㉕〇時だよ! みんなしゅうごー!
とある日の朝。ナイトクラン本部の食堂にはビャクヤ以外のメンバーが集まっており、朝食をとっていた。わたしは皆の座った机の上に皿を並べていく。今日のレシピはキノコシチューとパン、ハンバーグに緑の野菜を添えたものだ。
食卓に並ぶ品々を見て、感嘆の声を上げるブルー。
「カエデちゃん、お料理上手ね~。頼もしいわぁ」
「あはは、ありがとう。これでもそれなりに料理の経験はあるからね」
わたしは力こぶを作りながら笑顔を返す。そんなわたしの横で、ヒヅキがムスッとした表情を浮かべる。
「…キノコ苦手」
「好き嫌いしないで食べなさい。そんなんじゃ大きくなれないよ?」
「…むぅ」
不満気な表情をしながらも、言われた通りスープを飲むヒヅキ。「…意外と美味しい」と小さく声を漏らす。それを聞いたわたしは「当然!」と胸を張った。
一方、スープを見つめながら首を傾げるのはモモ。スープに入っている、細切りニンジンのようなものを指差す。
「この赤いのはなに? 初めて見るけど……」
「それはベニナギナタタケってキノコだよ。食用としてはあまり使われないけど、色合いが綺麗だから入れてみた」
ベニナギナタタケは細く赤いキノコ。地面から直接生え、その見た目は人の指が突き出したよう。ぶっちゃけ味はしないため美味しくはないが、無毒で色味がいいため、料理に使われることもある。わたし自身、初めて調理したが意外と悪くない出来栄えで満足だ。
……まあ、ベニナギナタタケを料理に入れた理由が、料理を華やかにするためなんてのは建前だけど。
「へ~。カエデちゃんは博識ね~」
「ね。じゃあおれもいただきま~す!」
わたしの説明を横目に、手を合わせるライト。そしてキノコスープを飲み込んで───
「ん? これ……げ、げぇ!」
怪我んな表情を浮かべたかと思うと、みるみるうちに顔を青くしていくライト。そんな彼の様子を見ながら、わたしは高笑い。
「おほほほ! かかったわね!」
「ちょ、カエディー!? おれのスープになに入れたの!?」
「ふっ……あなたのスープに入っていたのはベニナギナタタケじゃなくて、カエンタケよ!」
カエンタケはベニナギナタタケによく似た真紅のキノコ。しかしベニナギナタタケと違って猛毒を持つ。その強さは触っただけで皮膚が爛れるほど。もちろん致死性。
その説明を聞きながら口元を拭くライト。
「まったく。ほんとなんてものを入れてくれたんだい。おれじゃなかったら死んでるところだよ」
「死なないからいいじゃない。蛇の王のおかげで大概の毒は無効なんでしょ? それにライトは色々とやってくれたからね。それの仕返し」
そう。これは酒場でわたしたちを騙し、自分自身はお代を一切出さなかったことや、教会にわたしを一人だけ放り込んだことの意趣返しだ。むしろこの程度の嫌がらせでチャラにしてあげる、わたしの寛大な心に感謝して欲しい。
ヒヅキもライトに少し思うところがあったのか、コクコクとわたしに同意してくれる。
「ヒヅヒヅまで!? というかあの程度のことで致死性の猛毒キノコを料理に混ぜとくって……毒無効って言っても、ちょっぴり口の中がヒリヒリするんだからさぁ。これ以降はやめてくれよ?」
「はいはーい」
わたしは棒読みで返事をする。そんなやり取りをしていると、部屋の扉がガチャリと開き、ビャクヤが入ってきた。
「…ん」
「あら、ビャクヤちゃん。おはよ~」
「んビャクヤさぁん! 今日も一段と麗しい!」
「おはよう、ビャクヤさん」
彼女に気が付いた面々が思い思いに朝の挨拶? をするのを見回し、ニコリと微笑むビャクヤ。
「おはよう。どうやらみんな揃っているようだね」
そう言って着席したビャクヤの前に、わたしは朝食を並べていく。ビャクヤはその中の一皿を見つめ、わたしの顔を見上げた。
「わたしのスープに毒キノコは入ってないよね?」
「入ってないよ! 疑われるのも心外だわ!」
「それは良かった」
そう言って白髪の女性は「クスクス」と冗談めかして笑う。そんなビャクヤの表情を見つめながらわたしは、貧困街で見た彼女の笑みを思い返した。いま目の前で笑うビャクヤに、あのときの面影はない。あの背筋が寒くなるような、得体の知れなさを感じた人物と同一人物だとはとても思えなかった。なんなら「あれは夢だったのだろうか?」という気さえしてくる。
一方、すぐにいつもの様子に戻ったビャクヤ。
「さて、みんな揃っているようだし、新たに得たフェイカーに関する情報を共有しようか。カエデも座ってくれ」
そう言って話を切り出す。そしてわたしが着席するのを待って、ビャクヤは話を続けた。
「調査の結果、ゾンビ事件、酒場の吸血鬼事件、教会の悪魔の母事件───フェイカーによるこの3つの事件には繋がりがあることが分かった。それはミトス教が関わっているということだ」
ミトス教? どこかで聞いた覚えがあるような……
「…祭りにいたデブ男」
「あぁ! あのグレゴリー3世とかいう教皇が仕切ってる宗教団体か!」
わたしは祭りで出くわした、感じの悪い男の顔を思い出す。そんなヒヅキとわたしの言葉に頷くビャクヤ。
「そうそう。彼らはこれまでの3つの事件に、なんかしらの形で関わっていた」
しかしそんな彼女の言葉に難しい表情を浮かべるライト。
「それはどういった形で? ミトス教は巨大な宗教組織だったはず。偶然、ミトス教に関係する人物が立て続けに事件を起こしたという可能性は考えられないかい?」
「そうねぇ~。確かに3件だけだと、それだけで疑いをかけるのは早計な気がしなくもないわね」
ブルーもライトの言葉に追従する。
「そうだね。ただまぁ今回ばかりは限りなく黒に近いと、わたしは考えている。とりあえず話を最後まで聞いて、それからみんなの意見を聞こうと思う。それでいいかい?」
首を縦に振る面々。それを確認してからビャクヤが始めた話は以下の通り。
まず2つ目の事件。吸血鬼のスキル保持者はミトス教の信者だった。そして教皇の住む宗教都市に何度も出入りがあったことが、目撃情報から確認されている。
次に3つ目の事件では、リリさん───悪魔の母がいた教会。あれはどうやらミトス教が運営している教会らしい。つまりミトス教の内部に、すでにフェイカーが潜んでいたということになる。
最期に1つ目のゾンビ事件。これが決定的だった。この事件では不動産屋エゼルが死霊の王のナイトメアスキルを所持していた。そして能力で生み出したゾンビを使って街の住人を追い出し、曰く付きとして価値の下がった土地を安く買い取るという所業を働いていたわけだが───どうやら買い取った土地はミトス教が買い取る予定になっていたらしい。取り引きの証拠も挙がっており、エゼル自身の自白もある。
話を終えたビャクヤはわたしたちを見回す。
「以上のようにわたしとしては、かの宗教の裏に組織化されたフェイカーの集団がいる可能性もあると思ってる。これに対してなにか質問……あるいは反対意見はあるかな?」
問いかけるビャクヤ。しかし声をあげる者はいない。全員、考えは同じ。ミトス教がフェイカーを擁してなにかを企んでいる、あるいは関わりがある可能性としては十分な証拠だ。
しかし気がかりなことが一つ。わたしは控えめに手を挙げる。
「カエデ、なにかな?」
「いや、素朴な疑問なんだけど……そのミトス教の裏にフェイカーの組織があるとしてだよ? それを纏める、統率する存在ってすごくやばいやつなんじゃないかなぁって……」
一癖も二癖もあるフェイカーたち。そのトップは彼らを纏められるほどの巨大な力か、あるいはカリスマを持つか───いずれにしろただ者ではないことは確かだ。そしてその可能性はビャクヤも重々承知なのだろう。深刻な面持ちと共に頷く。
「そうだね。多くのフェイカーを従えられるほどの存在だ。裏に潜んでいるのは、とてつもなく強力なフェイカーである可能性は高い。それこそ、七大罪が関わっていることも考えられる」
七大罪
その言葉に、周囲に動揺が走る。当然だ。強力なフェイカーの中でも特に凶悪な七人のフェイカー。遥か昔から存在し、一年以内に世界を破壊すると予言された存在。ここ数週間いろいろありすぎて忘れていたが、そもそも彼らはわたしたちが倒すべき目標だ。そして、それが一気に身近な存在となった。大なり小なり、平静さを失ったとしても無理はない。
一方、騒めくわたしたちに少し困ったような笑みを見せるリーダー。「パンパン」と手を叩き、視線を引く。
「はいはい、落ち着いて。いまのは仮定の上に成り立った一つの可能性にすぎない。そもそもミトス教は裏でフェイカーと関わっていないかもしれないし、関わってても七大罪がいる可能性は決して高くないんだからさ」
それもそうだ。七大罪がいると確定したわけじゃない。
「とはいえ、野良の七大罪は倒さなきゃいけない存在。それに繋がる可能性のある手がかりがある以上、捨て置くこともできないんだけどね」
「ちょっとちょっとビャクヤさ~ん。野良の七大罪ってなんすか。それじゃ飼われてる七大罪がいるみたいじゃないっすか」
ライトのツッコミに周囲から笑いが起きる。冗談だとでも思ったのだろう。まあ実際いるんだけどね。飼われてる傲慢の王。
「さて、じゃあ場も和んだところでこれからの方針について話すよ」
ちょっとビャクヤ~。人をダシにしないでよね~。
と思うが、彼女の言葉に一転して真面目な空気になったためお口チャック。
「まずミトス教の本山がある宗教都市にはカエデ、ヒヅキ、モモの3人で調査に向かってくれ。ブルーとライトは他の主要都市に。わたしは本部に残っているから、なにかあれば連絡を」
ミトス教本山は一番フェイカーと関わる証拠がある可能性が高い。警備も厳重だろう。だからこその複数人での調査かつ、警戒されないよう子どもを向かわせるのだろう。かと言って他の場所をないがしろにするのも良くない。そこでブルーとライトの2人を向かわせると。なかなか考えられた人選だと思う。
「さて、なにか分からないことや質問は?」
全員が無言でビャクヤを見つめ返す。やる気は満々だ。それを確認したビャクヤが席を立ち、檄を飛ばす。
「では、それぞれの任務に向かってくれ。皆の武運を祈る」
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