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06 ディアナは舞踏会に行く

 ディアナの五日間にわたる癒しの勉強が終わり、とうとう舞踏会の日がやってきた。

 夕方になり、アルファーノ公爵一家は舞踏会に出席するために馬車で王宮へ向かっているところだ。

 

 その馬車の中には父親の公爵と母親、そして姉のアンナとディアナの四人が乗っている。

 父親と母親はいずれも四十代で、姉のアンナは十九歳だが、アンナはすっかり大人の女性の雰囲気だ。

 そして家族も皆金髪で緑の目だが、この特徴を受け継いでいる者は、アルファーノ家にかかわらずなぜか美形が多い。

 姉のアンナもその例にもれず、容姿はこの国一ではないかと言われるほどの美人だった。

 

 ところで、母親が他家から嫁いで来ているにもかかわらず同じ特徴を持つのは、その家が縁戚だからだ。

 アルファーノ家としてはこの特徴を大事にしていて、わざわざ縁戚から選んだのかもしれない。


 あと、ディアナには兄のオスカルもいるのだが、王宮で騎士団の仕事をしているので今回は屋敷からは一緒には行かない。

 仕事の都合が付けば、あとで会場に顔を出すはずだ。


 そして、その馬車の前後には計六名の護衛の兵士が馬に乗って公爵一家を守っている。

 その兵士たちの制服も今日は正装で豪華なものだった。

 王都内なので、よほどのことが無い限り彼らの出番はないから、彼らを伴っているのは半分は見栄えの為でもある。

 それもあって、道行く女性たちがその馬上の兵士たちの精悍さに頬を赤らめていた。


 さらにその後ろには、それぞれに仕える侍女たちが乗る馬車が続く。

 ディアナたち四人はすでに舞踏会用の衣装で着飾っているが、侍女たちが同行するのは、控室で服を直したり化粧を直したりすることがあるので、その手伝いをするためだ。



 馬車の中で父親がディアナに話しかけてくる。

「ディアナ。最近何かの練習をしているそうだな」


 ――やっぱり、お父さまの耳にも入ったのね?

  何かの、とは言ったけど、もう使用人たちからも直接詳しい話を聞いているかもしれないわ。


「ええ。実は私に癒しの力があるようなので、その練習をしていたのです」


「癒しの力?」

母親が驚いて聞き返し、姉のアンナも注目する。


 父親はある程度の内容は聞いていたのだろう、驚いてはいない。


「聖女なのか?」

父親が聞いた。


 ――やはり、これが聞きたかったのね?

 

「いいえ。単なる癒しの力だけです」


 ――今のところは、だけど。

  私だって自分が本当に聖女なのかはまだわからないから、嘘ではないわよね。


「教会にも足を運んでいるそうだが、確認してもらったのか?」


 教会に行く際には家の馬車を使っているので、当然御者からもそういう情報は執事に上がってると思われる。

 そして、聖女かどうかの最終的な確認や認定は教会の総本山まで行かなければならないが、普通の教会でも簡易的に知る方法があるらしい。

 ディアナには違いがよくわからないが、見る人が見れば癒しの力を発動した時に出る光の色や強さで、ある程度分かるそうだ。


 ディアナの目が泳ぐ。もちろん聖女の適性の確認は初めから拒否している。

 

 ――お父さまはどこまで聞いているのかしら。

  教会の司教様にも会ったのかしら。

  でも、嘘は言いたくないから、はぐらかさないと。

 

「お父さまは、私が聖女だったら良かったと?」


 ――こう言えば、見てもらったけど適性が無かったと勘違いしてくれるかしら。


「それはそうだ。家から聖女が出れば、それは栄誉だからな」


 ――勘違いしたかは、微妙なところね。

  もう少し暗い顔をして演技すれば良かったかしら。


「ディアナが聖女なら、私も鼻が高いのに」

姉のアンナも横から言ってきた。


 ――うーん。

  二人にこう言われると、聖女の適性があるかもしれないと言いたくなってしまうわ。

  でも、もし私が聖女になったらお姉さまの悲惨な未来が待っているから、ここは隠し通さないと。

  

 姉が話しかけてきたのをいいことに、ディアナは話題を変える。

「そういえば、今日はお姉さまたちの婚儀の発表があるのですよね?」

アンナに聞いた。


「そうなのよ。やっと結婚よ」


 成人年齢が十五歳の世界だから、十六、七歳ぐらいで結婚する人が多い。

 アンナはもう十九歳だから、少し遅い方になるので「やっと」という言葉が出たのだろう。


「最初に、その発表をするのですか?」


「ディアナにはまだ言っていなかったな。王宮に着いたら、私たちとアンナは陛下とアロルド殿下の元に行く。そして舞踏会にはアンナは殿下とともに入場し、最初に集まった貴族たちに挨拶することになっている」

父親が今日の段取りを説明した。


 舞踏会が始まる前に今日の主役である王子とアンナが二人で前方に立ち、その後ろに国王夫妻と公爵夫妻が立って皆にお披露目をする形だ。


「どうしましょう。緊張してきたわ」

アンナは、皆の前で何か失敗をしないか心配しているようだ。


 ディアナが隣に座る姉の手を取る。

「お姉さまなら何も心配いらないわ。きっと素晴らしいお披露目会になるわ」


「ありがとう、ディアナ」


「ディアナは会場で一人になってしまうが、友人たちもいるから大丈夫だろう?」

と、父親。


「ええ。私の事はご心配なく」


 母親が微笑みかける。

「次はディアナの番ね? ジェラルドとはどんな感じなの?」


「私たちは……いつも通りというか……」

ディアナは言葉を濁した。


 ディアナはジェラルドに対して、あまりピンとは来ていない。

 容姿は悪くないのだが、恋心は抱いていない。

 だから、年に二回ほどお互いの誕生パーティーに招待されて挨拶をしたり、今日のような舞踏会でちょっと踊るぐらいで、積極的な付き合いなどはしていない状態だ。



 やがて馬車は王宮に到着した。

 宮殿は、外にも内にも金などをふんだんに使っていて豪華な造りだ。

 あたりはもうすぐ夜になるところだが、松明などの光に照らされて、その豪華な外観が一層際立って見えていた。

 

 ディアナたちは玄関前で馬車を降りると、そのまま公爵家の為に用意された控室に案内される。

 

 ちなみに、玄関前まで馬車で来れるのは上級貴族だけだ。

 男爵などの下級貴族たちは、少し前で馬車を降りて歩かなければならない。

 さらに下級貴族たちの控室は、家ごとの個室は用意されずに大部屋になる。

 

 

 控室ではディアナの両親や姉たちが鏡の前で身なりの最終確認をすると、すぐに王様や王子の元へ向かってしまった。


 そして今は、控室にはディアナとソフィアが残っている。

 母や姉の侍女たちは、自分たちの仕事は当分ないので、隣の侍女用の控え部屋でお茶でもしているようだ。


「お嬢様、いかがでしたか?」

二人きりになったところでソフィアがディアナに聞いた。


 ディアナはポケットからメモを取り出して確認する。

「お母さまのドレスや髪飾り、お姉さまのドレスも夢と同じだったわ」

 

 夢を見た日に、ディアナが夢の内容を忘れないように書き留めておいたものだ。

 

 金銭的に余裕のある上級貴族たちは、よほど気に入っているドレスでなければ古いものは着ないので、王宮で年に何回かある宮廷舞踏会のたびに新しいドレスを作るのが普通だ。

 今回、ディアナは母親たちと一緒に仕立てをしていないので、彼女らが今回の為に新調したドレスを見るのは今日が初めてになる。

 

 ちなみに、毎回新しいドレスを新調するのは、贅沢がしたいからというだけではない。

 貴族がドレスを作れば、主要産業の一つでもある服飾関係者にお金が回る。

 綿花栽培農家や時には魔物素材を持ち込む冒険者、生地を織る者、染める者、お針子、ボタンなどを作る職人。こういう仕事は社会の底辺にいる貧しい者がしているので、そこにお金が回るようにするためでもある。

 

 もちろん庶民たちも服は時々買うのだが、貧しいほど古着が多くなる。

 そして、新しく作るにしても貴族のドレスに比べれば使用される布地の量や使う色、針を通す回数なども最低限だ。


「ではやはり、予知夢なのですね?」

「でも、絶対夢の通りに進ませはしないわ」

「はい」


「ソフィア。もし本当にお父さまがお倒れになったら、この部屋に運んでもらいここで治すから、念のために準備だけはしておいてね」


 ここに運び込まれたら父親にはソファに横になってもらうはずなので、その周りの片付けや、ブランケット、タオル、水などの用意だ。


「わかりました」



 やがて舞踏会の開始時間が迫り、係の者が呼びに来てディアナは案内されて一人でダンスホールへと向かう。

 金で装飾された大きく立派な扉が開かれると、ホール内にはすでに下位の貴族たちが集まっていた。

 重大な発表があると事前に知らされていたために、国内の貴族たちがほぼ全員揃っていると思われる。

 皆、夫婦で来ているし成人した子息たちも連れて来ているので、ホールは四百人近い人々が歓談していた。

  

 ホール自体の広さは、その四百人を収容してもまだ余裕があり、天井は吹き抜けになっているのでとても広く感じる。

 壁の白い部分にはバランスよく絵画が飾られ、天井を見れば神話の有名なシーンが描かれた天井画がある。

 柱の装飾やシャンデリアには金がふんだんに使用されていて、とても豪華なホールだ。

 

 ディアナはホールに入ると、まずは友人のアリーチェを探した。

 アリーチェはグラナータ伯爵家のご令嬢で、小さいころから親交がありディアナが信頼をおく友人だ。

 ディアナが入場するのはいつも最後の方なので、普段ならアリーチェの方からディアナを見つけて来てくれる。

  

 ――今日は来ていないのかしら。 


 貴族の当主夫妻は、よほどのことがなければ宮廷舞踏会は欠席できないが、子息や令嬢なら体調が悪ければ来ないのも許される。

 

 ディアナはしばらく目で探していたが、見当たらないので諦めることにした。

 


「皆さま。国王陛下ならびに王族の方々がご入場になられます」


 侍従の言葉に、皆が歓談をやめて赤いカーペットが敷かれた階段の方を注目する。

 二階の王族の控室から降りてくる階段だ。


 ホールは吹き抜けになっており、階段の上までが見渡せる。

 その階段の上にある入口のカーテンが左右に開けられて、まずは王子とアンナが姿を見せた。

 王子は金糸を使った派手な衣装で、アンナも真紅のバラを思わせる豪華なドレスだ。

 そして、王子は他の王族と同様金髪で父譲りの端正な顔立ちだが、母方の遺伝か目の色は灰色だった。


 いつもなら王様とお后様が先頭で降りてくるところだが、今回はアロルド王子が公爵家令嬢のアンナの手を取り先に降りてくる。

 その後に国王夫妻とミラ王女、そしてアルファーノ公爵夫妻の順だ。

 

 もちろん舞踏会に来ている皆は、王子とアンナが先日婚約の儀を済ませたことは噂で聞いているので、その様子を見て、今回はそのお披露目であることは想像がついた。

 拍手がわき起こる。

 

 階段を降りたところは、ホールの床よりも数段高くなった王族用の観覧席があり、王子やアンナ、王様たちはそこに用意された椅子の前に立った。


 すると、王子自らが挨拶を始める。

「皆の者。すでに知っている者が多いとは思うが、この度は私アロルド・ソリアーノとアンナ・アルファーノは婚約の儀を済ませ、半年後に婚儀をとり行う事となった。式の日程は後ほど書面でも伝えるが……」


 王子が皆の前で挨拶や婚儀の日程などを伝え終わると、次は上級貴族たちが王子とアンナ、国王夫妻、公爵夫妻に婚約のお祝いを述べに行く。

 

 ディアナは先日教会で行われた婚約の儀には出席していたので、すでに二人にお祝いの言葉は述べたのだが、ここでも改めてお祝いの言葉を述べにいくことにした。

 こういうものは大抵は位が高い順で行われるので、ディアナは客の中で一番位の高いバルサノ公爵家の次だ。

 どうやら兄のオスカルは、仕事で来ていない様だった。


 ディアナの番が回って来る。

 まずはカーテシーで挨拶だ。

 

「殿下。お姉さま。改めまして、この度はおめでとうございます」


「ありがとう。私たちはもうすぐ家族になる。これからもよろしくな」

と、王子。


「ありがとうディアナ」

アンナも。


 そう言葉を返した二人は、もちろん笑顔だ。


「はい」


 上級貴族たちは挨拶に行くが、この会場で大部分を占める下級貴族たちは、王族に直接挨拶することは許されていない。

 下級貴族たちは、何事も自分の寄り親である上級貴族経由だ。

 そういう制度になったのも、国土が広く貴族たちの数が多いのが原因の一つだ。

 すべての貴族が国王らに挨拶していたら、それだけで数時間かかってしまう。

 

 ちなみに、国土が広いと言っても、このソリアーノ王国は世界で見れば中ぐらいの広さだ。

 隣のコンフォーニ王国はこの国の一・五倍はあるし、北のベルクハイム帝国はこの国の二倍以上の広さがある。

  

 数組の上級貴族たちの挨拶が終わると、下級貴族も含めて全員での乾杯があり、それが終わるとダンスの時間になった。

  

 まずは今日の主役の王子とアンナのダンスだ。

 貴族たちが道を空け、王子がアンナの手を取ってホールの中央に進むと、曲の演奏が始まった。 


 貴族たちは遠巻きに囲んで、二人が踊るのを見守る。

 二人はホールの広さを存分に使って二人だけの空間を作る。

 息の合った流麗なダンスに、そこかしこでため息がもれた。


 アンナが優雅にターンを決める。

 時には王子が支えてアンナを高く持ち上げる。

 すると、見ている人々からどよめきと拍手が起こった。

 

 踊りで相手を上げることは旅芸人などが披露する踊りでしばしば見受けられるが、このような舞踏会のダンスで行われたことは一度も無いはずだ。

 おそらく皆を楽しませる、あるいは驚かすために王子とアンナが予め考えていた演出なのだろう。

  

 二人のダンスが終わって王子とアンナがお互いに対し礼をすると、拍手喝さいだ。

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