㊹大陸東部からの贈り物! アンパン・ウォーズ!
よく晴れた、とある日の午後。
わたしたちナイトクランのメンバーはビャクヤによって急遽、食堂に集められていた。
テーブルを囲むわたしたちの中央には白い箱。サマエルの被害者を弔いに行った帰りに、ビャクヤが持ち帰ったものだ。
わたしは首を傾げる。
「これは?」
「アンパンだよ」
アンパン……?
ビャクヤが箱を開け、中身を配っていく。
「帰りに知人から渡されてね。皆で食べてくれとのことだ」
「へぇー」
わたしは受け取りながら、しげしげと手の中の物を見つめる。
……うん、確かにアンパンだ……
薄皮の中に餡を詰め、こんがりと焼き上げたもの。西洋のパンと日本の餡を組み合わせた、日本発祥のいわゆる菓子パン。
わたしが知るアンパン、そのまんまである。
……まさか異世界にもアンパンがあるとは。
ちょっと感心しながら、わたしはパクリ。
「んん!? 美味しい!」
次の瞬間、わたしはあまりの美味しさに目を見開いた。
なんだこれは……!? 外はパリッと、中の餡は口当たりが滑らかで甘さも絶妙。いくらでも食べられそうなほど美味しい。
わたしの感嘆の声につられるかのように、周囲からも次々と黄色い悲鳴が上がる。
「…ん、美味しい。美味しい」
「すごいわぁ、これ! 身体の奥から力がみなぎるみたい!」
「さすがは東の名産品と言われるだけあるね!」
「うん! 糖分が脳に染みるよ!」
あまりの美味に手が止まらない。瞬く間に完食してしまう。
ああ、美味しかった。
お腹に手を当てながら、ほっと一息。見回すと、皆もとても満たされた表情をしている。そんなわたしたちの様子に、ビャクヤがにこりと微笑んだ。
「満足してくれたようで良かったよ。今度、あいつにはお礼を言っとかないとね……ってあれ?」
席を立ちかけたビャクヤの動きが止まる。全員の視線がリーダーに集まった。
「どうかした、ビャクヤちゃん?」
「ん、いや……実は、アンパンが1つ余ってるんだ」
その一言に、場の空気が変わった。全員が全員、相手を牽制するかのように視線を巡らせる。
恐らくみんな、わたしと同じ考え。すなわち、アンパンのお代わりが欲しい……!
一方、苦笑いのビャクヤ。
「わたしたちが6人なことは知ってるだろうに、あいつは……争いの種を仕込むのが好きなやつだ。まったく……とりあえず、みんな落ち着いてくれ。アンパンが欲しいのは分かる。けど残りは1つだけだ。ここは公平に、ジャンケンで決めるというのはどうだろう?」
新しいアンパンを買ってきたらいいのでは……? と思うが、どうやらこの世界で小豆は大陸の東でしか育たないらしい。つまり、必然的にわたしたちのいる大陸南部では、アンパンは希少な物となる。すなわち、いまから買いに行くというのは不可能……!
わたしは大きく息を吐く。
こう見えてわたしは甘党だ。無論、アンパンをお代わりしたい。特に異世界に来てからは、ほとんど甘いものを食べれていない。この機会は絶対に逃せない! なにがなんでもジャンケンに勝って……
……ん? ジャンケン?
わたしはジト目を白髪の女性へ向ける。
「……ねえ、ビャクヤ。ひょっとして予知の悪魔する気じゃないよね?」
にこりと微笑むビャクヤ。
そうだよね! たかがジャンケンにナイトメアスキルを使ったりしないよね!
「カエデ……これは真剣勝負だ。ズルだろうが何だろうが、勝てばいいのだよ」
「いやせっこ! そんなの絶対にビャクヤが勝つじゃん! 大人げなさすぎ!」
当然、周囲もビャクヤに猛反発。
「それっぽいこと言って! ビャクヤちゃんはただ甘いものが好きなだけじゃない! それよりもここは、先の戦いで大きく体力を消耗したあたしが食べるべきだわ!」
「いやいや、おれが貰う! そしてビャクヤさんと半分こに……ぐへへ」
「……普通に6等分したら良くない?」
ブルー、ライト、モモもわたしに賛同? してくれる。そのままわたしたちがギャーギャーと言い合いをしていると、ヒヅキが「やれやれ」と首を振った。
「…みんなバカ。こういうのは早い者勝ちと相場が決まってる」
そう言うが早いか、シュババッと箱を手に取り、駆け出す少女。全員の口から同時に、「あ!」という声が漏れる。
「ヒヅキが逃げたぞ! 追え!」
部屋を飛び出すヒヅキ。その背を追って、わたしたちも一斉に駆け出した。
廊下に飛び出すライトとブルー。
「どっちに行った!?」
「左よ! 待ちなさい!」
巨漢の乙女が、廊下を駆ける少女の背にタコ足を放つ。首だけでこちらを振り返るヒヅキ。刀を抜くが早いか、迫りくる触手を切り裂く。
幾重にも走る白銀の斬撃。細切れとなったタコ足がボトボトと廊下に落ちる。それを見て、小さく口角を上げるヒヅキ。
「…アンパンはわたしが貰う。みんなはタコ焼きでも食べてたらいい」
おえ……ブルーのタコ足なんて死んでも食べたくない。
わたしは細切れの触手を見て小さく身震い。一方、巨漢の乙女は斬られたにも関わらず余裕の表情。少女に向かって白い歯を見せる。
「ふっ……甘いわよ! ヒヅキちゃん!」
「………!?」
斬られたタコ足の切断面が膨らんだかと思うと、足が再生する。そのまま触手がヒヅキを捕らえようと、唸りを上げた。狭い廊下で、触手に追い詰められるヒヅキ。狭い場所は不利と見たか、窓の外へと飛び出す。
わたしは苦笑い。
いや、ここ2階なんですけど?
だがそんなこと、他の面々にとっては些事なのだろう。
「逃がさないわよ! ……ってあら?」
すぐさま少女を追おうとするブルー。しかし突如、その身体から力が抜け、座り込んでしまう。どうやら先の戦いで大きく消耗した影響が、まだ残っているらしい。
「あう……力が入らないわぁ……」
……ブルー脱落
「くっ! ブルー! 君の雄姿は忘れない!」
一方、慌ててヒヅキを追いかけるライト。颯爽と窓の外へ飛び出していく。
だからここ2階だって!
わたしは慌てて窓の外を覗き込んだ。すると、
「わあああ! 助けてぇぇぇぇ!」
眼下には、ヒヅキの張った蜘蛛糸に絡めとられるバカの姿。わたしは呆れて物も言えない。
「あんたバカなの?」
「そんなこと言わず助けてよー」
「うん、断る」
わたしはさっさとライトに見切りを付けた。しかしチャラ男は諦めない。ライトの身体から溢れ出す毒液。
「おれは諦めないぞ……! 絶対にビャクヤさんと……アンパンを半分こするんだぁぁぁ!」
蜘蛛糸がゲル状に変形し、拘束力を失う。自由を取り戻したライト。
「よしっ! 抜けた……あああああぁぁぁ!?」
繰り返そう。ここは2階だ。当然、蜘蛛糸から解放されたら落下する。
「あああぁぁぁぁ……」
ゴキャッ!
下から響く鈍い音。わたしはそっと手を合わせる。
…………南無三
さて、そんなことよりヒヅキはどこへ行ったかな?
わたしはライトを無視し、周囲を見回す。すると、少し向こうで向かい合う白髪と赤髪が目に飛び込んできた。
ビャクヤとヒヅキである。
「ふふふ、わたしから逃げられると思ったかい、ヒヅキ?」
「…くっ、やっぱり予知の王は厄介……!」
どうやら予知の王の未来予知で先回りしたらしいビャクヤ。
「さあ、アンパンを渡してもらおうか!」
「…だが断る」
赤と白の流星がぶつかり合う。わたしは焦燥感に狩られた。
くそっ! 出遅れた!
「ぼくがピッタリ6等分できる機械を作ろうか?」
「いまはそういう話をしてるんじゃないのよ!」
横で首を傾げるモモを無視し、わたしは急いで階段へ向かう。
階段を下りながら、わたしは思考を巡らせた。
あの2人の戦いに割り込むのは現実的に不可能。負けはしないが、勝てもしない。それよりも、わたしにしかできないこと。棚ぼたでアンパンを手に入れられそうな作戦は……
そうだ!
外に飛び出すと、わたしは地面に手を当てる。罠を作るのだ。争うヒヅキとビャクヤを囲うように、円形に、そして2人から見えないよう地中に、電撃キノコを無数に生成。これで2人はこの中から抜け出せない。抜け出そうと黄色キノコを踏めば、感電は必至。
ふふふ……あとはどこかに隠れて待つだけだ。罠を踏み、気絶した勝者からアンパンを奪う。完璧な計画───
ガツンッ!
……え?
突然、頭になにかがぶつかった。恐らく、2人の戦いの余波で吹き飛んだガレキが何か。
傲慢の王のおかげで怪我はない。しかし身体のバランスが崩れる。
ちょっ……危ない……
咄嗟に、地面に手をついた。そこは運悪くも、わたしが罠を張った場所。
「アババババ!?」
全身がビリビリと痺れ、髪の毛が逆立つ。目の前はチカチカ。
「あ……う……な……んで……」
なんでわたしがこんな目に……わたしが何をしたって言うのよ!
わたしは自身の不運を呪いながら、プスプスと黒い煙を上げて地面に倒れ込む。
気こそ失わずに済んだが、もう身体はほとんど動かない。必死に首だけを動かし、顔を上げる。
すると目に飛び込んでくるのは、どうやらヒヅキが勝利を収めたらしい光景。
勝利を収めたというか、ビャクヤが自爆したっぽいけど……
サタン戦の影響が残るビャクヤ。そのため脳が予知の王の負荷に耐え切れず、気絶したらしい。鼻と目から血を流し、白目を剥いて倒れ込むリーダー。
アンパンのために命を賭けるって、ビャクヤはバカなの?
わたしは自分のことを棚に上げて呆れ顔。
一方、天に拳を突き上げるのはヒヅキ。背後に『You Win』の文字が幻視できそう。
「…これで邪魔者はいない♪」
ルンルンとスキップをしながら、こちらに近づいてくる。わたしは必死に神に祈った。
神様仏様……どうかヒヅキに罠を踏ませてください。お願いします……踏め! 踏め! 踏め!
……踏んだ。
ヒヅキの足が、わたしの罠を踏む。
バチバチバチッ!
「…アババババ!?」
黒焦げになって倒れ伏す少女。その手から白い箱が転げ落ちる。
よしっ! 天はまだわたしを見捨てていない! あれをわたしが拾えば……!
わたしはズリズリと這って、箱に近づく。あとちょっと……あとちょっとでアンパンがわたしの手に……!
しかし、勝利はもう目と鼻の先という時だった。機械らしき銀の箱を抱えたモモが現れる。
わたしを見て、能天気に笑う少年。
「6等分する機械、作ってきたよ~」
そう言ったかと思うと、モモは白の箱からアンパンを取り出して、機械の中へ。
わたしは咄嗟に手を伸ばした。
「ちょっと待って……」
ボンッ!
次の瞬間、銀の箱から黒い煙が上がる。伸ばしかけたわたしの手が止まった。
発明家少年が箱の中を覗き込む。中身を確認し、苦笑い。
「ごめん、黒焦げになっちゃった」
わたしの目が点になる。開いた口がふさがらない。
黒焦げ……アンパンが黒焦げ……
わたしたちは今まで、いったい何のために戦って……
「ふっ……勝者なき戦いとは、このこと……ね……」
わたしはガクリと項垂れる。全身、真っ白に燃え尽きて。
「カ、カエデさん!?」
モモがわたしを呼ぶ声が聞こえる。だけどもう応える気力はない。静かに目を閉じる。
なんとも言えない虚しさに包まれながら、わたしはそのまま闇に意識を手放すのだった。
ご高覧いただきありがとうございます。
次話から最終章突入です。




