イレイアとの出会い
無事、サロナエに着くことができたカエサル一行。
ここで知り合ったイレイアという少女とどのようなやりとりをしてどこに向かっていくのだろうか?
「何をやっているんですか!」
ペノの叫ぶような、怒りを押し殺した声があたりに響いた。
「すまない。浅はかだった。」
瘦身の若者は、怒りを押し殺している中年の元官吏が見つめる前で、頭をなでながら謝る。
浅黒く焼けた肌をした中年の理知的な顔は疲弊していたが、真っ赤になって泣きそうな顔で見ていた。指摘しなければならないことが多すぎて、経験豊富で明晰な頭脳を持ってしても導き出せなかった。
自分の頭がぐらんぐらんとするのだけがわかった。
気持ち悪くなってペノはその場に腰をかけた。
何を彼に言えばいいのだろうか。
流儀に沿っていえば、大胆不敵にふるまうかやさしくふるまうか
自分で決めた流儀が、相反するのではないか、と一瞬カエサルの頭をよぎる。
「カエサル、何か考え事ですか?」
するどいジジの指摘を受けて、いや、とカエサルは戸惑ってさっと思ったことを口にした。
「心配してくれてありがとう。だが、私を信じて安心して待っていて欲しい。」
ダインからもジジからも非難の眼が向けられた。
その後、主人に反省の色がないこと、彼らがどんなに心配したかをカエサルは聞かされる。
昨日、ダインとジグルドだけが昼過ぎに帰ってきたが、夕方になっても彼らの主人であるカエサルが帰ってこなかった。夕方になって慌ててダインとジグルドが図書館にいくが、すでに図書館は閉館しており、まだ残って残務をしていた司書に話を聞くが、彼らの主人は笑顔で帰っていったという。
顔面蒼白になったメンバーは、それから全員でサロナエの街の店や個人の家にも伺ったりしてしらみ潰しに捜し歩いても主君と仰ぐ痩身の若者を見つけることができなかった。
「買い食いや酒屋や売春宿からふらっと出てくると思ったんですよ。」とダインの一言。
それは主人を安く見ているな、とカエサルは思いながらも聞き続ける。
ダインとジグルドは泣きながらペノとジジに謝り、それを2人がなだめて、絶望的な気持ちで手分けして探したそうだ。
夜が明けて、全員が疲れきっていたため、最年長のペノが一度帰って寝ることに決める。疲れ切った身体を休めようと、少しうとうとしかけたもう昼に近い時間になって、カエサルが笑顔で帰ってきたのだった。しかも、金髪の美少女を連れて、ローマ軍の関係施設へ。
そして、さきほどのペノの怒りの声で、疲れて眠りつつあった全員の目が醒める。
そして、美しい金髪の少女を連れていることにとまどいながらも、ダインとジジ、ジグルドはほっとした表情を浮かべている。カエサルは皆に少女を連れてきた事情を話すことにした。
そこで、冷静だったペノが、イレイアの家に行って一夜を明かしたというカエサルの話を聞いて、天を仰ぐ。
ダインとジジ、そしてジグルドは驚きの表情を浮かべて、時折美少女を見ては眼をそらす。
ペノはカエサルをじっと見つめて吐き出したい怒りを抑えながら、すっきりとした表情をしている主人に、考えをまとめながら言葉を吐いた。
「一晩を自分だけで過ごしたことはいいでしょう。」
良くはない。そう思ったダインとジジは首を振っているが無視された。
ペノの言葉は続く。
「そこに若い女性がいたことも、家長であるカエサルの自由です。しかし・・・」
ここは我慢できないところだといわんばかりに、ペノは手を握りしめ、自制しながら震わせた声でカエサルに言った。
「あなたを殺そうとした人とか、旧イシュリア王国の姫とか!もうもう・・・話が膨らみ過ぎて付いていけません!どうするんですかカエサル?」
カエサルが戻ってきて、冷静さをとりもどしたはずのペノだったが限界にきたのだろう。涙を流しながら、訴えかけてきた。
カエサルは笑顔で帰ってきたところを皆に泣かれて心外でもあった。
ローマにいたときは日常茶飯事だった。
そう言いたかったが、ここはローマではないし、自分が分別を働かすべきと考えたカエサルは黙って話を聞く。
皆の心配もペノの気持ちも理解できたが、中年の泣き顔は昨日のイレイアの涙と比べると、心をくすぐらないな、などと思ってしまい、つい、笑ってしまった。
その笑みをペノが唖然とした顔で見るのが見えた。中年の涙を見て、イレイアも何も言えない気持ちになったが、
「カエサルが一晩外にいたくらいでそんなに皆で騒がなくてもいいんじゃない?」
と火に油を注ぐようなことを言った。
さすがにまずいと思い、笑った顔を引き締めて真剣な表情を取り戻しひたすら謝りながらペノに対峙する。
ペノも少し落ち着いたところで呼吸を整え、お互いにいろいろと話をした。
その後もほぼペノからの愚痴は続いた。
ペノが思いを言ってくれたおかげで他の者は意見はないかと思っただ、ダインとジジはカエサルの無事を確認して泣く。
一通り一行の気持ちが落ち着いたところで、やっとカエサルの時間がきた。ほっとした仲間たちにカエサルは、サロナエからギリシャを超えてエフェソスに向かう旅にイレイアを連れていくと言った。
落ち着きかけた一行がまたざわつく。
ペノは一度空気を吸ってくると言って離れていたのだが、ペノ以外の3人がカエサルの指針に異論を唱えることはむつかしく、3人はその方針を聞かされて、お互いの顔を見合わせた。
何とか切り出したのは一番若いジジで、「女性を旅に連れていくと準備がいろいろいるでしょう。」
ダインが「テントも足りないかもしれません。」と合わせるように言う。2人は配慮のある言葉がせいいっぱいだった。
そこに泣いて落ち着いたペノがいつもの冷静な感じに戻って指摘した。
「カエサルを殺害しようとした。そんな事実を持つ女性を旅の道連れにはできませんね。」
そのとおり、とダインもジジもうなずいたがカエサルが言い返す。
「コルネリウス組だって同じじゃないか。」
これにはペノも言い返せなかった。
「私が彼女は大丈夫と判断したから大丈夫だ。ペノたちも大丈夫だと判断したから旅を共にしているんだ。」
そう言われると誰も言い返せない。
「いろんな事情があるだろう。事情を飲み込んでやさしくしてあげるのが私の流儀だ。」
「主に女性へ。」とダインが付け足し笑顔になる。
カエサルも笑顔になった。
明らかに主君とその部下である仲間のやりとりを聞いていて、イレイアも笑顔になった。
だが経験豊富な元官吏は最後の食い下がりを見せる。
「理想はわかりました。おっしゃるとおり、我々がカエサルの判断をとやかく言うことでもないでしょう。ですがカエサル、妙齢の貴婦人というか旧王国の姫君をわれわれの雑多な旅に連れて行くのは厳しいです。常に寝泊りできる宿がないこともあります。以前のように洞窟に泊まることもあります。さらに姫の着替えの服も必要でしょうし、彼女の着替えやその他身の回りの世話をする女性もいません。」
ペノの言葉に全員が頷く。
そこにイレイア自身が、
「私は、王族の血をひいていても、実際に王宮でくらしたこともない。だから雑魚寝も気にならないし、自分1人で見の周りをすることも、旅もできると思う。」と言った。
ペノも他の者が意見を言えないと思いひと踏ん張りをする。
「カエサル、姫はよくても、私たちはそもそも独裁官から逃げての旅のはず、ここで目立つようなことをしては行けないのではないかと思います。」
正論だった。
カエサルは頷いた。そして、
「ペノの言うことは正しい。我々は逃亡している身でもある。だが、イレイアを置いていくことも難しい。ここはイレイアに貴婦人の姿になってもらい、護衛をする感じでいくか。そうすれば違和感は少ないだろう。あとイレイアの手伝いは私も手伝えば良い。」
自分のアイデアは悪くないだろう、というカエサルの顔つきをした。いわゆるどや顔。
イレイアは少し恥ずかしそうにしながらもうなずく。
残りのメンバーは、さらに意見を言うことをあきらめる。ペノもあきらめ口調で、「わかりました。その線で行きましょう。」と言った。
「ローマの貴族の娘、にするか、ローマと結ぶ王国の貴族や王族にしてしまえばいいだろう。」
「貴族の娘が騎乗するというわけには行きませんよ。」
「貴族の娘とその護衛ですかね。あまり高位でなければ我々とイレイア様で十分でしょう。」
「貴族よりも成り上がりの騎士階級の娘にしたほうが着飾ったりしなくてよいかもしれません。」
とイレイアをどうやって連れていくか、という次の課題に意見の出し合いとなった。
「そうだな、馬車を手に入れるか、作るか、船を調達するか、などかな。」
「船はローマから流出する人々のために使用されていて、ゆっくりと旅をできる船を見つけることが困難でしょう。われわれはアドリア海を渡るときにそれを実感しました。」とペノがいう。
皆がアドリア海をわたる辛かった思い出して暗い気持ちになり、すぐに次の手段として馬車を手に入れようという話になる。イレイアの家に一台、壊れかけの馬車があるのを全員で修理して使うことになった。
馬車という移動手段が手に入ったことで、カエサルは笑顔になり、ついでに交易をして少し利益を得ながら進もう、と言いだした。
「確かに。路銀も心もとないですからね。」とペノも相槌をうった。
このころになるとペノもメンバーのなかでも信頼されていて、カエサルから路銀の管理をジジと一緒にするように任されていたのだ。
そして、それなりの額を持っていたはずなのに金の減りが早いのは、カエサルの無駄遣いが原因だった。町や村で結構な額の金を平気で使用してしまっていたのだ。
ここで、今までみんなについてくることが殆どだったジグルドが声をあげてきた。
「カエサル、ぜひ私も商品を選ぶこと、交易をやりたいです。」
みんながビックリしたが、その声でカエサルは笑顔になった。
「よし、じゃあ行商をやってみよう。」
方向性が決まり、カエサルもペノもダインもジジも、自分が知るなかでのサロナエやローマ方面の特産などを思い出しながら、全員で話し合いをする。
その中で取り仕切ったのは今まで多く話すことがなかった大きめの身体の商人の息子ジグルドだった。ジグルドは交易のコツや注意点を自分の経験から皆に教えてくれた。
「ただ買うのとは違うんだな。」と言うカエサルの反応のとおり、大きな都市を目指して行商では一定の量を確保するほうが好まれていた。売る側も買う側も量が多いほうが安くできるし、販売についていえば大都市では口コミによる集客も期待できた。
イレイアも含めてサロナエでの大口の商売の取引ははじめてだったので、3人ずつに2つのチームに別れてサロナエ近郊のもの、それからローマのものと思しき小物、日持ちのする食糧などを購入してみる。
ジグルドも行商の基本的な知識や一定の経験はあったが、地理的にあまり詳しくなかった。そこはイレイアが家に残るばあやにも話を聞くことでこの辺りの特産品など交易についての話を聞き出すことも行った。
イレイアを含めて2人が交代で馬車に乗るとしたら、そんなに多くの荷物は積めない。そもそもの持ち金が多くは無かったことで、初めての交易の買い物はイタリアの葡萄酒を三樽を運よく仕入れた。あとは、ローマ近郊で作られた装飾の陶器や、あとはアドリア海で取れた魚の干物やサロナエで取れた柑橘系植物などをある程度の量買い、食糧としてパンと野菜なども一定量買いこんできた。
馬車や交易のための準備などでサロナエに3日滞在することになったが全員が初めての交易に喜びを感じ、準備も含めて楽しそうだった。唯一、イレイアの扱いだけが問題になっていた。
カエサルとイレイアは馬車とともにイレイアの家に泊まることになった。カエサルはイレイアの家でおばあさんと家政婦のおばさんともすぐに仲良くなる。
「イシュリアの時代はね。良かったこともあれば、大変なこともあったわよ。」
始めは口が重かったおばあさんが、イシュリア王国時代の話をしだした。
「臣に一人悪い者がいて、富を独占しだしたの。そして、その富を使って王家に近づいていった。王は国の財政が厳しいため、その富を独占していた者を重宝したの。でもそれが良くなかった。王と民の距離が離れていったのよ。」
イレイアは今までおばあさんから聞いたこともない話にとまどう。
「イシュリアの時代は良かったのじゃないの?」
「良いことと悪いことがあったのよ。一言では片づけられない。ただあなたにはイシュリア王国を復興させてほしい、なんて無理なことをお願いする気持ちもあったけど、より先の未来を見るようになったわね。」
おばあさんはそのあと、イシュリア王国の内部の争いで疲弊して国民も疲れ切ってしまったことを話した。そして、そこに平和をもたらしたのはローマだったと。
でもローマがただ平和の使者ではなく、支配者となるげき属州総督によってその状況は変わってしまった、ともいう。悪い総督の時は苦しんだりした。
「若いローマ貴族であるカエサルよ。あなたがローマで偉くなったなら、属州総督とその部下をもっと管理してほしいんだわ。」おばあさんはそういった。
結局、話はそれ以上に広がらなかったが、親しくなってきたおばあさんからの切実な願いをカエサルは忘れることができずにいた。
イレイアのおばあさんはやり手であり、
「イレイアを連れて旅に出るなら、それまでの間、我が家に泊まりなさい。ただし2人分くらいしか泊まれないわよ。」と言ってきた。
「それは光栄です。」といって結局カエサルとダインが宿泊させてもらうことになったが、翌日は朝から起こされ、
「あんたたち、良い体つきをしているね。ちょっと手伝っておくれ。」といって、最近、男手が足りておらず家の補修や荒れた農地の整備、馬小屋の改修などを手伝うことになった。
カエサルとダインは、手伝いを断ることもできずに、それ以外のメンバーに準備を任せてイレイア家の手伝いとして数日働いた。
後からペノがダインに聞いた話によるとイレイアの家は少し都市部の少し余裕のある商人、または地方の豪農程度の暮らしだった。それなりの広さの農地と家畜がいて、そして、イレイアを含む女性4人以外に外で仕事をしている年の離れた兄を含めて4人いるが稼ぎ時で皆出張っているそうだった。そのためにカエサルたちに力仕事をさせたかったんだろう。
全体として生活に余裕はあるが、過去の財産に頼っている部分もおおく、未来への不安もある。そのため、逃亡中とはいえローマ貴族との縁とみて、先を見るおばあさんもにイレイアが旅に出ることを了解したようだった。
出発前の準備がすべてできた。
貴婦人風に気取ったイレイアをカエサルが馬車に連れ込む。そして傍にいる人間としてカエサルとジジが中に入り、残りの3人が外に出ることになった。馬は馬車のもの1頭だけだった。
準備が整った晴れた日に一行はサロナエを出発した。
6月後半のこの時期、夏になりつつあったが、暑さもさほどなく、過ごしやすい天候だった。
全員が早く交易をしたいという気持ちもあり、早いスピードで、ダルマティア街道をかけていくことになった。
ダルマティア街道は、ローマの領有権、そして、属国の拡大によって新たにできた街道で、今までイシュリア王国にはなかったものである。人々はこの街道整備によって交易を盛んに行うようになり、人の動きが活発化した。これらのインフラの構築がローマの領有の受け入れにもつながっているんだろうな。とカエサルは街道を見ながらつぶやいた。
実際、多くの行商が街道を辿っているのを見ると誇らしさがこみあげてくる。
「街道があると安心ですね。」とダインがカエサルに言った。
「ローマの街道整備の技術は他国を圧倒しています。私の生まれた国では街道を整備する、という発想がなかったのです。」とペノの意見。
「そんなに道って重要なの?」とはイレイア。
「ええ、交易をする側からするとこんなに便利なものはありませんからね。」とジグルドが交易目線で話をする。
「街道沿いはローマの兵士たちも動いているから山賊や盗賊もまず出ない。安心できて道をたどれば正確に街につけるからね。」とカエサルが追加する。
「でもそれは使う人が便利なだけでしょ?」
「使う人が便利だと、行商なんかが盛んになる。そうするとその都市には人があるまり経済が活性化するよね。そうなると人も集まるし、税の種類によるけど税収もあがりやすい。良いこが多いんだよ。」
「なるほど。」
「ローマ街道に沿って行商をしながらギリシャを目指す。どんなことがあるだろうか楽しみだね。」
カエサルが言う言葉は皆の気持ちだった。
この頃、アシア属州やさらに先のエリアは巨大化した国家ローマと比較しても文化、経済ともに豊かだった。アレクサンドロス大王が、西ではなく東に行ったのも、東が豊かだったからだと言われている。ギリシャが廃れたこの時代、交易も盛んで文化レベルも高く平和で豊かなのは地中海の東側シリアやパルティア、さらに遠く東のインダスと言われる土地だと皆が考えていた。
カエサルたちの初の行商は最初からうまく行っていた。イレイアのおばあさんの言葉と、ジグルドの商売のやり方もわるくなかった。ダルマティア街道を一挙に進み南の都市ドゥラキウムまでいった一行は、ドゥラキウムでちょうどカエサルの19歳の誕生日を祝うことになった。
とはいえ旅の途中であり、身内と少し一緒に旅をした交易商人が一緒に祝い酒を飲む程度の
つつましやかな感じだった。
それでも、19歳になったカエサルはより大人になったとして身を引き締める思いにもなった。カエサルの頭の中では伝説の英雄アレクサンドロス大王が常にあった。
彼は20歳でマケドニア王になった。19歳の時には、どんなことを考えていたのだろう。私は同じ年で祖国の支配者から逃げているのか。自嘲の笑いを少しして盃をとって一口飲んで立ち上がり、口を開いた。
「アレクサンドロスは、19歳の時に何をかんがえていただろうか?翌年には王に即位して、マケドニア王国の戦力をまとめあげた。私は何をすべきだろう?」
突然のカエサルの演説に静まり返る。
「私は19歳のうちにアシアの輝ける都エフェソスに赴き、行商を成功させるだろう。そして現地の司令官からも一目置かれる存在になっているだろう。」
ヒュー、という歓声とともに、やれるもんならやってみろ、という罵声もあったが、自分の目標を掲げたことで、カエサルは満足して席にもどって再び酒を飲む。
冷やかしも含めて、カエサルに頑張れ、と言ってくれる者も多く、本人は心地よい誕生日を迎えることができた。
苦い思いをしていたのがペノとジグルドだった。
行商で設けた金の多くが、カエサルの誕生日で吹き飛んだのだ。
誕生日の祝い自体は当初予算を絞っていたのだが、カエサルが来る人来る人にさまざまなお出迎えの品を渡したりしたせいで大きな赤字になったことが原因だった。
それでも、笑顔で気持ち良さそうに寝ている主をみて、ペノもジグルドも小言は少なめにしておこうと考えた。
それから、ドゥラキウムからは主要街道であるエグナティア街道を通って街道でも大きな都市であるネアポリスを目指す一行だった。カエサルはギリシャ地方に来ているのに、アテネやその他の都市によりたいという気持ちもあったが、スッラの権力が届きやすい場所でもあったため、あきらめて、ネアポリスに向かいながら、いつか必ずギリシャ地方でゆっくりと旅をすることを自分の目標の一つにする、と言い切っていた。
旅路もながくなってきて、お互いに理解しあってきたためか、皆の回答にも緊張感がなくなってきた。
「いいですね。ぜひ日程が決まったら教えてください。」とペノ。
「まずはお金を貯めないとギリシャで悲しい思いをします。」とジグルド。
「そうね、ギリシャは見てみたいわ。決まったら船で迎えに来てくれる?」とイレイアが言って皆が笑った。
急がない旅の緩やかな時間が流れていた間でカエサルたちは、お互いの性格もしゃべり方も含めて理解しあえてきた。
地理や歴史など少し真面目な疑問についてはイレイアがカエサルに質問をして、カエサルが他の人に話を振っていくという感じだった。
最初のころ、イレイアは馬車がローマ街道を歩むのに土の道よりも揺れるとして文句を言っていたが、そこはカエサルではなく、ジグルドがこの道が、いつでも安全に通ることができて、雨や雑草などによっても埋もれることなく安全に進める街道の素晴らしさを語り始めたのだった。その出来事の後からは、イレイアはカエサルだけではなく、他のメンバーとも気さくに話をするようになった。
そんなある日、イレイアはカエサルに最も聞きたかったローマの政治体系について質問してみた。
「カエサルは拡大したローマをより皆が楽しく、頑張っていく世界をつくりたいと言っていたけど、それはローマの王様がすることではないの?」
カエサルは、ちょっと長いけど説明をするよ、と前置きをした。
「ローマは、王様が国を持っているのではなくて、元老院という300人くらいの偉い人達、賢い人たちのなかから選ばれて執政官が毎年2名選ばれて、この2人が政治を司っているんだよ。そして、市民集会から選ばれた護民官という役割もいて、市民の声から法律を作る提案をする仕事もあり、貴族などの偉い人だけでなく、市民の意見も聞く仕組みがあるんだ。」
「え?」
イレイアの中では王政以外の政治体制は想像できなかったようだ。
あらためてカエサルに説明されて理解を深めたところでイレイアは、一般市民の声を反映されることができる護民官と言う仕組みにも関心を持った。
それは彼女が今までに聞いたことがない仕組みだったのだ。カエサルはイレイアに続けて話をした。
「私の父は執政官の一つ下、法務官にまでなった。法務官は、1年に6名任命されるうちの1人だ。もし健康であったならば、後数年で執政官と言う可能性も0ではなかった。」
イレイアは、驚きの声をあげる。
「えー、ローマの一番偉い人になれる人の子供だったの?」
カエサルはイレイアを見て、にやりと笑う。
「そうだね。でも、例えば30年あったら、60人の執政官がいるわけだから、すごく特別な役職というほどでもないけどね。法務官だと、180人という感じだし。」
「うーん、確かに王様みたいにずっとじゃないから難しいけど、それでも広大なローマの一番偉い人ってのはすごいと思うわ。」
イレイアの素直な言葉にカエサルも笑顔で答える。
「そうだね、執政官もすごい事だと思うよ。」
「私はその執政官を目指していきたい。だが、まずは元老院に入って元老院の中でも抜きんでた存在になる必要があるんだ。元老院の中で認められて次の役職に就けば執政官への道が開けてくるだろう。」そこまで笑顔で言ってから厳しい顔を作った。
「だが、今はスッラというひどいやつが、ローマの中枢にいて自分の好きなように法律を改悪しているんだよ。だから元老院や執政官の制度もどうなるかわからないというのが本当のところだね。気に病んでも仕方ないから、その間にわたしは知見を広げるためにもさまざまな地域に足を延ばして属州を体験したり、ローマの行政の現場を知ってみたいんだ。もちろん足を延ばすからにはカエサルが来た、という足跡も残したいけどね。」
イレイアは心底関心して、
「カエサルすごい。今までに聞いた服の話とか、ローマの店の話とかも興味深かったけど、
自分が国を具体的にどうやってよくしたい、と言えるところがすごいね。そういった可能性があるローマもすごいと思うわ。」
カエサルはイレイアの素直な意見が気持ちよかったのか、さらに言葉を続けた。
「貴族の出身だからこそこういった進み方があるんだ。でも今イレイアと話をしたり、ペノやダイン、ジジやジグルドと経験している交易とか、街を実際に歩いてみるとかでもっとローマはこうしたほうがよい、なんてことも感じているから、この旅は大成功だと思う。私にすごく良い影響を与えているよ。」
イレイアは、そうだね、と言った。
「カエサル、ローマの街を抑えているスッラがずっと居続けたらどうするの?」
さきほどまでとは話がだいぶ変わってきてた。それでもカエサルは答える。
「私は19歳になったばかり。スッラはもう60が誓い。いくら健康であってもスッラは私よりもさきに死ぬだろう。スッラが早く死ぬか、スッラの作った体制が壊れるかは分からないけど、どちらにせよ、ずっと続くものではないよ。簡単には死ななそうな、仏頂面していたけどね。」と笑っていう。
「えー、仏頂面の独裁官って冷たそうで怖いわね。本当に長生きされたら困るじゃない。」
「困るね。自分が決めた法を変えるような人でもなさそうだしね。」
「そう、じゃあ、スッラがいる間は私たちと旅をして見分を広めたり、行商をしたりしましょう!」
とイレイアはカエサルの手をとって、抱き着いて笑顔で提案した。
カエサルは頷きながらイレイアを守るように頭をなでた。その間にも馬車は揺れながら、ネアポリスへ向けて先に進んでいった。
いくつかの街道をとおり、カエサルたちはローマのさを改めて認識した。
すこしずつ、エフェソスの街は近づいてきている。




