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1-1

 かの国の王は、実に傍若無人だった。


 眠りたい時に眠り、食事は好みの物しか手を付けず、常に華やかな装飾品を身に付け、豪勢な城の廊下を横行闊歩する──そんな王の奔放さに呆れる家臣も少なからずいたが、不思議と治世と人心掌握には長け、そのカリスマ性と人懐っこさから、家臣たちで彼の振る舞いに物申す者は現れなかった。

 普段から自堕落な彼だが、特に女にはだらしなく、好みの女子には見境なく手を出していた。貴族だろうが平民だろうが、自国民だろうが他国民だろうが、彼にとっては関係のないことだった。この世の女は全て自分のもの──彼はよくそんなにことを言っていた。

 そしてしまいには、隣国の王女にまで手を出してしまった。彼女には婚約者がおり、王の行動は両国間の対立をもたらした。それはやがて戦争に発展し、ついに王は処刑されることとなった。


「実に愚かなことだ──俺の欲は、こんなことで尽きることなどないのだからな」


 断頭台の上で彼は──俺は、最後まで笑っていた。




「……いや、笑えねぇよ!」


 夢として現れた古の記憶に対し、俺は思わずそんな文句を口にした。その拍子に意識が覚醒し、閉じていた目を開けて飛び起きる。俺の首を拘束する断頭台も、こちらを見上げる群衆も目の前から消え、代わりに目に映ったのはよく見慣れた自分の部屋だった。


 (すめらぎ)旺理(おうり)、15歳。高校に入学したばかりの俺は、今日、突然に前世の記憶を思い出した。どうやら俺の前世は、傍若無人で女にだらしなく、最終的には処刑されて身を滅ぼしたどっかの国の王様らしい。


「……マジか」


 口に出してみるが、内心の動揺はそう簡単に収まらない。マジか……っていうか、え、何?前世?転生?そんなのは流行りのネット小説だけで十分なんだけど……マジで冗談やめてほしい。

 しかも夢に現れたそれを見る限り、彼は救いようのないワガママな王様だったようだ。そんなのが自分の前世だったなんて事実を、昨日までと変わらないごく普通の朝に知らされることになるなんて……目覚め最悪だよ、マジで何だこれ。


 しかし、確かに見た夢は一人称視点だった。傍若無人な振る舞いをしているのは自分で、不思議と自分の周りには人がいて、特に綺麗な女性たちが入れ代わり立ち代わり囲んでいて……さながら、俗に言うハーレム状態だった。実際のところ、ハーレムどころか彼女すらいたことのない俺からしたら異常すぎる光景だったはずなのだが、夢の俺は不思議とそれを受け入れ、楽しんでいた。


 クソ、何なんだマジで……まあ前世の王様も残念だったな。女好きで処刑された彼が転生したのが、女子にモテるわけでもなく、交友関係すら比較的狭いような、平々凡々で根暗眼鏡の俺だなんて。……あぁ、なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。

 まあ、王様の記憶が戻ったところで、今までの生活はそう簡単に変わらないだろう。前世がどうだろうと俺は俺だ。俺は変に目立たず波風立てず、平和な高校生活を送るんだ……!


 洗面台で顔を洗い、眼鏡をかける。夢の中でも、鏡に映りこんだ王の姿を見たが、うん、今鏡に映っているのは夢に出てきた王様の姿などではなく、いつも通りの俺だ。そして、いつも通りの普通の服に、いつも通りの普通の食事。うん、何も変わらない。前世の記憶なんて知らない、知らない……。

 そうだ。今日は休日、どこかへ出かけて気分転換でもしてこよう。きっと新しい環境で疲れてて、変な夢を見てしまっただけだ。そう思い、出かける準備をする。場所は駅前でいいかな、商業施設とか近くにあるし。両親に軽く行き先を伝え、荷物を揃える。そうだ、一応出かける前にもう一回身だしなみチェックをしておくか──


「……」


 鏡の前に立ち、自分の姿を改めて見る。そして──夢で見た王様と比較する。


 ……そりゃ、この見た目で女子にモテるわけないか。


 髪は軽く櫛でとかしてそのままで、長い前髪が目元まで達している。それだけでも野暮ったい感じなのに、さらには大きな眼鏡が存在感を放っていて目元が暗い印象だ。服装だってあまり拘ったことがなくて、地味なパーカーとかジャージに近いものをなんとなく着ているだけで、さらには姿勢も悪いから格好もつかない。


 夢で見た王様の姿を思い出す。男の俺から見ても──少なくとも今の俺よりかは──格好よくて、なんというか、凛々しかったな。


「……こうしたらどうなるかな」


 俺は軽く前髪をいじってみた。確か彼は長い前髪を横わけにして、流れるような柔らかい曲線の隙間からその鋭い目を覗かせていた。後ろ髪も全体的に少しふんわりカール気味で、ボサボサとまではいかないぐらいのちょうどいい塩梅で毛先を遊ばせていた。家には、高校デビューしようと思って買って、結局校則違反になるからという理由で使われることのなかったワックスがあった。それを程よく塗り、見よう見まねで髪をセッティングしてみる。そうしてくると、自然と今の眼鏡もこの髪型に似合わないことに気が付いた。でも、予備も同じ形だから変えようがないし……仕方ない、今日は眼鏡を外して過ごしてみようかな。眼鏡を常用しているとはいえ、かけ始めたのも最近だし、実際まだそこまで視力が悪いわけではなかった。まあ一日ぐらいなんとかなるだろ。

 ここまで来たら服装も変えよう。パーカーも別に悪くはないが、どちらかというともう少し締まった印象を与えるような格好のほうが、夢で見た王様のイメージに近かった。まずは白地のシャツに着替え、それから、以前母さんが「似合うと思って」と買ってきた、薄手で丈の長い、黒のカーディガンを羽織る。お、かなり様になってきた気がする。母さんのセンスもなかなか良いってことか。

 そしたらズボンも変えよう。ダボッとしたジャージ生地のズボンより、黒のデニムの方が気合いそうだ。脚までコーディネートがある程度固まったところで、もう一度鏡を見てみる。


 ……うん、悪くないんじゃないか?


「……って、自画自賛かよ」


 心の呟きに自分でツッコミを入れる。しかし、先ほどの心の呟きも、自然と出てきた感想だった。


 まるで、夢の中に出てきた王様が、自分の身なりを確かめるかのように。


「……いや、んなわけねぇって」


 俺は変な考えを振り払った。そして傍に置いておいたカバンを手に取ると、そのまま家を飛び出した。

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