㉗家出少年? 巨大宗教の闇
空が茜色に染まり始める頃。城と見紛うほど立派な教会の敷地を出たわたしたちは帰路へと付いていた。
人のごった返す大通りを進みながら、わたしは無性に笑いたい気分になって声を漏らす。
「ふ、ふひひ……」
なんだかいつもよりも人々の動きがゆっくりに見える。心なしか世界の色も華やいでいるような気もする。それだけじゃない。普段は気付かないような小さな音も拾え、まるで感覚が研ぎ澄まされたかのよう。頭がふわふわとし、気分もとてもいい。
「…あひ……カエデ、様子がおかしい……ふひ」
「ええ~? そんなことないよ~。むしろ気分はぜっこーちょー」
締まらない表情で口角をヒクヒクさせるヒヅキと一緒に笑い声をあげる。そんなわたしたちに一人のおじさんが近づいてきた。その顔には見覚えがある。昼間、わたしたちを勧誘していた信者たちの一人だ。
「やあ、お嬢ちゃんたち。そのペンダント……入信したんだね」
おじさんはわたしたちの首に下げられた十字架のペンダント───ミトス教の信者であることを示す飾りを見て、ニコリと微笑んだ。わたしは大きく頷く。
「そうなんですよー」
「よかったよかった。聖水も頂けた?」
「あの甘くてシュワシュワするやつですよね? もちろんです!」
わたしは神父様から頂いたコカ〇ーラに似た液体を思い出し、舌なめずりをする。まさか異世界でコー〇を飲めると思っていなかったので大満足。なんならまた飲みたいくらいだ。
「あっはっは! その様子だと気に入ったみたいだね。実はおじさんもあれが大好きでね。飲むと気分が良くなってやめられないんだ。お布施をすれば教会の方から頂けるから、君たちもまた飲みたくなったら行くといいよ」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
「…ん。サンキューおっさん……ふひ」
「じゃあわたしはこれで。良い旅を」
去っていくおじさんを笑顔で見送るわたしとヒヅキ。そんなわたしたちを、モモが強張った表情で見つめる。
「ねぇ、二人とも。ちょっとこっち来てくれる?」
「えへへー。どうしたのー?」
「いいからこっち」
モモったら怖い顔しちゃって~。どうしたんだろうな~。
やけに強く手を引っ張るモモに付いていくと、大通りから見えにくい小さな路地へと引き込まれた。すると突然、わたしとヒヅキの頭に手を乗せるモモ。
「ど、どうしたの?」
「しっ。静かに。すぐ終わるから」
少年の手が淡いピンクの光を放ち、わたしたちの身体を包む。すると脳内にかかった靄が次第に晴れていき、思考が明瞭になっていった。
わたしはそんな自身の変化に戸惑う。
「これは……」
「薬だよ。貰った液体の中に入ってた」
「そんな……」
「…ん。油断した」
どうやらわたしたちは気が付かないうちに薬を盛られていたらしい。わたしたちがナイトクランだとバレてた? いや、それなら普通には帰さないはずだし、そもそも毒でも盛ればいい。そうすれば今ごろわたしたちはあの世逝きなわけで……
あぁ! 考えが纏まらない! というかなぜモモだけ薬が盛られていない?
「ねぇ、なんでモモは無事なの?」
「ぼくは薬物に対して耐性があるんだ。日ごろから実験で、いろんな薬品を自分の身体で試しているから」
なんちゅう危険なことをしとるんだこのクソガキは。いや、それはさて置き、これからどうするか。
「…ミトス教がただの宗教団体じゃないことは確定。だけど一般人市民にもあれを飲ませているということは、わたしたちの正体がバレているという可能性は低い。追っ手の気配もないし」
ヒヅキが背後の教会をちらりと窺いながら小声で告げる。
それならここはいったん引いて、ビャクヤに報告をするべきだろう。そう進言すると、二人も首を縦に振る。
そうして街を出るため、人目を避けながら細い路地を進んでいると、前を歩くヒヅキが止まるように合図を出してくる。
「どうしたの?」
「…だれかいる」
小声で尋ねると、赤髪の少女は十字に分かれた小道の右を指し示した。背後のモモが声に緊張を滲ませる。
「追っ手?」
「…たぶん違う。小さな子供……フラフラしてる?」
小さな子供? なんでこんな路地に……
わたしが首を傾げていると、ヒヅキの言う通り幼い少年が姿を現した。歳は7,8くらいだろうか。木の枝のように細い手足、土気色の肌。頬はこけ、髪はぼさぼさ。身の着もよれよれでみすぼらしい。彼はわたしたちに気が付くと、虚ろな目を向ける。
「君、大丈夫? なんでこんなところに? 親御さんは?」
モモが優しく声をかけながら、ゆっくりと少年に歩み寄る。それをボーっと見つめる少年。しかしモモの胸に光る十字架のペンダントに気が付くと、大きく目を見開く。
「あ、ああぁ……いやだ……やめて。殴らないで。もうあそこには戻りたくない。あああああぁぁっ!」
絶叫をあげて逃げ出そうとする少年。しかしすぐに足をもつれさせて転んでしまう。
「ちょっと君! 大丈夫!?」
慌てて駆け寄るモモ。その背を追って、わたしとヒヅキも少年に走り寄る。
「うぅ……嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! やめて!」
這ってでも逃げようとする少年。しかしその動きはとても弱々しい。その背に手を当て、優しく語りかけるヒヅキ。
「…大丈夫。怖いことはしない。どこかに連れていくこともない」
「…………本当?」
赤くなった瞳でヒヅキを見上げる少年。赤目の少女は小さな微笑みと共に頷く。
「…ん。約束する」
その一言にようやく安心した表情を見せる少年。起き上がった彼を、モモが診察する。
「身体中ボロボロだ。それにかなり衰弱してる……カエデさん、なにか食べ物を買って来てくれる? あと水も持ってきて」
「うん。分かった」
「…近くに川があった。水はそこで。これに汲むといい」
駆け出そうとしたわたしに、ヒヅキが糸で作った即席の水筒を渡してくる。
「ありがとう! じゃあサクッと行ってくるね!」
赤髪の少女にお礼を言うと、わたしはもと来た道を引き返すのだった。
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それからしばらくして。
口いっぱいに米を頬張る少年を横目に、わたしはヒヅキとモモ、二人が彼から聞き出した身の上話を聞いていた。
彼の名前はルイス。7歳の少年。
教会の地下にある巨大施設。そこから逃げ出してきたのだそう。理由は単純。地獄のような環境に耐え切れなかったから。
幼い身体には酷すぎる労働を強制される日々。しかも仕事が遅ければ暴力を振るわれ、少しでもミスをすれば数十回の鞭打ち。ろくな食事は与えられず、当然賃金もなし。熱が出ても、疲労で倒れても休憩なんてさせてもらえない。そんな奴隷のような扱いに心身を擦り減らし、ついには逃げ出したというわけだ。
思い返してみればモモが治療する以前、ルイスの身体には無数の痣やミミズ腫れがあった。今にも折れてしまいそうなほど細く小さな身体に、どれほどの暴力を受けてきたのか。想像しただけで涙が溢れてくる。
しかしそういう事情なら、ミトス教の信者であることを示す十字架のネックレスを付けたわたしたちを見て悲鳴を上げたのも頷ける。きっと自分を捕まえに来た追っ手と勘違いしたに違いない。少し申し訳なく思う。
しかしいくら追っ手と勘違いしたとしても、あれほど錯乱するとは。いったいどれほど過酷な目に遭ってきたのだろう。
「お母さんかお父さんか……それか知り合いでもいいけど。この近くにだれか頼れる人はいる?」
とりあえずこの子を放っておくことはできない。近くに家族でもいれば送って行こうかと思ったのだが、わたしの言葉にルイスは顔を強張らせる。
「お、母さん……」
「え? お母さん?」
聞き返すがルイスは答えない。ただ青くなった唇を震わせ、ポツリと呟く。
「やっぱり帰らないと……」
「ちょ、ちょっと? どういうこと?」
「ぼくのお母さん、病気なんだ。ぼくが働けば、教会のおじさんたちが治してくれる。だから戻らないと」
「病気……どんな?」
モモが尋ねる。
「よく知らない」
「どんな些細なことでもいいんだ。お母さんの症状とか様子とか、覚えてることがあれば教えてくれるかな?」
「うーん……お母さん、急に怒り出したり叫んだり、なにもいないのにお化けがいるとか叫んでた。おじさんたちは凄く珍しい病気だって。だからぼくが働いて、お母さんを治してあげないといけない」
突然の発作や幻覚……
「それって……」
「うん。間違いないよ。あの液体のせいだ」
モモが首を縦に振る。
やはり、薬物中毒の症状だ。どうやら教会の連中は重度の依存になるほどの薬を親に与え、その治療を匂わせて子供を支配。逃げられないようにして過酷な労働を強いている。
なんて卑劣。なんて下劣。わたしは腸の煮えくり返る思いだ。モモはもちろん、ヒヅキまでその目に怒りの色を宿している。
その時だった。
コツン、コツン
背後から足音が響く。振り返ると、そこには一人の男がいた。鷹のような鋭い目をした、見るからにチンピラ風の風貌。そして胸元には十字架のペンダント。そいつはルイスを見ると、にやりと口角を上げる。
「やっと見つけたぞクソガキ。手間かけさせやがって」
その男を見て、怯えたように縮こまるルイス。その少年を守るように、わたしとヒヅキとモモが立ちふさがる。そんなわたしたちを見て、目を細める男。
「あー面倒くせぇ。クソガキに逃げられたことがバレたら、おれが詰められるってのに……おい、お前ら。聖水をやるからそのガキをこっちに渡せ」
「…断る」
「チッ……まだ依存するほど飲んでねぇのか」
舌打ちをしながら、ガリガリと後頭部を掻く男。ルイスに視線を移す。
「おいクソガキ。お前が逃げれば、親や友達はただじゃ済まねぇぞ」
「え……?」
ルイスの顔から血の気が引く。そんな少年の様子に、気色の悪い笑みを浮かべる男。
「ははっ! 親の治療はしないし、一緒に逃げたガキどもはもう連れ戻したからな。煮るなり焼くなり、おれの鬱憤晴らしのオモチャにでもしてやるよ! それが嫌なら、大人しく帰ってくることだな!」
他にも逃走した子供たちがいたのか。しかしルイス以外は全員捕まったと。真偽は不明だが、母親の件も合わせると少年には効果てきめん。ルイスの瞳が大きく揺れる。
そんな少年に、男はさらに追い打ちをかける。
「早く決めねぇと、お前を守ろうとするその3人も死ぬことになるぜ? さぁ、どうする?」
そう言いながら男の身体が変貌していく。背中からは白い鳥の羽が生え、足は鷹の爪に、腕は毛が生えると共に筋肉が肥大。間違いない。フェイカーだ。
「わ、わかり───」
「あいつの言うことに従う必要はない」
男の要求を飲もうとしたルイスの言葉を遮り、わたしは前に出る。同時にヒヅキが刀を抜き、モモが銃を構えた。
「あぁ? なんだお前ら?」
「え?」
戸惑う男とルイス。答えは───
ガキィンッ!
「うお!?」
瞬きをする間もなく踏み込んだヒヅキによる、横薙ぎの一閃。首を狙ったその見事な閃撃を、男は寸でのところで足の鷹爪で受け止める。
ギリギリとせめぎ合うヒヅキと男。
ドンッ! ドンッ!
銃声と共に発射された二つの銃弾。一つは咄嗟に顔を横に逸らした男の頬を掠めるに終わるが、もう一方は男の太ももを貫く。呻き声と共に体勢を崩した男。羽を動かして後ろに飛びのこうとするが、そうはさせない。
パキィン
「なっ!?」
わたしの放った青キノコが着弾。男の無事な方の足を凍らせ、地面に縫い留める。それにより逃げる機を逸した男。その肩にヒヅキが刀を振り下ろす。
「ぐああぁぁ!」
鮮血が噴き出し、地を濡らす。しかし致命傷には至らず、男は氷を砕いて空へと羽ばたいた。
「クソがっ! 覚えてろよ!」
わたしたちを見下ろしながら捨て台詞を残し、この場を去る男。その背を見つめながらヒヅキは唇を尖らせる。
「…むぅ。思ったよりも頑丈。生け捕りにして情報を吐かせるつもりだったのに」
「まあしゃーない。とりあえず撃退はできたし、オッケーてことで」
わたしはヒヅキの肩をポンポンと叩く。そんなわたしたちの背に声をかけるルイス。
「お、お姉ちゃんたち強いんだね」
「んふふ。まぁね~」
「だったらお願い! ぼくの友達を助けて! あいつが飛んでいったの、教会の方だった。帰ったらきっとみんなに酷いことをする!」
あ、忘れてた。そういえば他の逃げた子たちは連れ戻されたんだっけ? まあ本当かどうか分からないけど。だけど……
こちらを見下ろす男の血走った目を思い返す。
あの目は相当キレてた。もし男の言うことが本当だとしたら、子どもたちはただじゃ済まないだろう。最悪殺される可能性も───
涙ながらに懇願するルイス。その背に歩み寄ったモモが、その頭を優しく撫でる。
「うん、任せてよ。これはぼくたちの専門分野だしね」
そうだ。フェイカーが関わっていることが確定した以上、これはわたしたちの仕事。ヒヅキはなにか言いたそうな顔だが、口は出さない。こちらを振り返ったルイスに、わたしは大きく頷く。それを見て表情を明るくする少年。
さあ、そうと決まれば善は急げだ。わたしたちはもと来た道を小走りで引き返す。
決戦の地、ミトス教総本山へ向けて。
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ミトス教とかいう宗教組織から逃げてきた子供を保護! どうやら彼の母親と友人がまだ囚われているらしい。なのでこれから助けに行ってきます!
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