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⑤誘拐されたよ! 迫る究極の2択!

「…あなたには二つの道がある。ここでわたしたちと働くか、それとも死ぬか。二つに一つ。選んで」


 喉に刃物を突き付けられながら、わたしは脅されていた。赤髪の少女、ヒヅキによって。椅子に縛られて身動きが取れない。仮面の奥の鋭い視線がわたしを射抜く。


 ちなみにヒヅキの頭にはオレンジのニット帽が。もちろんわたしのだ。え? じゃあわたしの頭はどうなっているかって? もちろん剥き出しだよ! 光り輝いてるよ!


 というか死ぬか働けって、なんなのよその二択! 普通にどっちも嫌だわ!


 もちろんそんなこと言ったら即お陀仏だから、お口は堅くチャック。


 そうしてわたしが黙っていると、わたしの正面に座った中性的な見た目の男性が助け舟? を出してくれる。


「ヒヅキ、そう殺気立つな。この子もその言い方じゃなにも分からないだろう」


 白髪、眼帯、左手の義手に黒のロングコート。見事なまでに厨二病を拗らせた格好だ。とても痛々しい。


 わたしが同情の眼差しを向けていると、その男性が立ち上がった。


「初めまして。わたしはビャクヤ。一応その子の上司だ。随分と手荒に連行してしまったこと、まずはお詫びしよう」

「あ、どうも。カエデっていいます。よろしくお願いします、ビャクヤさん」

「よろしくね、カエデ。あと呼び捨てで構わないよ」

「分かりました」

「うん。じゃあさっそく説明を始めようか。君はあの人狼を見たよね?」

「いえ、見てないです。なので帰してください」


 刃が首に食い込む。ちょっとボケただけなのにヒヅキの目が怖い。まじで今すぐにでも刺されそうだ。


「誤魔化しても無駄だよ。通信でだいたいは聞こえてたからね」


 ビャクヤからも苦言を呈されてしまう。というかヒヅキの通信相手はビャクヤだったようだ。もともと誤魔化せるとは思っていなかったが、これはどう足掻いても無理そうである。


 そう考えてわたしは素直に見ていたことを認める。


「すみません。本当は見ました」

「うん。素直でよろしい。だけどあまりふざけすぎないようにね? 君の生殺与奪を決めるのはわたしたちだということを肝に銘じておくように」


 そう言ってビャクヤがにこりと笑う。だが目の奥が笑っていないのがとても怖い。わたしは黙ってコクコクと頷いた。


「よろしい。じゃあ説明の続きに戻ろうか。君が見た人狼……あれはこの世界でフェイカーと呼ばれる存在だ」

「フェイカー……ですか?」

「そう。分かりやすく言えば、人の世に紛れる化け物。人狼だけじゃない。蛇、熊、ライオン。あるいはそれらが混ざりあった姿、果てはもはや生物とは呼べない存在まで。様々な姿のフェイカーがこの世界には存在する。彼らフェイカーはそれぞれが特異な能力を持つが、それはナイトメアスキルに由来するものだ」

「ナイトメアスキル? なんですかそれ?」

「悪魔や神話上の怪物の名を冠するスキルの総称さ。というかその頭、君もナイトメアスキルの保持者じゃないのかい?」

「いえ、これは普通にハゲただけです」

「おっと、それは失敬」


 いや普通にハゲたわけじゃないけど! けどこの際それはどうでもいいか。


 それよりも気になることが一つ。


「ビャクヤのその言い方、まるでフェイカーはもと人間みたいに聞こえるんですが……」

「ずばり! その通りだよ。人がナイトメアスキルを手にして変化した存在。それがフェイカーなんだ」


 ふむ。整理してみよう。


 まずこの世界には人に化ける怪物、フェイカーが存在する。フェイカーはもとは人間で、悪魔や怪物の名前を冠するスキル……ナイトメアスキルを手にすることで誕生する。


 こんな理解でよいだろう。というか、たしか傲慢の王(ルシフェル)って悪魔だったような……てことはわたしもフェイカー!? 


 ……よし、とりあえず黙っておこう。


 そうしてわたしが黙考していると、刃が首に食い込んだ。ヒヅキの目が鋭く光る。


「…ちゃんと聞いてる?」

「は、はひぃぃぃ! 聞いてまひゅぅぅぅぅ!!!」

「やめろヒヅキ。まだ話の途中だ」

「…ん、了」


 首からスッと刃が外される。わたしは「ぜーはー……ぜーはー……」と息を荒げながらヒヅキを睨んだ。


 いくら死なないと分かっていても、やはり首に刃物を突きつけられるのは精神衛生上悪い。ちょっとでも変なマネしたら殺すよ? と殺意に満ちた目もやめてほしいものだ。本当に怖い。


 それからわたしが落ち着いた頃を見計らい、ビャクヤが話を続ける。


「混乱しているようだから、一つずつ順を追って話そうか。まずナイトメアスキルを解説するために、VPの抜け道について説明する。この世界のVPの仕組みについては分かっているね?」


 VP……つまり美徳ポイント。善行を積めば増え、逆に悪いことをすれば減る。そしてこの世界の通貨として機能している。スキルを取得するのにも必要。


 わたしが頷くと、ビャクヤが説明を続ける。


「基本的にVPは人を傷つけたり、盗みをすると減少する。だけどちょっと裏技的なものがあるんだ。例えば君がヒヅキを殴ったとする。このとき君が顔を隠してヒヅキを殴ると、VPは減少しないんだ」

「つまり、相手に誰だか認識されなければVPは減らないと?」

「うん、そういうことだ。だけど悪さは悪さだ。このとき君のVPは減らない代わりに、普段は可視化されていないカルマポイントというものが加算される。カルマポイントというのは……」

「あ、それは知ってるので説明は結構です」


 そんなわたしの言葉に怪訝な表情をするビャクヤ。しかし特には突っ込まず、「そうか」と頷いて説明を続けた。


「このカルマポイントとナイトメアスキルは密接に関係があってね……ちょっと具体的に説明しようか。例えばAというナイトメアスキルがあったとする。このスキルは普通なら取得できないし、存在も秘匿されている。しかしある条件を満たすとAを取得できるようになるんだ。その条件というのが、カルマポイントを一定数貯めること」

「つまりカルマポイントが溜まって、一定のラインを超えるとナイトメアスキルが表示されると?」

「ああ。そういうことだ。そしてカルマポイントが増えていけば行くほど、可視化されるナイトメアスキルも増え、その効果もより強力なものになっていく。その代わりにナイトメアスキルを取得するのに必要なVPは減少していくんだ」


 つまるところ、弱いナイトメアスキルはカルマポイントが少なくても表示される代わりに大量のVPが必要。逆に強力なナイトメアスキルほど大量のカルマポイントが必要な代わりにVPは少なくて済むと。


 ふむ。ちょっとここで思い出してみよう。傲慢の王(ルシフェル)に必要なVPはいくらだったのかを。


 傲慢の王:0VP


 …………よし、忘れよう。


「さて、ここでカエデに質問だ。基本ナイトメアスキルは通常スキルよりも強い能力を持つ。そんなナイトメアスキルが表示されたら欲しくなるのが人の性というもの。だけど取得には大量のVPが必要。君ならどうする?」

「VPを集めます」

「そう。VPを集める。そこで問題になるのが2つ目のVP制度の抜け道だ。先ほど悪さをしてもバレなければVPは減らないと言ったね。じゃあ人を殺したときはどうなると思う?」

「バレないように殺せば、VPは減らない?」

「うん。そうだね。だけどそれだけじゃないんだ。誰にも、それこそ殺した相手にすら自分がやったと認識されないとき、殺した相手のVPを丸ごと奪うことができる」

「待ってください! そんなのこの世界の根本的なルールが崩壊するじゃないですか!」


 この世界の経済は人の善意で貯まり、逆に悪いことをすれば減るVPで回っている。しかし人を殺してもVPが減らず、さらには相手のVPを根こそぎ奪えるとなれば話が変わってくる。世界中に殺人や暗殺が蔓延るようになり、秩序は崩壊するだろう。


 そしてそんなわたしの考えを、ビャクヤは肯定する。


「その通り。だからお偉いさんたちはこの事実を隠したがっている。そのために設立された、秘密裏にフェイカーを狩る組織。それが我々ナイトクランだ」


 ナイトクラン……つまるところ国の暗部。汚れ仕事を請け負う組織といったところだろう。そして、


「君にこの秘密を話した意味が分かるね?」

「仲間になれ。ならなければ死ねってことですね」


 ビャクヤがにこりと笑ってわたしの言葉を肯定する。


「分かりやすく言えば、そういうことだね。けど安心して欲しい。仲間といっても、ナイトメアスキルを持たない君には裏方や諜報員といった、わたしたちのサポートをしてもらうつもりだから」


 どうやら直接、フェイカーと戦うということはないらしい。いや、実はわたしナイトメアスキル持ってるんだけどね? まあそれはいったん置いておくとして……


 さて、どうしたものか。普通ならdead or aliveでわざわざdeadを選ぶことはない。しかしわたしは無敵だ。断っても問題はないはず……いや、今こうして拘束されている以上、過信は禁物か。人は水を飲まないと三日と持たないと聞いたことがある。もし、この縛られた状態のままで放置されれば……どうなるんだ? 普通に死ぬのか、それとも他者から害されたと判定されて、傲慢の王(ルシフェル)の効果で命を失うことはないのか。うーん……いまいちその辺の線引きが曖昧だ。拒否して無事でいられる確証がない以上、仕方ない。ここは相手の要求を飲むとしよう。


 わたしは大きく頷いた。


「はい! ぜひ一緒に働かせてください!」


 ちょっと胡散臭かっただろうか? いや、まあいいか。やる気があるのは評価ポイントだ。ビャクヤもさぞ嬉しそうな表情を……


 してなかった。なんなら笑みが引き攣ってらっしゃる。どうやら引かれてしまったよう。ヒヅキからも、もれなくジト目がプレゼント。やめて。心が痛い!


 とそこでヒヅキの視線がビャクヤに向く。


「…カエデは仲間になる。じゃあ仮面、取ってもいい?」

「え? あ、ああ。取っても構わないよ。あとカエデの拘束も解いてあげてくれ」

「…了」


 ヒヅキが小太刀を一閃。わたしを縛っていたロープがバサリと床に落ちる。久々の自由の身に、わたしは「うーん!」と大きく伸びをした。


 そんなわたしの目の前で、ヒヅキが目元を覆う仮面へと手を伸ばす。そしてその下から現れたのは……


「目が四つある!?」


 普通の目の下。左右の頬に一つずつ、ヒヅキの顔には合計四つの目があった。驚きのあまり大声を上げたわたしを、四つの真紅の目が見つめる。


 そんなわたしの様子を見てビャクヤが「あっ」と声を上げた。


「ごめんごめん。説明を一つ忘れていたよ。フェイカーを見分ける上でも役に立つんだけど、フェイカーには普通の人間とは明らかに異なった点があってね。それがヒヅキの目やわたしのこの左腕だ」


 そう言ってビャクヤは、まるでロボットのような自身の義手を指し示す。


「ど、どういうことですか!?」

「ナイトメアスキルを取得した人間にはね、そのスキルの元になった悪魔や怪物の特徴が身体のどこかに現れるんだよ。わたしたちはこれを『代償』と呼んでいるんだが……例えばヒヅキのナイトメアスキルは蜘蛛の女王(アラクネ)。だから目が四つある。これが代償だ」


 な、なるほど。わたしの左目が金色になったのも傲慢の王(ルシフェル)を取得した代償だったのか、と妙に納得する。


「さて、ここまでの話でなにか分からなかったところはあるかな? 質問があればなんでも答えるよ」

「いえ、特にないです」

「そうか。じゃあカエデ。ようこそナイトクランへ! 一緒にフェイカーを狩りつくし、そして最強のフェイカー……七つの大罪も倒そうじゃないか!」


 おー!


 …………


 ちょっと待て。最後なんて言った?


「あ、あの……なにを倒すって……」

「七つの大罪さ。ナイトメアスキルの中でも特に強力なスキル。暴食、憤怒、嫉妬、色欲、強欲、怠惰、そして傲慢。実は数日前、彼らのうち一人が1年以内にこの世界を破壊するという預言が神からもたらされたんだ。だから彼らを倒すのが、わたしたちナイトクランの喫緊の課題なんだよ」

「へ、へえー。そ、そうなんですねー」


 滝のような汗がわたしの身体を伝っていく。視線を右へ左へ。ソワソワソワソワ……


 そんなわたしの様子に眉を(ひそ)めるビャクヤ。


「カエデ……もしかして七つの大罪についてなにか知ってる?」

「い、いえ……知らないです」


 わたしは白を切ろうとする。そんなわたしの肩をビャクヤが唐突に掴み、わたしは「ぎゃっ!?」と悲鳴を上げた。


「七大罪スキルの情報はほとんどない! 数少ない情報源も過去の伝承や伝聞ばかり! 実際に目の当たりした者がいなくて情報が足りないんだ! 頼むカエデ! 少しでもなにか知っているなら教えて欲しい!」


 無理ですぅ! というか今あなたの目の前にいるのが傲慢の王(ルシフェル)ですぅ! 思いっきり目の当たりにしてますぅ!


 なんてことは口が裂けても言えない。わたしはただブンブンと首を横に振る。


 そんなわたしの様子を見たビャクヤが一言。


「ヒヅキ」

「…ん」


 短く返事をしたかと思うと、腰の刀に手をかけるヒヅキ。人形のように精巧な、それでいて幼さと妖艶さを兼ね備える美少女。その少女の四つの目がわたしを見つめる。その次の瞬間、わたしの背を猛烈な悪寒が襲った。


 ヒヅキから放たれた濃密な殺気。その殺気は周囲の温度が数度下がったかと錯覚するほど凄まじいもの。


 そしてその殺気に耐えきれず、わたしは全てをゲロった。


「わ、分かりました! 言います! 言いますよ! わたしなんです! わたしが傲慢の王(ルシフェル)なんです!」


 ヒヅキが目を見開く。そしてわたしの言葉を聞いたビャクヤの口からは、


「は、はぁ!?」


 そんな素っ頓狂(すっとんきょう)な声が飛び出した。

作者から読者様へ。大切なお願い


ご高覧いただきありがとうございます。

少しでも面白い! 先が気になる! と思われた方は、ぜひブックマーク登録、ページ下部の星を1つでも付けていただけると幸いです。


大変、創作の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします!

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