若者の帰還
ミティリーニを攻略した後、軍はエフェソスに帰還を果たす。
冬が間近に迫ってきている美しい金髪を綺麗に整えながら、目鼻立ちのくっきりとした少女は遠くまで伸びている水平線を見ていた。
遠くに漁船が見えるだけで今日も何も起きないことに慣れてしまっていた。
そろそろ帰らないと心配性の商会主が大騒ぎをするから戻ろう。
ため息をついて、今日も何もなかったと思って下を向く。
それから立ち上がり帰ろうとしたらところで、作業をしていたもう一人の少女が、ふと海のほうを見る。
その少女が海に向かって手をふるのが見えた。
改めて振り替えると、遠くに船影が見えた。
明らかに漁船とは規模が違っている。
その船影は増えて行き、ひとつひとつの船が大量の櫂を持っていて、ゆっくりとその櫂が動いているのが見え、エフェソスの港に向っているのが見えた。
「帰ってきたわ。」
そう声をあげて金髪の少女は仕事を放り出して港に行こうとしたが、思い直して仕事の残りを片付けようとする。一緒にいた茶色い髪の少女が慌ててそれにあわせて仕事の片付けを開始した。
「イレイア様、さっと片づけてしまいましょう。」
「そうね、ラナ、見つけてくれてありがとう。」
2人は昨日納品された海産物の仕分けをして、海沿いに干していたものを仕入れる作業をしていたのだった。
船が帰ってくるのを見れる、と思った仕分けの仕事は大変で、何日もやっているのにまだ先が見えない状態だった。
手がすりむけてくるし、風はつめたくなってきたのだ。
先ほどまで、疲れてもうできない、と思っていた2人の少女は目を輝かせて素早く仕事を片づけようと頑張った。
幾つもの船がエフェソスに入ってきた。
出港の前よりも多い数で、よく船を知る者が見ると、ローマでは作っていない、より北の国で作られた船が幾つか混じっていることに気がついただろう。
その一部にはビティニアの旗が掲げてあり、船の横にポントスの国章が掲げてあったりした。
どれもローマの同盟国であり、ローマの旗も掲げてあるので、大きな疑問を生むものではなかった。
ただ、提督がミティリーニを落としに行ったという話は流れていて、みな、軍が帰ってきたらお祭りになると予想して、賑わっていたのだった。
いくつかの船が到着したあと、カエサルたちもやっとエフェソスに着いた。
ローマの軍船が戻ってくる風景が珍しいわけではないが、今回はミヌチウス提督がローマの統治に反逆しているミティリーニの街を攻めに行ったと聞いているため、市民の関心も高かった。
特に商売で成立しているエフェソスの商人たちは、最近戦争が減っていたために高くなってきた新鮮な奴隷が入ってくるかだった。
軍船が港に付いてから少しの時間が経過した。
一部の軍役と幕僚以外は解散を命じられたのだろう、多くの兵士たちが港を降りて自由に動きはじめた。
兵士を出迎えたのはエフェソスか近郊に家がある人たちだけだが、市民もあふれていて兵士を快く出迎えていた。
兵士たちは、一部では家族との出会いを喜び、友との再会を笑顔でわかちあっていた。
身よりが特にないカエサルは自慢げに頭に冠をのせて、その仲間たちとともに両手をふりながら船をおりる。
多くの市民は、一人だけ緑色の冠をしている背の高く見目の良い痩身の若者に目がいっていた。
栄誉の冠をつけた若者は誰だ?
彼は何をなしたのだ?
ざわめきの中で得意満面のカエサルたちは人々の中を通り抜けてジグルド邸のほうに脚を向けだした。
主の命令で急遽祝いの席を儲けることになったラナは急いでいた。
カエサルとともに兄ルチャも戻ってくるはずだ。
いままでも争いに巻き込まれたり、自分から争いをつくったりしていたルチャだったが、今回初めての戦争で、しかも潜入という役割を得て、本人は喜んでいたのだが、待つ妹としては不安で仕方なかったのだ。
だけど、大勝したとの話もあるし、無事帰って来ていると信じようとした。そして、帰ってきたときのために、カエサルたちの帰還を祝うのだ。
そう思った時に、入口に何人かの人の気配を感じてふりかえる。
緑の葉を撒いた冠を付けた痩身の若者が立っていた。
そして、その右側には同じように長身の兄が、反対側には大柄な若者と小さくて細い若者がいる。
笑顔で振り返り、駆け寄ろうととしたラナの目に入ってきたのは金髪の美少女で駆け足で痩身の若者に抱き着くところだった。
イレイアは、久しぶりに会えたカエサルの首に抱きついたままだった。
カエサルは笑顔で飛び込んできた少女を優しく受け止めたあと、遅かったじゃない、と文句をいうイレイアの言葉に笑った。
笑った口に優しい少女の唇がのり、何も言えなかった。
長身の鍛え抜かれた身体の若者は上司であり主人でもある若者と少女の抱擁を見ながら、ヤレヤレという表情を見せて肩をすくめながら、笑って自分の妹のほうに歩いてくる。それにあわせて、他の仲間も肩をすくめるしぐさを見せ抱擁する2人を通りすぎた。
ジグルドは本当は一番最初にカエサルに言いたかったが言うタイミングを失い苦笑いをしながら帰ってきた一行全員に、お帰りなさい、と言って奥の部屋に案内した。
予見されていた帰りだったため、ジグルドが皆に振る舞う準備をしていたのだ。
若い使用人たちが一生懸命に準備した料理の数々が並んでいて、帰ってきた一行は、抱擁している2人を置いて席につく。
少し遅れて抱擁していた2人がきて、痩身の若者が笑いながら真ん中中央の席に座った。
ジグルドが、
「戦勝おめでとうございます。カエサル。そしてお帰りなさい。」
と言う。
カエサルはジグルドを見て、改めて抱き着いているイレイアを見て言った。
「ああ、成すべきことを成してきたよ。ただいま。」
それから全員で乾杯をしてお祝いの席となった。
お祝いの席でもイレイアはなかなかカエサルから離れようとしなかったが、カエサルから全員に帰還を祝ってきてほしい、と言われてしぶしぶ他の者のところへ挨拶でまわっていった。
それでもダインやジジなど見慣れた者をねぎらい、カエサルの活躍を聞こうとしたのだが、わざわざイレイアが盃を持ってきてくれたことで大いに感激して感謝されたことで、まんざらでもない気持ちになり、
全員をねぎらいにまわり、その都度、話をし、飲み、食べてその隙間でカエサルたちの活躍を聞いて心地よい気分になっていた。
その間に、ジグルドやラナはカエサルの元にきて、ねぎらいをかける。
「カエサル。改めておめでとうございます。」
「カエサル様、今回も大活躍だったと伺っております。冠までいただいてすごいですね。そして、私の兄に過分な仕事を任せていただきありがとうございました。」
そのような言葉を聞きながらカエサルは、
「こっちこそ突然の願いを聞いてくれてありがとう。ジグルドにはまた相談させてもらうこともたくさんできてきた。そしてラナ、お前の兄は勇敢に戦い大活躍したよ。これはルチャ自身の努力とがんばりであって、任せて良かったとはこちらのセリフだったよ。今後も頼りにしている。」
そう言ったカエサルに、ジグルドはどきどきしながら、ラナはありがたい言葉をもらったとして頭を下げて下がっていった。
その後は、若い者ばかりのため、細かな礼節を気にせずにお祭り騒ぎになった。ジグルドが準備したエフェソス近郊の海産物で作ったスープや小麦でふわっと焼けたパン、ハムと薄く焼いたパンにチーズを載せ手はちみつをかけた甘い菓子を頂きながら葡萄酒やリンゴ酒、レモンジュースなどを口にして皆が幸せをかみしめて口が休む間がないくらいに食べ、喋り、笑う時間を過ごした。
一晩を騒ぎ続けることに費やした一行は、個々の家があるものは帰宅し、宿舎住まいの者は全員ジグルド邸に世話になった。
騒ぎの翌日からは、使用人はいつものように働き、旅から帰った者たちは今日から何をするのかわからないでいたので、カエサルが起きてくるのをゆっくりと待った。
カエサルはイレイアの部屋に泊まっていたのだが、なかなか出てこないでいるのでさすがに遅いと心配したラナがイレイアの部屋を覗いて見ると、2人ともそこにはいなかった。
(少し前にさかのぼる)
痩身の若者は、寒くなってきたこの季節、上に暖かい羽織りものをイレイアに着せて夜遅くに部屋を出て行った。
こっそりと出ていったのは少しジグルド邸から遠くにある灯台だった。
夜遅くには、誰もいないことを確かめて、灯台の上に上がる。
2人は星空を見ながら話をした。
エフェソスの街全体が祝い騒ぎをした夜中、街も静かに眠りについていた。
星空は2人を包み込むように瞬いていた。
「次は私も一緒にいく。」
そういうイレイアの横顔を見ながらカエサルは
「行く場所によるな。あまり安全でないところにイレイアをつれていきたくない。」
カエサルは真面目にイレイアを見る。「じゃあ、あまり遠くにいくことをしないで。」
「約束はできないが、気を付けるよ。遠くに 行ってもできるだけ早くもどってくるようにしよう。
でも、私がアレクサンドリアに行きたい、と言ったらどうする?」
「私もアレクサンドリアにいくわ。あそこは安全そうだものね。」
「ローマに帰る、と言ったら?」
「ローマにいくわ。もちろんカエサル家があるのは知っているけど。」
「そうか、イレイアの気持ちは分かったよ。一緒にいたいと思ってくれてありがとう。」
とやさしく頬をなでながら口づけをした。
それから2人は星を見上げて話をする。
ビティニアで見た星とエフェソスの星とローマの星。
そんなに大きな変化はないがビティニアだと見える星の種類が違っているというカエサルの言葉に、イレイアは、いつかもっと遠くの果てにいってみたいと言った。
カエサルは笑いながら、そうだね。世界の果てを探検してみたいね、と笑う。
ずっとそんな時間が過ぎていくのも悪くないと思った。
そのままくすくす笑いながら2人は灯台守が来ないことをよいことにずっと朝までそこにいた。
エフェソスでの休息。そして、新しいカエサルの仕事は何か




