カヌレスの謝罪
ミヌチウスの前で徴税役人を手玉に取ったカエサルは
今後のことをかんがえながら提督公邸をさろうとしていた。
ミヌチウスと攻略後のレスボス島のこと、ビティニアの状況、そして隣国のポントスのこと、これからカエサルがする新兵の教育のこと、そしてエフェソスの街の状況などさまざまな点で話合いをしたカエサルは提督の部屋を後にした。
入口に立つ兵士にも挨拶をしたカエサルは全体として良い方向に向かっていることが多いことに充実感を感じながら、次に何をするか、を考えだしていた。
邸宅を出るために廊下をゆっくりと考えごとをしながら歩いていると、
「カエサルさまぁ」
泣きついてくる野太い声が聞こえた。それから、丸々と太った中年の男が横から走ってくるのが目に入る。
カヌレスだ。どこかでカエサルが出てくるのを待っていたに違いない。
せっかく、今からイレイア商会に行って酒を飲みながら皆と楽しくすごそうとしたんだけど、という気持ちを押し殺して、笑顔で
「どうしたんですか?」と聞くカエサル。
「いやいや、先ほどはご助言ありがとうございました。私もミヌチウス様の施策への理解が足りなかったため、イレイア商会にも不快な想いをさせてしまったかもしれませんが、カエサル様の言葉でなんとか体裁をとりもつことができました。ありがとうございます。
それにしても、ミヌチウス提督とも仲が良いことを御隠しになっていたとはお人が悪い。」
と笑って太り過ぎの新任の徴税役人カヌレスは自分の頭に手をあてる。
それから自分の懐に手を入れて、袋を差し出した。
「これがカエサル様にご無礼をしたことと、イレイア商会に不快な想いをさせてしまった私なりの謝罪となります。ぜひ受取っていただけますか?」
と言って袋を握らせようとしてきた。
袋にはセスティリアス金貨がたくさん入っているのが見える。もちろん見せるようにしむけているのだろう。カエサルはそれを見ながら言った。
「カヌレス様、私はこの枚数の価値の人間でしょうか?」
カヌレスは、その言葉にはっとなり頭を下げて行った。
「いえいえ、カエサル様の価値はこのような枚数の金貨では全く足りないと思います。これは今の手持ちとしてお渡ししようとしたもので、館に帰ってからあなた様にあう正しい額の金貨をお持ちいたします。」
と汗を抑えながら言う。
少しの時間、カエサルはじっとカヌレスを見ていた。
それから頭を下げているカヌレスの背中を優しくなでながら、頭をあげるように促す。
「カヌレス様、私のような若輩者にそこまで高い評価をいただきありがとうございます。そのお言葉だけで報われた思いです。カヌレス様もまだエフェソスに来られて間がないはず。さまざまなことにご入用だと思うので金貨はお納めください。もしよろしければ私がお世話になっていますがまだまだ規模の小さなイレイア商会と、エフェソスにそれなりの影響力をもつフェナ商会の2つをお守りいただけると助かります。」
カヌレスは、頭を再びさげて
「カエサル様、なんと心が広いんでしょう。ありがとうございます。そして、このカヌレス、2つの商会の発展をしっかりと見守りたいと思います。」と言った。
カエサルも自分の立ち振る舞いがたのしくなってきた気分で笑顔になりながら、
「はい、これからもよろしくお願いいたします。」
と言った。
すこしずつ2人は歩く。
カエサルは話は終わったという感じなのだが、カヌレスがカエサルについてくる感じで歩くのだ。
そのまま2人は歩き公邸の外の庭に出るとカヌレスに付き従っている奴隷たちがやってきた。奴隷たちとは腕相撲をした仲でもあり、カエサルとも気が知れた仲になっているのだ。
「おお、カエサルじゃあないか、お前も提督の館にきていたのか?」と奴隷をとりまとめるローマ人の
奴隷が言う。そしてゲルマンの奴隷は身体をぶつけてカエサルに挨拶をしてきたのだ!
蒼ざめるカヌレス。
どんと肉体をぶつけるゲルマンの奴隷の挨拶にお返しをしながら、笑顔で、
「ああ、そうです。」
とカエサルが返すのをきいて、カヌレスが、
「お前たち、この人はだな、実はすごい人なんだ。だからもっと丁寧に接しなさい!」
と言う。
奴隷たちは先日も仲良くやっていたので、主人の言うことが理解できずに怪訝な顔をした。
カエサルが、カヌレスに
「あはは、カヌレス様、気にしないでください。せっかく仲良くなったんですし。」
と笑っていった。
奴隷たちは状況がよくわからないが、カエサルが良いというのだからと、腕相撲をした時と同じように気楽に接した。
カヌレスは苦々しい感じでみていたが、本人が良いというのだから何も言えなかった。
カエサルが、
「そうだ、イレイア商会にはカヌレス様から言っておいてくださいね。そのほうがジグルドも喜ぶでしょう。」
と言った。
カヌレスはカエサルに頭をさげて、まだカエサルと話をしたそうな奴隷たちを引き連れて歩いて行った。
数日後、ローマ軍よりイレイア商会にローマの紋章の入った運搬用の船が2隻とミヌチウス提督よりの
レスボス島の復興、そして貿易に寄与する商会として許可証が届けられた。
エフェソスの港に、多くの若者が集まっていた。
そこには、ジグルド、イレイアやラナと言ったイレイア。
商会の主要なメンバーがいた。
そしてすぐ横にカエサルと仲間たち、ルチャたちもいて船を眺めている。
「なかなか立派な船を手に入れたんですね。」とジジがいうと、ダインも、「船ってもう今後関わることはないと思っていたんですがね。」とぼやいていた。
他の者は自分たちに関わる商会の船ということで感動していたのだ。
今回はローマ軍から船を仕入れて、より規模が大きくなったイレイア商会の祝いの身内だけの会だった。
あまりおおっびらに行ってしまうと他の商人たちに一方的に妬まれてしまうため、大きな祝いではなく、
関係者のみで簡単にということにしたのだ。
ジグルドは礼をしながらカエサルに言う。
「いやあ、本当にあのお金で自分たちの船が手に入るなんて・・・。
もうエフェソスに来てからいろいろありましたが、その中でも最大の出来事ですね。」
と喜びが大きすぎて、何と言ってよいかわからない表情をしていた。
「船があれば、もっといろんなところに素早くいける。良かったわね。ジグルド」とイレイア。
「そうだな。エーゲ海から黒海にかけて交易をすれば、イレイア商会もさらに大きくなれるだろうな。」
とカエサル。
「交易の間に移動をさせていただければ、遠くにもいけますね。もしかしたら、ローマにも早く帰れるかもしれません。」とはジジが言った。
「確かにそうだな。しかし、最近はエーゲ海も海賊が出るようになったと言うから武装がない商船だけでは危険かもしれないな。」
「確かに」と言ったのはジグルドとエセイオスだった。
ジグルドは他の商売人から聞いていたし、エセイオスも自分のつながりから何かしらの情報を仕入れていたのだろう。
それでも大きな一歩であった。
カエサルも皆も新しい仕事が始まっていく。
それでも、この船はカエサルたちが手に入れたあたらしいチャンスでもあった。
より多くの可能性を感じさせていた。
徴税役人をうまく誘導できたカエサルは今後は自分の新しい仕事とむきあうことになった。




