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第15話 橋本病という診断

 診察日、朝からポンポンと診察が進んでいて好調だ。

 さて、次は足が腫れているという患者だ。

「師長さん、次の患者さんを呼んでください」

「あれ、いつもは時間をかけて問診票を読むのに、もう呼ぶのね。」

「はい、今日は絶好調です。どんどん行きましょう。お願いします」

女性が診察室に入ってきた。


「足がこんなに腫れて、靴が履けないんです。それにしんどくて。何とかしてください」

「いつから腫れていますか」

「1週間くらい前から腫れています」

「今何か定期的に飲んでるお薬はありませんか」

「なにも飲んでいませんし、いままでこんなに腫れたことはありません。それに体がだるいです」

「では、診察させてください」


 両足が腫れているが、しかしそれ以前に、ものすごい息切れだ。診察途中にこちらが何も言わなくても師長が酸素飽和度を測ってくれたが、さすが師長。そしてサーチュエーションは99%、うーん。脈拍は100を超えてる感じ。なるほど。

「脈が速くて息切れがしていて、まずは貧血か甲状腺機能亢進症を考えますね」

「足が腫れているのを何とかしてほしいです」

「それは二次的なもので、根本の病気が何かをしっかり調べて、それを治さないとダメです。多分甲状腺機能亢進症じゃないかと思っています。今までそんなことはありましたか」

「3年前に橋本病と言われました」

「なるほど、ひょっとしたらその時は橋本病ではなくて、バセドウ病だったかもしれませんね。血液検査をします。治療は橋本病かバセドウ病かでお薬が変わるので、申し訳ありませんが一週間後にまたいらしてください」

「一週間後ですか。靴が履けないくらい腫れてるのをとりあえず何とかしてください」

大元(おおもと)の病気を治療しないとダメです。足が腫れてるからとりあえず利尿剤、というような短絡的な治療ではだめです。予想では橋本病ではなくてバセドウ病です。3年前には抗サイログロブリン抗体という検査の数値が上がっていたのでしょうけど、今回はTRAbという自己抗体も上がっていると予想します。とにかく、治療は診断がちゃんとついてからです」


 患者は若干不満そうに診察室を後にした。つらいのは十分理解できるが、確定診断の後に治療を開始しないとダメだ。そうは言ってもおそらくバセドウ病なので、先にメルカゾールを開始するか、βブロッカーでとりあえず脈を下げてあげるか。いやいや、そんなわけのわからないことダメだろう、そんなことを自問自答しているとき、師長が

「息が切れてるから貧血じゃないの」

「うーん、それも鑑別にはあがるけど、多分バセドウ病だと思いますよ。当てものじゃないから、貧血も、甲状腺機能も、抗サイログロブリン抗体と抗TSHレセプター抗体いわゆるTRAbも検査します」

「あっ、だめよ。最初の月は甲状腺機能だけしか保険が通らないわよ。それに、サイログロブリン抗体とTSHの抗体って月が変わっても同時に検査をしたら保険が通らないわよ」

「大学病院だから、コメント書いたら通るんじゃないんですか。後でコメントを書いておきますよ」

「先生、コスト意識を持ってね。まあ、今回は仕方ないわ」

大学病院は融通が利かないって不満タラタラだけど、この辺のコスト関係は、民間より優遇されてるかな、大学は。でも、コメントしてレセが通ってるかは知らないけど。


 診療を終えて食堂に急いだ。

 ああ、定食は売り切れ。つらい、つら過ぎる。

 仕方なくチャーハンを食べていると、隣に後輩医師が座った。

「先生、チャーハン好きですね」

あまり親しくもないのに、いきなり隣に座って不自然な会話を切り出してくるもんだから、ちょっとびっくりした。

「なんでチャーハン好きって知ってるんだよ。一緒にメシ食ったことほとんどないだろ」

「日高さんが先生はチャーハン好きだって言ってましたよ」

「なんで日高ナースが俺のチャーハン好きを触れ回ってるんだよ」

「詰め所でナースがいつも先生の噂してるんですよ。詰め所ではあんまりしゃべらないけど、患者さんには優しいし、いつも長い時間ベッドサイドで患者さんに説明してるって。で、どんな人だろうってみんなで噂してたら、チャーハン好きみたいって日高さんが言ってました」


なんかめんどくさいな、この状況。

「で、君はラーメン好きなのかい」

 ラーメンを食べているのでそんな返しをしてみたが、我ながらつまらない返しだった。

「いえ、この時間だと、もう、チャーハンか麺類しか残ってませんから」

「なるほど、そりゃそうだ」

 その後会話が続かない。空気が重い。

 しばらくの沈黙の後に後輩君が

「先生、ニスモに乗ってるんですってね」

「おお、ニスモ知ってるのかい」

「あっ、車のネタには食らいつくって、日高さんが言ってた通りですね」

「ほお、君、日高ナースと付き合ってるのかい」

 口に出してから後悔した。自分が寝た相手だからというわけではなく、付き合ってるとかどうとか、自分にとってどうでもよい返しをしたことに、猛烈な違和感を覚えてしまった。

「付き合ってませんよ。マーチのニスモってどうですか」

さらりと返されてしまった。まあどうでもいいけど、なんか下衆な自分の精神構造を見透かされた感じがした。

「普通のマーチって3気筒の1000ccと1300ccだけど、ニスモSは4気筒の1500ccを積んで、足回りを固めてエアロで空力上げてるんだよ。その状態でディーラーで売ってるんだけど、ディーラーに入庫した時点で改造申請するから、車検証に13K改って書いてあるんだよ」

「へー、すごいですね」

「それをNPCに持ち込んで、ニスモの吸気系のビッグスロットルバルブ、チタンマフラーとコンピューターチューニングをしたんだよ」

「先生、楽しそうですね」


 しまった、やっちまった。初対面に近い車が好きかもわからない相手に、マニアックなネタを力説してしまった。一般人に車を語ってしまった。なんだかそんな自分がこっぱずかしくなって黙ってしまった。


「こんど運転させてくださいよ、マーチ」

「マニュアルだけど運転できるのかい」

「僕、マニュアルのNBに乗ってますから」

 なるほど、いつも止まってる黒のロードスターは彼のだったのか

「いいよ、お互い交換して乗ろう。でもロードスターって二人乗りだろ、不便じゃないかい」

「僕、友達いませんから、一人乗りでもいいくらいですよ」


おお、ウィットに富んだ返し、案外嫌いじゃないな、こいつ。

お読みいただきありがとうございます。

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