第16話 自毛を食べる薄毛の治療法
先日グルコサミンの話をしたばかりだが、また別の患者から同じ質問というか相談を受けた。
「先生、これって飲んでもよいですか。今飲んでるお薬との飲み合わせは大丈夫でしょうか」
「飲み合わせは大丈夫ですよ。飲んでも大丈夫です、心配いりません」
「お医者さんのお墨付きがあれば安心ですね」
お墨付きか、そう解釈されても仕方がないかな。
「グルコサミンは健康食品ですから、薬ではありませんし、医療の範疇でもありませんので、お墨付きは出せません。医師としては医学的な効能は保障できません」
「でも、飲んでも大丈夫なんですよね」
「はい、大丈夫です。ただ、これを飲んで膝に効きますかって聞かれたら、効きませんとしか答えようがありません」
「でも、膝に効くって書いてありますけど」
そこで、製品のホームページを自分のスマホに出して説明することにした。
「よーく読んでみてください。膝の成分はグルコサミン、これにはグルコサミンが入っている、そして小さく ”本品は治療を目的としたものではありません” と書いてありますよ。これを飲んだら膝がよくなるとは書いていません。書いたら薬事法違反です。つまり、飲んでも膝には効きません」
「でも、グルコサミンが入ってるなら、飲んだら効きそうですけど」
「えっと、私の父は薄毛なんです。そして私もそろそろ薄くなってきていて、最近気になってるんです」
「えー、先生、まだフサフサですけど」
みんなそう言うが、薄くなってきているのは事実だ。当事者以外、薄毛に対しての認識はそんなものなんだろう。
「お風呂で濡れると地肌が見えるから、薄毛が進行してるんです。ところで、散髪屋さんに行って、切った自分の髪を持って帰って、きれいに洗ってそれを食べたら、髪の毛がフサフサになりますか」
「自分の髪を食べて髪なんか生えるわけありませんよ、先生」
やはりそれは理解できるようだ。
「でも、髪の毛の主成分はタンパク質ですよ。その中のほとんどがケラチンです。自分の髪の毛を食べても髪が生えてこないというのはみんながなんとなく分かっているのに、グルコサミンを食べても膝のグルコサミンが増えるわけないのは、理解したくないんですよね、みなさん」
「なるほど」
「金銭的なご負担にならなければ、健康食品は飲まれてもいいんじゃないですか。でも、効きますか、と聞かれれば、医師としては効きませんとしかお答えできません」
「もう一か月分、たのんじゃいました」
「じゃあ、それ以上契約が自動更新されないように、ご家族のだれかにお願いして契約解除してもらってはどうでしょうか」
この手の健康食品は、完全否定はしないが、そこそこ値が張るし、心の拠り所程度でとどめておくほうが良い。
今回の様に知人が勧めてくると断りづらく、気が進まないけど仕方なしに契約している場合もよく耳にする。こういうのって、勧める方も本当に効くと思って勧めているのだろうか。それとも、金儲けのため知人を食い物にしているのだろうか。
午前の診療はそれほど時間がかからなかった。
昼からはしこたま溜まっていた書類と、退院時サマリーを書いたが、退院時サマリ―はたまった分の半分もかけなかった。
そして夜は医局の症例検討会だった。
総合内科受診の患者はほとんどが診断のあたりがついたら専門科へ転科するので、症例検討会は寂しい状況だ。
”症例検討会なんてやってもやらなくてもいい” と思っているが、そんなことを口にしようものなら、医局でつまはじきにあうので、もちろん言わない。
世の中、言っていいこと、言ってはいけないこと、そしてその中間のことがあるが、これは限りなく ”言ってはいけないこと” に近いと思う。
もちろん外科医局での失言を教訓にして、おとなしくしておくというのを覚えたのだが、仮にそれを口に出したとして、特にいいほうにも悪いほうにも転ばないだろうし、私は確実に飛ばされる。だから、とにかく大学を出るまではおとなしくしておこう。
症例検討会が終わって医局から出るとき、病院から帰る途中の後輩君と出くわした。
「先輩、メシ、行きましょうよ。連れてってください」
「いやだ」
「えっ、まさかの反応ですね。嫌だってのは想定外です」
「連れてってくださいってのが、なんかいやだなと思って。一緒に行くならいいよ」
「めんどくさい人ですね、先生」
「ああ、めんどくさい人間なんだよ、俺は」
「いいですね、その面倒な感じ。じゃあ、一緒に行きましょう」
「じゃあ、どこに行く」
「先生がいつも行く定食屋でどうでしょう」
「いいよ」
車好きが二人が愛車を置いて、のんびり歩いて定食屋に向かった。
男二人で歩くと、もちろん無言だ。何の会話もない。ペラペラしゃべるほうが不自然な気がして無言だった。
無言なうえに、早足だ。別に急いでもいないが、男二人で歩くと早足な方が自然だ。
突然後輩君が言った
「先生、今日吞みますか」
「いや、呑まないよ」
「じゃあ、この後、マーチに乗せてください」
「突然だな、いいよ、ガンガンブン回していいよ」
福来軒で俺は焼き肉スペシャルを、後輩君はから揚げ定食をたのんだ。
俺は相変わらず8分ほどでたいらげたが、後輩君は25分くらいかけてゆっくり楽しんだ。
その後駐車場に戻って、後輩君の運転でドライブした。
「すごくローギアですね。1速での発進は気を使うくらいのローギアですね。ここまでトルクが出ていたら、ギア比はもうちょっとハイでもよさそうですね」
「そうそう。ビッグスロットルバルブとコンピューターチューニングをしてから、低速トルクがかなり出たから、ここまでローギアだと扱いづらいんだよな。いっそのこと2速発進の方が楽なくらいだよ」
「2速で発進してもよいですか」
「いいよ」
「なるほど、ちょうど2速でいい具合ですね。街中だと、2-4-5速でいいくらいですね」
「ちょっとバランス悪いよね、ギア比とトルクのバランスが」
「これはこれで面白いんじゃないですか。その辺のセダンだとぶっちぎれそうですね、このマーチ」
「そうそう。燃費も悪くないし、赤貧ドクターにちょうどいいんだよ、このマーチ」
「音もいいですね。回すと乾いた音がして」
「ステージ3のチューニングとは別に、ニスモのチタンマフラー入れたんだよ。これがいい音するんだよ」
「止まってると静かですね」
「おお、いいところに気が付いたな。ドアやフロアを全部剥いで、デッドニングしてるんだよ。だから止まってたら静かなんだけど、走ると盛大にロードノイズを拾ってどこからか侵入してくるんだよ」
「この走っている時のロードノイズがもうちょっと抑えられたら、高級感が出るというか、上品な感じがしてよさそうですね」
「そうそう、わかってるね、君」
「突き上げは仕方ないですね」
「サスはノーマルのニスモSのママなんだよ。ストロークがないからダンパーを変えてもこれ以上はどうしようもないかな」
「ありがとうございます。駐車場に帰りましょう。堪能出来ました」
「いえいえ、お粗末さまでした」
要所要所で愛車をほめてくれた。後輩君、案外いいやつだな。
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