㉝火山大噴火! 消えるミトス教
ナイトクランがサタンを倒して数日後。星々が輝く夜空の下。
大陸の中央にそびえ立つ巨大な大聖堂の中にて。絢爛でありながらどこか厳かな大聖堂の中、一人のデブが汚い唾を吐き散らしながら、上座に座す四つの影に向かって喚き散らしていた。
デブ……教皇、グレゴリー三世は包帯でぐるぐる巻きの自身の身体を指し示す。
「あのオカマ、我のことをぶん殴ったのです! あなた様方に任命された我に対する蛮行! 許されません! どうか制裁を! 我を殴り飛ばし、せっかく築き上げた街……レギオンを破壊したあのクソどもに制裁を! どうか、どうかお願いいたします! ミカエル様!」
教皇の訴えに、ミカエルと呼ばれた色白の美しい女性が冷ややかな目を向ける。腰まである流麗な黒髪に黒目。背筋を伸ばし、ぴっちりとスーツを着こなした姿が彼女の厳格な性格を物語る。
「お前にかける言葉はない。さっさと去るがよい」
「そ、そんな!? 我はあなた方の命に忠実に従ってきたはず……そんな我をお見捨てになるというのですか!?」
にべもなく教皇の言葉を退ける女性。グレゴリー三世は今にも土下座でもしそうな勢いで食い下がる。しかしミカエルはそれを無視し、左隣に座る少し天パの入った緑髪の幼女に視線を向ける。
「ガブリエル。ミトス教に関する記憶を、一般市民から抹消してくれ」
「うん! 分かったよ、ミカエルお姉ちゃん!」
嬉しそうに緑の目を輝かせた七、八歳ほどの少女は元気よく頷き、瞑目する。さらにミカエルは右隣に座った、目元が隠れるほど前髪の長い金髪ショート、白いワンピースの少女に声を掛ける。
「レギオンの周辺には火山がある。ウリエルはそれらを噴火させ、街の痕跡そのものを消し去ってくれ」
「え? そ、そんなことしていいのでしょうか?」
「ああ。問題ない。どうせレギオンはほぼ全壊している。戦いの痕跡を残さないためにも何かしらのカバーストーリーは必要だ。火山が噴火して街一つ消え去った……少し雑だが十分だろう」
「わ、分かりました。ではさっそく取り掛かろうと思います」
そう言って、席を立つウリエルと呼ばれた十六くらいの少女。去っていくその背を見つめながら、一番左に座す白の法衣を纏った女性が「あらあら」と微笑む。肩にかかるくらいの緩くウェーブのかかった青髪が揺れ、ただでさえ細い糸目がさらに細められた。
「ウリエルの気象操作の力に、ガブリエルの催眠能力……そうまでしてミトス教の存在を消す必要があるのかしら?」
「お前だって分かっているだろう、ラファエル。レギオンにはわたしたちとやつとの関わりを示す証拠が残っている可能性がある。万全を期すためにもこれが最善だ」
「そうねぇ……あなたがそんなヘマをするとは思えないけれど……」
「わたしではない。問題はそこのアホな男だ。それに、どのみちサタンがレギオンに潜んでいたことが発覚した以上、その痕跡は残せない。わたしたちの使命は、フェイカーやKPの存在を公にしないこと。そしてなによりも、この世界の平和と秩序を保つことなのだからな」
「はいはい、分かってますよ」
強い言葉で自らの使命を力説するミカエルと、「それはもう耳ダコですよ」と言いたげに唇を尖らせるラファエル。
そんな二人の女性のやり取りを前に、困惑した表情を浮かべる教皇。その顔を大量の脂汗が伝っていく。
「あ、あの、どういうことでしょうか? 我のミトス教を消すとか、火山を噴火とか聞こえるのですが……」
「そのままの意味だ。ミトス教はこの世に存在しなかったことになり、宗教都市レギオンは火山噴火で壊滅したということにする」
「そ、そんな……!? どうかお慈悲を! ミトス教は我のすべてです! なくなってしまえば我は……我は……」
「これは決定事項だ。異論は認めない」
顔を真っ青に、泣きべそをかく教皇。しかしミカエルには取り付く島もない。そこで、目を開けたガブリエルがミカエルに笑顔を向けた。
「ミトス教の存在、人間たちの記憶からぜーんぶ消しといたよ」
「よしよし。偉いぞガブリエル。だがやつのことを忘れてはいないか?」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら「お慈悲を! どうかお慈悲を!」と喚き散らすみっともないデブを指差すミカエル。優しくガブリエルを諭す。
幼女がテヘペロ! と舌を出した。
「えへへ、いっけなーい。うっかりしてたぁ!」
「では頼んだぞ」
「うん! 任せてよ!」
椅子から飛び降りたガブリエルが、教皇のもとにトテテテッと駆け寄る。そんな可愛らしい様子に反して、顔を蒼白にし、尻もちを付いた状態で必死に後退る教皇。
「ひっ、やめ、やめてくださ……」
「ばいばい、おじちゃん!」
しかし無慈悲にも教皇に迫るガブリエルの手。最期に教皇が見たのは、無邪気な笑みを浮かべる幼女の顔だった。
記憶を消され、泡を吹いて倒れる教皇。その太った身体を前に、幼女が首を傾げる。
「ねーねー。このおじさんどうするの?」
「そうだな……おい、お前たち」
「「「はっ!」」」
少し考えこんだ様子を見せたミカエルは、数人の男たちを呼ぶ。跪く彼らに女性は命令した。
「この者をどこかの街に放り出してこい。記憶は失っているから万に一つもないとは思うが、二度とこの地を踏ませないよう、できるだけ遠くのな」
「「「御意!」」」
男たちに担がれていく教皇だった男。それを見つめたミカエルはもはや興味を失ったように、明後日の方向へと視線を投げるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
同じころ 宗教都市レギオン。
瓦礫と化した街の中を、一人の男が歩いていた。上下白のスーツを着こなし、肌も髪も靴も白。その真白な全身の中で、赤い目だけが一際不気味に輝く。
しばらく歩き続けた男は乾いた血のあとの前で立ち止まった。そこはサタンが死んだ場所。死体は片付けられ、その痕跡はもう巨大な血痕しか残っていない。
「サタンがやられたかぁ」
無表情で特に感傷もなく、ただ事実を淡々と呟く男。タッチパネルでも操作する様に虚空で指を動かしたあと、なにかに気が付き軽く目を見開く。
「傲慢の王が消えてる……なるほどね。そういうことか」
そう呟いて薄っすらと口角を吊り上げた男。次の瞬間、男の足元がグラグラと揺れたかと思うと、
ドッゴォォォォォン
北方の巨大火山が噴火を起こした。天に上る火山灰。降り注ぐ赤く熱せられた火山弾。そして斜面を駆けおりる火砕流が、みるみるうちに街を飲み込んでいく。さらに連鎖的に噴火していく連峰を見つめる男。
「この街そのものを消す……か。まあ、あいつならそうするだろうとは思ってたけど。さて、どうしたものかな」
ゴゴゴゴゴゴゴッ
そう言って小さく笑った男の姿は次の瞬間、火砕流に飲み込まれて見えなくなるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
どうもカエデです。
どうやら昨日、宗教都市レギオンの周囲にあった火山が一斉に噴火したらしいです。今朝そのことを知って、背筋が寒くなったよ。タイミングが悪ければ、わたし自身が巻き込まれてた可能性があるのだから。
さすがの傲慢の王も自然災害は防げないだろうし、本当に運が良かったというほかない。
…………………………防げない……よね? たぶん?
それはさて置き、わたしとモモ、それにビャクヤは日中の陽射しに照らされた明るい街のなかを歩いていた。そこはわたしが初めての任務に来た海辺の街。
ビャクヤが隣を歩く初老のダンディーな男性。ガンデルに頭を下げる。
「わたしたちが救出した市民に住む場所を提供していただいたこと、感謝いたします」
「いえいえ。みなさまには以前、この街を救って頂いた恩があります。これくらいのことでしたら、是非ご協力させて頂きますとも。それにこの街を出ていった住人は、問題が解決した後も結局ほとんど戻ってきませんでしたから。わたしたちとしとしても、街が活気づくのは嬉しい限りです」
「そう言ってくださると、とても助かります」
にこりと微笑むビャクヤ。
教会の地下で閉じ込められていた、あるいは強制労働させられていた数百人の人々。救出したはいいが行く当てのなかった彼らを、住人が減ったこの街が引き取ってくれることになったのだ。わたしとモモ、ビャクヤはその付き添いという形である。
ガンデルとビャクヤが会話を続ける傍らで、わたしは周囲に目を向ける。
モモの治療により薬物依存から回復した親たち。その親と再会した子供たち。彼らが手を取り合い、眩い笑顔を浮かべる活気に満ちた街を見つめ、わたしは目を細めた。
彼らに教会で過ごした地獄のような日々の記憶はない。
彼らの中では火山が噴火し、逃げ遅れた人々をわたしたちが救出。住居を失った彼らに、優しい町長が住む場所を提供してくれた……となっている。どうやら偉い人たちの意向とのことだが、わたしは身勝手にも少し悲しいと思ってしまう。命を懸けて彼らを救出したわたしたちの戦い。彼らの中ではそれがすっぽりと抜け落ちてしまっているのだから。
横を歩くモモに、わたしはポツリと呟く。
「なんか……ちょっと寂しいよね」
「寂しい? そうかな? こんな活気があるのに……」
「いや、そういうことじゃなくてさ。だってだれもわたしたちの活躍を覚えてないんだよ? それってちょっと悲しくない?」
「あー……確かに。言われてみればそうかも。でも、見てよ。みんな笑顔だ。だからきっとこれでよかったんじゃないかな」
「うーん……」
わたしはどこか釈然としない。そんなわたしにモモがニコリと笑いかける。
「それにさ、きっと記憶はなくなってもみんな、ぼくたちへの感謝みたいな思いは心のどこかに残ってると思うんだ。その証拠にほら、見てよ」
モモに言われた方を見ると、そこにはルイスの姿があった。路地裏で出会った時よりもかなり血色の良くなった少年は、笑顔でわたしたちに手を振っている。そしてその横には、頭を下げる母親の姿も。わたしとモモもルイスに手を振り返した。
しばらくして笑顔で去っていくルイスとその母親の背を見つめながら、わたしは手を下ろすと、モモの言葉に頷く。
「そうだね。これでよかった。わたしもそう思う」
そう言ったわたしの心はとても晴れやかで、頬には自然と笑みが刻まれる。
そこで何かに気が付いたらしいモモが、わたしの袖を引っ張った。
「ねぇ。あれって……」
「ん? どうかした……ってあれ教皇!?」
なんと道の端に、蹲るようにして一人のデブが膝を抱えて座っていた。不安気に瞳を揺らすそいつは教皇だった男。立派だった法衣は所々破れたり汚れたりしてボロボロ。身体も傷だらけでしかも裸足だ。
かつては教皇だったみすぼらしい男を見て、声を潜めるモモ。
「怪我してるし、治療してあげた方がいいのかな? 記憶もなくなってるだろうし……」
優しい少年だ。だが今回ばかりは、さすがのわたしも呆れかえってしまう。
「なに言ってんの。あいつは自業自得。放っときゃいいのよ」
「そ、そう?」
「そうだよ! それにわたしたちには、あいつに手を差し出す資格はないと思うよ」
「え、なんで?」
首を傾げるモモ。わたしは自分の考えを説明する。
「だってあいつに苦しめられたのは、いまわたしたちの周囲にいる人たちだよ。だから助けるかどうかは、あいつに酷い目に遭わされた人たちが決めることだと思う」
「なるほどねぇ。確かに、そういう考え方もあるか」
モモがうんうんと頷く。実際、この世界の人は親切にも関わらず、街を行く人々はデブに手を貸す素振りは一切ない。きっと記憶がなくても、教皇にされてきたことが心の奥底に恨みとなって残っているのだろう。だから手を差し出さない。
つまり教皇を許すも許さないも、今後この街の人たちが決めることだ。わたしたちがとやかく言う必要はない。
しかしそこでわたしはモモの過去を思い出し、もしかしたらモモには彼を裁く権利があるかもしれないと思い直す。
しかし口に出すことはない。きっとモモなら男に手を差し伸べてしまうから。
あいつはもう少し痛い目に遭った方がいいのよ。
個人的な恨みも含めて、わたしはそう判断する。
「おーい。カエデ、モモ。いつまで立ち止まっているんだい?」
道の少し向こうからビャクヤがわたしたちを呼ぶ声が聞こえる。わたしは「はーい! いま行くー!」と返事をして、モモの方へ向き直る。
「行こ!」
「うん。そうだね」
そうしてわたしたちは教皇に背を向けると、ビャクヤを追って街の中を駆け抜けるのだった。
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麻薬を作っていた巨大宗教を破壊! 親を人質に取られて、強制労働させられてた子供たちも救出したよ! ↓のドラゴンはめっちゃ強かったけど、体内から爆破してぶっ倒してやった!
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残りKP 12875998923
ちょっと小話
ミトス教がゾンビ事件の黒幕だったわけですが、その目的について少し。
ミトス教は麻薬の市場を拡大しようとしていました。そのために海辺の町を手に入れて、大陸の北、東、西と交易を行おうとしていたわけですね。
ミカエルさんに喋ってもらうつもりが、なんか喋ってくれなかったんで(汗)、後書きで触れさせていただきました。




