⑱教会に潜入! 消えた少女を探せ!
「昨日の女の子、夕方に里親が迎えに来てもういないって……」
モモの言葉にわたしは眉を顰める。どういうことだろう? わたしたちは今日の昼過ぎからずっと門を見張っていた。里親や少女の出入りはなかったはずだ。なのに女の子が消えたということは……
「隠し通路があるか……もしくは女の子はまだ教会の中にいるけど、おれたちには隠されている……てところか」
どうやらライトもわたしと同じ考えのようだ。門以外に教会の出入り口がないし、考えられる可能性はその二つくらいだろう。しかし隠し通路があるとして、わざわざそこを通る必要があるだろうか? わたしにはその理由が思いつかない。
「まだ教会の敷地内にいる可能性の方が高そうね」
「そうだね。おれもその可能性が高いと思う」
わたしの考えに賛同してくれるライト。そこで焦燥感を滲ませながらモモが声を上げる。
「じゃ、じゃあ早く助けに行かなくちゃ……」
「それは却下。まずはビャクヤさんに報告してからじゃないと」
しかしライトは首を横に振る。それに抗議するモモ。わたしも金髪男のまさかの返答に目を軽く見開く。そんなわたしたちの様子に、ライトはまるで子どもに言い聞かせるかのように説明をする。
「女の子が消え、だけど教会の人たちは里親が迎えに来たと言い張っている。どう考えても異常事態だ。フェイカーの関与も疑われる。だけど残念ながら、今すぐにおれたちが動くことはできないんだ。あくまで今回は調査が目的だったから、戦闘許可が下りてない。万が一フェイカーと鉢合わせても、おれたちはなにもできないんだ。だからまずは、ビャクヤさんに事の顛末を報告して、ラミア―の時みたいに協力者以外の人払いをしてもらわないと」
わたしの脳裏に、ライトとキュラがベッドの上でいちゃついている光景が浮かび上がる。
……て違う、そうじゃない。確かあの時、まだ大して夜も更けていないというのに通りの通行人が全くいなかった。それこそ不自然なほどに。しかしいまのライトの言葉を聞くに、周辺に人が近づかないようになにかしていたようだ。
疑問には思っていたのだ。「フェイカーは人に紛れて生活しているんだから、その全部を人目に付かないように退治するなんて無理じゃない?」と。しかしその疑問は氷解した。フェイカーがいると確信できた場合、フェイカーの存在を知る一般人……協力者以外の人は避難してもらい、そうしてからフェイカーと対峙する。そうすればフェイカーとナイトクランの戦いを見られる心配はほぼなくなる。
いま思えば、キュラとライトが入った宿屋の主人、あの人は協力者だったのだろう。
そこまで考えてから、わたしは街灯の立ち並ぶ目の前の通りに目をやる。まだ人通りがあり、万が一フェイカーと戦闘になれば、一瞬でその存在が公になってしまうだろう。
ライトの言うことは至極もっともだ。しかしモモは納得がいかない様子。
「けど、時間が経てば経つほどあの子が無事でいられる可能性は低くなるよね? だから今すぐにでも教会の中を捜索するべきだと思う」
「それは確かにそうだけど……ならこうしようか」
思案顔を浮かべたライトがにこりと笑う。その笑顔にわたしは、少し嫌な予感がして頬を引き攣らせた。
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それから数分後。わたしは教会の薄暗い廊下を、コソコソと隠れながら移動していた。
たった一人で。
……なんかデジャブだ。
なぜわたしがこんな目にあっているのか。それはライトのせい。
あの金髪野郎、効率を良くするために役割分担しようなどと抜かしやがったのだ。まあそれはいい。それはいいのだが……チャラ男が提案した役割は人払いのための「ビャクヤへの報告係」、少女を助けるための「教会潜入係」、新しい手掛かりがあるかもしれないため「里親の家の調査」の三つ。当然、モモが教会潜入係になると思っていたら……なぜかわたしが指名された。
「なんでわたしが潜入!?」
「ぼくが教会に入る!」
そんな風にモモと共に抗議したが、気配遮断と暗視スキルを持ってるわたしが一番潜入に向いてる、モモは冷静さを欠いているから潜入は許可できないという理由で、一番厄介な役割を押し付けられてしまったのだった。チクショウ!
なんでわたしが……と思わなくもない。願わくばこのままなに事もなく過ごしたいものだ。
そんなことを考えながら廊下を進んでいくと、目の前の曲がり角の向こうから蝋燭の灯りが揺れ動くのが見えた。どうやら誰かがこちらに向かってきている様子。慌てて物陰に隠れて様子を窺っていると、灯りの持ち主が姿を現した。
「……リリさん?」
曲がり角の向こうから現れたのはシスターリリだった。彼女はこちらに気が付くことなく、目の前を通り過ぎていく。蝋燭の火に照らされたその横顔を見つめた時だった。突如わたしの背筋に悪寒が走る。これはそう。親子からひったくりをした人狼を見かけた時と同じ感覚。
わたしは生唾を飲み込むと、シスターの後をこっそりとつけていく。リリからバレないように、こっそりと。そして慎重に。
しかしシスターはこんな時間に一人でなにをしているんだろう? 見回り……という様子でもないけど。
そんなことを考えているとリリが木製の扉に手を掛け、その中へと入っていくのが見える。わたしは小走りでその扉に駆け寄り、こっそりと中を覗き込む。
そこは物置だった。しかしあまり使われてはいないようで、あちこちに本や木箱が散乱し、床には薄く白い埃が降り積もっている。そしてそんな部屋の奥の石壁。その目の前にシスターは立っていた。
なにをしているのだろう?
わたしが首を傾げていると、リリは壁に手を掛ける。するとその壁の一部が忍者屋敷の回転扉のようにぐるりと回転し、シスターはその奥に消えていったではないか。わたしは突然のできごとに目をぱちくり。
まさか本当に隠し通路があるとは……
とりあえず部屋の中に入り、わたしはリリが消えた石壁の前に立つ。
どうしようか? リリさんの後を追う? でも厄介事に巻き込まれる匂いがプンプンするしなぁ……
しばらく逡巡したわたしだったが、結局は隠し通路に入ることにする。この先のことを調べていた方が、今後 役に立つだろうしね。そうだ、一応モモたちに連絡もしておこう。
ポケットから武骨なデザインの無線機を取り出し、口元に寄せる。
「こちらカエデ。隠し通路があったから、これから調査しに行くね。どーぞー」
「こちらライト。了解だよ。気を付けてね。どーぞー」
「こちらモモ。隠し通路ってどこにあったの? どーぞー」
どうやら二人ともまだ無線機の有効範囲にいたようだ。わたしは教会の一階、物置部屋の奥の壁に回転扉があることを二人に伝えてから、回転扉を押してその中へと入る。
すると入ってすぐ、地下へと続く階段が目に入った。わたしは警戒しながら、そろりそろりとその階段を降り始める。
かなり長い階段だ。それに地下だからだろうか? 湿度が高く、空気が淀んでいる。じっとりとした空気が肌に纏わりつく嫌な感覚に、わたしは眉を顰めた。
そうしてしばらく下っていくと、広い空間へと辿り着いた。ここが終着点だろうか? そこは神殿のような場所で、床や壁は石造り。そして左右には四本ずつ、計八本の石柱が整然と立ち並んでいる。
そしてその空間の最奥部。わたしはそこにリリと一人の男性の姿を認め、慌てて傍の石柱に身を隠した。
「うふふふ……あぁ、なんて可愛い子でしょう……」
背筋に蛇が這うような嫌な笑い声と言葉に、鳥肌が立つ。なにか様子がおかしい。気になって覗き込むと、どうやらシスターは目の前の祭壇に載せたなにかを愛でている様子。男はその横で直立している。
嫌な予感がして、わたしはシスターに気が付かれないように柱の陰から陰を伝って空間の奥へと進む。そして祭壇の上の物が見える場所まで移動したところで、わたしは息を飲んだ。
なんでここに女の子が!?
祭壇の上には消えたはずの女の子が横たわっていた。どうやら眠っているようで、その寝顔をシスターリリはニタニタとした笑顔で見つめている。彼女はいったいなにをしているのだろうか? いや、それよりもとにかくライトたちに連絡を……
「こちらカエデ。女の子を見つけた。理由は分からないけど、近くにはリリさんがいる。どうするべき? どーぞー」
ライトたちの指示を仰ごうとするが、無線機から応答はない。無線機の有効範囲にいないか……あるいはここが地下だから電波が通じないのか。いずれにしろ外と連絡は取れないよいうだ。
そうしてわたしが四苦八苦していると、リリがごそごそと服を脱ぎだすのが視界の端に映る。
リリさんなにしてんの!? 男の人も近くにいるのに! 変態!? 変態なの!?
右往左往するわたしはしかし、シスターの腹が露わになったところで思考が停止する。なぜならリリの腹、ヘソがあるはずの場所にはポッカリと、人の頭部くらいの黒い穴が開いていたから。
あれは……もしかして代償……? 嘘だ。あんなに優しかったシスターが……
信じたくなかった。だけど、そうとしか考えられない。リリがフェイカーだったのだ。子供たちが消えていた元凶。
そんなわたしの考えを裏付けるように、リリが哄笑を上げる。
「うふふ……なんて可愛い子。あぁ、食べたい! いますぐに食べてしまいたい! 早く目を覚まさないかしら!?」
もう疑いの余地はない。リリは子供を攫って捕食するフェイカーだ。恐らく横の男が里親のふりをして女の子を引き取り、眠らせてからこの空間に運び込んだのだろう。そして夜、周囲の人が眠りについてからリリが女の子を食べるのだ。
考えてみれば、子どもたちが行方不明になったのはここ半年のこと。そしてリリはこの教会の新人呼ばわりをされていた。だから事件に関与している可能性は十分あったのに……なぜ気が付かなかった。
いや、今そんなことはどうでもいい。わたしはどうするべきだ? あの子を助ける? でも……
そこで潜入する直前、ライトから言われた言葉が脳裏に蘇る。
「おれたちナイトクランの任務は、フェイカーの存在を明るみに出さないことだ。決して女の子ひとりの命を救うことじゃない。この意味が分かるね?」
フェイカーと遭遇した場合、たとえ女の子の身が危なかったとしても撤退しろ。つまりはそういうことだ。ライトの言うことに従うなら、いますぐに地上に帰り、他のメンバーの合流と住民の退避を待つべきだ。だけど……
この空間なら外からは見られない。そばの男はリリさんの協力者……つまりフェイカーの存在を知っている人だろうし、ここなら多少無茶をしても許されるんじゃないだろうか? ゾンビ退治の時も周囲に人がいない状態だったからか、戦闘許可とかの話はなかったし。
よし……あの子を助ける!
わたしは覚悟を決め、手の中に凍結キノコを召喚。そして追尾のスキルを発動しながら投擲。
宙を舞った青キノコは見事なカーブを描きながらリリの後頭部に直撃。頭部が凍り付いたシスターは床を転げまわりながら甲高い悲鳴を上げる。
「ぎゃあぁぁぁ!? ───なにが起きたの!?」
「何者かの襲撃です」
「襲撃!? 殺せ! いますぐそいつを殺しなさい!」
「はっ!」
リリの指示を受けた男の身体が肥大化し、頭からは角が生え、爪が鋭く伸びる。どうやら男もフェイカーだったようだ。そして柱に突進する男。柱の影に爪を振り下ろすが……
「だれもいない!?」
そこにわたしはいない。なぜならヒヅキのアドバイス通り、わたしは自分の位置を相手から把握されないようにキノコをカーブさせて投げたから。男からは実際にわたしがいる柱とはべつの柱の影から攻撃を受けたように映ったのだろう。
困惑する男を尻目にわたしは気配を消して祭壇に近づく。そして女の子を抱き上げようとして……
「重たっ!?」
寝ている人の身体を抱えるのは意外と大変だと聞いたことがあるが……ここまでとは。そうしてわたしが手間取っていると、
「なにをしてるのかしらぁ?」
氷の解けかけたリリの片目がわたしを捉えた。
しまった! 気づかれた!
わたしは引き攣った笑みを浮かべながら、必死に言い訳を考える。
「え、あはは……これはですねぇ……」
「愛しい我が子よ! こいつを殺しなさい!」
我が子……男に指示を出すリリ。その声に従って、男がわたし目掛けて襲い掛かってきた。
「あわわわ!? 凍結キノコ!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
咄嗟に放り投げた青キノコが男の顔にクリーンヒットし、顔面凍傷になった男が絶叫を上げる。そのまま倒れ伏した男は塵となって消え去った。
やばっ!? 殺しちゃった!?
一瞬その光景に目を奪われるわたしだったが、すぐにべつのものに意識を持っていかれる。
なぜなら目の前に、露出の多いビキニ姿の痴女がいたから。ただし普通の痴女ではない。浅黒い肌に、真黒な目、頭部からは羊の角が生え、腹部の漆黒の穴はドクンドクンと脈打ち、いまにも何かを吐き出しそう。
そこにはまさに悪魔と呼ぶべき、異形の化け物がいた。
どうやらリリが本性を現したらしい。
わたしは息を飲みながら、目の前のフェイカーを睨みつけた。




