳子の中だろう。


 この土日一緒にいて具合が悪そうな様子はなかったが、どこかつらかったのだろうか。

 そんなことも気が付いてやれない自分が、医師として以前に恋人としてふがいなく感じた。

 そう心に浮かんだ時、「恋人」という文字がなんだか引っかかってむず痒かった。


「本当に恋人なんだろうか」


 とりあえず、体を一周してみよう。

 いつものごとく、下腹部から上腹部、そこから胸腔内、念のため頭蓋内も一通り探索してみたが、何も見当たらない、何にも出くわさない。

 そう言えば胸腔内の背側を見落としたかな。

 肺の下葉の背側を回るといたいた、例のヤツがいた。


「でかいな、こいつ」


 デカいからだろうか、殴っても殴っても効いている感触がなく、メリケンサックを持ってこなかったという準備尾側を後悔したが、そもそも今回は偶発的に出くわしたにすぎず、準備も糞もない。

 仕方ないので足払いで寝っ転がして、顔面を叩き潰した。

 これが一番手っ取り早く人間に致命傷を負わせることができる攻撃だ。


 とりあえず帰ろう。

 といっても、変える準備をしていない。どうしたものか。


 その時佳子が起きたのだろう、俺もあっちに戻った。


「なるほど、本人が起きると戻るわけだ」

「えっ、何?」

「いやいや、お休み」

「いやな夢見ちゃったわ」

「踏みつぶされる夢かい」

「えっ、何でわかるの」

「大丈夫だから、寝たらいいよ。見ててあげるから」

「珍しく優しいのね。じゃあもうちょっと寝るわ、おやすみさない」

「おやすみ」


 佳子、背中が痛かったのかな?

 起きたら聞いてみよう。

お読みいただきありがとうございます。


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