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【コミカライズ作品】俺はモブ扱いされる王太子なんだが

使用人扱いされる俺は身分を隠した王太子なんだが、君たちが平民だと信じて疑わない美少女は侯爵家の次期当主だ

作者: りったん


 富めるルーデル王国に『絶世の美少女』がいる。

 雪花石膏のごとき白い肌、長いまつ毛に縁どられた大きな目、ほっそりした手足はフリルのドレスが良く似合う。

 そしてその人物こそ、ディアバルド家の嫡男、クレマン・ディアバルドだった。

 彼は『美』の求道者である。自分を一番引き立たせるドレスを身にまとい、錘付きの茶器や扇子を使って筋肉を鍛え上げ、元傭兵の執事を師として喧嘩殺法や種々の格闘技を身に着けた。そして、武勇で名を馳せる南方の王子アールシュを下し、

「俺様が……負けただと……!? こ、この屈辱は絶対に忘れはせんぞ!! 必ずや貴様を倒し最強の二文字をわが手に取り戻してやる!!」と一方的にライバル視されている猛者でもあった。


 しかし、彼の自由気ままの生活もついにピリオドを迎えることになった。それは、後継者の姉が『好きな人ができた』と言い出したからだ。



 彼の姉、ユーリ・ディアバルドは文武両道の才色兼備、傘下の貴族から絶大な支持を誇るハイスペックな人間である。どこからか婿を迎えて侯爵家を継ぐ予定だったのだが、ある日「好きな人と結婚したいから侯爵家を継がない」と宣言したのだ。和気あいあいとした親族の会は瞬時にブリザードが吹いた。うらわかき令嬢たちは初恋が木っ端みじんに吹き飛んで涙を流し、ユーリに侯爵家の未来を期待していた親族たちは悲鳴を上げた。

 なんやかんや騒動があり、ユーリが自分の意見を押し通した結果、次期当主としてクレマンに白羽の矢が立った。


 それだけでもクレマンにとって大ピンチなのだが、こともあろうに父親の侯爵、エリオットが結婚をせっついてきたのである。


「クレマン。覚悟を決めろ。お前は伴侶を選んで侯爵家の後継者となり家門を発展させるのだ!!」



「無理です無理です無理です!!! 後継者は百万歩ゆずって引き受けますが結婚なんて絶対嫌です!!! ボクは他人と一緒に生活するなんて絶対に無理なんです!!!!!」 

 クレマンは必死で抵抗した。



「無理かどうかはやってみないと分からんぞ。あのユーリですら伴侶を得たのだから、お前の趣味を理解して受け入れてくれる人は必ずいるさ」


「伴侶ではなくてただの片思いでしょう!! 未だお友達付き合いなんですから、そのうち姉上のマイペースさに愛想を尽かす可能性もありますよ!」


「ふん。あのハイスペックイケメンに落とせない人類などいるわけないだろう。結婚まで秒読みだ秒読み!! ……相手が誰だか知らんがな」

 ボソっととんでもないことを言う父にクレマンは冷めた視線を送る。


「侯爵家の人間の伴侶ですよ!! ちゃんと見極めて下さいよ!!」


「あのユーリが選ぶのだから素晴らしい人間に違いない。大丈夫だ。そしてお前も信じているからな。素晴らしい伴侶を選んで侯爵家を盛り立てていってくれ」

 父の目は真っすぐだった。


「ハァ……。父上が親ばかなのは理解しました。ですが、伴侶を選ぶとしても大変ですよ。何しろボクはボッチですからね!! 趣味を突き進んで幾星霜、異性との会話なんぞ親族か使用人くらい。こんなボクにどうパートナーを見つけさせるつもりです?」


「舞踏会を開く」


「え!?」

 クレマンはいきなり知らされた情報に目をひん剥いた。

「身分不問、飛び入り自由の舞踏会だからお前の目にかなう人間もいるだろう」

「舞踏会というより、武闘会みたいですね。そっちでしたら喜んで参加するんですが……」

「相変わらずの脳筋思考だなあ。とにかく、婚約者を見つけてからなら武闘会でもなんでも開いて構わん。しかし、今回の舞踏会は絶対に参加するように。これは侯爵家当主としての命令だ」

 厳しい父の言葉にクレマンは仕方なく了承し……たわけではなく、

(くっ! 安住の地が潰えてしまった。こうなれば新たなる楽園を探すのみ!!)


 と中二病全開で家出を計画した。甘やかされたボンボンゆえの短絡的な行動だ。しかし、父の侯爵はそれを見越して元傭兵の執事にクレマンを見張らせた。見かけはちょっとチャラいイケメンジジイだが、某国の騎士団を一人で壊滅させたとか武勇伝に絶えない人物である。クレマンの師匠でもあった。

(こうなったら舞踏会当日、使用人に変装して逃げ出そう。大勢の賓客がくるからその分使用人も増えるし、まさか侯爵家のボンボンが使用人の服を着ているなんて誰も思いもしないだろうしね)


 クレマンがいなくなったとしても繰り上げで傍系の将来有望な人間が後継者になるので、ディアバルド侯爵家にとっても絶対そっちの方がいい。


(それにしても姉上に好きな人ができるなんて思いもしなかったや。侯爵家を手放してもいいほどに入れ込んでいるとなると相当な美形なんだろうな……)

 クレマンは断片的な情報からとんでもない美形を想像した。

(はっ! 舞踏会にその人を呼べば、ダブルイケメンに皆の注意が集ってより逃げやすくなるんじゃあ……?)

 クレマンはそんなことを考えてしまった。



 ■


 ところ変わって王立学園の中庭で皆の憧れ麗しのプリンスが平凡を絵にかいたようなモブ男と一緒にランチを取っていた。しかし、モブとは世を忍ぶ仮の姿、彼こそルーデル王国の王太子バーザルなのである。王国の慣習ゆえに平民の身分で暮らしているのだ。


「舞踏会!?」

「そう。私の弟の婚約者を選ぶために開かれるのだけれど、弟がバーザルにもぜひ来てほしいって」

「そ、そりゃあ、喜んで参加したいんだけどさ……俺の身分はまだ鍛冶屋の息子だから、侯爵家の舞踏会に行くのは無理があるんじゃあ」

「大丈夫だよ。身分不問の自由参加型だから、平民も貴族も問わないよ」

「ええ!? 侯爵家の跡取りの婚約者を見つけるんだよな……? そんな軽い感じでいいのか?」

「パートナーが見つかりさえすればいいというのが父上の考えなんだよ。とはいっても、私のわがままで弟には苦労をかけてしまうから、意に添わぬ婚約をさせられそうだったら助けようと思ってね」

「そっか。でも……俺がいても役に立たないと思うけど、いいのか?」

「バーザル、君に私の隣にいて欲しいんだ。ダメかな?」

 にこっと優し気に微笑むユーリの顔は朝摘みの薔薇のように華やかでバーザルは見ほれ、なんだかんだで流された。


 そして迎えた一か月後、侯爵家の領地ラドルニアの城で盛大な舞踏会が開かれた。大広間は三階まで吹き抜けになっており、一階は婚約者候補、二階は父兄と席が別れている。バーザルは二階席でユーリとグラス片手に参加していた。

 しかし慣れない場ゆえにどうも緊張する。彼はトイレを拝借するためユーリに断ってその場を離れた。そしてその帰り道のことだ。

 バーザルは酔った客の嘔吐物をまともに受けてしまった。急いで来客用の衣装室に案内されたところまではいい。本来なら舞踏会用の礼装が置かれている場所なのだが、クレマンが脱走用の服をそこに隠していたため、バーザルはうっかりそのうちの一枚を手に取ってしまったのだ。そしてそれこそが、ダーテ城の制服だった。ディアバルド侯爵家オーシュ領ダーテ城の制服はとにもかくにもハデだ。紫がかった黒地に金糸銀糸の家紋を縫い込み、水玉模様が袖口と裾に散らされている。何代目かの城主がハデ好きで臣下の衣装も一新したのがそのままずっと続いているのだ。

 衣装に無頓着なバーザルは一番取りやすいところに置いてあったその制服を手に取ってしまった。それゆえ、多忙を極める使用人たちはバーザルを『ダーテ城から応援に来た使用人』と勘違いしてしまった。

「お、丁度いい所に。これを急ぎで持っていってくれ。まだまだ運ばないといけないものがたくさんあるんだ」

「へ?」

 バーザルは見も知らぬ人間にいきなり飲み物の載ったお盆を渡された。そして当の本人は慌ただしく走り去っていく。彼を追いかけて厨房に返すこともできるが、パーティ準備でてんてこまいの場所に行くのも気が引けた。

「まあ、ついでだし持って行ってやるか」

 バーザルはわりと気のいい奴だった。しかし、このために大きな誤解を生むことになる。

 ザ・モブ顔でドリンクを運ぶバーザルを誰しもが給仕の人間だと認識したのだ。

「ああ、君。これを下げてくれたまえ」

「ねえ、あなたグラスを割ってしまったの。片付けておいて」

「オードブルがなくなったぞ。はやくお代わりを持ってきてくれ」

 バーザルが移動する度に誰かから声をかけられるのである。最初は「俺も招待客でして」と断っていたのだが、いい加減それもおっくうになったのでパパっとこなしてしまった。なまじ、鍛冶屋の宴会で人使いの荒い親方たちの給仕や後片付けをしていたので、同年代の使用人よりも手際が良かった。


「ほほう。若いのにようやりおる。給仕にしておくのはもったいない。彼ならば執事もこなせるだろう。私の屋敷に召し抱えたいくらいだ」

「おお、伯爵もですか。私も目を付けていたのですよ。さすがディアバルド侯爵家となると屋敷の人間も違いますなあ」

 その屋敷の人間が王太子に給仕をさせているのだが、それはさておき何人もの貴族がバーザルの仕事の速さに感心していた。 


 このように、王太子バーザルが給仕として頑張っている一方、ユーリはというと一階から上がって来たご令嬢たちに囲まれていた。ディアバルド侯爵家に一男一女がいることは周知の事実だが、ルーデル王国にある慣習、『王太子は身分を隠して過ごす』があることと、ユーリが理想のプリンス像とマッチしているため、『王太子殿下が侯爵家の息子として滞在している。これはお妃選びに違いない』と盛大な勘違いをしていた。さらにいえば、この国で『ユーリ』は男性にも女性にも使われる名前なのが誤解に拍車をかけ、訂正されないまま今日を迎えてしまった。


 誰か一人でもユーリの素性を尋ねたのなら良かったのだが、彼女たちは自分の特技や趣味のことをピーチクパーチク語り始めた。ユーリは『本人じゃなくて姉の私に話しかけるのは、将を射んとすればまず馬からという作戦かなあ』くらいに思っている。

「わたくしは語学が得意ですの。この間も詩をいくつか作ってサロンで発表いたしましたのよ」

「それは素敵だね。美しい上に才もあるなんて神様はよほどあなたを愛しんでいるらしい」

 ユーリはにこやかに令嬢に返す。柔らかな物腰にうっとりする美声、そして吸い込まれそうなその美貌にご令嬢は失神寸前である。


 そして肝心の主役、クレマンは分厚いカーテンの裏側で、舞踏会がほぼ壊滅状態になったのを見てガッツポーズを取った。ちなみに脱走を何度も試みたのだが、元傭兵の執事に何度も阻止され、逃げ切れなかったのだ。


「父上。ボクがいまさら行ってもご令嬢方は振り向きませんよ。どうなさいます?」

 ニヤニヤと腹の立つ笑みを向け、クレマンは言う。彼が着ているのはディアバルド侯爵家御用達の仕立屋が丹念に仕上げた礼服である。上質な生地を濡れた烏のような黒色で染め、ひらひらのクラバットに金糸銀糸が縫い込まれた美しい逸品だ。重厚な雰囲気が若いクレマンの幼さをカバーし、利発そうな貴族の御曹司を演出している。

 しかし、ハイスペックイケメン、ユーリ・ディアバルドに比べれば月とスッポン、雲泥の差だ。麗しのプリンスがいる場所でクレマンが現れてもご令嬢方のハートはどうにもならない。

 つまり、クレマンの計画通りなのだ。

 勝利を確信してご機嫌のクレマンだが、自分の父、エリオットがエキセントリックなことを忘れていた。




「仕方がない。ドレスで勝負をかけよう」


「は?!」

 クレマンは思いっきり聞き返した。


「ユーリのイケメンぶりは他の追随を許さないが、お前にはユーリと互角に張り合える可愛さがある!!!」

 

「は?!!!!!」

真顔でトンチキなことを抜かすエリオットにクレマンは全力で聞き返した。


「ほら、女性は可愛いものが好きだろう? イケメンに心を奪われていても、可愛いモノは別腹……もとい別ジャンル。ドレスアップしたお前が登場すれば注目が集まるさ!!」

「ち、父上、トチ狂いましたか!!」

「いーや、本気だ!!」

 エリオットの鳶色の目は熱意に燃えていた。クレマンは顔を引きつらせた。

(思えばこの人、なかなかに破天荒だった!! 姉上が男装で学校に通うって宣言しても二つ返事で準備してたし……。ダーテ城を作ったご先祖様もエキセントリックだったって話だから、血筋なのかも……)

 クレマンは現実逃避を兼ねて父親を分析していた。

「して、クレマンよ。舞踏会に相応しいドレスを選ぼうではないか! お前の可愛さにすべての人間を釘付けにしてやるのだ!!」

「無理です!! 舞踏会用のドレスなんて持ってないですよ!!」

「ホラ、あれはどうだ? 大きなリボンのフリルドレス。まるで花の妖精のように可愛らしい!!」

「あれは武闘会用ですよ。リボンは特殊鋼、ターマハガ製でムチのように撓います。フリルは錘を隠すポケットになっていて、暗器を忍び込ませるのに便利なんですよね」

 解説するクレマンにエリオットは首を傾げる。

「お前は引きこもりじゃあなかったか?」

「基本おうち大好きっ子ですが、趣味のためなら千尋の谷でも万丈の山でも越えていけます!!」

 きっぱり言いのけるクレマンにエリオットはいったん驚いたものの、妙に納得した。

(ディアバルド家の高祖は英雄イスメラダ。素手で大海を割ったとか、大地を真っ二つにしたとかのトンデモ武勇伝に溢れているからなあ。脚色されているにしろ、武芸に秀でていることは間違いない。武闘大好きなのも血筋か……。地味で特色もない私とは大違いだな)

 エリオットは己の変人具合を棚に上げ、息子に流れるご先祖様の血を再確認した。

「さて、父上。さきほども申し上げた通り、ボクは戦闘服しか持っておりません。ですので、父上に仕立てて頂いた礼服を着る他ないのですよ」

「それで構わん。戦闘服のドレスで舞踏会でも主役を掻っ攫え!! お前ならできる!! お前は世界一可愛い!! ユーリは世界一かっこいい!! 子供たちサイコー!!!」

 拳を握り、熱い瞳でエリオットは叫ぶ。

 クレマンは目をひん剥き、口をあんぐりあけた。脱力したせいで礼服がズルっとずれた。



 そんな中、使用人が血相を変えてやってきた

「旦那様、大変です!! シャダーン王国のアールシュ王子が来訪されました!!」

「何い? シャダーンは南方の王国だろう? 一体なぜ王都ではなく私のところへ!?」

 びっくり仰天する侯爵だが、すぐに何かを察知して息子を見る。

「クレマンよ。心当たりは?」

「あ……。えっと先日お忍びで参加した世界武闘連盟主催の格闘大会で手合わせした相手ですね。もちろんボクが勝ちました」

「なんだその連盟は!!」

「武術を愛する者たちの集いです。王子は強いですが、なかなか脳筋思考の人なので舞踏会を武闘会と間違えたのでしょう」

「一国の王子がそんなアホな間違い方をするか!!?」

「逆に言えば、このボクが『舞踏会』を開くなんてこの界隈じゃあ考えられないんですよ。八百屋が釣り大会を開くようなものです。王子は悪くありません」

 クレマンは王子を庇った。


「むぅ……舞踏会を壊されたら困る。丁重に客室にご案内して楽師でも道化師でも呼んで時間を稼ぐのだ!!」


 エリオットの一声で使用人たちは動いた。そして元傭兵の執事はドレスの錘付きのクレマンを軽々と担ぎ上げ、広間に押し出したのだった。主役なのだからファンファーレでも鳴らして注目させればいいものを、エキセントリック侯爵は『お前の可愛さでいける!!』とそのまま放り出したのである。



 よたよたと会場に入ったクレマンだが、すでにそれぞれグループを作って話し込んでいる。もしこれが乱入自由の格闘大会だったら片っ端から殴り込んでいるのだが、うら若きご令嬢となるとクレマンはどうしていいかわからない。


 突っ立っていてもどうしようもなく、どこか隠れられそうな場所を探してクレマンが彷徨った先でご令嬢たちの会話が耳に入った。


「これだから田舎娘は嫌なのよ。ほら、大勢に囲まれてあの方が困惑しているのに気付かないんですもの」


「ええ、本当ですわ。レディ・イエリナ」

「この舞踏会で一番美しいのはあなた様以外におりません!」

「あの方もイエリナ様を一目見たら虜になりますわ!」



「ふふふ。その通りですわ。わたくしが一番美しい…の……よ」

 イエリナの歯切れが悪くなったのはクレマンと目があったからだ。

 雪のように白い花、可愛らしい顔立ち。そして見知らぬ生地から作られたドレス。イエリナは固まった。


(う、美しい……わ、私より美しいなんて……そんな。ダメだわ、舞踏会の主役が私からこの子になってしまうわ。すぐに追い出さなければ)

 ユーリにハートを撃ち抜かれたイエリナはそう考えてしまった。


「コホン。ねえ、あなた。ドレスのリボンが曲がっているわ。エリーズ!! この子の着付けを手伝ってあげて。こんなところを他の方に見られたら恥をかいてしまいますわ。控室へ今すぐ行きなさい!!」


 とりまきのエリーズはイエリナの真意を読み取り、クレマンの手を取った。

「さあ、参りますわよ。お早く!!」


 びっくりするクレマンだが、絶好の脱出チャンスを見逃す手はない。大人しくエリーズの手を取ろうとした矢先、


「待って」


 ユーリの一声が広間に響いた。ユーリは弟が脱出計画を練っているなど知らず、バーザルに紹介したいから声をかけただけなのだが、図が完全に『高飛車な令嬢にダメだしされて会場から追い出される哀れな少女を救う麗しのプリンス』だった。


 クレマンは脱出失敗で顔面蒼白、エリーズは悪事の片棒を担いだことが麗しの君に見られて真っ青、そして元凶のイエリナはガタガタと震えている。


 そんなことお構いなしのユーリは二階からひらりと飛び降り、クレマンの前に立ち塞がった。

「まだ行かないで。好きな人を紹介したいんだ」

 ユーリは言葉が足りない。

 その言葉だけだと、『大好きな君を皆に紹介したいから行かないで』とも取れる。さらに、オーラ溢れる麗しのイケメンと可憐な美少女の姿はお似合いで誤解に拍車がかかった。


 クレマンの肩に置かれた優しい手、愛溢れる眼差しにイエリナの顔は真っ赤になる。口惜しさと悲しさ、怒りと思慕。相反する感情が彼女の中で渦巻いた。愛は愛でも姉弟愛だがそんなもんイエリナが知るはずもない。


 ディアバルド家傘下の中でも有力な貴族出身のイエリナは気位が高かった。

(貴族なら……たとえ男爵でも、執事長が名前を読み上げて入場するわ。それがないということは平民の娘よ。美しさで負けたとしても、血筋はわたくしの方が上だもの。あの子は王太子殿下に相応しくないわ!)

 例の慣習からユーリを王太子と誤解しているイエリナは自信を持ち直した。


「わ、わたくしは、イエリナ・クローディル。大船団を保有するクローディル伯爵家の娘ですわ」

 だから私を見て。振り向いて。イエリナは必死だ。


「ああ、クローディル家は良く知っているよ。お父上によろしく」

 ユーリが微笑む。その優し気な眼差しに思わず見とれてしまう。この綺麗な方が私を見ている。声をかけてくれている。イエリナは胸が高鳴った。


「そちらは?」

 ユーリはエリーズに向けた。クレマンを退場させようとした実行犯だ。ガタガタと震え、真っ青な顔で目に涙をためていた。

 その顔を見てユーリは内心困惑する。てっきり、クレマンが意中の相手を見つけたとばかり思っていたのだ。


(クレマンの片思いだったのか……。脈がないにもほどがあるよね)

 弟に憐れみの視線を送るユーリだが、イエリナたちは愛の眼差しに見えた。


 そして事態を余計ややこしくするのは、シャダーン王国の王子アールシュだ。エリオットの引き留め作戦を丸ッと無視してホールにやってきた。


「ようやく見つけたぞ!」


 赤みを帯びた癖のある毛、浅黒い肌にゆったりとした民族衣装をまとった王子は獅子が吠えるような大声でこちらに向かった。鍛えられた体躯、精悍な顔つきに一部の令嬢たちはキャアと声を上げた。

 そんなものに興味のないアールシュはクレマンしか見えていない。大股でクレマンに近づくとその腕を取った。


「さあ来い!!」


「ハイ! 喜んで!!!!」

 クレマンは脱出チャンスとばかりに食いついた。アールシュの腕を掴み、グイグイグイと出口へと向かう。


(んまー!! 王太子殿下の寵愛を受けながら、他の男にしなだれかかるなんてふしだらですわ!!!)

 イエリナの妄想はとんでもない所へ飛んでいった。


「待って! ここは婚約者を見定めるための大事な舞踏会なんだ。勝手な真似はやめてもらえないかな」

 ユーリがクレマンのもう片方の手を取って引っ張る。可愛い弟の大事な舞踏会を壊されて黙っていられない。弟本人はアールシュの乱入を歓迎しているがそれはさておき、ユーリはアールシュの前に立ちはだかった。


「控えろ無礼者め!! 俺様はシャダーン王国の第一王子アールシュだ!! 俺様の邪魔をするなら誰だろうと容赦はせんぞ!!」


 対峙するユーリとアールシュ。

 外野からは麗しのプリンスVS異国の王子が平民の少女を取り合っている構図に見える。渦中のクレマンは両端から引っ張られ、痛みで変な顔をしているが美少女効果で『お願いワタシのために喧嘩しないで』と訴えているように見える。


 王族同士のバトル(ただし、妄想である)に誰も口が挟めなかった。唯一意見できそうなエリオットはトイレで唸っている。こちらも別の意味で戦っていた。



 その状況下、ほくそ笑んでいる者が二人。王子の随員として来たひょろっとした初老の男と、でっぷりとした中年の男だ。


『ふふふ。上手くいきましたな。他国で狼藉を働いたとなれば第一王子の失脚は確実! これで右大臣バルドーファさまからたっぷりと謝礼を頂ける』


『まさしくまさしく! しかしこう上手く行くとはなあ。侯爵に飲ませた強力な下剤とクレマンとかいう者のおかげじゃわい!』


 二人はシャダーン語で話していた。ルーデル王国の王都ならともかく、地方のこんな場所で国交のないシャダーン語を理解する者はほぼいない。侯爵は不在トイレであるし、ユーリは一階。その他、上級貴族たちは一階の様子に注目していて他のことに意識が向いていない。

 彼らの考えは間違っていなかった。ただ、身分を隠した王太子の存在を知らなかっただけだ。

 モブ扱いされようと使用人扱いされようと、バーザルはれっきとした王太子。一通りの高等教育は受けているため、シャダーン語の聞き取りなどお手のものだ。


(ひえっ。とんでもないこと聞いちゃったよ……。他国の問題に関わりたくなんかないけど、それより国際問題に発展する方が怖い)


 バーザルは覚悟を決めた。


 一階と二階を繋ぐ大階段、バーザルはその中央に立って降り始めた。公式の場で使用人が大階段の中央を降りるなど非常識にもほどがある。会場はどよめいた。


「バーザル?」

 ユーリが声を上げる。なぜ使用人の服を着ているのか。とまず思った。


「なんだ。使用人風情が何の用だ」

 不機嫌さを滲ませてアールシュは言った。睨みつける目は恐ろしいが、徹夜明けの親方よりはマシだ。


 バーザルは唸る獅子の隣へ歩み寄ると、彼にしか見えない角度で懐中時計を見せた。そこに刻まれたのはルーデル王国王家の紋章だ。そして、その紋を身につける事ができるのは王族のみだ。いくら脳筋とはいえ、さすがに知っていた。


「お、お前っ!!」

 声を上げるアールシュにバーザルは唇の前に人差し指を立てる。


「しー。お静かにお願いします。我が国の慣習で身分を隠しているので」

 こそこそとバーザルが耳打ちした。


「殿下の随員の話を偶然耳にしました。どうやら勘違いで殿下をお連れしたようです。後日、殿下の希望に沿うような形で試合の場を設けますので、ひとまず王宮においでいただけませんでしょうか」

 アールシュが食いつきそうなネタを織り交ぜつつバーザルが提案すると、彼は頷いた。他国の王族の顔を立てるくらいの器量はあった。


「いいだろう。どうせ押し倒すのなら相応しい場がいいからな」

 アールシュの発言に深い意味はなかった。剛のものを倒したい。ただそれだけだ。そして彼の母国語はシャダーン語だ。公用語の細やかな意味など考えていない。タチの悪いことにバーザルと違い、彼は小声ではなかった。



 クレマンを美少女と信じている者たちからすれば、まさか文字通りの意味とは思えず、行き過ぎた愛の告白だと感じた。熱烈すぎて免疫のないご令嬢たちは顔を真っ赤だ。イエリナも然り。


 しかし、アールシュとほぼ同類のクレマンは拳を握り、マイペースなユーリは『クレマンにもいいお友達ができたみたいで良かった。ちょっとわんぱくだけど』と微笑ましく思った。

 そして、王子を王都に送るべく、ユーリは舞踏会の閉会宣言をして使用人たちに指示を飛ばした。バーザルは皆が動いている中突っ立っているのも悪い気がして手伝った。クレマンは試合をするため、アールシュにひっついて王都に向かった。


 ちなみに、エリオットが長い長いトイレから出てきた時はすでに使用人たちが後片付けをしている最中だった。


 それをみてエリオットは思った。

「ユーリ。やはりお前こそが侯爵家の次期当主に相応しい。お前が侯爵家を継ぎなさい」

「嫌です。好きな人と結婚したいので」

「ふっ。私を見くびるなよユーリ。お前の思い人を知らないとでも? 使用人だろうと平民だろうとなんだろうとお前が決めた人なら喜んで受け入れよう」

 エリオットは慈愛の目を我が子に向けた。子煩悩の彼はユーリの視線がどこにあるかきちんと認識していたのだ。ちょっとしたしぐさ、笑い方、そのどれもがユーリの『恋』を示している。ダーテ城の制服を来たテキパキと働く使用人を見るユーリの目がすべてを物語っていた。身分違いの恋だろうと応援してやろうという親心だ。


 エリオットの言葉にユーリの目が見開く。まさか父からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

「父上……。」

「大丈夫だ。すべて私が何とかする。これでも英雄の血を引く侯爵家だ。王家でも口出しはできんさ」

 エリオットの力強い言葉にユーリは感激したように目を潤ませた。

「ありがとう……ございます!!!!」

 嬉しさのあまり、ユーリは父親に抱きついた。エリオットは我が子を抱き返し、全力を尽くすと約束した。


 しかし、例の使用人が王太子殿下と知ったエリオットは色んな意味で泡を吹いて倒れた。しばらくして目が覚めたエリオットは自分から言い出した超困難ミッションに冷や汗を流すしかなかった。


 一方、アールシュは王都の鍛錬場でクレマンと存分に殴り合い、武術に興味のある脳筋騎士たちがワラワラ観戦して大盛り上がりだった。脳筋同士で友好を深め、酒を飲み交わし(クレマンはジュース)、友誼を深めた。国王カリオンはこのチャンスを逃さなかった。

 農業立国のルーデルは輸出先を開拓中だ。またシャダーンの良質な油、鉱石はルーデルにないものだった。アールシュが帰国する際、カリオンは『ウチの農作物と鉱石を交換しませんか』といった内容の親書を持たせたのである。国土の半分が砂漠のシャダーンにとって農作物は大変魅力だ。シャダーン王は大変喜び、きっかけを作った息子アールシュを褒めたたえた。


 こうして、悪大臣バルドーファの企みは潰え、アールシュは逆に「富国ルーデルとの縁を繋ぐとは素晴らしい!!」と王や臣下の信頼を勝ち得たのだった。後に英雄王となるアールシュの功績の第一歩である。



 後日、学園にて。

 

「お二人とも、ちょっとよろしいかしら。気になる噂を耳にしましたの」


 侯爵令嬢バーバラがランチ中の二人に声をかける。

「ほへ?」

「噂?」

 バーザルたちが聞き返すと彼女は複雑な顔で言った。


「ええそうです。王太子殿下が平民の娘を寵愛しているというおかしな噂ですわ。異国の王子と取り合っているとかなんとか……。バーザルさま。どなたかと恋愛中ですの?」

 バーバラの発言にバーザルはフライドチキンを噴きだし、ユーリは絶句した。


「ナイナイナイ!!! そんなのしてない!!! なんでそんな噂たってんの!?」

 バーザルの魂の叫びにバーバラはため息を吐く。

「ですわよね。きっと誰かが勘違いして広めたのでしょう。わたくしの方で訂正いたしますわ。バーザルさまの身分は非公開ですし、ユーリさまですとさらなる誤解を招きかねませんから」

 在りし日の自分を思い出して自嘲する。


「ご、ごめん。ありがと」

「世話をかけるね」

 世間とズレている認識があるユーリは申し訳なさそうに眉を下げる。美形の憂い顔は特別な色香を漂わせる。バーバラはトキメキいた。

「い、いえいえこれくらいなんでもありませんわ!! あっ!!そ、そうですわっ!! 他にも気になる噂がありますの!!」

 バーバラは上ずった声で話を逸らした。


「こ、これ以上ヤバイの?! まさか隠し子伝説とか……?」

 自分とかけ離れていく王太子像にバーザルは震える。


「いえまさか。使用人の噂ですわ。流れるように美しい給仕、素早い仕事。極めつけは乱暴者で有名なシャダーンの王子を勇敢に諫めたとか……。煙のようにこつぜんと姿を消してしまったので、『幻のハイスペック使用人』といわれているそうですわ。バーザルさま、お心当たりは?」

 クスっとバーバラが微笑む。


「……俺です」

 顔を真っ赤にしてバーザルが俯く。

「そうだね。実は弟が悪戯してしまって使用人の制服をバーザルが着てしまったのだよ。私がすぐに気づければよかったのだけど……でも、そんな噂がたっているなんて、バーザルがすごく優れた人だって証左だよね」

 どことなく誇らしげだ。


「ありがと」

 褒められた嬉しさ、こそばゆさからバーザルは照れる。

 

 二人の間に流れる甘酸っぱい雰囲気にあてられてバーバラは熱くなってきた。二人と一緒に居たいけれど、ここに自分の居場所はない。

「わたくしはこれで。ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ」

 バーバラは一礼をしてその場を離れた。心の中で「やっぱり好きぃー!!」と叫びながら。

 

前作がブシロードワークス様からコミカライズされました!!

ぜひ、動き回るバーザルとユーリ、バーバラ、そしてワンカットだけですが、美少女な弟を紙面でお楽しみください!!!作画のくろこだわに先生に描いていただきました。

2023.07.26発売です!!

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― 新着の感想 ―
続編に気がつけて最高!! バーバラさんにも幸あれ!
[良い点] 意外と才能があるモブ王子…給仕の才能だけど… 侯爵様が愉快かつ常識的でギャップ萌え 脳筋美少女♂新しいジャンルすぎる何故いっしょにしちゃったの… 全文どこから突っ込んだらいいかわからない…
[良い点] とっても分かりやすく面白いですね。
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