㉓お祭りだよ! 引きこもりを連れ出そう!
「ん……朝か……」
白いシーツの敷かれたベッドの上。大きな欠伸をして、わたしはショボショボとした目を擦る。
時刻は朝8時。天気は雲一つない快晴だ。
ここ数日、モモのために新種のキノコ研究を行っていたので、まだ少し寝足りない。
二度寝しようかな……
そんな考えが脳裏を過ぎる。しかし結局は起き上がり、洗顔のために洗面所へと向かった。その道中、階段をおりながらわたしは首を傾げる。
なんだか静かすぎやしないだろうか?
普段なら朝の喧騒……ライトがビャクヤに言い寄って張り飛ばされる怒号だったり、朝食の食器の音、ブルーが花壇の草花に水やりをする音が聞こえるのだが……今日はそれらの音が一切しない。
それを疑問に感じながら洗顔、着替え、歯磨きといった朝のルーティーンを終えたわたしは、いつも通り食堂へと向かう。すると案の定、だれもいない。
いや、一人だけいた。赤髪の少女が壁際に置かれたソファーにデロ~~~ンと、だらけ切った姿で寝ている。彼女はわたしに気が付くと、寝転がったままこちらに視線を寄越した。
「…おはよう、カエデ。お腹空いた。なにかちょうだい」
「おはよう、ヒヅキ。相変わらずのニートっぷりね。空腹なら自分でなにか用意しなさいよ」
挨拶もそこそこに、わたしは自分の朝食を準備しに向かう。そんなわたしの様子に唇を尖らせるヒヅキ。
「…食事当番じゃないもん」
「はいはい。ちなみにわたしも食事当番じゃないけどね……あ、コーヒーはいる?」
「…コーヒーは飲めない」
「まだまだお子ちゃま舌ねー」
「…うっさいハゲ」
そんなやり取りを挟みつつ、わたしは自分とヒヅキの朝食を用意する。メニューは白ごはんとみそ汁に卵焼き。それと野菜を少々といたって平凡。それらを食卓に並べ、わたしは手を合わせた。ヒヅキがわたしの向かい側に着席し、並べられた食事を見回す。
「…肉がない」
「文句があるなら食べなくていいよ」
「…いただきます」
素直に手を合わせるヒヅキ。そこでわたしは、ヒヅキの脇に置かれた一冊のノートに気が付く。なんだろうか? まさかヒヅキが勉強をしているとも思えないし……
「それはなに?」
「…!?」
気になって尋ねると、ヒヅキは慌てた様子でそれを隠す。そんな彼女にちょっと驚きつつ、わたしはニヤリ。
「なによ~? そんなに慌てちゃって。朝ごはん作ってあげたんだから見せなさぁい!」
「…断固断る」
サッと手を伸ばすが、反射神経でヒヅキに適うはずもなくあっさりと返り討ち。そんなやり取りを挟みながら朝食を終えたわたしたちは、お茶でホッと一息。
わたしはヒヅキの脇に置かれた例のノートを再び指差す。
「それで、結局そのノートはいったいなんなの?」
ヒヅキがなにがなんでも隠す物だ。嫌がるなら中身を無理に見ようとは思わないが、やはりそれがなんなのかは気になる。
ノートに視線を落とすヒヅキ。
「…これは日記」
「日記?」
「…ん。日々の出来事や感じたこと、思ったこと。それがわたしの中で風化しないように付けてる」
わたしは「ふーん」と相槌を打つ。
日記ねぇ……わたしも小学生の頃、夏休みの課題で書かされたわ。夏休みの最終日にヒーヒー言いながら、三十日分くらいを纏めて書いたのはいい思い出である。
「そうなんだ。でもちょっと意外。日記ってけっこうマメな習慣じゃん? ヒヅキってそういうの苦手なイメージだったわ」
「…べつに毎日書いてるわけじゃない」
「ほうほう。ちなみにどれくらいの頻度で書いてるの? 週一? それとも月一?」
「…その時の気分次第。連日書くこともあるし、逆に一年以上書かないこともある」
「うん。まあそんな気はしてた」
ヒヅキのことだしね。やっぱりそんなマメに日記書いてないよね。
「でも最近は割と頻繁に書いてる」
「へー、そうなの。あ、もしかしてわたしとの日常が楽しいから?」
「…全然違う。調子に乗るな」
へいへい
そんなこんなでヒヅキの持ってたノートが日記であることは分かった。なのでわたしはもう一つ気になっていたことをヒヅキに尋ねる。
「調子に乗ってすみませんね。ところで話は変わるけどさ、今日みんなの姿見えなくない? もしかしてなんかあった?」
ビャクヤたちの姿が見えない理由。もしや大きな事件でもあったのかと思うが、それに対するヒヅキの返答は意外なものだった。
「…お祭りに行った」
「お祭り?」
わたしは彼女の言葉をオウム返しする。コクリと頷き、説明をしてくれるヒヅキ。
どうやら今日は建国際があるらしく、みんなはそれに参加しに行ったのだそう。話を聞く限り、かなり大規模な祭りなようだ。屋台はもちろん、ミュージカルや劇なんかも催されるらしい。そんな大規模なイベントの存在を知ったわたしはもちろん、
ふーん……お祭りねぇ。ちょっと行ってみたいな。
そんな感想を抱く。同時に一つ、疑問に思うことも。
「ヒヅキは行かないの?」
「…べつに。あんまり興味ない」
そう言って4つ目の少女はお茶を啜る。わたしは「フーン」と相槌を打った。
まあヒヅキだしね……祭りに興味ないのも頷ける。けどそれなら今日、ヒヅキはどう過ごすのか? いつもみたいにただダラダラゴロゴロ、食べるか寝てるかという怠惰な一日を過ごすのだろうか?
それはちょっと見ていられないし、心配である。どうせ断られるだろうけど、一応誘うだけ誘ってみるか。
「そうは言うけどヒヅキ。あんたどうせ暇でしょ? それならわたしと一緒にお祭りに行こうよ」
「…ん。いいよ」
「まさかの即答!?」
わたしは想定外の二つ返事に、思わず口をあんぐり。そんなわたしの様子にソッポを向いて、心外そうに唇を尖らせるヒヅキ。
「…べつに断る理由もない。それにカエデが行くならわたしも行こうと思ってた」
とのこと。
わたしはニヤニヤとしながらヒヅキを見つめる。そのわたしの視線に気が付いた少女。ジト目を返してくる。
「…そうやってすぐに調子に乗る」
なにを言われても気にならないもんねー。わたしと一緒ならお祭りに行こうと思ってただってよ? けっこう可愛いところあるじゃーん!
ん、でも待てよ?
そこでわたしはとあることに気が付く。それはわたしの傍には、ほぼ常にヒヅキがいるということ。
ゾンビや吸血鬼のときはいい。任務だったし、吸血鬼の時にいたってはわたしが自ら付いて行ったのだから。しかし教会ではわたしを常に付けていたとしか思えないタイミングで助けに入ってたし、腹痛の時は部屋まで様子を見に来た。思い返してみると、ヒヅキが身近にいなかった場面がほとんどない気がする。
わたしは恐る恐るヒヅキに確認してみた。
「ねぇ、もしかしてさ。ヒヅキってわたしのストーカーかなんかだったりする?」
「………」
無言でツツーっと視線を逸らすヒヅキ。間違いない。確信犯だ。
「ええ……さすがに引くわ」
「…!?」
目を見開く少女。よろよろと歩み寄りながら、わたしの方に震える手を伸ばしてくる。どうやらわたしの一言がかなりショックだったらしい。
わたしは苦笑いを浮かべた。なぜならヒヅキにも事情があるのだろうことが想像できるから。わたしは仮にも七大罪の一人だし、それの見張りを任されてるとか。なので、
「てい!」
デコピン一発で済ませてあげる。額を抑えるヒヅキ。可愛らしく上目遣いを向けてくる。
「…痛い」
「あなたにも訳があると思うから、これで許してあげる。ぶっちゃけ、ヒヅキがいたおかげで助かったこともあるしね」
「…!」
目を輝かせるヒヅキ。そんな彼女にわたしは手を差し出す。
「じゃあ行こっか、お祭り」
「…ん!」
少女がわたしの手を取る。
そんなこんなでわたしは、任務以外で外出することのないニートを外に連れ出すことに成功したのだった。




