㊽ヒヅキの過去 ナイトメアスキルの真実
ヒヅキの過去語りは、1つの問いかけから始まった。
「…カエデはナイトメアスキルって何だと思う?」
「うーん……なんだろう。伝承上の存在がスキルになったもの……とか?」
そのわたしの返答に、赤髪の少女は被りを振る。
「…半分だけ正解。ナイトメアスキルっていうのは、かつて存在した悪魔や怪物……その成れの果て」
「成れの果て? どういうこと? なんでそんなことをヒヅキが知ってるの?」
「…それは、わたしがそのナイトメアスキルのもとになった、怪物そのものだから」
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はるか昔。
まだVPやKPなんて制度がない、世界の仕組みそのものが今と異なった時代。その世界には無数の悪魔や怪物が暮らしていた。
と言っても争いが絶えないとか、そんな血なまぐさい世界じゃない。悪魔も怪物もみんな気のいい者ばかりで、とても平和だった。
その悪魔たちの中に、わたし───アラクネがいた。
王として君臨していたバエルの娘として生を受け、父と母、そして姉の4人暮らし。
当時のわたしは今よりずっと引っ込み思案で、父の所有する大きな城の中、姉と母だけを心のよりどころにしていた。
優しい母。世話焼きで口うるさく、しかし温かい姉。そんな2人と過ごす日々が、わたしにとって何よりの幸せだった。
……あの頃のわたしは、そんな生活がずっと続くものだと思ってた。母の笑い声も、姉の小言も、全部──永遠だって。
でもそんな平穏は長続きしなかった。壊したのは父、バエル。
バエルにとって世界は、ただの娯楽に過ぎなかった。わたしたち家族を作ったのも、気まぐれの暇つぶし。やがて周囲の環境に飽きたバエルは、すべてを破壊し、新たな世界を創り直すことを決意した。
そこからはあっという間だった。バエルの力で暴走する無数の悪魔、怪物。平和な世界は瞬く間に崩壊し、全ての生命が塵となって消えた。
当然、母も、姉も……
その後、更地となった世界は神によって再び創造された。人が生まれ、植物が芽吹き、動物が暮らす今の世界。そしてかつて存在した悪魔や怪物の魂は、時を超え、形を変え、ナイトメアスキルという力となり、いまの世界に受け継がれている。
それが過去、この世界が見舞われた悲劇と再生の物語。
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「…命からがら大虐殺を生き延びたわたしは、バエルを追った。復讐のために。そして2度とあんな悲劇を繰り返さないために……でも、あいつの行方は少しも掴むことはできなかった。当然の話。だってあいつは人々の記憶に残らないんだから。手がかりなんてあるはずない。わたしは焦燥感に駆られた。あいつは気まぐれで、また世界を滅ぼす。わたしは止めたかった……でも、心の奥では思ってた。“無理かもしれない”って。どうしようもない絶望が、胸の中に巣食っていた。そんなときに、カエデが現れた。」
「わたしが……?」
「…ん。バエルはきっと、傲慢の王を保持するカエデに接触すると思った。過去にも悪魔たちを殺すのに、強力な七大罪を操ってたから。だからあいつに繋がる手がかりとして、カエデを手元に置くようにした」
手がかり……わたしは手がかり……
わたしの中で、なにかが崩れる音がした。
「ごめん。ちょっと理解が追い付かなくて……」
「………」
「その、かつてこの世界には悪魔や怪物が存在したんだよね?」
「…ん」
「その悪魔たちはバエルに皆殺しにされて、その魂はナイトメアスキルになった。ヒヅキはその大虐殺を生き残った、数少ない生き残り」
「…ん」
「…そしてヒヅキは、バエルを追った。復讐をするために」
「…ん」
「そしてわたしは、バエルに辿り着くための手掛かり。つまりあなたは…………わたしを利用していた……ってことなの?」
言葉にするのが怖かった。でも、口にしなければ、心が壊れそうだった。
お願い。違うと言って。お願い……
「……………ん」
しかしいつもより長い沈黙のあと返ってきたのは、肯定の言葉だった。
足元の地面がガラガラと崩れていくような錯覚。わたしの身体がよろめく。
「う、嘘だよね? だってわたしたち、ずっと一緒にいたじゃん。一緒に戦って、背中を預け合って……お祭りも一緒にいったよね? あのとき教皇に絡まれたわたしをヒヅキが助けてくれて、それで……」
「…嘘じゃない」
ヒヅキがわたしの言葉を否定する。
「わたしはカエデを利用して、バエルに接触しようとしていた。そのために常に近くにいた。それは紛れもない事実」
……信じられなかった。いや、信じたくなかった。わたしは利用されていただけ。ヒヅキにとってわたしは、ただの道具に過ぎない……
まただ……またわたしは、友達だと思ってた人に裏切られた……
わたしはヒヅキのこと、かけがえのない友人だと思っていたのに……
わたしはヒヅキに背を向ける。
「…カエデ……」
「ごめん。もうあなたとは話したくない」
背後からのヒヅキの声を拒絶し、わたしは通路の奥に歩き出す。頬には後から後から涙が流れるが、拭うことなく足を速める。
背後からは「…ごめんなさい」と小さな呟きが聞こえた。風が吹けば消えてしまいそうな、今にも泣き出してしまいそうな声。しかしわたしは決して足を止めることなく、その場をあとにするのだった。
───そしてその後、ヒヅキがナイトクランに帰ってくることなかった。




