ソフィア事件
ヌスパに頼まれたのはカエサルのクリエンテスにもなったソフィアの説得だったが・・・。
ヌスパを落ち着かせてカエサルが部屋で話を聞くと予想外の相談ごとだった。
「ソフィア姉さんが奴隷と一緒になってヒスパニアにいくと言い出したんだ。なんとか奴隷にぞっこんのソフィア姉さんをどうにかできないだろうか?」
カエサルは珍しく焦っている感じのヌスパを見ながら、
「その奴隷は以前に問題になっていた逃亡した奴隷と同じでいいかな?」と質問した。
「ああ、そうなんだよ。探してもみつからなかった若い剣闘士奴隷だったんだが、探すことをあきらめて1月ほどして先日突然戻ってきたんだ。」
「そうか。戻ってきたことは良かったが、戻ってきた奴隷を見てソフィアが喜んだんだろうね。そこからヒスパニアに行くってなるにはちょっと話が飛んでいる気がする。何があったんだろう?」
「そう。ぼろぼろになって帰ってきたやつを周りの連中が見つけて捕まえてソフィア姉さんのところにいったみたいだが、そこでやつが、ソフィアに会いたかったんだ、と言ったそうだ。」
「ほう。」なかなか女心を見抜いている、と思ったがカエサルは続きを話すようにヌスパに促す。
「やつが言うには、逃亡しようとしたがつかまっている間も親切にしてくれたソフィアのことが忘れられなくて戻ってきた。お前と一緒にいたい、と。」
「うーん、それは嘘くさいな。」
「そうだろう?私もそう思うんだ。何かあって戻ってきたに違いない、と思ったんだがソフィア姉さんは心底彼には私が必要なんだと思ったみたいなんだ。」
「恋は盲目ともいうからね。傷だらけの若い男が自分に言いすがってきたら心がときめくのかもしれないな。」
「私には女を頼る男の良さがわからないが、人によってはそうなんだろう。ともかく、ソフィア姉さんはめろめろになってしまってそいつを介抱することにした。もちろん周りは反対したさ。逃亡奴隷をやさしく介抱するなんて。
他の者に示しがつかないじゃないか。そういった声もあったがソフィア姉さんは剣闘士たちのとりまとめを私に任せて何かいろいろ動いていたようなんだ。そして、ある日突然私たちに自分は仕事を辞めてヒスパニアに行くといいだしたんだ。」
「なるほど。経緯はよくわかった。」
ヌスパの懇願するような眼をみながらカエサルは考えた。
人の恋話に口を出すのは自分の主義ではない、と思ったカエサルだったが、ヌスパがそこまで言っているので、なぜ止めたいのかを細かく聞き出すことにした。
「奴隷と一緒になるってことは今まで築いてきた騎士階級としての地位を捨てるってことだろ。せっかく10年以上もがんばってきたんだぜ。そして流れにのってきて世の中も平和になってきて、カフェ・プラタリオも認められ剣闘士興行も人気になってきたんだぜ。」
「そうだな、平和になってきた感じはあるな。」と頷くカエサル。
「そうだろ、だから今後は生き残るためではなく娯楽としての仕事が人気になってくるんだ。姉さんにはそれをひっぱっていってほしいんだよ。」ヌスパは力をこめて言う。
「そうか、気持ちはわかる。しかしソフィア自身が今からうまくいく仕事をなげだしてでも奴隷と一緒にいたいとしたらどうするんだ?」
ヌスパが一瞬固まったがすぐに反論してきた。
「そんなことはないはずだ。」
そう言い切ったが、不安な面持ちをみせる。
「わかった。じゃあソフィアと話をしにいこう。どこにいるんだ?」
「それもわからないんだよ。いつもいそうな場所にまったくいなくて・・・。」
「わかったよヌスパ。ちょっと落ち着こう。それからダイン、エセイオスとザハにソフィアの場所を探すように言ってくれ。」
「わかりました。」といってダインは身体の大きさのわりに身軽に3階にあがっていった。
「ヌスパ、俺たちも街中を歩き回ってみよう。」
と言いながらカエサルは外に向かって歩いていた。ダインがすぐに下りてきて、
「カエサル、おいていかないでくださいよ。それとここはどうするんですか?」
「お客さまが来たらから今日は終了だ。」と笑っていう。
エセイオスとザハがカエサルの弁護士開業をローマ市内に伝えているのを知っていたダインは少しどうしようか迷いながらカエサルに言う。
「お家から誰か呼んで番をはってもらいますか?」
と言うが、カエサルは首を横に振った。
「いや、家の者に迷惑をかけても仕方ないだろう。今日は終了してまずはソフィア探しだ。」
そういうと、カエサルはヌスパを連れて外に出て行った。
結局、その日カエサルがカフェ・プラタリオにもソフィアの剣闘士たちが生活しているところ、他の興行先などソフィアが普段行きそうな場所をヌスパと一緒に行ってみたが見つからなかった。
疲れ切ったカエサルたちは、ヌスパに礼を言われてその日は別れた。
「ソフィアはどこか仕事でいっているのか、デートかもしれないな。」というところでその日はソフィアにあって説得を試みることはできなかった。
その後、ヌスパはカエサルたちとともに連絡が急につかなくなったソフィアが心配で毎日探し続けた。
ソフィアが見つかったのは数日後の朝早くだった。
ソフィアらしき女性が貧民街の下水道傍に捨てられているのを聞きつけたエセイオスが確認したもののだった。
カエサルはその話を聞き、急いでヌスパと合流して現場に向かった。
朝早くだったが、すでにそこにはひとだかりができていて数人の兵士を連れている按察官の一人がそこに立っていて周りのものに指示を出していた。
「どうなさったんですか?」
躊躇なく按察官に聞きに行くカエサル。
「どうもこうもないな、男女の痴情のもつれってやつだと思う。心臓を正面から刺されているからな。」
「なるほど。犯人は?」
「やられた女性は、騎士階級で剣闘士興行とかを経営していた女性だ。いろんなところから恨みを買う可能性もあっただろう。しかし、周りに付き人もおらず不用意なところを見ると男女の問題に見える。」
「そうですか。私はガイウス・ユリウス・カエサルと言います。この女性の知り合いで、彼女を探してほしいと彼女のもとにいた職業剣闘士に頼まれていたのです。」
「そうか、それは残念だったな。私はフォルツ・レビオ。按察官をやっている。よろしく。しかし職業剣闘士が飼い主を探すってのはなかなかないがその剣闘士は誰だい?」
気さくな按察官だとカエサルは思った。自分を威張ることもなく、ローマ市民と治安のことを考えているのだろう。よく見ると焼けた肌には皺もおおくあり、苦労して今の地位についていることもわかるし、一殺人事件に対して、元老院議員でもある按察官がでてきていることからも現場を大切にしている姿勢もうかがえる。好感を覚えながら、カエサルは口を開いた。
「ヌスパっていう女性です。」
「ヌスパ、情熱の剣士ヌスパか、そうか、じゃあ身元もわかるな。ガイウス君、ありがとう。最近按察官になったばかりの新米だが、私はローマ市内の治安維持のためにも細かなところもしっかりやろうと思っているんだ。後は私に任せておきなさい。
ヌスパの相談は実現しなかった。
すでにソフィアは亡くなった後だったのだ。
カエサルはヌスパをどうフォローするのか。




