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㉑モモの憂鬱 無言が気まずい!

 シスターリリの魔の手から少女を助けて数日後。私室にて。


 わたしは腹痛に襲われ、ベッドの上で転げ回っていた。理由は昨日食べた椎茸(しいたけ)のせい。わたしは部屋で椎茸を栽培しているのだが、しばらく忙しかったせいで、その存在をすっかり忘れていた。ほんで昨日、久々に椎茸の世話をしたわけだが、ちょっと色が悪くなっているのに気が付いた。しかしせっかく育てたのだから捨てるのも惜しく、結局は食べたわけだが……結果、それに当たったわけである。


 ギュルルル……

「ぬおぉぉぉ……痛い……猛烈に痛い……」


 今朝から何度もトイレのお世話になっているのだが、一向に腹痛は収まらない。わたしはベッドの上でのたうち回る。


 ガチャリ


 そんな時だった。廊下へと続く扉が開き、わたしは視線をそちらへ向けた。だれかは分かってる。ノックもせずに入ってくる無礼なやつはあいつしかいない。


 予想通り部屋の入口に揺れる赤い髪を見て、わたしは渋い表情に。


「なんの用よ、ヒヅキ……」

「…なかなか起きてこないから様子を見に来た」


 そう言って、ベッドの上で腹を抑えるわたしをじっと見つめるヒヅキ。首をコテンと横に傾げる。


「…………もしかして、お腹痛い?」

「That's right……ザ・辛いと。わたしはあなたと違って、ただダラケたくて寝てるわけじゃないのよ。体調不良なの!」


 そんなわたしの悪態に、ヒヅキは小さく鼻を鳴らす。


「…どうせ夜、毛布も着ずに寝ていたせい。頭もよく冷えそうだし」

「違うよ! そもそもハゲと腹痛は関係ないでしょうが! ───痛っ」


 ギュルルル……


 大きな声を上げると腹に響く。わたしは額に脂汗を浮かべながら腹を抑えた。そんなわたしの様子を見て流石に心配になったのか、わたしの顔を覗き込む赤い目。


「…そんなに痛いなら、モモに治してもらえばいい」

「モモに?」


 ヒヅキがコクリと頷く。そういえばモモのナイトメアスキルは病の王(マルバス)。先日は女の子の風邪を治していた。確かに、彼ならこの猛烈な腹痛をどうにかできるかもしれない。しかし問題が一つ。


「ヒヅキ……動けない。連れてって」

「…人にモノを頼むときはどうするのが正解?」


 こいつ……人の弱みにつけ込みやがって……


 普段の意趣返しだろうか? ニヤニヤとこちらを見下ろす目が非常にムカつく。一瞬、逡巡するが、早く腹痛から解放されたいという思いの方が勝った。仕方ない。ここは素直に頭を下げるとしよう。


「連れてってください……ロリッ()さん」

「…自力で行け。以上」


 こちらに背を向けて部屋を出ていこうとする少女。わたしは彼女の背に、死に物狂いで追いすがる。


「わああぁぁ! ごめん! ごめん! 謝るから! 謝るから連れて行ってくださぁぁい!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それから数分後。モモの部屋。椅子に座ったわたしの腹部を、淡いピンクの光が包む。途端、みるみるうちに治まっていく腹痛。


「ふぅ~……ありがとう、モモ。それにヒヅキも」

「いいよー。カエデさんにはこの前、御世話になったしね」

「…うむ。末代まで感謝するといい」


 モモの治療により腹痛から解放され、わたしは大きく伸びをした。あぁ、健康って幸せ!


 わたしが解放感にくるくる回っていると、ヒヅキがモモの顔を覗き込んでいるのが視界に入る。どうしたのだろうか?


「…モモ、なんか顔色悪い。なんかあった?」

「え……いや、べつになんでもないよ。ぼくは大丈夫!」


 そう言ってにこりと笑うモモ。しかし少年の顔色は優れず、その笑顔が無理して作られたものなのは一目瞭然だ。


「なにか悩んでることがあれば、なんでも話してよ」

「でも……」

「モモはわたしの腹痛を治してくれたじゃん? ギブ&テイクだよ」

「うーん……そういうことなら……」


 そう言って語りだしたモモの悩みはこうだ。


 モモは「自分はナイトクランに向いていないのではないか?」と悩んでいるという。ナイトクランはフェイカーを倒す組織だが、いくらフェイカーとはいえ、もとは人間。それを殺すことに躊躇を覚えるし、その甘さはいつか致命的なミスに繋がる恐れがある。


「実際、先の戦いでは誤った判断から手榴弾を使って周囲を危険に晒したし、結局シスターを撃つこともできなかった。ヒヅキさんが瞬時にフォローを入れてくれなかったらどうなっていたか……それを考えると、いまでも手が震えるんだ」


 そう言ってモモは自分の手を見つめた。その小さな手は小刻みに震えており、モモは目を伏せてしまう。ナイトクランの一員でありながら、フェイカーを殺すことに躊躇する自分を恥じているのだろう。


 そんな少年にわたしはなんと声を掛けていいか分からず、ただ黙って彼のことを見つめる。


 なぜならわたしもモモと同様、フェイカーを殺すことに踏ん切りが付いていないから。わたしはこれまで3人のフェイカーの討伐に関わったが、いまだに直接、自身で手を下したことはない。フェイカーを倒せばKPが大きく減るし、わたしのいまの仕事はフェイカーを倒すことだと理解している。だから彼らを狩ることは必要悪だと割り切ってっきたし、これからもやめるつもりはない。いざとなれば自らの手でも───


 しかしそれでも、わたしの行いは人殺しに他ならないのだ。


 彼らの容姿が化け物であり、本質が悪人であるためにあまり意識してこなかった現実。それをモモの言葉に認識させられ、わたしの胸の奥がちくりと痛む。


 部屋に沈黙が落ちた。ヒヅキもモモもなにも言わない。なんだかすごく気まずい空気……


 と、とりあえずなにか言わないと──


 ガチャリ


 その時、部屋の扉が開いた。入ってきたのはビャクヤ。黒のロングコートが揺れ、片目を眼帯で隠した黒の瞳がわたしたち3人を映す。


「やあ、3人とも。実はたまたま廊下を通りかかったらモモの相談が聞こえてきてね」


 彼女はそう言うと、ニコリと微笑んだ。


「特別、聞き耳を立てようとか、そういうつもりはなかったんだが……気を悪くしたならすまない」

「い、いえ。全然そんなことは……あ、ビャクヤさんも椅子を……」


 慌てて椅子を用意しようとするモモ。そんな少年にニコリと微笑むと、ビャクヤは首を横に振る。


「気にしないでくれ。そこまで長居するつもりはないからさ」

「えっと、じゃあビャクヤはなにしに来たの?」


 長居するつもりがないと言うなら、いったいなにをしに来たのか? わたしはビャクヤに尋ねる。


「モモの悩みを解決できるかどうかは分からないが、少しわたしの考えを聞いて欲しくてね」


 そう前置きを置くと、白髪の女はわたしたち3人の……特にわたしとモモの目をじっと見つめる。


「フェイカーを殺したくない。大いに結構」

「「え、えぇっ!?」」


 わたしとモモの声が重なる。まさかフェイカーを狩る組織でフェイカーを殺さないことを肯定されるなんて思わないから当然だ。そんなわたしたちをビャクヤは可笑しそうに見つめる。


「ナイトクランは一つの組織だ。組織っていうのは、一つの価値観を持った人間だけで構成されてはいけない。考え方の似通った人だけでは、アイディアや行動も同じようなものばかりになり、組織としての成長は見込めなくなってしまう。だから様々な背景や価値観、考え方、能力を持つ人が集まること。良い組織になるには、それが必要だとわたしは考えている。そしてそれぞれの価値観がぶつかり合い、切磋琢磨し、成長する。そんな姿が、わたしにとって理想の組織の形だ」


 そこでビャクヤは言葉を切ると、モモに柔らかい笑みを向ける。


「だからモモ。決してナイトクランに相応しくないなんて思わなくていい。むしろ胸を張って、自分の道を行くといい。わたしは君の考えを尊重するし、応援する」

「ありがとう……ビャクヤさん」


 そう告げたモモの表情はとても柔らかい。心のつかえが取れたようだ。そんな少年の様子にビャクヤもニッコリ。


「うん。少しでも力になれたなら嬉しいよ。じゃあ、わたしはもう行くよ」


 そう言うと、コートを翻してその場を後にするビャクヤ。


 そうして彼女を見送ったあと、わたしはただただ感嘆していた。


「凄いね……ビャクヤ」

「うん。スッキリしたよ」


 モモが晴れやかな笑みと共に同意する。そして少年は「よしっ!」と気合の声を出すと、椅子から立ち上がった。


「わっ、どうしたの?」

「フェイカーを傷つけずに無力化できるような、そんな武器を作ろうと思って。さっそくラボに向かうんだ」

「ラボ?」


 首を傾げるわたしにモモが説明してくれる。曰く、ラボとはモモが発明をするために用意してもらった研究室だという。いまわたしたちがいるナイトクラン本部の地下にあるらしい。ぶっちゃけ初耳である。


「…どんなものを作るか、具体的な構想はある?」

「いや、まだ思いつかないけど……まあやってるうちになんか思いつくよ」


 ヒヅキの質問に、首を横に振るモモ。フェイカーを傷付けない武器と一言に言っても、まだ目星は付いていないらしい。「そういうことなら……」と呟く仮面少女。赤い目がわたしの方を向く。


「…カエデを連れていくといい」

「えぇ!? わたし!?」

「…ん。カエデは色々と面白いアイディアを出す。発明の一助になること請け合い」


 その言葉にさも「名案だ!」と言わんばかりに目を輝かせるモモ。


「確かに! カエデさん、前の戦いでもスゴかったし! まさか回転と追跡のスキルにあんな使い方があるなんて。ぼくたちが思い付かないような、斬新なアイディアだよ! ねっ! ぼくの発明も手伝ってくれる?」

「う、うぅ……分かったよぉ」


 そんなキラキラとした無邪気な目で見られては断れない。わたしは渋い顔で首を縦に振る。


 そんなこんなで、わたしたちはモモのラボへと移動するのだった。

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