⑮修行だよ! ヒヅキ先生!
ナイトクラン本部の裏手には山がある。その裏山は昼でも鬱蒼と茂った木々によって薄暗く、不気味な雰囲気に包まれている。そのため一般人が近づくことはほとんどなく、ナイトクランメンバーの格好の訓練場となっていた。
そんな昼にも関わらず陽光の差さない裏山のなか、太い木の枝に座ったわたしは枝葉の隙間からそっと地面を覗き込んだ。視線の先には、木立の中で立ち尽くす赤髪の少女の姿。実践訓練中だというのに、周囲を警戒する様子もなく、こちらに背を向けて棒立ちしている。
どうやらこちらに気が付いていないようだ。まあ、わたしは気配遮断のスキルを使っているのだから当然かもしれないが。
そうしてしばらく少女の後ろ姿をじっと観察するが、動く気配はない。それを確認して、わたしは手の中に青いキノコを召喚すると、投擲した。
青キノコは一直線にヒヅキの背に迫り、そして炸裂。ヒヅキの足と地面を凍結し、その動きを封じた。
「ひゃっはー! 覚悟しろヒヅキ! とう! ……ん?」
さらに追撃しようと枝葉の中から飛び出して、そこで違和感に気が付く。奇襲を受けたはずのヒヅキが動かないのだ。首を回すどころか、指の一本すら微動だにしない。
それを疑問に感じた次の瞬間、不可視の何かが手足に絡まる感触とともにわたしの身体が空中で停止する。慌てて視線を走らせれば、キラリと輝く細い糸がわたしの手足を拘束していた。
「あぁ! くっそ!」
やられた。ヒヅキの張った蜘蛛の巣に引っかかった。
わたしは自身の失態を悔いるとともに、目の前で相変わらず背を向けたままの赤髪少女に視線を向ける。ヒヅキは足を凍らされて、わたしは蜘蛛の巣に引っかかって身動きが取れない。これでは決着がつかない。つまり……
引き分けかー。いや、でも木々に延焼することを危惧しないで、爆裂キノコを使っていればわたしの勝ちだったわけで……だから実質わたしの勝ちみたいな?
わたしが悔し紛れにそんなことを考えていると、視界の端で赤い影が揺れる。そちらに視線を向けると、
「え? なんでヒヅキが?」
仮面少女が木の影から現れて、こちらに歩いて来るではないか。慌てて氷漬けのヒヅキを確認するが、確かにそこには赤髪の少女の姿がある。二人のヒヅキの間で視線を彷徨わせるわたしの脳内は、疑問符でいっぱいだ。
どうしてヒヅキが二人いるの?
そんなわたしの疑問を解消する様に、新しく現れた方のヒヅキが腕を振る。すると氷漬けヒヅキの姿がシュルシュルと解け、複数の糸の束になって地面に落ちた。目を見張るわたしに、木陰から現れたnewヒヅキが解説をしてくれる。
「…あれは糸人形。わたしの形を模倣して作った偽物」
なるほど。つまりあれは、わたしを誘い出すための罠だったわけだ。糸人形でわざと隙だらけの状態でいるように見せる。そのうえで飛び込んできたわたしを捕えるため、見えないように蜘蛛の糸を張り巡らせておいた。そして本体は近くに潜伏していたというわけだ。
ほんでわたしは、その罠にまんまと引っかかった。
「うーん……してやられたよ」
「…ん。これでわたしの10勝0敗。カエデはもう少し慎重になるべき」
新しく取得したスキルを試してみたくて(あとヒヅキがゴロゴロしているのが見ていられなくて)、ヒヅキに十先の実践演習を頼んだのだが……まさか一本も取れないとは。スキルも充実してきて、そこそこ強くなった気でいたので、ちょっと悔しい。
ヒヅキが手を振ると、手足に絡まった糸が解ける。地に足を付いたわたしは、少し痛む手首を確認しながら、仮面少女に最終戦の講評を尋ねた。
「それでヒヅキ」
「…ヒヅキ先生と呼ぶ」
……ちっ。調子に乗りやがって。目の前のどや顔が無性に腹立つ。
「で、ヒヅティー。わたしの動きはどうだった?」
「…23点」
お、おお……想像以上に辛口評価でいらっしゃる。しかも23点って微妙な点数だな。いや、初戦の点数が18点だったことを考えれば、少しは成長したということだろうか? けど5点か……これを短期間で5点も上がったと捉えるべきか、それとも10戦もして5点しか上がらなかったと捉えるべきか……
悶々とするわたしに、ヒヅキが小さく微笑む。
「…カエデはよくやった。わたしが今日指摘した点はだいたい直ってる。呑み込みが早い。エライ」
エヘヘへ。褒められちゃった。さすがに、ストレートな言葉で褒められるとこそばゆい。ちょっと照れてしまう。
クネクネと身体を捩っていると、そんなわたしの顔を見つめたヒヅキが眉を顰める。
「…デレデレしてキモイ」
「き、キモイ!?」
「…ん。顔はキモイ。だけど頑張っててエライ。キモエラ」
「キモエラ!? それは酷くない!?」
なんだその造語は。わたしはヒヅキにジト目を向けるが、少女は知らん顔だ。やれやれである。
それからヒヅキに詳しくアドバイスを貰った。
わたしは相手からの攻撃がほぼ無効のため、一番に警戒するのは拘束の類。それにも関わらず、わたしは無防備な相手に自ら突っ込んで罠にかかった。隙を見せる相手は、わざと隙を見せている可能性を考慮するべきだとか。
二点目として挙げられたのが、潜伏した状態からキノコを直線で投げたこと。あれでは隠れている場所がもろバレだ。もし避けられれば、相手からはわたしの位置が分からないというアドバンテージが消える。それではもったいない。例えばキノコをカーブさせながら投げる、あるいは放物線状に投げて相手の頭上から攻撃するなど、初撃が失敗しても自身の場所を悟られない立ち回りをするべきらしい。
それを聞きながら、わたしは水筒を口につける。
なるほど。そういえばわたしが取得したスキルに追尾弾とかいうのがあった。それを使えば、投擲したキノコを曲げることができるかもしれない。そういう使い方をする予定で取ったスキルじゃないので、思い至らなかった。目から鱗である。
というかヒヅキって、普段ゴロゴロしてばっかりでニートみたいな生活してるから気が付かなかったけど、アドバイスは的確だし、こと戦闘においてはナイトクランでも右に出るものはいないほどの腕前。ゾンビ事件のときはわたしが窒息しかけたところを助けてくれたし、意外とできる子なのだろうか。
そう思って横目で少女を見たところで、その目がじっと、わたしの持つ水筒に注がれていることに気が付く。なんだろう? 咽でも乾いているのだろうか?
「飲む?」
試しに聞いてみると、やや驚いた表情を見せる仮面少女。最近気が付いたが、ヒヅキは無表情なように見えて意外と感情を顔に出している。まあ本当に小さな表情の変化で、長く一緒に居ないとなかなか気が付けないレベルの感情の出し方だけど。
あれだ。そっくりな双子猫を最初は見分けられなくても、ずっと世話をしている間に2匹の小さな違いに気が付いて、なんとなく見分けられるようになる……みたいな感覚に近い。
そんなことを考えていると、ヒヅキが上目遣いでわたしのことを見つめてきた。
「…いいの?」
「うん。わたしはいっぱい飲んだから、残りはヒヅキが全部飲んでくれて構わないよ」
そう言って水筒を手渡すと、可愛らしい仕草でわたしのことを見上げるヒヅキ。
「…ん。カエデ、ありがとう」
「どういたしましてー」
水筒を煽る少女を見つめ、わたしは内心でほっこりする。まるで妹でもできた気分だ。手のかかる、少し年の離れた可愛い妹。うん、悪くない気分だ。
そうして優しい目でヒヅキを見つめていると、「ざっ、ざっ」と誰かがこちらに近づいてくる足音が耳に入る。視線を向ければ、そこには金髪のチャラ男とぼさぼさのピンク髪の少年の姿。チャラ男が笑顔で片手を上げる。
「いよう! カエディー。それにヒヅヒヅも」
「ライト、それにモモ! 二人とも、こんな山奥にどうかした?」
「…二人も訓練?」
そんなヒヅキの問いかけに笑い声を上げるライト。
「あはは。おれが訓練なんてメンドイことするわけないじゃん。ヒヅヒヅも冗談が上手くなったな~。お兄さん腹筋が崩壊しちゃうよ~」
そんなライトの返答にわたしは苦笑い。
ですよねー。このダメ男がわざわざ特訓なんて、まったくそんなイメージ湧かないわー。
……あ、ヒヅキ先生が怒ってらっしゃる。お、ライトとヒヅキの追いかけっこが始まった。おーい! 二人ともどこへ行くんだーい!
鬼ごっこをする二人の背中は木立の中に消えていく。まったく……やれやれだ。
さて、走り去った二人は放っておくとして、わたしは斜視の少年 モモに視線を向けた。
「それで訓練じゃないとしたら、わたしたちになにか用?」
「うん! 任務だよ、カエデさん!」
ほほう……どうやら仕事の時間らしい。
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