㊺休日だよ! コスプレ大会!
最終章突入です
休日の昼下がり。せっかくの休みにも関わらず、特にやりたいことも思いつかなかったわたしは、街へと繰り出していた。
早足で駆ける商人、買い物かごを提げて井戸端会議に興ずる奥様方、こんな時間から飲んだくれている男ども。通りを流れる人の波を傍目に、わたしはのんびりと通りを行く。特に目的はない。目に入った店や露天に立ち寄っては、商品を眺めるくらいのもの。まあ、暇つぶしである。
たまにはこんな休日も悪くないかなぁ……最近やけに騒がしかったし。
サマエルとの戦いからは、まだほんの1週間。しかもその1週間の間も、広範囲に甚大な被害をもたらした毒野郎の後始末で方々を駆け回る始末。
ビャクヤの怒号が飛び交うここ数日を思い出し、わたしは苦笑い。そんなわたしの隣ではヒヅキが目をしばたたかせている。
「…うぅ……眩しい。目が痛い……」
「普段引きこもってるせいよ」
「…ぐぅの音も出ん」
いつもの仮面から覗く赤い目。その目を両手で覆う黒ワンピの少女。その可愛らしさに、刺々しい言葉とは裏腹にわたしの頬は緩む。
いつもニートのごとく引きこもっている彼女が、わたしの外出に付いてくるなど珍しい。明日は槍でも降るのだろうか?
まあ、それだけわたしと一緒にいるのが楽しいってことかな~。
わたしはそんなことを考えながらニヤニヤ。
「ちゃんと前を見て歩きなさい。人にぶつかるよ」
「…無理、不可能、絶対できない。カエデが手を引っ張って」
「やれやれ、手のかかる……なんで付いてきたのよ」
「…カエデの隣がわたしの居場所」
「はいはい。アホなこと言ってないで、さっさと行くよ」
呆れながらそう言ったところで、わたしの目にとある店が飛び込んでくる。透明なショーウィンドウにマネキン。煌びやかな夏服。
ファッションショップである。
もしかしてあそこなら、あれがあるんじゃ……
わたしは黒い笑みを浮かべると、ヒヅキの手を引いてその店へと向かった。
中に入ると、外観から想像したよりも広い店内。ベージュの内装に、色とりどりの服が並んでいて、とても華やかだ。思わず目移りしてしまう。
しばらく店内を散策していると───
お、あったあった。
わたしは麦わら帽子を手に取ると、赤髪の少女に被せる。帽子のつばを両手で摘んで、不思議そうに見上げるヒヅキ。
「…これは?」
「麦わら帽子だよ。これなら日光を防げると思って」
わたしは親指を立ててサムズアップ。
いやぁ、美少女に麦わら帽子! なかなか似合いますなぁ。ぐへへ。ちょっと戸惑った様子もまた、初々しくて可愛らしい。
しかし───
「ちょっとこっち」
「…?」
わたしはヒヅキの手を引くと、試着室に放り込む。しばらくしてカーテンを開けると───
「おぉぉぉ! ワンダフォー!」
わたしは感嘆の声をあげた。目の前には普段の黒と対称の、白いワンピースを纏った美少女の姿。
やはり麦わら帽子には白のワンピース! 赤い髪との対象も艶やかで、実に映える。
自分の身体をキョロキョロと見下ろす少女の周囲を回りながら、わたしはカメラをパシャパシャ。いろんな角度から、美少女の姿を写真に収める。
これをチュイッターにポストすれば大うけ間違いなしだ。可愛いは正義! 美少女は世界を救う! ヒヅキの可愛さを世界にお届けだ! そうすれば大量のいいねがつくはず!
一通りの撮影を終えると、わたしは息をつく間もなく次の服を彼女に押し付ける。
「はい、じゃあ次はこのメイド服ね」
「………」
ジト目を向けてくる仮面の少女。なにか言われる前に、わたしは颯爽とカーテンを閉める。
それからはもはやコスプレ大会。メイド服、ケモ耳、魔法少女、制服、天使etc……
わたしはその可愛らしい生き物を、スマホ片手に無心でパシャパシャ。表情筋も緩みまくりである。そんなわたしを蔑みの目で見るチャイナドレスの美少女。
「…カエデ、わたしで遊んでる」
「ええ? いやいや、まさかまさか。ヒヅキの美少女っぷりを、世界に発信しないなんて……全世界の損失! わたしは至って真面目よ!」
そう言いながら、わたしの手は止まらない。角度を変えてはパシャパシャ、カシャカシャ。
おっふ……てぇてぇでござる。これが萌えという感情か。
「ヒヅキ! 目線ちょうだい! 目線! そうそう! いい感じ!」
「…自分の欲望を叶えてるだけ。性格悪い」
ヒヅキから注がれる冷たい視線。しかしわたしは1ミリもへこたれない。
「いやいや、わたしはめっちゃ性格いいから! だってこれは全世界の利益になること! 訂正して、訂正」
「…ほんと、いい性格してる」
「それは意味合いが変わるでしょうが!」
そんなこんなでわたしたちが撮影会をしていると、店主の中年女性が近寄って来る。
「あらあら、可愛らしいお嬢さん。妹さんかしら?」
ニコニコと穏やかな口調の店主。年相応の柔らかな雰囲気で、声にも棘はない。
「い、いえ、友達です」
首を横に振りながら、わたしは少しバツが悪くなる。ここは人様のお店。ちょっと周囲が見えていなかったかもしれない。
「その……すみません。ちょっと夢中になってしまて。騒がしくしてしまいましたよね……?」
「あら、いいのよ。わたしも遠目に楽しませてもらったから。お二人とも、とっても仲良しなのね」
口に手を当てながら、「おほほ」と笑う女性。
「ま、まあ、それなりに? ですかね?」
照れ隠しに鼻の下を擦りながら答える。視界の端では、ヒヅキも少しこそばゆいような表情をしている。
そんなわたしたちに、ニコリと笑う店主。
「はい、これ。よかったら、2人でお揃いにしてみたらどうかしら?」
「え、これって……」
中年女性の手には緑色のニット帽。わたしは彼女の手からそれを受け取ると、「えいっ!」とヒヅキの頭に被せる。パンと手を叩いて、表情を綻ばせる店主。
「あら、とてもお似合い」
彼女の言う通り、赤い髪に緑の帽子。クリスマスカラーになったヒヅキはとてもキュートだった。
一方、美少女はもじもじと、なんだか恥ずかしそう。そんな少女の様子に微笑むと、店主は「買いたくなったら、カウンターまで来てちょうだいね」と言い残し、その場をあとにする。
その背に会釈をしたわたしは、ヒヅキに視線を戻すと、彼女の脇腹を突っつく。
「どうよどうよ? わ・た・し・と! お似合いのニット帽の感想は!?」
「……悪くない気分」
いつもよりほんの少し長い沈黙の後、視線を逸らしながら答えるヒヅキ。やや朱色に染まったその頬を見つめながら、わたしはフッと愛好を崩す。
「ねっ。写真撮ろっか」
「…写真?」
「ほら、こっちこっち!」
戸惑うヒヅキを引き寄せ、わたしはカメラを構える。
「笑って笑って!」
「…ん」
カシャッ!
画面の中には、歯を覗かせるわたしと、小さく笑うヒヅキの姿。それを見ながら、わたしたちはもう一度破顔する。
「ね、どうする? それ買ってく?」
「…ん、買う。VPはカエデが払って」
「しゃーないのぉ。お姉ちゃんが払ってあげようじゃないの」
ヒヅキの買い物をわたしが払う。自分でも甘いと思うが、ヒヅキがわたしとお揃いのニット帽を被るのが嬉しくて、ついOKしてしまった。
でもまあいっか。代わりにヒヅキには今日のランチ代でも出してもらおう。
そんなこんなでカウンターへと向かうわたしたち。
「これ下さい!」
店主の目の前にニット帽を置く。しかし中年女性はなにも答えない。先ほどまでと打って変わって、無表情でこちらを見つめるのみ。わたしはその違和感に困惑する。
え? あれ? どうしたんだろう?
「あ、あのー……」
もう一度声を掛けようとしたそのとき、ヒヅキがわたしの服の裾を掴んだ。びっくりするほど強い力。緊張に顔を強張らせる少女。
「…カエデ」
その声に促されるように、視線を巡らせる。
え……?
店主だけじゃない。店内にいた客、全員がこちらを向いている。笑わず、喋らず、微動だにせず、感情の一片も浮かばない表情で、わたしたちを見つめている。
な、なに? なにが起きているの?
「…ここだけじゃない。外も……」
ヒヅキの言葉に慌てて店を飛び出せば、先程までの喧騒はどこへやら。静寂に包まれる大通り。ざわめきも足音も、声一つ聞こえない。ただ群衆だけが、そこにいる。
そしてその全員が、こっちを向いていた。
まるで機械仕掛けの人形のように、なんの感情も映さない無数の瞳。あまりにおぞましい光景に、わたしの背筋には冷たいものが走る。
「ね、ねぇ……これ、なにが起きてるのかな?」
身構えるヒヅキ。わたしは一歩、二歩と後退る。
その時だった。
コツ、コツ……
静けさに満ちた大通りに響く、乾いた靴音。微動だにしない群衆の中から、一人の男が現れる。髪、肌、上下のスーツ、全身が真っ白。異様なまでの純白。その中で唯一、血のように赤い双眸だけが、光を放っていた。
男はわたしと目が合うと、ニコリと微笑む。本能的な恐怖を感じる、おぞましい笑みだった。
「初めまして、傲慢の王。突然だけど、僕と一緒に来てもらうよ」
作者から読者様へ。大切なお願い
ご高覧いただきありがとうございます。
いよいよ最終章です。ぜひ、最後までお付き合いください。
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