05 ディアナは旅の剣士と食事に行く
ディアナたちが教会の敷地の外に出ると、そこで昨日エドモンドに付添っていたもう一人の男性、ファビオも合流してきた。
おそらくファビオは、エドモンドとディアナが二人きりなら、気を利かして姿を見せなかったに違いない。
それで教会の外にいたわけだ。
ところがソフィアも一緒だったので、自分も入った方がいいだろうと判断して合流したのだろう。
エドモンドとディアナが前を歩き、その後ろをファビオとソフィアという形で四人で歩き出す。
「こちらの方に食事ができる店があるようですね」
エドモンドがそう言って、道案内をしていく。
しかし、ディアナはそれほど町に詳しくはない。
治療の期間中は教会で食事が出るし、この辺りを通るときにはいつもは馬車で通りすぎる事が多いからだ。
――そう言われても、この辺りは全然わからないわ。
商業区に近い所だとは思うけど。
ソフィアが何も言わないから、合っているのよね?
庶民のフリをしているのに、町の事を何も知らないなんておかしいから、合わせておきましょう。
「そうですわね」
「食事は、何か苦手なものはありますか?」
「いえ。特には」
「姉上殿はいかがです?」
エドモンドがソフィアにも聞く。
ソフィアは自分が話しかけられるとは思っていなかったのか、すぐには答えられない。
「え? あ……わ、私のことはお気になさらずに……」
その後も四人で歩きながら、ときどき他愛無い会話をするが、ソフィアは微笑んでいるだけで話に乗ってこない。
エドモンドはソフィアの態度や仕草を見て、なんとなく察したようだ。
「姉上殿は、まるであなたの侍女のような所作ですね?」
ディアナに聞いた。
――完全にバレているわね。
「それをおっしゃるなら、ファビオさんもご友人というよりは従者の様に見えますわ」
二人ともお互いの所作や言葉遣い、そして後ろの二人の所作を見て、おそらくお互いに貴族か少なくとも裕福な家の出だろうと思いはじめている。
ファビオはエドモンドに対しタメ口をきいているが、元々仲がいいか、あるいはエドモンドの身分がばれないように旅の間だけ演技をしているのだろう。
しかし、演技しているのはディアナとソフィアも同じだ。
「あはは」
「うふふ」
お互い何か事情があって隠しているのだし根掘り葉掘りは聞かないが、四人とも演技が下手なので笑ったのだ。
後ろにいるファビオは、バレたかというような顔をしているが、ソフィアは恐縮しているように見えた。
実はエドモンドがわざわざ探りを入れたのは、ソフィアは侍女のように見えるが、もし本当の姉ならそれ相応の扱いをしなければならないからだ。
例えば、レストランで食事をするにしても、本当の姉なら上座に座らせるのが礼儀だ。
でも今の会話やソフィアの反応で、どうやら侍女であると確信したようだった。
四人は、店が集まっている通りに入っていく。
「コンフォーニの王都にもいい店は多いですが、こちらの王都もなかなかいい店がありますね」
エドモンドが建ち並んでいる店を見ながら言った。
――と言われても、このあたりの店のことは全然わからないわ。
ちょっと話題をコンフォーニの方へ。
「私はこの国から出たことがありませんが、コンフォーニはどんなところなんですか?」
「高い山や美しい湖などもあり、風光明媚な観光地もたくさんあります」
それに比べ、ソリアーノ王国は平地が多く、それほど高い山が無い。
王都の北側は牧草地になっており、そのさらに北には丘が連なっているが、それだけだ。
今度は王都を南に出ると畑が広がり、その向こうは草原や鬱蒼とした森が広がる。
はるか南まで行けば海があるが、それ以外には特に見るべき場所がなかった。
「それは、一度行ってみたいですわ」
「ぜひ、いらしてください。案内しますよ」
その後も、隣国から来ているにもかかわらず、エドモンドは道に迷うことなくディアナを案内していく。
おそらく事前に下調べをしてあって、この分なら店も予約済みなのだろう。
エドモンドか従者のファビオかはわからないが、人をもてなすのに慣れているのかもしれない。
しかし、途中でソフィアが気が付いた。
「この先に、食事ができる店がありましたか?」
「実はその前に寄りたい店があるんです。ああ、そこです。少々お時間をいただいても?」
エドモンドがソフィアの疑問に答え、次にディアナに聞いた。
エドモンドが少し遠回りをしたと思ったら、宝飾店にディアナを連れてきたのだ。
「あ、はい」
ディアナは断る理由もないし、そう応えた。
四人は宝飾店に入る。
ディアナは貴族街にある宝飾店に行ったことはあるが、商業区にあるこの店に入るのは初めてだ。店に入ると陳列品をざっと見回してみる。
すると、エドモンドがディアナに。
「あなたに、何かプレゼントをしたいのですが」
「え? そんな。治療の事でしたら、あれは仕事ですので」
「私は命を救われたのに、教会に少しぐらいの寄付をするだけでは気が済まないのです」
後ろではファビオがニヤニヤしている。
エドモンドは寄付が少額なのを理由にしているが、本当はディアナにプレゼントをして気を引きたいのが見え見えだからだ。
ソフィアも本当ならニヤニヤぐらいしたいところだが、侍女という立場がそうさせない様だ。
「でも、ここは高価なものばかりを扱っている店のようですわ」
貴族街の店にくらべれば若干値段に幅がありそうだが、いい物も多く置いている様だ。
「あなたは、高価なものをすでにたくさんお持ちかも知れないですから、それに比べれば私からのプレゼントは見劣りしてしまうかもしれませんね」
「いえ。プレゼントは心ですから。送り主の気持ちが大事だと思っています。ですから、値段は気にされなくても……」
「では、受け取ってもらえるのですね?」
――しまった。
プレゼントをもらう方向に話が行ってしまったわ。
「わかりました。せっかくのお気持ちですから。でもあまり高価なものは……」
いつの間にか近くに来ていた店主が、いくつかの宝飾品の候補を高級な布張りのトレイに乗せて用意をしていた。
おそらくエドモンドが前もって来店し、選んでおいたのだろう。
エドモンドはその中から、銀細工に緑の宝石が付いた髪飾りを取る。
実はそれは、ディアナが店主が用意した物を見て、その中で一番長く見ていたものだ。
長く見ていたと言っても二秒ぐらいだが。
「では、これなどいかがですか? 可憐なあなたに似合うと思います」
そう言ってエドモンドは、ディアナの髪にその髪飾りをつけた。
値段はわからないが、高額そうだった。
すると店主がすかさず鏡を持ってきて、ディアナに向ける。
「とてもよくお似合いでございます」
「あ、ありがとうございます」
エドモンドはディアナにそれが似合う事を確認すると即決した。
「では店主。これをもらおう」
「ありがとうございます」
ディアナは過去に許嫁のジェラルドから形ばかりのプレゼントをもらったことがあるが、自分の事を思って選んでくれたとは到底思えない値段が高いだけの適当な物だった。
中年の女性が好きそうな、宝石がやたらと目立つ派手な物だ。
それに比べエドモンドが選んでいたものはどれも繊細で、若いディアナに似合いそうだった。
そしてさらに、今選んだ髪飾りに付いている宝石の色は、ディアナの目の色と同じグリーンだ。
どれも、ちゃんとディアナの事を見て似合いそうなものを選んでくれているし、買ったものはディアナの視線を見てディアナが一番気に入ったのを、あたかも自分が選んだかのようにしてくれた。
そういう気づかいなども完璧だ。
もしこれが許嫁のジェラルドだったら、「これが欲しいのか? 買ってやるよ」などと言ってきそうだ。
それではまるで、ディアナが物欲しげにしていたかのようになってしまう。
あるいは、選ばせたり欲しい物を聞くことはせずに、自分の趣味を押し付けてくるに違いない。
ディアナはますますエドモンドの事が気になってくる。
そして、気になる男性からの初めての贈り物でもあるし、顔を赤らめた。
四人は店を出ると、今度こそは食事が出来る店の方へ向かう。
ところが、先の角を曲がってバルサノ公爵家の家紋が入った馬車がこちらにやってくるのが見えた。
――あっ。あれはバルサノ家の馬車だわ。
こんな所を見られたら、何を言われるか。
ディアナはバルサノ家の次男ジェラルドとは許嫁の間だが、バルサノ家にはあまり良い印象は持っていない。
時々だが、よからぬ噂が聞こえてくるのだ。
例えばバルサノ公爵は、ある男爵に気前よく金を貸したそうなのだが、いざ借金が返済できなくなると男爵の領地の大半を借金の形に取り上げてしまったそうだ。
表向きは筋が通っているのだが、どうも釈然としない。
男爵がその借金の返済が上手くできなくなったのも、バルサノ公爵が裏で手を回したという噂も聞こえてくる。
ディアナはそんな家の人間に、庶民の格好をして男性と連れだって歩いているのを見られるのは、さすがにまずいと思った。
昼間だし別に悪い事をしているのでも何でもないが、変に勘ぐられるかも知れない。
責められることは無いだろうが、嫌味ぐらいは言われるかもしれない。
だから、見られないに越したことは無いと思った。
しかしそれだけではなく、心のどこかで許嫁以外の男性を気になっている自分に後ろめたさを感じた事もあるかもしれない。
ディアナはとっさにエドモンドの陰に隠れた。
エドモンドはすぐに察したようだ。
何も言わずに、馬車が通り過ぎるまでディアナを隠すようにしてくれた。
しかし、目ではその家紋をしっかりチェックしている。
「ごめんなさい。ちょっと嫌な人が通ったものですから」
と、ディアナ。
「大丈夫です」
エドモンドも隣国の公爵家の家紋ぐらいは知っていたのだが、何も聞かなかった。
その後は何もなく、四人はレストランに入る。
やはりエドモンドは予約を入れてあったようで、すぐに個室に案内された。
店は貴族街ではないから高級とまではいかないが、商人たちが利用するような少し高めの、いい雰囲気のレストランだ。
貴族街の高級レストランであれば、服装もそれなりに立派なものを着ていかなければならないので、今の四人にとってはちょうどいいだろう。
それに、商人たちが食事をしながら商談をするために個室もある。
個室に入ると、ディアナはエドモンドに椅子を引かれてすぐに席に座る。
さすがに高級レストランではないので、こういうことは自分たちでやらないといけない。
ファビオが同様にソフィアの椅子を引こうと待つ中、ソフィアがディアナの隣に座るのを戸惑っていた。
「お姉さま? 早くここへ」
ディアナが促したが、ソフィアはまだ躊躇している。
「でも……」
するとエドモンドがソフィアに。
「もうお気づきだと思うが、このファビオは私の従者です。彼は私の芝居に付き合って友人のフリをしてくれています。それも忠義の一つだと私は思うのです。同様に、もしあなたが侍女だったとしても、ここでは主人の意向に沿って姉のフリをするのが忠義だと思いますよ」
「至らず、失礼しました」
ソフィアはそう言ってディアナの横に座った。
――エドモンドは好感が持てるわ。
それに比べジェラルドは……。
許嫁のジェラルドはいかにも貴族の子息という感じで、日ごろから目下の者をぞんざいに扱っているのだ。
ディアナはそれを知っているから、どうしてもエドモンドとジェラルドを比べてしまう。
エドモンドがディアナの前に座り、ファビオもソフィアの前に座る。
するとここで、ファビオが冗談っぽくエドモンドに。
「あれ? 俺は、本当の友人じゃなかったのか?」
エドモンドが、芝居に付き合って友人のフリをしている、と言ったからだ。
本当は友人ではないのに、芝居で友人を演じている、ともとれる。
「もちろん、友人と思っているさ」
「冗談さ。ソフィアさんに肩の力を抜いてもらうためだろ?」
「わかってるなら言うなよ」
ファビオはエドモンドの揚げ足を取ったようだ。
会話の内容から、エドモンドはまじめな性格で、ファビオはちょっとお茶目な性格の様だった。
「お二人は、仲がいいのですね?」
と、ディアナが微笑みながら。
ソフィアも、しぐさは控えめながら笑っているようだ。
ファビオは、これを狙っていたのかもしれない。
「子供のころからこんな感じです」
エドモンドが応えた。
その後は、四人は食事をしながら話が弾んでいく。
ソフィアもファビオに対しては親し気に話し始めた。
「ところで、エドモンド様は旅をされているのですよね? 毒がある魔物に噛まれるなんて、街道から外れたのですか?」
ディアナが聞いた。
王都の近郊は王領だから街道の付近は王の騎士団などが定期的に魔物の駆除をしているので、毒を持っている様な危険な魔物は普通なら出てこない。
出てきても弱い一角ウサギぐらいがせいぜいだ。
一角ウサギなら旅人が遭遇しても大したケガをすることは無いし、普通に剣で駆除しようにもすばしっこいので、駆除されずに放置されていることが多い。
そのまま放置しておいても、食用になるので、そのうち一角ウサギを捕まえるのが得意な誰かが狩ってくれるということもある。
「実は、人を探していたのです」
「人、ですか?」
「厳密に言えばエルフですね」
「まぁ!」
おとぎ話の中にしばしば登場するエルフ。
その姿は美しく、精霊魔法を使い、森を愛するという。
ディアナもそういう本を読むたびに、エルフに会ってみたいという思いは抱くのだが、エルフは遠い国に住んでいるらしく、まだ一度も見たことはなかった。
ディアナが続ける。
「そういえば、本でエルフは森の中を好むと読んだことがありましたわ。それででしたか」
「そうなんです。この王都に来る途中に、エルフが好みそうな少し明るめの森があったので入って探していたら、魔物に遭遇してしまいました。そのエルフはおそらく一人でこの国に住んでいるらしいのですが、お二人は噂を聞かれたことは?」
「残念ながらありません。ソフィアは?」
もう侍女だとバレたようなので、お姉さまとは言わなかった。
三人はソフィアの顔を見るが、彼女も聞いたことが無いようだ。首を横に振る。
「いいえ。私も聞いたことがありません」
「そうでしたか。という事は、少なくともこの王都にはいないと考えた方がよさそうですね……」
エドモンドは少しだけ落胆し、考えをまとめているようだ。
エルフは珍しいから、もし王都に住んでいたら噂ぐらいには耳にするだろう。
エドモンドは、元々人間嫌いと言われているエルフが人間の多い王都で見つかるとは期待はしていなかったのだろうが、それでも噂ぐらいは聞けるのではないかと思っていたようだ。
この先どこを探し、どこで情報を得ようか、などと考えているのだろう。
「でも、そこまでして、なぜエルフを?」
ディアナが聞いた。
「実は、私の父が重い病気で、医者や癒し手にも診せたのですがだめでした。薬草や人間の魔法でだめなら、あとはエルフの精霊魔法に頼ろうと、この国でエルフを見たという噂を頼りに探しに来ているのです」
エルフは精霊魔法が得意とされている。
精霊魔法は、人間が使う魔法とは別の体系があり、それに期待をしているわけだ。
しかし、ほとんどのエルフの国から出ようとしないし、人間が来るのを拒んでいる。
それでエドモンドは噂に聞いて、この国にいるというエルフを探しに来たのだ。
「そうでしたか。しかし、癒し手にも治せない病気ですか……」
「おそらく人間なら、治せるのは聖女ぐらいでしょう。しかし、今はこの国にも我が国にも不在です」
「聖女……」
――ここでもまた聖女の話。
これは神様が私に聖女になれと言われているのかしら。
でも今は……。
「医者が言うには、父の余命はあと一年らしい」
――お姉さまたちの結婚式が済んだら、私がすぐに聖女になって治しに行く手もあるかもしれないわね。
でも、教会で聖女の魔法を勉強してからになると、ギリギリかしら。
「それは、心配ですね。私も、もしそのエルフの噂を聞いたらお知らせします」
「ありがとう。私たちはもうしばらくこの王都を中心に付近の村や森を探していますので、もしわかったら知らせて頂けると助かります。『銀の星』という宿屋に泊まっています」
「はい」