㉘子ども救出作戦 クズどもを蹴散らせ!
夜の教会。その広い庭の暗がりをわたしたちとルイスはコソコソと進む。面倒ごとは可能な限り避けるのが吉。修道士が近くを通るたびに息を潜め、やり過ごしながら進んでいく。
まあそのおかげで潜入は遅々として進まないのだが。なんといっても敷地が広い。昼間来た時の記憶だと、ディ〇ニーランドに近い広さがあったはず。
このまま真っすぐ行けば教会の入口に着くはずなのだが……なかなか遠い。さらにルイスによると、その最奥に地下への入口があり、地下はアリの巣のような広大な施設が広がっているというのだから、なかなか気の遠くなる話だ。
道案内のためにルイスが同行すると申し出てくれて助かった。そうじゃなきゃとても一晩では彼の友達の救出など不可能だろう。
「…ん」
そんなことを考えていると、目の前を歩くヒヅキが止まるよう合図する。瞬時に植え込みに身を屈めて様子を窺えば、数メートル先を男が歩いていく。もうこれで何度目だろう。べつに歩道の近くを進んでいるわけでもないのに、幾度も修道士に遭遇する。
あの人たちはこんな場所でなにしてんのよ。もしかして巡回? 警備?
わたしがその可能性に思い至ると同時に、ピタリと男が足を止める。そして次の瞬間、その目がグリンとわたしたちの方を向いた。
「…走る!」
ヒヅキの指示と共にわたしたちは一斉に教会の入口へと走り出した。背後では「ピィー!」と笛が鳴り、侵入者の存在を報せている。
「なんでばれたのよ!?」
「…そんなのいまはどうでもいい。敵が来る」
ヒヅキの言うように、周囲からはわらわらと修道服を纏った人たちが現れる。確かに、いまはなんでバレたのかなんて気にしてる場合じゃない。
周囲からは怒号が飛び交う。
「入口へ向かってる!」
「魔法を使って構わん! やつらを止めろ!」
男の指示とともに、わたしたちを巨大な火球が襲う。
「「ひょええええ!」」
「…うるさい」
悲鳴を上げるわたしとルイスの横からヒヅキが飛び出す。かと思うと、辺り一帯を覆いつくすほどの火球を一刀両断。左右で爆音が響く。思わず足を止めてしまうルイスに、モモが声を掛ける。
「ルイス君、足を止めないで。君のことはぼくたちが守るから」
「は、はい!」
「あのぉ、モモ? わたしは?」
「カエデさんは自分で頑張って」
ですよね~
わたしはモモのそっけない返事にしょんぼり。しかし文句を言っても仕方がないので再び足を動かす。
そうして周囲からの魔法を捌きながら走ることしばらく。教会の入口が見えてくる。絢爛とした両開きの扉だ。しかし当然、堅く閉ざされている。
「ど、どうする!?」
「…モモ、カエデ。一瞬、魔法をお願い」
「分かった」
「え? え?」
慌てるわたしを他所に、冷静に言葉を交わすヒヅキとモモ。モモが走りながら器用に振り返り、背後で魔法を放つ修道士たちを銃で牽制する。咄嗟にわたしも爆裂キノコで魔法を相殺。それと同時にヒヅキが一気に加速。暗闇に無数の剣閃が走ったかと思うと、
ビシッ……ズッドォォォォォン
堅牢な扉が瓦礫となって崩れ去った。その瓦礫を超えて教会へと足を踏み入れるわたしたち。しかしそこでわたしは目を見開く。正面に二十人以上の修道士が魔法を構えていた。背後にも追っ手が迫っている。
しまった! 挟まれた!
自身の迂闊さを呪う間もない。正面、背後からわたしたちを魔法が襲うのは時間の問題。
「…カエデ、正面に走って!」
「え?」
「…早く!」
背後からヒヅキの切羽詰まった声が響く。分からない。だけど、その声に従いわたしは真っすぐ駆け出した。魔法を構えているにも関わらず、真正面から迫るわたしに修道士たちの間で動揺が走る。
「は、放てぇ!」
一人が叫ぶと共に、炎、雷、氷、ありとあらゆる魔法がわたしを襲う。そして、
ズドォォォォン!
「痛ぁ!? ───くなぁい!」
魔法が着弾。しかしわたしは無傷で魔法の集中砲火を真正面から突破する。それを見て驚きの声を漏らす修道士たち。
「な、なぜ!?」
「おそらくフェイカーだ! 構わず撃て!」
「クソッ! 汝は暗雲、神の怒り───ダメです! 詠唱が間に合わ───」
走る勢いそのままに、男に体当たり。「ぐべぇ!?」と奇妙な声を漏らしながら男が吹き飛ぶ。その時、背後からモモの叫び声が響いた。
「耳と目を塞いで!」
その声に従い、わたしは耳を塞ぎながら目をつむる。直後、背後で轟音と眩い光が炸裂。修道士たちが悲鳴をあげる。
音響閃光弾だ。この場面では最適な一手である。音と光が止むと共に、背後からヒヅキの指示が飛ぶ。
「…ゴー!」
その声と共に再び駆け出すわたしたち。
「…カエデを盾……先頭に、モモはルイスの護衛、わたしは追っ手の対処をする」
「ねぇ、いま盾って言ったよね? よね?」
「了解! ルイス君、道順の指示を!」
「は、はい! つぎの角を右です!」
わたしの抗議の声は無視ですか…………しゃーない! 肉壁でもなんでもやってやろうじゃないの!
覚悟を決めてわたしは走り続ける。正面からは幾度も魔法が飛んでくるが、そのすべてを身体で受け止めて強引に突破。それを繰り返すこと数十回。
地下に入ってからはより一層、攻撃が激しくなった。しかしその一切をぶち抜き、わたしたちは進撃を続ける。中には道中、
「ふっ……よくぞここまで辿り着いた」
とか、
「やつを超えてくるか……しかしやつは我ら四天王の中でも最弱!」
とか、
「ふっ……我々、選ばれし三賢者を四天王ごときと一緒にしてくれるなよ!」
とか、
「我ら七福神を相手にして生きて帰れると思うな!」
とか言いながら化け物や悪魔に変身しようとするフェイカーたちがいたが、そいつらはヒヅキが瞬く間に簀巻きにして無力化していたりする。
…………いや、どんだけ称号つけてんだよ!? 三賢者にいたっては四人だったし! あと悪魔なのに七福神でいいの!? ほんとに!?
閑話休題
それから複雑に入り組んだ地下通路を進むこと数十分。突然、わたしたちは開けた空間に出た。目の前には花を付けた植物が青々と生い茂り、天井には照明。そしてやせ細った子供たちが植物の世話をしている。
「だれだ貴様ら───ぴょえっ!?」
わたしたちに気が付いた見張りの男が唾を飛ばしながら迫って来るが、瞬く間にヒヅキが簀巻きにしてその口を塞ぐ。
緑の生い茂るその空間を走り抜けながら、わたしは気が付いた。周囲の植物が麻薬の原料であることに。それらはアヘンの原料となるケシの花によく似ているのだ。そして子供たちはその世話をしている。つまり親を苦しめた薬物の原料を、その子供たちに作らせているということ。
なんてゲスなやつらだ。
わたしがふつふつと怒りを煮えたぎらせていると、ルイスが奥に見える小さな扉を指差す。
「あそこが懲罰部屋です! たぶんあそこにぼくの友達が……」
「あそこね! 分かった!」
わたしは鉄の扉に駆け寄り、引き開ける。重い手応えと共に、「ギギギ」と扉が開いた。途端、鼻を突くむせ返るような血の匂い。見れば部屋の奥には、天井から吊るされた少年と少女が一人ずつ。体中から血を流し、手足の爪は全て剥がされている。もう叫ぶ気力もないのだろう。頬には乾いた涙のあとが残っている。
そしてその目の前には、路地でわたしたちを襲ったあの男。その手には血に染まったペンチが握られている。
それを見て、わたしの中でなにかがプツンと切れた。
「てんめぇぇぇっ!」
「なっ!? おまえはさっきの!?」
嗜虐的な表情から一転、驚きに目を見開く鷹の目の男。わたしはそのクズめがけて感情のままに飛びかかる。わたしの拳が男の顔を打ち、鷹の目がよろけた。そのままわたしは二人の子供を守るように男の前に立ち塞がる。血走った目でわたしを睨みつける鷹の目の男。
「このクソアマがっ!」
男の身体が膨張し、上半身が鷹、下半身はライオンの異形の化け物へと変化する。神話の怪物 グリフォンだ。
振り上げられた前足の鷹爪がわたしを襲う。だが、
「効かないね!」
「なっ!?」
当然わたしには効かない。大きく目を見開くグリフォン。わたしの周囲を赤、青、黄色のキノコが回転する。
「お、お前! まさか───」
「死に晒せ」
わたしが腕を振ると共に、キノコが一斉にグリフォン目掛けて放たれる。
「ま、待ってくれ───ぐっ、ぎっ、がああぁぁぁっ!」
爆炎、凍結、電撃に襲われ、断末魔の悲鳴をあげる男。そのまま床に倒れ込み、動かなくなる。
ボロボロになったグリフォンを見つめ、わたしは肩で大きく息をする。その時、ヒヅキとモモが部屋に飛び込んできた。モモは吊るされる少年少女を見ると、真っ先に駆け寄る。一方、ヒヅキは倒れたグリフォンを見つめて少し目を見開いた。
「ヒヅキさん! 鎖を!」
「………ん」
しかしそれは一瞬のこと。すぐにモモの呼びかけに応え、二人の子供を吊るす鉄の鎖を斬りに向かう。降ろされた二人にルイスが駆け寄った。
「ミリー! カイト!」
「大丈夫。気絶してるだけだよ」
ルイスを安心させながら、モモが二人の傷を治療していく。その様子を見つめ、ほっと胸を撫でおろすルイス。傷が治ると、わたしとモモが二人を背負い、部屋をあとにする。
麻薬農園に戻ると、一連の騒ぎにパニック、あるいは放心状態の子供たちの姿。モモが彼らに呼び掛ける。
「ぼくたちは味方だよ! 君たちを助けに来たんだ! 付いてきて!」
その言葉に周囲からわっと歓声が上がった。駆け抜けるわたしたちの背を追って、数十人の少年少女が出口目掛けて走り出す。
しかしもう少しで部屋を抜けるというところで、出入り口からぞろぞろと三十人以上の修道士がなだれ込んできた。そしてそれを率いるのは、
「貴様ら待たんかぁ!」
白の法衣を纏ったマッシュヘアのデブ。その男を見て、わたしは「げっ」と声を漏らす。
「祭りで会ったデブじゃん」
「だれがデブじゃ! 我はグレゴリー三世───って貴様らはあの時の!」
向こうも思い出したらしい。いや、ぶっちゃけ会いたくもなかったけど。
「その節はどーも。顔なじみのよしみでそこ通してくれない?」
「ふんっ、通すわけがないだろ。ましてや無事に帰れるとでも思ってるのか!? この兵力差! 泣こうが土下座しようが、今度は容赦せんぞ」
思い切り睨みつけるが、教皇は余裕の表情。次いでグレゴリー三世は子供たちに目を移す。
「貴様等もだ。まさか逃げようなどとしてないだろうな? もしそうなら、お前たちの親がどうなるか。教えてやったはずだが?」
その言葉に、子どもたちの間でざわめきが起きる。その様子を見て、にちゃりと嫌な笑みを浮かべる教皇。そんな教皇にわたしは怒りをぶつける。
「うっさいわね! 病気とかなんとか言ってるけど、全部あんたらが仕組んだことじゃない! こんな幼い子供たちを騙して。このクズどもが!」
「ふんっ、どこにそんな証拠がある?」
「証拠? 子供から聞いた親の症状が薬物中毒のそれだったのよ! そしてこの部屋にある植物は麻薬の原料! これで十分でしょう!?」
「ふ、ふんっ……そんなものただの出まかせじゃ!」
「まだ言い逃れる気? じゃあなんの病気なのか、どんな治療をしているのか言ってみなさいよ! ほら、早く!」
「は? えっと、それは……風邪の酷いやつというかなんというか……」
ごにょごにょとなにか言い訳をする教皇。その様子に子供たちのあいだにも「あれ?」という空気が流れだす。その空気を察してだろう。顔を真っ赤にし、地団太を踏むデブ男。
「ええい! うるさいうるさい! あいつらを殺せ! いますぐにだ!」
その指示に従い、魔法の詠唱を始める修道士たち。それを見て、わたしは背中の少年をモモに預ける。
「ごめんだけど、この子をよろしく。ちょっとあいつらぶっ飛ばしてくるから」
「え? うん。頑張って」
そうして教皇たちに向き直ったわたしは、無数のキノコを召喚。身体の周囲で回転させる。そして腕を振り下ろすとともに発射。同時に修道士たちから一斉に魔法が放たれる。散る火花。轟く轟音。両者が激しくぶつかり合い、大きく部屋を揺らすのだった。
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その頃、教会の最上階。
とある一室の前に、一人の神父が立っていた。男は大きく深呼吸をすると、緊張した面持ちでその部屋の扉を開く。途端、むせ返るようなオスとメスの臭いが鼻を突き、神父は顔をしかめた。
扉を開いた先は薄暗い部屋。正面には巨大なベッドがあり、そこには老若男女問わず裸の人々がぐったりと横たわっている。そしてそのベッドの奥には、裸の女を両肩に抱いた坊主頭の大男。丸太を彷彿とさせる筋肉質の太い手足、分厚い胸板にバキバキに割れた腹筋。肌は色黒で、顔の右半分には獣の牙を模した入れ墨が入っている。
男はキセルを吸って「ブハー」と白い煙を吐くと、神父をギロリと睨みつける。その大男の野生動物を彷彿とさせる狂暴な笑みに、神父は思わず逃げ出したい衝動に駆られた。
大男はベッドから立ち上がると、神父の方にずんずんと歩み寄る。
「おれになんのようだ?」
「は、はっ! 侵入者です!」
「あぁ? 侵入者ぁ?」
大男は怪我んな表情を浮かべる。
「んなもん四天王にでも対処させとけ」
「い、いえ、それが配下の者は全滅でして……」
「はぁ? 三賢者や七帝もか?」
「七帝? 七福神でしたら───がっ!?」
大男の手が神父の首に伸び、その身体が宙に浮かびあがる。足をバタバタと動かす神父を睨みつける大男。
「あぁ? なんだ? お前はおれが間違えたとでも言うのか?」
「い……いえ。滅相も……ござい……ません……」
「ふんっ」
大男が神父の首から手を放す。どさりと床に落ちる神父。
「で、その侵入者に対処しきれねぇから、おれにどうにかしてくれってことか?」
「は、はい。左様でございます」
「ったく。しょうがねぇ野郎どもだなぁ」
大男はボキボキと首を鳴らすと、悪魔も震え上がるような凶悪な笑みを浮かべる。
「おれのお楽しみを中断させたんだ。その侵入者どもにはたっぷりとそのツケを払ってもらわねぇとなぁ」




