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第20話 ご家族の方おられますか

「師長さん、次の女性、家族の人も一緒に呼んでください」


 二週間前の胃カメラの時のバイオプシーの結果を説明するのだが、結果は癌だった。

 内視鏡医はバイオプシーを取る時点で癌を予想していたので、家族と一緒に来院するよう指示を出してくれていた。

 今回の検査医は私が外科医だった時によく世話になった消化器内科のドクターで、仕事の後でよく一緒に飯を食ったりして、気心が知れた仲のドクターだが、最近はあまり接点が無くなってご無沙汰だった。

 彼は2年目の時に90万するデイトナを腕にはめていて非常に驚いたが、考えたら、その時車を2台所有していた俺も、他から見たら似たような金遣いだったのだろうか。

 とにかく今晩ヤツを飯でも誘おう。


 外来師長が家族に言った

「ご家族の方もご一緒にどうぞ」


 さて、この ”ご家族” という言葉だが、駆け出しのナースはつい ”ご主人” や ”奥さん” と言ってしまう。

 以前、30歳前後の男性が受診した。


 カルテでは37歳だったが、見た目では30歳前半の見た目だ。

 そして診察室に一緒に入ってきた女性はどう見ても50代半ばだ。

 なので、男性の年齢をカルテで確認しなければ、30歳の男性と55歳の母親、とみるほうが自然だし、診察についていたナースも私もそう思っていた。

 この母親と思しき女性は、男性と一緒に診察室に入って来て、話の流れの途中で

「主人が...」

 私だけではなく、ナースも受け付けもみんなおそらく心の中で大きな声で叫んだに違いない

「まじかー、夫婦か」

 夫のほうはシュッとしたズボンととんがった靴を履いた感じで、女性はかなり太っていてダボっとした服を着ていて、これで夫婦だというのなら、政略結婚だかなんだか完全に裏があると思わないほうが無理がある。

 この出来事で俺は、”ご家族の方” と声掛けする必要性というのを強く再認識した。



 さて、胃の検査をした女性と、その家族、この人は確実に夫だろう、が部屋に入ってきた。

「えーと、胃の検査をして、ここに癌があります。見た感じでは粘膜癌ではなく、もうちょっと深くまでいっている感じです。胃の壁は5層構造のうちの3層くらいまでの癌だと予想します。なので、これからいろいろ検査をして治療法を決定しますが、消化器内科の先生にバトンタッチします」

 ここまで説明した時点で、隣にいた男性が倒れこんだ。

 だめだな、男って。

「この感じだとおそらくきちんと治療をしたら根治できますよ」

 と言いかけたが、ちゃんとCTなどの術前検査をしてからでないと、術前ステージは確定できないし、しがない総合内科医が言うことでもないので、言うのをやめた。

「師長さん、ご家族の方は奥で横になってもらっていてください」

 奥さん本人には消化器内科に回ってもらった。


 夕方、消化器内科医を晩飯に誘ったが、学会が近く準備で手一杯とのことで断られてしまった。非常に残念だが、彼も残念がっていたので、まだ嫌われていなかったようだ。もっとも、嫌われるほどの接触はなかったのだが。


 仕方なく帰宅したら、佳子が部屋で待っていた。

「いるんだったらラインしてくれよ」

「ラインしたわよ。亮ちゃん、スマホ見なさいよ、ちゃんと」

「おお、ライン来てる来てる、ごめんごめん。じゃあ、メシ行こうか。何が食べたい」

「なんでもいい、って言ったら亮ちゃん困るわね。じゃあ、カレーがいいわ」

「じゃあ、近所のネパールカレーに行こう」

「あっ、あのお店ね。いらっちゃいましぇ、っていうお店」

「そうそう、そこに行こう」

「じゃあ、準備するわね」


 準備といっても、5分で済んだので、助かる。

 歩いて10分ほどでインド人経営のカレー屋に着いた。

 正確にはインド人ではなくネパール人の経営だ。

 いつもの如く佳子は高いヒールを履いている。もともと170センチでそのうえヒールを履くので、俺の185センチとそう変わらない背丈だ。その二人で、カレー屋に入ると、若干目立つ。いや、かなり目立つ。

 

「おじさん、マトンとチキンで。マトンカレーはご飯で。バターチキンンカレーはナンで」

「ありがとごじゃいましゅ。マトンはご飯、チキンはナンでしゅね」

「お願いします」

 

 思わずお願いしましゅ、と言いかけた。


「ねえねえ、おじさんはずっと同じ人だけど、厨房の人は来るたびにコロコロ変わるわね。すぐに首になるのかしら」

「違うんじゃないかな。ところでカレー屋ってつぶれないらしいよ」

「確かに、いつもお客さん少ないわね、このお店。で、何でつぶれないの、カレー屋さんって」

「この手のカレー屋さんって、ネパールとかから日本に出稼ぎに来るための証明書のブローカー的存在だからつぶれないって言う話を聞くよ」

「えっ、闇のブローカーなの」

「という噂をネットで見かけるけど、実際はカレーって原価が安いからじゃないかな。このでっかいナンも原価は20円くらい、カレーも30円くらいらしくて、それにマトンやチキン入れてもカレーの原価って20-30パーセントって話だからかな。あとは人件費が安そうだね」

「亮ちゃん、相変わらず無駄な知識豊富よね」

「いやいや、必要な知識だよ」

「でも最低賃金がどんどん上がれば、カレー屋さんも経営が厳しくなりそうね」

「そうだね、最低賃金が時給1500円とかになったら、危ないかもね。でも、そこまで行ったら、普通の飲食店も危ないかもね」

「カレー、きたきた。おいしそうね」


「おまちどうしゃまでした。マトンの客しゃま。はい。チキンのお客しゃま」

「日本語お上手ですね」

「ありがとごじゃいましゅ」


 たしかに、日本語が上手だ。俺の英語よりはるかに上手だな。


 さあ、早く食べて帰ったら二人でひと汗かこう。

 あっ、なんかいやな言い方だな、ひと汗かこうってのは。なんかいい表現無いかな。

 愛を確かめ合うってのはあまりにこっぱずかしいし、う~ん、わからん。

 とにかく寝る前に…


お読みいただきありがとうございます。

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