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08 ディアナは癒しの力を使う

 ディアナは許嫁のジェラルドにわれて踊ることになり、二人でホール中央の方に出ようとする。

 ところがそこで、父親が先ほどいたあたりからどよめきが起こった。

 

 ディアナはハッとして振り返る。


 ――もしかして、お父さまが!?


 ディアナはエスコートしていたジェラルドの手から自分の手を外し、急いでそちらに走っていく。

 ジェラルドは一瞬あっけにとられていたが、すぐにディアナの後を追った。


「申し訳ありません。通してください」

ディアナは人垣をかき分けて、その中心へと入っていく。


 するとやはり、その先に父親が倒れていた。


「お父さま!」


 父親は床に横向きに倒れ、胸のあたりを手で掻きむしるようにして苦しんでいる。

 呼吸が苦しそうな感じだ。

 その横で、どうしていいかわからないでオロオロしている母親。

 

 母親がディアナに気が付くと、すがるように見てきた。

「あぁ、ディアナ。どうしましょう」


「お母さま。きっと大丈夫よ」


 ここまではほぼ夢の通りになってしまったが、夢の通りなら父親はディアナの魔法で助かるのだ。

 そのおかげで、ディアナは冷静でいることが出来た。

 ただし、ここでディアナは癒しの力があると思われないようにふるまわなければいけない。

 

 ディアナは父親の横に腰を落とし、父親の体をさするフリをして容体ようだいを探った。

 これは、治療院で学んだ患部や病状を探る方法を応用したものだ。


 ――この一週間で病人を何人も診てきたけど、これは普通の病気なんかじゃないわ。

  これって、まさか毒?


 ディアナは五日間の教会での治療の練習で、多くの病人やケガ人を診ることができた。

 その患者の中には毒蛇にかまれた人もいたし、エドモンドも魔物の毒にやられていた。

 これが普通の病気なのか、毒なのかを判別できるようになっていたのだ。

 

 ――これって、もしかして暗殺なの?

 

 ディアナは、周りに怪しそうな人がいないか、あるいは蛇などがいないかをサッと素早く見回すが、ざっと見た感じではどちらも見当たらない。

 

 ――それより今は、お父さまを治すことに集中しなきゃ。

  

  まずいわ。毒が強い上に回りが早い。

  控室まで運んでもらっている時間は無さそうだわ。

  今すぐ治さないと、お父さまは死んでしまう。

 

  お父さまの命には代えられない。

  ここで治すしかないわ。


 ディアナは皆が見ている前だが、癒しの力を使うことに決めた。

 しかし、教会で働く癒し手の先輩エミリーから、なるべく光が出ないように魔法を使う方法を教わることができていたのは幸いだった。

 

 ディアナは誰にも聞こえないように小さい声で魔法名を言う。

「解毒」 


 ディアナはエミリーから教わった通り、父に触れて癒しの力を送りんだ。

 その際、一番毒が集中している背中のあたりをさするように見せかけながら手を当てることによって、光が漏れないようにする。

 

 そしてさらに、毒によって損なわれた部分の治療だ。

「治癒」 


 しばらくすると、父親の苦しそうな息づかいや表情が和らいでいき、やがて父親は目を開けて正面にいるディアナを見上げる。


「ディアナか……」

「お父さま。大丈夫ですか?」


「ああ……多分、もう大丈夫だ」

父親はそう言い、母親とディアナが介助しながら体を起こす。


 それでもまだ、すぐに立ち上がるのは難しいのか、母親に支えられながら床の上に座ったままだ。


 するといつの間にか後ろにアロルド王子とアンナも来ていて、ディアナが介抱する様子を見ていたらしい。


「ディアナが聖女の力で治してくれたのね!?」

アンナが周りにいる人々によく聞こえるぐらい大きい声で聞いた。


 アンナは妹が聖女なら鼻が高いと思っていたこともあり、まだ聖女かどうかもわからないのに話を少し盛ってしまったのだ。


 ――あっ。お姉さま。

  ここで言わないで欲しかった。

 「癒し手」ならまだしも「聖女」だなんて。

  せっかく、バレないように工夫してきたのに。


  失敗したわ。

  馬車の中で、嘘でもいいから聖女ではないとはっきり言っておくべきだったわ。

  

 アンナの言葉を聞いた貴族たちが、ざわつきはじめる。

「聖女だって?」

「この数十年間現れなかったのに」

「とうとう聖女が?」


 ――まずいわ。

  私が聖女だという話が広まってしまう。


 そこに、アンナと一緒に来ていたアロルド王子も聞いてくる。

「ディアナは聖女なのか?」


 ――ここは、きっぱり否定しておかないと。


 ディアナは立ち上がって、王子に向き合う。

「いえ。癒しの力は使えますが、聖女ではありません。ただの癒し手ですわ」


「いや。これは教会に行って、ちゃんと見てもらった方がいい。もし聖女なら素晴らしいことだ」

そう言って王子は、ディアナの手を握った。


 王子のディアナを見る目も、先ほどよりもさらに好意的な感じだ。

 明らかにディアナに特別な感情を抱いているように見える。

 

 ――ま、まずいわ。


 その様子を、横から嫉妬深い目で見るジェラルド。


 ディアナはその場にいたたまれなくなり、やっと立ち上がった父親に向かう。

「お父さま。控室で少し休まれてはいかがですか」


「そうだな」


 母親とディアナは父親の横に寄り添って控室の方へ向かおうとするが、アンナも一緒に来ようとしたので、ディアナがそれを止める。

 

「お父さまはもう大丈夫です。私が一緒に行きますから、お姉さまはここにいてください。今日の主役なのですから」


「わかったわ。お父様をお願いね」

「はい」


 ディアナと父親、そして母親は控室に向かうが、後ろでは噂話が広がっていく。

「ディアナ殿が聖女らしいぞ。公爵殿も鼻が高いだろうな」


 ――まずいわ。

  教会に噂が届かなければいいけど。

  お父さまの力なら、その前にこの噂を消してくれるかしら。

  それに殿下は、先ほどの説明では納得してない感じだったわ。

  どうしましょう。



 ディアナと両親たちは控室に戻ってきた。


「お嬢様?」

ソフィアがすぐに寄って来る。


「先ほどお父さまがお倒れになったの。お水を用意して頂戴」


 ソフィアは、公爵が自分で歩いているのを見て助かったのだとわかり、少し安心した顔になる。

 しかし次の瞬間、ディアナが皆の見ている前で癒しの力を使ったのだろうという事を察したのだろう、少し表情が複雑になったようだ。


「はい」


 ディアナはそのまま父親を応接セットのソファに座らせ、父親の横には母親が寄り添う。

 そして、ソフィアが持ってきた水を父親に飲んでもらった。

 

 その間に、他の侍女たちも部屋に入って来る。


 落ち着いたところで、父親の前に座ったディアナが聞いた。

「お父さま。先ほどのあれは毒の症状でした。何かに嚙まれたりしましたか? そうでなければ、まさかと思いますが毒を盛られたとか」


 あの場に蛇などは見当たらなかった。


「まさかそんな、あなた」

母親が心配そうに。


 父親はその時の事を思い出そうとする。

「わからない。直前には何も飲食はしていないが……まてよ、呼吸が苦しくなる前に背中がチクリとした気がする」


 ――物語で読んだことがあるわ。

  きっと、針の先に猛毒を塗って刺すという方法だわ。


「これは、おそらく毒針を使った暗殺です。犯人に心当たりはありませんか?」


 ディアナの言葉を聞いた侍女たちが顔を見合わせた。


「侯爵と話し込んでいて、その時背後にいた者はわからない」

「実行犯はわからなくても、裏で指示していた人物については?」

「私の事をよく思っていない者はいるかもしれないが……」


「とにかく、また襲われるかもしれません。身辺警護を厳重にするべきです」

「そうだな……気を付けることにしよう。しかし、今回は助かった。こうやって生きているのはディアナのおかげだ。よくこのタイミングで癒しの力が使えるようになったものだな」


 ――お姉さまがいない今のうちに、話してしまおうか。


「実は、夢で見たのです……」


 ディアナは夢で見たことをすべて隠さずに伝えた。


「なんと。殿下が聖女になったお前と結婚を?」

「それでお姉さまが、失意のうちに自殺をしてしまうのです。それで、私は聖女候補にならないように立ち回っていました。教会の治療院で偽名で練習したのも、もとはと言えば人目があるところで勝手に力が発動しないようにコントロールできるようにするためでした」

「そういう事だったのか」


 公爵はそこにいた皆を見回す。

「今聞いた事は、絶対に誰にも話さないように。特にアンナには伝わらないように」


 これは妻や、控室に戻って来ていた侍女たちに対してだ。


「かしこまりました」

侍女たち。


「では、少なくとも殿下とアンナが結婚するまでは、聖女の話が出ないように私も何とかしよう」


 ここまではほぼディアナの夢の通りになったのだから、この先もその通りになる可能性が高い。

 しかし、このまま何もしないでいることはできない。

 夢の通りディアナが聖女候補になるにしても、その時期を半年ほど先に延ばすことが出来れば、悲惨な未来は回避できるかもしれないのだ。


「お願いします」

ディアナが頭を下げた。

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