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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
ローマからの脱出
8/142

アドリア海を越えて

親友でもあったキロをローマに返すという予想外の指示を出したカエサル。

カエサルに従っていた仲間に動揺が走る。

それでも、カエサル達一行はアシア属州へ進む。

痩身の若者は、頭を抱ていた。

頭を抱えている、というのは、自分でどうしようもなくて悩んでいる姿なので、そういった姿は極力見せたくない、と思っていたが本当に想定外の状況に珍しくイライラして、追い詰められていた。


アドリア海からは優雅に船旅を楽しむ。

そのつもりで海路を選んだのに、実際には寿司詰め状態。


特に民衆派の騎士階級が家族や身内ごと逃亡しているケースが多く、抱えている人員も含めて多かった。


この時期は、漁の閑散期で漁船も装備を変えて旅人を載せることがあると聞いていた。

船は余り気味で、「元老院議員の息子」という肩書と、お金を少し乗せて余裕のある感じの船を借りて、できれば船を借りきるくらいにしたいというのが本心だった、期待をしていたのだが、実際はアドリア海を越える船が少なかった。そしてそれ以上に乗りたいという人が多かった。

民衆派とされた貴族や騎士階級が自分の身を守るために兵士をやとったり、兵士に扮した身内を連れて乗り込んでいることが影響した。

カエサルの想像していた優雅な船旅は幻になり、全員が狭い船で海賊に襲われないことだけを祈って過ごすことになったのだ。


船の手配のすべてを行ったペノは、カエサルにかなり早い段階で謝った。

乗ることができそうな船を見つけた段階で、すぐに乗れる船は人が多くて厳しい船旅になりますよ、という指摘はしていた。それでも、アンコナの街に1週間予定もなく目的のない遊びを繰り返していたカエサルは人が多くて厳しくても良いから先に進みたいと言ったのである。


大都市ローマで遊び歩き、若者のファッションリーダーを気取るカエサルはローマにいた時と同じように街に繰り出し、滞在期間中にアンコナの街に知り合いを増やしていた。そしてアンコナでは首都ローマから来たお洒落なやつがいるということで話題にもなっていた。それは悪い気持ちではなかったし、地元の若者のリーダーと少し争いになったりしたのも本人は楽しんでいた。酒を共に飲み、若者同士の話、力や知識の自慢、地方の自慢などを楽しむ。だが、時間がどんどん経過していくうちに、目的のある人間として先にいきたくなってきた。


1週間が過ぎたあたりでカエサルは、

「アンコナは素敵な街だが、早く次の街にいきたいな。」と言うようになっていた。ペノが船に優先的に乗るために交渉を行ってくれていることも思った以上にアンコナからの乗客が多いこともわかったので、ある程度時間がかかることは仕方ないと理解はしていた。


そのカエサルが焦りを感じていたのはわけがある。

1週間前、カエサルたちは、キロとビルクスがローマに戻るのを見送った。キロとがっちりと手を交わして、お互いの幸運を祈りあったのだ。先に進んでからお互いに会おう、と言って。

カエサルは眼を閉じてその時のことを思い出す。


「俺がいなくて本当は心配だけどさ。そろそろお互いに一人立ちしねえとな。」

キロが海の方を見ながら呟いた。

「そうだな。キロに支えて貰いっぱなしだったな。」

「ああ、ダインだってそろそろ独り立ちすべきだ。あいつ本当に顔が真っ青になっていたからな。」

「確かにね。私かキロが常にいる状態だったからね。」

「ジジだってもっと自分を出せばいいさ。ほかの3人もな。」

3人の話が出て顔を見合わせた。

「思った以上にコルネリウス組もぐだぐだだったな。」

「コルネリウス組というよりビックロとかジャリスがクソだっただけだけどな。奴らはせっかくのチャンスを無駄にしたんだ。」

「私を倒すチャンスかい?」と冗談っぽくいう。

「いや、正当な生活に戻ったり、ローマ軍に本気で士官するためのチャンスさ。」

確かに、コルネリウス組で汚いことでもなんでもやって、実績をつめばその機会はあったはずだ。

「俺はな、カエサル。お前と別れる今もチャンスだと思っているさ。お前は俺の主君だ。それは変わらない。だが俺自身がどこまでやれるのかをチャレンジもしたいのさ。お前の戻ってくる場所をしっかり作っておいてやるよ。存分に遊んできな。」

「ふふ、それもいいね。頼むよ。もしかしたらアシア地方にカエサルの城でも作ったら旅してきてもらうけどね。」

そんな未来を想像して話をしているとダインが周りを気にしながら寄ってきた。

「カエサル、キロ、今日の晩御飯は焼き鳥の香草炒めとパンと葡萄酒でいいですか?」

「ああ、悪くない。」

「少し金を足すと鳥殻と海鮮のスープも出せるそうですよ。」

「「腹ペコの召使いが主人に食べ物をねだる」。いいんじゃねーの。その分お前が大きくなって武勇や荷物の運搬で返すことができればな。どうよカエサル?」と笑ってキロが言う。

「悪くないね、「腹ペコの~」も面白いな。何か新しい執筆の表題にできそうだよ。」とカエサルも笑って許可した。

ダインは満面笑顔でうなずいて、店と宿があるほうに走っていった。


ダインをおいかけるように2人は立ち上がり夕食の準備がされている宿のほうに向かう。


「ペノは優秀な官僚だと思うよ。ジグルドも商人としての気持ちを感じるな。」

「ああ、ビルクスはまだ若いし農民だ、わからないことも多いだろうがもう迷ってもいない、俺たちの仲間だ。」

「そうだね。」

元コルネリウス組の3人を信頼できるか、が大きな疑問だったが旅を通してカエサルもキロも信頼できそうだ、という結論に達して先を見据えた行動をすることにした。

それから目的地をアシア属州の州都、エフェソスに定める。

ローマとエフェソスを中心にして情報交換していくことまでを決定した。

キロたち2人がローマに帰還する頃にはカエサルたちもアドリア海をわたってギリシャの先に進んでいるだろう。


ここでカエサルは、はっとなって現実に戻った。

キロの姿は消え去り、周りは人の山だった。

ため息をついて、カエサルは少しだけ笑った。

「やるべきことを何もなしていないじゃないか。」

そう独り言をつぶやいた。

すでにアドリア海はわたってギリシャへ向かっているつもりだったが現実はやっとアドリア海を渡り始めたところだった。


焦っても仕方ないと思いつつも何かしなければと強く思ったからこそ、ペノが見つけてきた何とか乗れる船、でも良いと二つ返事で許可を出したことを思い出す。


カエサルたちが乗った大型の商用船は、最新の三角帆を付けて通常では2日あれば到着できるアンコナからアドリア海の対岸の街までの船旅は風向き、船の積載量から3日かかると言われた。

時期も船での移動に良い時期ではあったのだが、船長もこんなに人を載せたことはないというくらいに人を乗せていた。

人の多さに驚いたカエサルだったが、それでも大型の船に乗ることがはじめてだったので、最初のうちはダインやジジと楽しそうにしていたが、出発直前まで人が乗り込んできて、ゆっくりする場所もなくなってから、笑顔がどんどん無くなっていった。明らかに人が多すぎるのだ。この船は大丈夫だろうかというくらいに人を乗せてからゆっくりと船は岸から離れ始めた。

行き先はローマの属州になっている元イシュリア王国の旧王都サロナエ。

アドリア海の対岸にある港湾都市である。全員が少しでも早く着くことを祈るような狭い空間を我慢した。

特に問題なのが10歳以下の子ども達が泣きわめいているのにどうしようもないことだった。

子供たちが泣きわめき、親がなだめているのを聞いているが、カエサルは自分が近寄っていってなだめて、自分も快適に船旅をしたかったのだが、身動きが効かない狭い船の中で子持ちの母親の近くまでいけなかったため、狭い空間でただひたすら船が少しでも早く目的地に着くことを祈っていた。


運が良かったのは、天気にも風と潮に恵まれたことだった。

3日かかると思われた航路が2日半くらいで終わり、カエサルたちは疲れ切った船旅があり、陸に付いたことを仲間同士で喜び合った。


結局、船旅の間、カエサルは身体を小さくして考え事をしたり、周りの人々と話をするくらいしかできなかった。それも近くで、他の人も大勢いるなかなので、あまり楽しむことはできなかった。

アンコナからカエサルたちが旅に出るのに7日ほどかかり、さらに船でも3日をすごしたため、サロナエの街についた時はキロたちと別れて10日近くが経過していた。


海のほうを見ながら、別れたキロたちに思いを寄せる。すでにローマにつき、それぞれに活動を開始しているだろう、とカエサルは推測していた。予想通りにキロたちは馬を快調にとばしていた。ビルクスが思いのほか馬を使うことがうまかった。

そのため、キロたちは早くローマに着き、カエサルの母、アウレリアに会い現状を報告していた。

それから、今のローマの状況やスッラの政策を各所を通じてうかがったり、アウレリアの兄、コッタに教えてもらったりと激しく動いてたのだった。ビルクスはコルネリウス組に戻り、ビックロとジャニスを罵ったあげく、他の組に無事入れてもらえたのだった。


青い空が、少し暑いくらいに照っているなかで、カエサル一行は、アンコナから対岸のサロナエについた。

地面についたとき、ジグルドとダインが笑いながら肩を組んで飛び上がって喜んだのは印象的だった。

「やった、地面だ、地面についたよ。やはり足場は動かないでいてほしいな。」と船に対する感想を述べるダインと、

「ふう、あの窮屈な場所から離れられてほっとした。私は財布を何度も盗まれるかと思って気が気ではなかったです。」と人の多さに疲れたジグルドを見て皆も笑って疲れたことを自覚した。

サロナエについた一行は。本当は汗も出ている服を綺麗にするために市民浴場に入ろうと思ったが、サロナエの市内には市民浴場はなかった。水道橋はあるが、浴場に活用するところまではいたっていないようだったのである。

「ローマのような公衆浴場はいたるところであるわけじゃないんですね。」

残念がるダインにペノが笑っていった。

「公衆浴場はローマが圧倒的に優れていると思うよ。私もほかの国々で手間暇かけて浴場を作って市民に公開しているなんて聞いたことがないからね。」

「ええ、そうなんだ?じゃあギリシャとかさらに先に行ったら浴場はないかもしれない?」

青ざめた感じでいうダインに皆が、あきらめろ、とか残念だねと言う。

結局、カエサルたちはきれいな浴場でくつろいで疲れを癒したかったが、地域住民に聞くと、海で水をあびるか、川で水をあびるか湖で水をあびるかをしろ、とからかわれたのだった。


仕方なく、海でまずは疲れた汗を洗い流し、昼からサロナエの街を練り歩く。

しかし、予想以上に人が多いなかで何もできない船旅で疲れてもいたのだろう。そして、サロナエ自体がローマの軍が常に駐在している軍基地の街でもあった。

そのため、サロナエのローマの軍が管理している休憩所を頼ってカエサルたちは休むことに決定した。


ここでも、カエサルの名前ではなく、スッラの部下、コルネリウス組の副隊長ペノの名前で許可を得ることに成功し、不要な出費を抑えながら休む場所を確保できた。

疲れた身体を休めながら、カエサルは、船でも馬車でも寿司詰め状態での移動は疲れが溜まってだめだな、と想いながら眠りについた。

体調を崩した洞窟の時と同じくらいに深く早い眠りが襲ってきた。仲間たちも倒れるように眠りについていった。


翌日、元気を取り戻したカエサルはダインとジグルドの2人を連れて街中を歩くことに決めた。ダインは用心棒を兼ねて、ジグルドはもともと商人だから、目端も利くだろう、との配慮からだ。

ジジはペノと一緒に、アドリア海を南にギリシャ方面に向かう船か乗り合いの馬車を探しながら、買い出しをすることになった。

カエサルは、このサロナエの街がイシュリアという国の王都であったことに興味を覚え、イシュリアのことを調べてみたいと、サロナエの図書館などを見てみようとしたのだった。

好奇心いっぱいのカエサルを見て、ペノとジジはダインとジグルドにカエサルが変なことをしないように注意していた。

「私はカエサル家の当主だ。そんなに皆を困らせるようなことはしないさ。」とカエサルがいうとダインは、

「そういってキロを困らせているカエサルを何度も見ています。」と返す。

ジグルドもそれを聞くと緊張を高めながら

「カエサル、あまり変なことはしないでくださいね。」とお願いした。

2人の大げさな動きに溜息をつきながらも、カエサルは2人の肩を叩いて笑っていう。

「もっと周りの景色をたのしもうぜ。ローマにはない建物、素敵な女性たち、そして珍しい食べ物!さあ、ダイン何か買い食いでもしようか?」

「ええ?いいんですか」とカエサルの言葉につられるダインを必死にジグルドが抑える。

そんな感じで街歩きを楽しむ。

カエサルにとっては歴史書や家庭教師の話でしか聞いたことがない元は他国の王都だった街に興味を持った。ローマとは違う街のつくりがそこかしこに見えた。レンガとローマンコンクリートで作り上げられた町と違い、木がふんだんに使われており、時々レンガが使われている。家も圧倒的に木造が多かった。それらの天然資源を見ながらローマとは違う趣に感動もしていた。

街を散策していくうちに、サロナエの図書館を見つけた。

ローマにある図書館と違い、小さなものだった。それでも、カエサルには興味深かった。

図書館には管理をしている司書がいたが、ローマから来た元老院議員の息子というと簡単に通してもらえた。

笑顔で図書館をあさるカエサルを見てダインとジグルドもほっとする。

「いつもあんな感じなのかい?」とダインにジグルドが聞くと

「そうだね、好奇心の固まりだからね。気持ちが赴くがまま、だよ。」と笑っていった。

そんな側仕えの気持ちを無視して好奇心の固まりは、イシュリアの文化の話やこれから向かうエフェソスにある図書館の話。風土、地理、イシュリア王国の話などをいくつも見つけて、一日中読みふけっていた。

ラテン語で書かれていたものは殆どなく、だいたいのものがギリシャ語で書いてあり、自分が読めない国の言葉で書かれたものや、パピルスではない見たことがない形をした用紙、もしくは木簡に書かれたものなど、カエサルは興味を惹かれて、ただ書かれたものを読むだけではなく、その紙、木簡やまとめ方など全てを興味深く見ることで、楽しい時間を過ごしていた。


その間、ダインとジグルドは暇を持て余していたので、ジグルドはダインにカエサルの性格やローマについてさまざまな話を聞いたり、ダインがジグルドに剣を教えたりしていた。

朝から読書を楽しんでいるカエサルに水を渡すくらいで、カエサルを時々見ても、図書館内を動き回り、ひたすら本を読み漁っているだけだった。昼も過ぎて持ってきていた食事を口にすると、カエサルがジグルドとダインに休憩所に戻っていろ、と指示をした。

「お前たち、暇だろう、私も好きなだけ本を読んだら帰るから先に休憩所に戻っていなよ。」

「しかし、カエサルの補佐と護衛をする必要があります。」そういう2人に

「私は水も持っている。安全面を含めて言ってくれているのだろうが、今日はこの図書館は貸切っぽいからね、私を襲うような人もいないだろう。」と言って笑う。

確かに図書館で司書もいる。それ以外の人は訪れてくる感じもない。安心な場所だ。

そこまで言われて、ダインとジグルドも確かにこの後、図書館に来る変わり者もすくないだろうと思い納得し、日が沈むまでに帰ってきてくださいね、と念を押して身体を伸ばしながらローマ軍の休憩所に戻った。


それからカエサルは読書を楽しみ、日が傾きかけた頃、読書にも一区切りがついたのか帰り道についた。

満足して歌を歌いながら今日読んだ図書館の書物の内容に想いを馳せながら、ローマ軍の休憩所に向かい歩く。イシュリアの城壁が並び人通りが少ない道を歩いていると、カエサルは横から長い棒で殴られるのを感じた。とっさに急所を躱すことができたものの、身体の一部に棒の橋があたり、バランスを崩してぐらつく。

奇襲にしてはよく躱せたものだ、と自分を褒めながらカエサルは襲い掛かってきた敵を目にとらえた。

相手を確認しながら、地面を前転して相手を前に見える位置に移ろうとする。


バランスを崩しながら、すばやく半身のかまえから前回りをして長い棒が見えた場所から距離をとり、襲い掛かられた方に向きをかえた瞬間、再び長い棒が遅いかかってくるが、しゃがみ、とびあがり相手の攻撃を躱した。

距離を詰めて、小柄なフードをかぶった相手を見据え、対峙する。一瞬の間を開けて、カエサルは先ほど回った時に拾った砂を相手になげかけ、ひるんだ相手のフードに腹に蹴りを入れると相手は吹き飛ばされた。

カエサルは、長い棒を抑えると、吹き飛ばされて倒れた相手の肩に手をおき、抑えながらフードをはぐ。


そこには、若い女の顔があった。白い肌で、淡い金髪、カエサルの知るギリシャ人に近い感じの、きれいな顔立ちをした、情熱的な黒い目をした若い女はよく見るとカエサルよりもさらに若く、ジジと同じ

くらいに見えた。


カエサルは若い女をしっかりと抑えたままに言った。

「お前は何者だ?なぜ私を狙った。」

若い女は、痩身の若者に抑えられている状態から抵抗を試みるが、まったく動くことができなかった。

「くっ」抑え込まれて動けない女は一言そういうと、一瞬全ての力を抜く。

カエサルが態勢を崩した瞬間、なぐりかかる。

が、動きを読まれていたのか、すぐに躱されて一瞬自由になった手を両方とも腕から固定されて抵抗ができない状態になった。


カエサルは若い女に改めて聞く。

「お前は何者だ?次に答えないと両腕を折るぞ。」

地面に顔を押し付けられて、何の抵抗もできない若い女は、その脅しは効いたのか、口を開いた。

「私は、最後のイシュリア王ゲンティウスの孫娘、イレイア。お前たちローマの貴族が私たちの王国をうち滅ぼしたんだ。そして支配し続けているから1人ずつやっつけようとしたんだ。ここで私がやられても、今後もイシュリアの王族は、ローマの貴族を狙いつづけるだろう!」


カエサルは落ち着いて改めて女を見る。まだ10代半ばの少女だ。

「イレイアか、いい名前だ。私の名前はガイウス・ユリウス・カエサル。お前たちの言う、ローマの貴族の一員だが、私の一族は他国に迷惑をかけるようなこともしていないと思うが。そんな一族出身の私がイシュリア王国の残党に狙われる価値があるとはね・・・。」

そして、興味を持った笑顔になり、地面に押し付けていた若い女性を起こして、手は抑えているがそれでも話しやすい態勢にしてやった。

「イレイア。お前はイシュリア王国を復興させたいのか?」と聞く。

ローマの貴族に押さえつけられて、もうだめか、と思っていたイレイアは、地面に押し付けられていた顔が自由にでき、自分を押さえつけていたローマ人を見ることができて睨みながら相手を睨みながら言う

「当然だ、私の家族が持っていたものをお前たちが奪ったのだからな。」

カエサルは、厳しく自分を睨む相手を見ながら真面目な顔に戻って言った。

「イシュリア王国を復活させたいと民も思っているのか?」

イレイアと言う女は、何を言っているのかと言う顔になって言い返した。

「民の意思など関係ないだろう。王族である私たちが治める国が、このあたり一帯に広がっていたんだ。それをおじい様の代になって攻め滅したのがお前たちローマだ。」

カエサルは若い女に冷たい感じで言った。

「ああ、ローマが支配したことで、王族がローマを憎むのはわかる。だが、王族と同じように民がローマの支配に反発し、イシュリア王国に戻りたいと思っているのか?それとも、王族だけがイシュリア王国に戻りたくて、民はローマで良いと思っているのかは大きな違いだ。」

イレイアは固まって何も言えずにいた。

「イレイア、お前はまだ若いが綺麗な女性だ。着飾っているのが似合うお前が、戦士としてローマの貴族を狙うには力が不足している。それなのに私に突然襲い掛かってくるのはお前に付き従う旧イシュリア王国の兵士たちが足りていなのではないか?それともお前は武勇を誇っているために私に挑み、負けただけなのか?」

イレイアは、瘦身の若者に、本質を突かれて、顔を赤くして泣き出しながら言った。

「お前たちのせいだ、お前たちのせいで私たちに付き従う兵士たちはもういなくなっているのだ。旧王族がどこかに散らばっているだけなのだ。」


先ほどまで、大きく力のある熱い目でカエサルをにらんでいた瞳からは涙がこぼれ続けている。

「そうか、それは申し訳ないことをした。ただ、お前と何人かの王族しか残っていない王国で、共に闘う兵士がいないお前たちが、貧乏貴族の私に背後から襲い掛かって撃退された時点で旧イシュリア王国の復興は困難だろう。」

そういって、カエサルは、泣き崩れているイレイアの首筋に剣をあてた。


「ああ・・・。」

顔が真っ青になって動きが固まるイレイア。

カエサルはその動きを見ながら、剣をとめたまま少し待つ。

目を閉じて全てをあきらめたように、両手を強く握りしめているイレイア。

カエサルは剣を振り上げて、一挙におろす。

イレイアの首の横をすぱっと切って、カエサルは剣を鞘に納めた。


「さて。今、お前を殺し、旧イシュリア王国の復興を途絶えさせることは簡単だ。ただ、お前にも言い分はあるだろう。その言い分を私に話しながら、私にサロナエの街を案内してくれないか?」

イレイアは最初、カエサルが何をしたいのかわからなかった。再びカエサルが説明すると、理解し、再び熱い目を取り戻しながら言った。

「私を殺さないのか?」と聞き返す。

「殺されたいのかい?」と言って笑ってカエサルは言う。

「私は、お前の慈悲にはすがらない。」相手を怪しみながら答える美少女を見て若者は、

「慈悲じゃないさ。お互いの目でサロナエの街を見てみようというんだ。」

カエサルの提案に少女は必死に考えにふけった。この状況で自分に不利なことなどない。

「わかった。民がイシュリア王国の復活を待ち望んでいるか、ローマの支配をよしとしているか、そういったことで街を見て回ることも大事だろう。私は、お前にサロナエを案内し、少し話を一緒にさせてもらおう。」

そうか、じゃあ、もう少し自分自身のことを教えてもらわないといけないな、と思ったカエサルは、奇襲してきて地べたに座っている少女を、支え挙げて、やさしく持ち上げて、立たせる。

イレリアは細身の若者に簡単に持ち上げられて、恥ずかしい気持ちになりながらも悪い気持ちにはなれなかった。

少なくともこの若者は、イレリアよりも強く、それなのに丁寧に扱ってくれる気持ちを持っているようだった。

イレイアは組み伏せられて汚れてしまった服を瘦身の若者がきれいにはたいてくれた。さらに顔も気が付けば泥にまみれていたのを、若者が拭き取ろうとするのを何とか自分で身だしなみを整える。だが、薄汚れた服をきれいにして少し良い感じに整えてくれたのには反抗もできなかった。きれいに見れるための工夫をいつもしているカエサルと考えたこともなかったイレイアの差だった。少女はきれいに見える工夫をしてもらって顔を真っ赤にしてうつむいた。


カエサルと並ぶように歩き出し、私は剣を持っていていいのか、などと細かな質問をしてきた。カエサルはそれをふたつ返事で許可した。

そのあと、2人はサロナエの街を歩いた。サロナエの街は、イシュリア王国の史跡こそ残っているものの、建物も、商売等も含めてほぼローマ式に染まっていた。

イレイアは、生まれた頃にはもう少しイシュリア王国の建物もあったそうだが、じつはあまりよくわらかなかった。石の積み上げ方や精度がまったく違うというのを聞いたことがあるが、関心を持って聞いたこともなかったし、話す側も詳しくなかった。


新しくできたローマ式の建造物を見て育ったイレイアにとって、イシュリア王国の話は昔の話で現実味が薄かったことも事実。ただ、自分が小さな頃は、まだ過去を引きずって王族に敬意を払う人がいて、不自由なく生活できていたが、年を追うごとに生活は厳しく、王族に敬意を払う人も減ってきた。


そういった人々の扱いのなかで、父が死に、母は昔の栄光の話をするなかで、ローマが自分たちの生活を奪ったということを学んだという。

ただ、ローマに奪われたという話はあっても、イシュリア王国が、どれだけローマよりも素晴らしい治世をしていた、などは一度も出たことが無かったようだった。

そして、改めてカエサルと話をしながら、ローマ式に染まった街を見て、街の人々が苦労している風もなく、笑顔がひろがっていたり活気があったりして、イレイアは

その姿を見るたびに、いたたまれない気持ちになった。


街の郊外では、町人の子ども達が、字を習っているのが目に入った。

イレイアはカエサルに、

「なぜ、単なる民が、数字や言葉を覚える必要があるのだ?」と質問した。

カエサルは、

「民が数字や言葉を使えると、商売にも、記録にも、全ての面で自分の知識を人に与えたり、人の知識を自分のものにしたりすることができるだろう。その人が多いほど、新しいことができていくじゃないか。だから神官や貴族だけでなく、商人でも、農民でも兵士でも言葉を理解し使えるほうがいい。」

「私は、文字を読み、書くことができるのは、神官や一部の王族だけでいいと聞いて育った。それ以外の人には難しいからだと言っていたがそうではないのか?」

カエサルは、イレイアを改めて見て言った。

「神官や王族の一部しか言葉を知らないと、一般の人は自分の考えを子供や孫に残すことが口で伝えるしかできない。文字を使えると、口だけでなく、文字で多くの人に見てもらうことができる。特にギリシャ人の言葉が喋れれば、地中海世界全体で情報を仕入れたり、商品を仕入れることに役に立つ。ラテン語もローマの支配地域が広いから同じく役に立つ。ゲルマンやガリアの言葉や東方の言葉も交易のために役に立つ。文字を覚えるのは大変かもしれないが、大きなメリットを生むものだ。だから難しいから学ばない、というのがよくわからないな。事実ローマでは市民もだが、奴隷も文字を読み書けるものが多い。

私は今日、サロナエの図書館に行っていた。図書館はそんなに大きくないが、幾つかの言葉が使われていて私が知らない言葉で書かれているものが、イシュリア語なのかもしれないな。未来につなげるためのイシュリア語の書を誰も読めないとしたら、残念なことだ。そういった過去のすばらしい記録が、一部の人にしか読めず、次の世代に活かせなかったこともイシュリア王国が衰退した理由ではないか。」

と言った。


笑顔を見せることが多いカエサルが真剣な顔でイレイアを見ながら言った。

イレイアは一言も返す言葉がなかった。そんなことを誰かから言われたこともなかったし、考えたこともなかった自分を恥じていた。


沈黙を続けて、カエサルの言葉が消え去ってから、やっと口を開いた。

「私はこれからどうすればいいのか?」

カエサルは、

「イレイアはどうしたいと思っている?どうするかは自分の意思で決めることだ。でも、イレイアはまだ知らなかったことも多いように感じる。もっとさまざまなことを知ってからこれからどうするかを判断しても良いと思う。」

その言い方を聞いて、イレイアは少し笑った。

「カエサルもそんなに年を取っているわけでもないのに、何か説得力があるな。わかった。わたしは当面カエサルに同行してもよいだろうか?」

「イレイア、私は今、エフェソスへの旅をしている途中だ。だから厳しい旅になるだろうし、エフェソスでもローマの属州総督にあうつもりだ。ローマを嫌うお前にとって気持ちよいものにはならないだろう。」

「わかった。でも私は、少しでもお前と一緒にいたい。イシュリア王国への想いだけで生活してきた日々から少し離れて、社会を見てみたいのだ。」

だから、とイレリアは言葉と戸惑いながら続けた。

「カエサル、良かったら、今日は私の家に泊まっていかないか。もっといろんな話を聞きたいし聞いてもらいたい。」

カエサルはさすがに家に泊まることはどうかとも考えた。昼にはイレイアに命を奪われかけたのだ。しかし、イレイアは街を一緒に歩き話をすることでかなり気持ちを許している感じがあった。

イレイアが様々なことを知ろうとしていることも好ましい。そして、よりよく知り合うためにはもう少し時間が必要だろう。そう頭を巡らせると、カエサルはイレイアの誘いを受け入れることにした。


美しい金髪の少女は、ここで満面の笑みを浮かべカエサルを見る。年相応の可愛らしい顔だ。この少女が良い方向に進んでいけるといいな、と思いながら、カエサルは気が付けば日が少しずつ傾きつつあるなかで、サロナエの街の外へ、導かれるままに、イレイアの家に行った。


無事、アドリア海を渡ったカエサルたちだが、カエサルは、旧イシュリア王国の姫に襲われる。

それから急速に話をできるようになった姫とカエサルは共に距離を縮めていった。

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