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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
レスボス島攻略戦
27/142

宴会での武芸演舞

ビティニアに滞在しているカエサル。

目的は友好国同士の交流ではなく、海軍の早期の派遣を勝ち取ること。

しかし、その前途は多難だった。

痩身の若者は、調子に乗っていた。


豊かな宮廷文化を誇るビティニアの王宮で自分の振る舞いを賞賛しつづけられている。

しかも、猫を被ったような振る舞いではなく、カエサル自身は素のままのふるまいが、賞賛されるのだ。

楽しくならないはずがない。

日々を過ごすうちに、カエサルもビティニア式の歓迎と貴族たちの生活に慣れてきた。

初日の華やかな宴が終わったあとも、後は普通の夕食にと言ったニコメデス王の言葉だったが、カエサルたちから見ると他の日の夕食も十分すぎるほど豪華で大きな宴だったのだ。


王は毎日のようにカエサルを「普通の夕食」に呼び、王に近い貴族たちと乾杯し、さまざまな話でもりあがる。

王たちも新しい刺激を求めておりカエサルが家庭教師から仕入れたり旅での経験など多岐にわたる自分の知識を刺激する話に皆が喜んだ。


まずは、美味な黒海産の海産物と香辛料を使った独特の味わいのする食べ物についてはローマでも口にしたことがなかったカエサルの感激したり不思議な顔をする反応を王たちも喜んだ。

もちろん貧乏貴族のカエサル家だから食べたことがないものも多くあったたろうが、ビティニアの貴族たちは若者が感動している様を見て自分たちの料理に喜びを覚えた。


次の日には、ローマの若者が説明するローマの荘厳さを出すためのトーガとそれをオシャレにする方法などは面白いだけではなく皆が喜んでくれた。

そして服装が比較的自由なローマに対して、ビティニアが服装によって人の階位があることを少しだけ恥ずかしく思ったが、ローマの若者が、ビティニアの服装の多様さをあげて褒めることで貴族たちは自分たちの服装を誇らしく思うことができた。


雰囲気になれてきたカエサルは、夜遅くにはエセイオスとザハの報告を聞きながら、ジジとアルバニス、ハナルにも、ニコメディアの街にいき、街の人たちと話をして情報を集めてくるように指示をした。

そしてエセイオスにはエフェソスに戻りミヌチウス総督と、ルチャ、ジグルドにそれぞれ手紙を渡すように指示した。ビティニア王宮もローマの使者が属州と密にやり取りをしていることを知っていたが特にとがめられることもなかった。


夜の諜報活動とは別に午後から夕方の夕食会は続く。

夕食会には、ギリシャの神話にもでてくる料理である大麦とチーズを混ぜた食べ物キュケオーンやオリエント地域で食べられていたピスタチオとレンズ豆、割り小麦に酒を含めたブトㇽットムキシャーヌなど多くの他国料理も出て、目新しさ、話題そして料理自体の味を楽しむことができた。

カエサルはそれらを楽しみながら同席した客たちに、その味の珍しさ、伝説、味の深みを語って見せてさらに拍手喝采を受ける。

さらに次の日、ビティニアの建築芸術に詳しい貴族と建造物や装飾されたローマの美しい色どりのモザイクタイルと、ビティニアのヘレニズム文化を色濃く残し、表情豊かな彫刻などについて褒め称えあう。

カエサルの知識は本や人から聞いたことが多かったのだが、ニコメデス王をはじめ、アテネやロードス島、はてはアレクサンドリアなどの著名な諸都市に行ったことがある貴族もいたため、実際に行ってみて各種の装飾についての感想は面白く、刺激的であり、痩身の若者を楽しませていた。

そして、カエサルが本気で、ビティニアや東方の文化、芸術へ非常に関心しているところを見て、ビティニアの王も貴族も良い気分になることができた。


その次の日からは、古代ギリシャ文学であるホメロスの叙事詩やギリシャの哲学者アリストテレスの著書、エピクロスやアカデメイアなどの思想の潮流について、の話でもりあがる。互いの知識の深さを図りながら、意見交換が高いレベルでおこなわれたことに双方が感銘を受けた。

カエサル自身は、特にアレクサンドロス大王のマケドニア王国が東征する際にもビティニアは独立国として大王にも認められていた話には非常に関心を示した。アレクサンドロスとビティニアのつながりなどを王にも何度も尋ねたりして、ビティニアの王族、貴族の心証を非常によくした。


その後も、さらに若者を取り巻きながらの話ははずみ、ギリシアの幾多の神々、ビティニアの神々、ローマの神々についての話、ギリシアの都市国家ポリスなどを参考にした国家運営の話やビティニアやローマを含む地勢と歴史の話など。カエサルにとっても知的好奇心が刺激されつづけ、話すことが尽きないくらいに幅広い分野での話に至った。

カエサル自身はこの話し合いを楽しんだが、ニコメデス王も、重臣である貴族たちも痩身の若者の知識の深さとそれ以上に知識への欲が強いことに感心した。さらにビティニアという国家に向けた関心の高さ、ローマにない優れた部分を認める素直さ、時おり挟むユーモアに好感以上の気持ちを持つようになった。しかし、多くの人がローマの若者と深い議論を楽しんでいる姿を不愉快に思っている人間もいた。


その宴を冷ややかな目で見ていたのは、自身の見事なプロポーションを見せつけるように身体の特徴が見えやすいタイトな白い上着に、鮮やかな彩りの長いスカートを赤色に染まった帯をまいた若く麗しい長い黒髪の女性だった。

その女性の名はマリシア。ミトリダテス王の第三王妃だった。


マリシアは力のあるマケドニア王家の遠い血縁でもあったため、自分が脆弱な隣国の王に、しかも第三王妃という立場でとつぐこと自体が納得していなかった。

それでもマケドニアの王家の傍系だったため政略的にニコメデス王の元に送られた若い彼女は王との時間をそれなりに過ごしながら、王家とも最初から距離を置いており享楽的に自分専用に若い男たちを囲っていた。

その自分の小さな世界に飽きてきたところに、新しい勢力であるローマの若者が現われて王も貴族も含めて仲良く楽しそうにしている姿をみて不愉快に感じていた。その男をいじめてやろう、ローマの使者をいじめることでミトリダテスと家臣にも自分の存在を見せつけてやろう、と考えていた。

無警戒で楽しんでいる痩身の若者はマリシアにとって、確実に楽しめる生贄にしか見えなかった。


ある日、いつものように宴が進んでいるなかでマリシアはニコメデスに話しかけた。

ローマの若者がきて数日が経過して連日の宴会に少し貴族たちにも飽きが見えてきたころを狙っていた。

ニコメデスⅣ世はマリシアの話に一瞬、怪訝な顔をしたが、あきらめたようなため息をふき、カエサルを見る。そして口を開いた。

「カエサル殿、宴の途中であるが、これは我が妻の一人マリシアである。妻からお願い事があるそうじゃ。話だけでも伺ってもらえるかな?」

カエサルは、笑顔で

「はい、ニコメデス王。お話を伺わせていただきます。美しき王の妻マリシア様。私のできることであればなんでもさせていただきます。」

と言ってマリシアのほうを向く。

その姿は先ほど開けた葡萄酒が回っている状態だった。

全員が夕食の会という名の宴を楽しんでいるなかで、マリシアだけは静かにたっていた。

「ガイウス・ユリウス・カエサル殿。改めまして我が国へのご来訪ありがとうございまする。今日はわらわの願いに応えてもらえないかと思っております。お願いというのは優れた武術を持つローマの強さを我が配下にも見せていただきたい、というものですじゃ。」と言った。

カエサルは、酔っぱらった頭を支えながら立ち上がり、おぼつかない足取りでマリシアの前にいき、恭しく頭を下げた。

「マリシア王妃、お声がけありがとうございます。武勇を示す。そういった機会を頂きありがとうございます。ところで、私はどのようにして、ローマの武術をお見せしたらよろしいでしょうか?」

と素直に聞く。

心配そうにニコメデス王が見ているのが一瞬目にとまったが、カエサルは、マリシアに酒臭い息をふきかけるくらいに近寄り疑問を投げる。


マリシアは、眉間に皺を寄せながら酒のにおいを口でふさぎながら、

「わらわの部下で武術をある程度嗜んでおるものがおる。簡単な手合わせをおねがいできるじゃろうか?」

カエサルは、満面の笑みを見せてマリシアに「わかりました。いつそれを行いますか?」


今度はマリシアが笑う番だった。

「宴の余興として、今ここで、じゃ。」

カエサルは、マリシアを見て、ゆっくりと頷いた。

「宴の余興としては面白いですね。」

いつの間にかその眼は酔っ払いから、いつもの痩身の若者の眼に戻っていた。


話を聞いていた貴族たちも騒然となり、ニコメデス王は何とも言えない表情でカエサルとマリシアを見ている。

少しして、壁の奥のほうを見ると、奥のほうから筋骨隆々の戦士がでてきた。

カエサルはそれを見ながら相手の言葉を待つ。

マリシアは大きな声で言った。

「これなるは、我が軍の兵士、ビティウス。われらビティニア軍の戦士じゃ。」

どこの所属か何の役割かなどは説明せず、マリシアは名前だけを言った。

カエサルは戦士を見ながら、鍛えられた一流の戦士で有ることを感じていた。

マリシアは気にした風もなく、

「それに対するは、偉大なるローマの元老院、元法務官の息子、ガイウス・ユリウス・カエサル殿。彼には、ローマの戦い方を見せてもらうのじゃ。」

マリシアの言いだしは失礼なものではあったが、最初にこちらがOKをしてしまったこともある。カエサルは細かな点は気にせず、明らかに経験値の高そうな実力者であるビティウスにどうやって勝つか、それだけを考えることにした。

30代くらい、経験値が高く、眼は鋭い。鍛え抜かれた筋肉が隆起していていつでも戦える状態を示している。カエサルを簡単に持ち上げることもできそうだった。

これは強敵だ。しかし命がかかっているわけでもない。闘うことを楽しまなくてはいけないな、という普段は表に出ない、闘争心がすこしずつカエサルの身体にわきおこってきた。


ダインとジジがさすがにこれは問題がある、と思い、代わりに自分たちが、と言ってきたが、カエサルは2人を押さえる。そして、ニコメデス王のほうを向き

「もしニコメデス王陛下から許可が頂けるのであれば、私もローマの友邦ビティニアの強さを身体で感じさせていただきましょう。」と言った。

ニコメデス王は、どうしようか思案したあげくに頷く。


それでも、

「武を見せあう会であって、傷つけあう会ではないことを双方気を付けるようにな。」とだけ言った。

そうして、ニコメデス王の許可が出て、マリシアはうれしそうに、侍従たちに言って宴会場の真ん中に大きな演舞のための場所をつくるように指示を出した。


そして、マリシアの気持ちをしらない貴族たちの多くは、友好国同士の武芸会が行われる、という軽い気持ちでこの催しを楽しむことに決める。一部ではカエサルを心配する声もあったが、この刺激的な催しを楽しみたいとする者が多く、問題にはならなかった。

それでも心配性の貴族たちのなかで、女性のつぶやきが聞こえる。

「カエサル殿の相手をするのは、マリシア様の護衛を務める近衛兵のビティウスですか。ビティニアでも最も強い者の1人と聞いていますが、大丈夫なのでしょうか?」

「ローマと争うわけじゃないから大丈夫だろうよ。それよりもカエサル殿が知識だけでなく武芸にも通じていたらすごいな」などと無責任な男の声などが聞こえた。


そんな声を聞きながら、カエサルはどうしようかを思案を続けていた。

せっかくの大きな舞台。


元剣闘士であり自分の武芸の師匠は、

「大きな舞台にあがる時は、慎重に、時に大胆に振る舞え」と言っていた。

そうだ。大胆に振る舞うことが自分だったじゃないか。

せっかくの観客が大勢いる。

どんな結果を出せばよいのだろうか。


ここ数日の宴でニコメデス王や貴族たちとの距離を大きく縮めれている。

ビティニアの顔をたててほどほどに負けるほうが良いのか、

ローマの力を見せるため圧倒的に敵を倒すのがよいのか。

少なくとも一部の王族、貴族からはねたまれているのは確かだ。


酔った頭をしっかりさせながら、カエサルは、敵と闘うためにトーガをたくし上げる。しかし酔っ払った身体でうまくトーガを脱げず、よたついているところをジジとダインに助けられた。

観客の一部はそれを見て笑い、一部は心配そうに見ていた。

「カエサル、酔ってますね。大丈夫ですか?」と心配そうなダイン。

「もちろん大丈夫さ。」と強気の姿勢を崩さない主人は赤い顔で笑って見せた。

奥のほうでマリシアが冷たい残酷そうな目でカエサルを見て笑っているのが見えた。

ビティニア王と貴族に良い印象をあたえてきたカエサル。

しかし、そこで一部の王族からねたまれて演舞をすることになった。

さあ、どう切り抜けるのか?

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