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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
法治国家ローマ
132/142

ローマ髄一の弁護士

当代髄一と言われる弁護士が出てきた。

カエサルは弁論で相手に勝つことができるのだろうか。

ホルタンスが壇上に上がった。

ギリシャ彫刻のような美麗な顔立ちの中年から壮年になりつつある男は銀髪が少し紛れるようになった長い前髪を髪を掻き揚げながら息を吸い、ため息を吐き出すように言う。

「なんという悲しいことでしょうか。なんという悔しいことでしょうか。」

ホルタンスの動きは激しい。一つ一つが何かの芝居を見ているように人の眼をひきつける。ホルタンス自身も聴衆からどのように見られているか十分に理解しているようだった。

「私は心を震わせる。世界の富を集めたローマの中枢にいて、日夜ローマのために働いている年長者への感謝を忘れているのではないでしょうか。内戦を越えてローマの未来を切り開こうとする灰色の疲れた目は、今までの争いでなくなった人たちを称えることでなき疲れはてた後なのだ。

さあ、若者よ語るが良い、我らが敬愛する元執政官殿が、どれ程の愛を君に送り、裏切られ続けてきたのか、そのあたりから知っておくほうう良いでしょう。」

一息ついて周りをみわたしながら、駆け出した美中年は壇の角に駆け出したかと思うとまた反対側に行き法務官を見て、陪審員を見て聴衆たちを見渡しながら笑った。

「さあさあさあ、皆さん耳をしっかり私に集中させていただきたい。今日はあなた方を支えてきたドラベッラという男が、彼に捧げられるべき感謝ではなく、疑いの目を向けられるという残念な記念日です。彼と彼の元で働く人たちは誰のために働いてきたのでしょうか、彼らはローマのために、ローマ市民のために身を粉にして働いてきたのだ。」

「弁護人、少し落ち着いてください。訴訟人への反論をしてもらえますか。」

静かに冷静に言う法務官がホルタンスの独壇場に待ったをかけた。

法務官は優秀だった。ホルタンスの勢いに飲まれずに、まずはやることをやろうと言ったのだ。

カエサルにとっても状況に流されない法務官はありがたかった。


ホルタンスはため息をついて法務官を見た。

しかし、自分の勢いを殺されてもまるでめげることなく、芝居のような話をはじめる。

「わかりました。気持ちを抑えて、ガイウス殿の話を受けいれましょう。正しい情報ではなくても、そういった懸念があるからこそ訴訟を行うことは悪い事ではないと思います。なぜなら、ローマは自由、平等を愛し、属州の人といえども元執政官を訴えることができるのですからな。これほどの自由を行えている国は世界広しといえどもありますまい。そのことを念頭に入れておいていただきたい。」

ホルタンスの反論は反論と言えるほどのものでもなかった。しかし、言葉も多く身振りも大きいため勢い飲み込まれそうになることはわかった。

法務官は冷静に表情も変えずにカエサルのほうを見て言った。

「それでは罪に該当する部分の証拠を示して頂きたいと思います。原告であるガイウス殿、どうぞ。」

「はい、ありがとうございます。」


こうして二人の争いが始まった。


カエサルが明確な理で行こうとするとホルタンスは情を用い、カエサルが情に訴える話をすると、ホルタンスは感情と理屈を合わせた話をしてきた。

それでもドラベッラに対して厳しい視線は続き全体として裁判はカエサルが優位に動いているように思えた。


一日の審議が終わってカエサルたちは事務所に帰る。

厳しい顔つきで事務所まで歩いて行ったカエサルは一緒に歩いてきたのはジジ、プブリヌスと護民官たちだった。

護民官の一人でカエサルの友人でもあるメテイオがカエサルが固い表情を浮かべていることにきづき、声をかける。

「今日は良い出だしを切れたんじゃないかな、カエサル。」

「ああ、悪くないはずだったんだけどね。」とカエサルは答えた。

しかしその顔は浮かない。

「最初のつかみは完璧だったと思うよ。」

他の護民官たちやジジ、プブリウスも頷いた。

「おしゃべりなホルタンスの言葉がかなり人を迷わせもしたけどな。あれがいわゆるギリシャ風の修辞学ってやつか。」とからかい口調で言ったのは陽気な護民官、エステバンだった。

ギリシャ風の華美な修辞学は、ローマの質実剛健な気風に合わない部分もある。しかし、依然として古代ギリシャ文化を信望するローマの高官は多い。独裁官をしたスッラもギリシャ文化を非常に好んでいたのだ。他の多くの元老院議員などにも好まれる傾向にあった。

当代随一の弁護士、ホルテンシウス・ホルタンスはギリシャの中でもアテネに留学し修辞学を修めており、本物の修辞学を修めた者としても人気があったのだ。

それに比べてカエサルは華美な表現を嫌い、シンプル、分かりやすさを追求している分、あっさりとしすぎた感も強かった。

言葉で負けていないとは思いつつも、押されているように感じていたのだ。


カエサル自身も仲間たちと話をしながら振り返ってみてみると悪くはなかった。

しかし、ホルタンスを押すほどの出来でもなかった。

押し切ろうとするところで、当代一と言われる弁護士は、するっと話をそらす感じになるのだ。

さらに気になったのは、ホルタンスが現状を覆そうとするのではなく、ドラベッラを無罪で逃がそうとしているように見えていたのだ。反論して全面的に対峙するのであれば戦いやすいのだが、相手が最初から逃げ腰でいて隙があればバルザルリのように代役を立てて逃げようとしているのは戦いづらかった。


カエサルがその懸念を話す。護民官たちも課題を共有できた。

彼らも全面的な争いに発展しない感じに違和感は感じていたのだ。しかし、まさか元執政官で現在のローマでは最も力があるドラベッラが逃げの一手で来るとは考えていなかった。

「ドラベッラは疑いはあっても法的に無罪になれば、いくらでも立て直しが利く、と考えているんでしょうか。」プブリヌスが周りの護民官たちにそう疑問をなげかけた。

「確かに疑いが濃くても無罪になあればそれが事実としてまかり通るな。」とエステバンも言った。

「そうであれば、早めの勝負が必要ですね。」と言ったのはブラーリオだった。バルザルリの知り合いであったこの中年の護民官は、ドラベッラを追い詰めることに特に執念を感じていた。

「そうだね。逃げの一手をとられる前に証人を早めに出してドラベッラに罪があることを指定すべきかもしれない。」メテイオがブラーリオに同調してカエサルに早めの勝負をするべきと言った。


もっと緻密に、周りを固めてからドラベッラに罪を認めさせる。そういう予定だった。

しかし、ドラベッラに逃げられては元も子もない。

カエサルはその案を真剣に考えることにした。

カエサルたちは、ドラベッラが逃げの一手に来ていると感じ

短期決戦に持って行くことに決定した。

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