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残虐な決意

 イヴァーノとセラフィーナが十一歳になった年のこと。

 この年の夏、アリティー王国の一部地域で未曾有の豪雨による土砂災害が起こった。主にボルジア公爵領、トゥルシ侯爵領、そしてその周辺の領地が土砂災害の餌食になってしまったのである。犠牲者もかなり出てしまったのだ。


 ボルジア公爵家もトゥルシ侯爵家も領地の復興に時間を取られた為、両家の対面での交流はほとんどなくなっていた。最初は手紙のやり取りはそこそこの頻度で(おこな)っていた。しかし文通の頻度は次第に減り、イヴァーノが十二歳の時には完全にセラフィーナやレアンドロからの手紙は途絶えてしまった。

(セラフィーナ……何があったんだろうか? レアンドロ殿はナルフェック王国のラ・レーヌ学園に留学しているらしいけれど……)

 イヴァーノは心配になり、何度も手紙を送るが返事はない。ヴァスコにも返事はない。


 ちなみにセラフィーナの兄レアンドロは父であるトゥルシ侯爵家当主アブラーモと折り合いが悪く、距離を置きたいという理由で留学したらしい。


 今すぐトゥルシ侯爵領に行きたいが、いまだにボルジア公爵領の復興には時間がかかっており、中々行けない状況にあるイヴァーノであった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 セラフィーナと交流がなくなり四年が経過した。イヴァーノもセラフィーナも今年十六歳になるので成人(デビュタント)の儀に出る必要がある。

 ようやくトゥルシ侯爵家から連絡があり、セラフィーナの婚約者であるヴァスコがトゥルシ侯爵家へ赴くことになった。

 そしてイヴァーノは戻って来たヴァスコからとんでもないことを聞いた。

「父上、俺の婚約者をセラフィーナから彼女の義妹(いもうと)のフルヴィアに変えてください。彼女は今年十五歳で、俺の三歳年下なので年周り的には問題ないはずです」

 ヴァスコは夕食の時、父であるレミージョにそう切り出したのだ。

(……こいつは何を言っているんだ?)

 イヴァーノのペリドットの目がスッと冷える。

「ヴァスコ、どういうことだ? セラフィーナ嬢に義妹はいなかったはずだぞ?」

 イヴァーノ達の父であり、ボルジア公爵家現当主のレミージョは困惑している。

「はい。フルヴィアはトゥルシ侯爵閣下の後妻の娘です。前侯爵夫人であられたルーチェ様は四年前に亡くなりまして……」

 ヴァスコはトゥルシ侯爵家で起こったことを説明した。

(セラフィーナのお母上が亡くなっていた……!?)

 イヴァーノはただ驚愕していた。


 ヴァスコの話によると四年前、セラフィーナの母でトゥルシ侯爵夫人であったルーチェが亡くなった。その後すぐに後妻として迎えられたのはトゥルシ侯爵家で働いていたメイドのボーナ。彼女は困窮した子爵家の三女であった。


「でもヴァスコが言うフルヴィア嬢……後妻の連れ子ではないでしょうね? そうだったらその子はトゥルシ侯爵家の血を引いていないから婚約者にするのは不可能じゃないかしら?」

 イヴァーノ達の母でボルジア公爵夫人であるジョルジーナも困惑気味である。

「心配には及びませんよ、母上。フルヴィアもトゥルシ侯爵閣下の血を引いていますから」

 ヴァスコは自信満々にそう言う。


 ヴァスコの話によると、セラフィーナの父でトゥルシ侯爵家当主のアブラーモは元々メイドのボーナと関係を持っていたそうだ。

 ルーチェはアブラーモの子を身籠ったボーナを離れに住まわせた。そしてそこで生まれたフルヴィアを育てさせたのだ。

 通常はトゥルシ侯爵家から追い出されるのだが、ルーチェの温情でボーナとフルヴィアはトゥルシ城の敷地内で暮らすことが出来ていたそうだ。

 そしてルーチェが亡くなった後、アブラーモは喪に服すことなくすぐにボーナとフルヴィアをトゥルシ侯爵家へ迎え入れた。


「ですので、醜く見窄らしくなったセラフィーナよりも可憐で可愛いフルヴィアを俺の婚約者にしたいのです」

 まるで正当な言い分であるかのように堂々としているヴァスコ。

(セラフィーナが見窄らしくなった……? こいつはセラフィーナの外見以外興味がないのか? ……あり得ない)

 イヴァーノは冷めた目でスープを飲みながらヴァスコを見ていた。

「そのフルヴィア嬢がトゥルシ侯爵家の血を引いていると言ってもな……すぐに婚約者を変えるわけには……。ヴァスコ、もしお前がそこまでフルヴィア嬢を婚約者にしたいなら、もっと時間を置かねばならない。もしくは、セラフィーナ嬢の方からフルヴィア嬢と交代すると言ってもらわないとな……」

 レミージョは口篭る。

「レミージョ様の仰る通りよ」

 ジョルジーナもレミージョに同意する。

(父上も母上も、良くも悪くも凡庸だから全く頼りにならない)

 イヴァーノは内心ため息をついた。

「セラフィーナの口から交代させると言わせれば良いのですね!」

 ヴァスコの表情がパアッと輝いた。

(愚鈍な兄上の分際で……僕が欲しくて欲しくて堪らなかったセラフィーナを横から掻っ攫った挙句捨てようとするとは……。絶対に許せない……!)

 イヴァーノの中には軽蔑、恨み、妬みなどが入り混じったどす黒い感情が渦巻いていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 イヴァーノは辻馬車に乗り込み、密かにある場所へ向かっていた。

 行き先は、トゥルシ城。

 兄ヴァスコの婚約者である、トゥルシ侯爵令嬢セラフィーナの家だ。

(最近の兄上はどうかしている。元々愚鈍ではあったけれど、最近は下等生物に成り下がったみたいだな)

 実の兄に対して何とも辛辣な評価である。


 目的地に到着したイヴァーノは、裏口からコソッとトゥルシ城に入る。数年前の土砂災害の影響により、トゥルシ侯爵家及びトゥルシ侯爵領はここ数年衰退傾向にある。それにより、トゥルシ城の警備も甘くなっていた。

 何故(なぜ)裏口から入るのかというと、現在トゥルシ城に来ている兄ヴァスコに見つからないようにする為。今ヴァスコに見つかると、非常に面倒なのだ。

(セラフィーナは大丈夫だろうか……? 彼女の兄君のレアンドロ殿もナルフェック王国に留学中でいないみたいだし)

 その時、近くから声が聞こえた。イヴァーノにとって聞き覚えのある声である。

「フルヴィアは本当に優しいな。あんなセラフィーナなんか放っておけばいいものの」

 兄のヴァスコである。イヴァーノと同じ、ブロンドの髪にペリドットのような緑の目。整った見た目ではあるが、イヴァーノの方が上である。

「やだあ、ヴァスコ様ったらぁ。お義姉(ねえ)様も一応人間ですから食べないと死んでしいますわよ」

 フルヴィアと呼ばれた少女は赤毛にアンバーの目の、小動物を彷彿とさせる可愛らしい顔立ち。しかし、嫌な笑みを浮かべており性格の悪さが滲み出ていた。

 彼女は腐りかけの野菜とカビたパンを運んでいる。

(あれが最近兄から名前を聞く、トゥルシ侯爵閣下の後妻の娘でセラフィーナの義妹……フルヴィアか……)

 イヴァーノは影からフルヴィアを睨む。

 そして二人に気付かれないよう後をつけた。

 ヴァスコとフルヴィアが向かった先は、古びた離れの小さな屋敷。そこは明らかに手入れが行き届いておらず蜘蛛の巣だらけで、人が生活する場所ではない。更に蜘蛛の巣だけでなく、蛾も数匹飛んでいる。

 離れの裏に周り、こっそりと窓の外から中を覗くイヴァーノ。彼はそこで信じられないものを見た。

 離れには痩せこけて見窄らしい少女がいたのだ。燻んで傷んだアッシュブロンドの長い髪。ラピスラズリの目の下の隈は酷い。肌もボロボロである。

(セラフィーナ……!!)

 イヴァーノはペリドットの目を大きく見開いた。

 離れで暮らす見窄らしい少女は、イヴァーノがかつて見たセラフィーナとは大きくかけ離れてしまっている。

 昔のセラフィーナは、絹糸のようなアッシュブロンドの真っ直ぐ伸びた長い髪。ラピスラズリのような青い目。蝶のように可憐で、どこか儚げな印象の少女だった。

(セラフィーナ、しばらく見ないうちに一体何があったんだ!?)

 その時、パーン! と大きな音が響く。

 何と離れに乗り込んだヴァスコがセラフィーナに手を上げたのだ。

 頬を思いっきり叩かれたセラフィーナは床に倒れる。

「何故お前のような見窄らしくて醜い女が俺の婚約者なんだ!? 早く俺の婚約者の座をフルヴィアに譲れ! お前が次期ボルジア公爵夫人だなんて笑わせてくれるな!」

 床に倒れているセラフィーナを蔑むヴァスコ。

「……申し訳ございません」

 セラフィーナは俯いて謝ることしか出来ない。

 フルヴィアはそんなセラフィーナの頭に持っていた腐りかけの野菜とカビたパンを落とす。

「お義姉様の今日の食事よ。お義姉様にはそれがお似合いだわ」

 ふふっとセラフィーナを見下したような笑みのフルヴィア。

 その後もセラフィーナを虐げるヴァスコとフルヴィア。

 セラフィーナはこうして毎日虐げられて生活していたのだ。

(よくもセラフィーナを……)

 イヴァーノは怒りのあまり拳を強く。握り締める。爪が拳に食い込み、血が出ていた。

 ヴァスコとフルヴィアが去った後もなお倒れたままのセラフィーナ。

(いや、これはきっと僕こそがセラフィーナと結ばれるべきだという神の(おぼ)し召しだ)

 イヴァーノは軽くコンコンと窓を叩く。

 すると中にいたセラフィーナはイヴァーノの姿を見つけてラピスラズリの目を大きく見開いた。

「セラフィーナ、大丈夫?」

 窓が開き次第、イヴァーノはセラフィーナにそう声を掛ける。

「イヴァーノ……」

 久々に聞くセラフィーナの声は随分と弱々しかった。

「久し振りだね、セラフィーナ。最近兄の様子がおかしかったから、心配で見に来たんだ。いや……本当はずっと君に会いたかった」

(わたくし)も……会いたかったわ」

 ホッとしたように微笑むセラフィーナ。それはイヴァーノがかつて見た時と同じ、女神のようであった。

「セラフィーナ、君にこれをあげるよ」

 イヴァーノはお土産に持って来た焼き菓子をセラフィーナに渡した。

「栄養にはならないかもしれないけれど、お腹の足しにはなるはずだ」

「ありがとう、イヴァーノ」

 セラフィーナはほんのりと嬉しそうにイヴァーノから焼き菓子を受け取った。

 イヴァーノはセラフィーナの笑みを見て、少しだけホッとしたと同時にドロドロとどす黒い感情が心を支配した。

(セラフィーナ、僕が必ず君を助けるから。……君を害する存在は全て僕が()()するよ)

 イヴァーノのペリドットの目から光がスッと消える。


 蜘蛛は巣に引っかかった醜い蛾達に襲い掛かろうとしていた。

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