②布団の下には女神 そして炎上
わたしは布団を一思いに捲り上げる。すると現れたのは不自然に四角くくり抜かれた謎の穴と、そして、
「ようやくお目にかかれました!」
その穴の中で嬉しそうに笑う女性の姿。レースの付いた青いドレスにハイヒール。肩にかかるくらいの白い髪が揺れている。いままで見たことがないほど美しい女性だ。
……まあ鼻からツーっと流れ出る赤い筋のせいですべて台無しだが。
ていうかその鼻血、わたしが蹴りつけたせいだよね? まさか布団に血がついてたりしないでしょうね?
わたしが布団の裏を睨みつけていると、その女性は困ったような表情を浮かべる。
「あの、できればこちらに降りてきていただきたいのですが……」
「断固拒否する。ていうかあなた誰よ」
「わたしは女神です」
オーケー。頭がおかしい女ってことは把握。部屋に突然出現した穴にだれが飛び込むかってんだ。しかも女神を自称するやべ―女がいる穴に。
だが続く女性の言葉に、わたしは表情を強張らせる。
「手遅れになる前に、急いでください」
「───どういう意味よ……手遅れって……」
「詳しい説明はあとです。とにかくこちらに」
「……分かったわよ」
早口で捲し立てる女性の言葉に、わたしはしぶしぶ頷いた。だがそんなすぐには行けない。なぜなら私も女の子なのだ。
「着替えと化粧してくるからちょっと待ってて」
髪の手入れがないからね。そんなに時間はかからないだろう……トホホ。
「あら、そんなことでしたらわたしにお任せください」
「は? それはどういう……」
わたしの言葉は途中で止まる。なぜなら女性が手を振ると共に、わたしの服装がマジックのようにぱっと変わったから。着ていたパジャマはどこへやら。普段着として愛用する白のトレーナーにジーンズといった姿に早変わりである。
そんな自身の姿を見下ろし、わたしは目をぱちくりさせる。
「こ、これはいったい……」
「言ったでしょう? わたしは女神です。それくらいのこと容易いのですよ」
「め、女神……さいですかぁ」
微笑みかける女性。もはや彼女の言うことを信じる他なかった。呆然とするわたしの腕を女性が引っ張る。わたしはそれに従い、穴の中へと身を投じた。
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「さて、ようやく落ち着いてお話ができます」
穴に身を投じたあと、わたしは女神に勧められるまま椅子に座り、彼女と向かい合う。目の前のアンティーク調のテーブルには紅茶の入ったカップが二つ。女性はそれを手に取り、口を付けてほっと一息。
なに落ち着いてんのよ! わたしは女性の肩を掴み、ガクガクと揺らす。
「なにお茶なんて飲んでんのよ! 説明するなら早くして! わたしになにが起きてるのか早く説明してぇ~!!!」
「あわわわ───あっつ!? 紅茶が零れて……あぁ!? 服に染みがぁ!?」
閑話休題
再びテーブルを挟んで向かい合う。すると女性は、わたしの目の前に一台のスマホを差し出した。スマホがどうしたのだろうか?
「ちなみに最新機種です。どうです? 羨ましいですか?」
「どうでもいいよ!」
「クスンッ……お世辞でもスゴイとか言ってくれてもよくないですか……?」
先程からなんなのだ。ふざけているとしか思えない。わたしは苛立ちながら話の続きを促す。
「さて、じゃあこちらを見ていただきましょう」
そう言って女性が開いたのはチュイッタ―。そこには一つの動画が添付されており……
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某回転寿司チェーン店。誰かが動画を回しているようで、画面の中には一人の女の子が映っている。その手にはマグロの乗った皿が一枚。
『えぇ……本当にやらなきゃダメ?』
『当然じゃ~ん! うちらもやったんだからさ、カエデだけやらないなんてそんなのないよぉ。うちら友達じゃん?』
「う、うーん……じゃあちょっとだけね?」
そう言うと女の子は、ちろっと寿司を舐めるとそれをそのまま回転レールへと戻した。
『キャー! まじでやった! さっすがカエデ! ナイスガッツ!』
『え、えへへ。そ、そうかなぁ……?』
『ほら! じゃあ次はこの湯飲みと醤油さしを……』
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「ちょっと待って。これわたしじゃん」
「はい。あなたですね」
「どういうことよ!」
「まあ落ち着いて聞いてください。とりあえずあなたの人生は終わりです」
「落ち着いて聞けるかぁぁぁぁっ!!!」
スマホを掴んでチュイッタ―を漁る。するとどこもかしこもわたしの迷惑動画、動画、動画! どのポストも大量にリポスト、いいね、コメントが付いている。
焦りまくるわたしに反して、のんびりと話を続ける女性。
「御覧の通り、あなたの迷惑動画が大量に拡散されています。もうすでにあなたの実名や高校が特定されている頃でしょうね」
「そんな……どうにかならないの!? そうだ! あなた女神ならこれをなかったことに……」
「無理ですね。わたしネットには疎いんですよう」
「お前は田舎のばあちゃんか!」
「失敬ですね! まだまだ3000歳と若いですぅ!」
ババアじゃないの! いや、そんな話をしている場合ではない。深呼吸だ。深呼吸。すー……はー……
「それで? さっきわたしを助けに来たっていってたけど、いったいどういうこと?」
「それはですね、あなたはまだお若いですし、これまでの人生で大きな悪さもしていません。まあ大した善行を積んでいるわけでもなですけど。幼いころ、電車で御老人に席を譲ったり、砂浜のごみ拾いをしたり……くらいですかね? まあ、いわゆる平々凡々とした人生というやつです」
「うん。ディスってるのかな? かな?」
「いえいえ。まさかまさか。そんな大したことない人生を送ってきたあなたが、たった一つの間違いで人生ゲームオーバーというのは、わたしとしても少し心苦しいんですよう。なのでチャンスを与えようと思いまして」
「チャンス?」
「はい。そのためにあなたの毛根を消費しました」
「うん。なに言ってるのか全然わからない」
わたしは胡散臭い視線を女性に向ける。女性はとても心外そうに唇を尖らせた。
「話は最後まで聞いてくださいよう。あなたはチュイッタ―に晒されて、この世界ではもうやり直すことができない。わたしはそれを助けたい。ここまではよろしいですね?」
「まったくよろしくないけど、まあ分かった。それで?」
「はい。チュイッタ―で晒されたあなたは、そのリポスト、コメント、いいねの数だけカルマポイントというものを付与されました」
「カルマポイント?」
「カルマポイントは、端的に言えばその人の業です。その数字が多ければ多いほど、その人は業が深く、人生が詰んだ状態ということです」
「なるほど。ちなみにわたしのポイントは?」
「ざっと127億ですね。大量殺人鬼で15億、国際テロリストでも50億ですから、無限地獄行きは堅いですね~」
そう言って「3桁億ポイントなんて私も初めて見ましたよ~。あはは~」と笑う女性。わたしはその女性の肩に掴みかかる。
「迷惑動画を拡散されただけで人生詰みたくないよ!」
「それ、本気で言ってます?」
わたしは思わず言葉に詰まる。
「うっ……確かにすごーくバカなことをしたとは思う……思うけど……でもテロリストの二倍以上のポイントってなによ! 制度がバグってんでしょ!」
「そうですね~。正直このネット社会にいまのカルマポイント制度は時代遅れ感が否めないなぁ……とわたしも思ってますよう。悪事が他人の目に晒されて注目が集まるほど、カルマポイントも際限なく増えていきますからね~。けどわたしも忙しくってぇ。モ〇ストとか、パ〇ドラとか、白猫プ〇ジェクトとか」
「全部ソシャゲじゃない! このスマホ依存女神がぁぁぁ!!!」
それから数分後。わたしは再び女性と向かい合って座っていた。女性の鼻から流れる赤い筋は二本に増えている。鼻を拭きながら女性は話を続けた。
「あなたはカルマポイントを清算する必要がある。基本的に善行を積めばカルマポイントは減るんですけれど……顔バレしたあなたでは、この世界ですべてを清算するのは不可能と言わざるを得ません。そこであなたには、異世界転移をしてもらいます」
「異世界転移?」
「はい。その世界でカエデさんには贖罪にいそしんでもらいます。具体的には善行を積み、それをチュイッタ―にポスト。その投稿に10いいねが付くごとにカルマポイントは1だけ相殺される……といった具合です」
「待って。いまさら異世界ってなにとか、転移ってどういうこととかは言わない。だけどいくつか質問させて」
「ええ、どうぞ」
「まず一つ。さっきチュイッターって言ってたけど、異世界でスマホが使えるの?」
「はい。こちらのスマホなら」
そう言って女神が差し出してきたスマホ。
それを受け取って……あれ? このスマホ、ホームボタンついてる?
「この型けっこう古くない?」
「そうですね。ちょっとお小遣いの関係で……」
「女神なのにお小遣い制なの!?」
しかしスマホが使えるのはありがたい。ネットも使えるなら便利そうだ。
「あ、ちなみにチュイッターにポストすること、あとそれに対するリプライに対して返信することしかできないので悪しからず」
無理らしい。残念。できるのは投稿とコメントに返信することのみ。
さて、異世界でスマホが使えるのは分かった。しかし気になることがもう一つ。というかむしろこっちが本命だ。
「もう一つ質問。カルマポイントを清算したあと、日本に帰ってくることはできるの?」
やはり生まれ育った日本を去るのは名残惜しい。暗に最後は日本に帰りたいという思いを込めて女性に尋ねる。それに対する女神の返答は、
「さあ、どうでしょうか。不可能ではないですが、そこはカエデさん次第と言いますかなんと言いますか……まあ、とにかく頑張ってみてください!」
とかいうとても曖昧なものだった。笑顔で親指を立て、白い歯をキラーンとさせている女性が微妙に腹立つ。
……分かってたけど、この女神けっこう雑だわ。
わたしはため息を吐く。しかしせっかくチャンスを貰ったのだ。それをふいにする手はない。チュイッターで盛大に晒されたいま、日本に残ったところでろくな未来は見えない。それなら異世界で出直してみるというのも悪くない案だ。それにやることも簡単。良いことして、それをチュイッターにポストすればいいだけ。いっちょやってやろうじゃないの!
わたしもツルツルの頭を光らせ、親指を立てる。
だが解せないことが一つ。煌めく頭部を指し示す。
「それでわたしの頭はなぜこうなった?」
「あ、忘れてました。それはですね、実はカエデさんがこれから行く世界は通貨がないんですよ。代わりに人から感謝されることで得られるポイント『バイチャーポイント』が通貨として使われます」
バイチャーポイント……つまり美徳ポイントということか。
……なんとなく話が見えてきた気がするぞ?
「それでですね、カエデさんを一文無しで異世界に放り出すのも可哀そうですし、髪の毛を全部バイチャーポイントに変えちゃいました!」
そういうことだったか……わたしはがっくりと肩を落とす。正直、無一文でもいいから髪は残してほしかった。髪は女の命なのに……。それを女性に伝えると、
「どうせカルマポイントが100億突破すると自動で禿げるので、それならいっそ全部バイチャーポイントにしちゃえ! って感じです! それに髪の毛1本あたり1VPが相場なので、けっこう変換効率がいいんですよぅ」
とのこと。おまけにカルマポイントをすべて清算するまで髪はもとに戻らないらしい。それと自分のカルマポイント、バイチャーポイントは貰ったスマホの画面で確認できるとか。
現状
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VP:87567
KP:12790967891
チュイッタ―フォロワー :0
スキル:なし
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うん。絶望的だ。
膝から崩れ落ちるわたしに、女神が弾けんばかりの笑顔を向ける。
「ネットで炎上して、髪も炎上したってことですね!」
「やかましいわ! このバカ女神!」
「というか、人の髪って平均10万本らしいのですが……初期VPがちょっと少ないですね? なにかストレスとかありました?」
「あるとしたらあんただよ!」
にこにこと楽しそうな女性。こいつ、なかなかいい性格してやがる。なんか某ネット掲示板でもやってそうだ……てか絶対やってるだろ。このネットに毒され女神が!
ジト目を向けていると、「説明はあらかた終わりましたし……」と呟いた女神がわたしの方に手をかざす。するとわたしの足元に白く輝く魔法陣が現れた。恐らく異世界へと転移するのだろう。わたしは慌てて女神を止める。
「ちょ、ちょっと待って。この頭じゃ外なんてとても出歩けないよ!」
「あぁ、でしたらこちらを差し上げましょう」
そう言って女性が投げて寄こしたのはオレンジのニット帽。被れということだろう。わたしはそれをありがたく受け取る。
「それとカルマポイントもサービスとして、キリよくして差し上げます」
お、120億にしてくれるのか。正直ありがたい。わたしはそう思ってスマホの画面を見る。
KP:13000000000
「なんでよ! 増えてるじゃん!」
「え……だってキリ良くするといったら四捨五入でしょう?」
「だったら10億の位でしろよ!」
そしたら100億になったのに! ええい! この女神には振り回されっぱなしだ!
とそこでわたしはあることを思いつき、女神に声を掛ける。
「ちょっとこうさ、祈るようなポーズ取ってくれない? 修道女みたいな」
「……? べつにいいですけど……こうですか?」
カシャッ!
カメラのフラッシュが明滅する。驚いたようにこちらを見る女性。そんな彼女にわたしは「してやったり!」と笑顔を向ける。
女神は悔しいが超絶美人だ。彼女の写真をポストすればかなりの反響が期待できる。いや、プロフィール写真にするのもいいか?
「あ、ちょ、ちょっと!」
「じゃあね~。この写真はありがたく有効活用させてもらうよ~!」
慌てる女性に手を振ると共に、わたしの視界は白一色に塗りつぶされていくのだった。
本日のポスト(フォロワー 6)
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異世界転移マジ卍! 女神様はめっちゃ美人だったー! 写真添付しとく!↓
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残りKP 12999999997