40 ディアナはバルサノ公爵を追い詰める
バルサノが王様にナイフを突きつけて人質に取ったため、騎士たちはバルサノから少し距離を置き、その場を動けないでいる。
もちろん、ディアナたちを始め他の大臣や壁際にいる残りの騎士たちも同様だ。
「まずは、ジェラルドとウーゴを自由にしろ。そして騎士たちは壁際に戻れ。さもなくば、こいつの命は無い」
バルサノが言った。
もうタッソは見限った様だ。
すると、レイナがディアナをチラッと見た。
レイナは魔人とウーゴを結界で抑えているので、ここはディアナに行動してほしいようだ。
――え? 何?
もしかして、私にやれって事?
と言っても……そうか。
魔法弓ね?
ディアナはレイナが望んでいる内容が分かったと思い、小さく頷いた。
しかし、実はレイナがディアナにやってもらいたいと思っていた事はそうではなかった。
バルサノの後ろから騎士がそっと近付こうとしているのを見て、レイナが自分の方にバルサノの意識をひきつけるから、騎士が取り押さえる際にもし王様がケガをしたら、すぐにディアナが回復魔法を掛けてくれという意味だった。
ディアナは魔法弓をまだ実戦で使ったことが無かったので、それにはあまり期待していなかったようだ。
レイナはディアナが頷いたのを確認すると、自分の方にバルサノの気を引くためだろう、バルサノを挑発する。
「この国を手に入れたところで、お前はどうせ皇帝の飼い犬ぐらいが関の山だろう?」
「なんだと!?」
「お前みたいな小心者は、どこに行ってもトップにはなれないさ」
「言わせておけば!」
ディアナは、バルサノがレイナの言葉に怒り出し、周りに対する注意が散漫になった瞬間を狙って、魔法弓を出して間髪を入れず矢を放った。
飛ばす矢は相手が魔物ではないので、無属性魔力の矢だ。
無属性魔力の矢は、通常でも本物の矢と同じぐらいの殺傷能力があるし、さらに魔力を操ればそれ以上の攻撃もできる。
しかし今はバルサノの近くに王様がいるので、威力としては今回はバルサノが持っているナイフをどうにかできればいい。
魔法弓は術者の意思で矢のコントロールも効くので、その矢は正確にバルサノのナイフを持っていた手首に突き刺さった。
「グワッ!」
バルサノは手に持っていたナイフを落とす。
そのすきに、王様がバルサノのそばを離れた。
「終ね?」
と、ディアナ。
「くそ!」
バルサノはそう言って、傷を負った手を押さえながら謁見室の後ろにあるドアに向かって走り出した。
騎士たちも取り押さえようとするが、少し距離があるので間に合いそうもない。
「そうはさせないわ」
ディアナは逃げるバルサノの前に魔法の盾を出現させる。
するとバルサノは、それにぶつかって後ろに倒れ込んだ。
ディアナはさらに、魔法の盾でバルサノが起き上がれないように上から押さえつける。
そしてディアナはバルサノに近づくと、床でもがいているバルサノの頭を踏みつけた。
「今度こそ終わりよ」
――これでやっと借りが返せたわ。
なんか、バルサノの頭を踏みつけたらスカッとしたわね。
「お嬢様」
ソフィアが声を掛けた。
父親や王様が見ている前で、あまりにも淑女らしくない行為だからだ。
――し、しまった。
「ごめんあそばせ。オホホ」
ディアナは足をバルサノの頭からすぐに離して皆の方をそっと見たが、もう遅い。
父のアルファーノ公爵は、首を横に振ってため息をついている。
兄のオスカルは口が開いたままだ。
エドモンドは、こういうディアナも魅力的だと思っているような顔だった。
王様が騎士とともにディアナとバルサノの所にやってくる。
「ディアナ。素晴らしい働きであった」
「恐れ入ります」
次に王様は、まだ床でもがいているバルサノを見る。
「バルサノよ。なぜだ」
しかし、バルサノは答える気はなさそうだ。
「残念だ。バルサノどもを牢屋へ」
王様が騎士に命令した。
「はっ」
ディアナは魔法の盾を解除し、騎士たちはバルサノやジェラルド、タッソたちを牢屋へ連行していく。
ウーゴは闇魔法を使うといけないので、レイナが魔法で眠らせているうちに運び出された。
「レイナさん、うまくできたわ」
と、ディアナ。
「そうだな。よくやった。魔法弓も上達したな」
「あれ?」
――なんかレイナさんの反応が微妙だわ。
「大丈夫だ。結果が良ければ、すべて良しだ」
もしうまくコントロールが出来なかったら、矢が王様に当たっていた可能性もあるからだろう。
バルサノたちはすべて連行されて、あとは魔人の扱いだ。
「残るはこの魔人についてだが。先程吐かせたところによると、この魔人は帝国で捕まり、命を助けてもらう代わりに皇帝に従ったようだな」
レイナが言った。
「それなら、帝国との取引材料にでも使いますか?」
と、オスカル。
「どうせ白を切られるのがオチだろう」
アルファーノ公爵が言った。
「では、とりあえず牢屋に入れておきますか?」
王様がレイナに聞いた。
「いや、結界を張ったような牢屋でないと、こいつは脱獄してしまうだろう」
魔人を投獄して生かしておいても扱いに困るだけだ。
魔法も使えるし力も強いから、いずれ脱獄して再び帝国の手先となって魔物を率いて周辺の国を襲うだろう。
「では……」
と、王様がレイナを見る。
レイナが頷く。
「この魔人は、このまま消えてもらおうか」
「ま、待て! 全てを喋れば助けてくれるんじゃなかったのか!?」
魔人は命が惜しいようだ。
魔人は他の魔物に比べて知恵が回る分、自分の命も惜しくなるし保身にも走る。
だから先ほど、聖女がいるとわかって戦場から逃げ出したのだ。
「助けるとは約束していない。私は、考えてもいいと言っただけだ」
レイナはそう言うと、何かの呪文を唱えた。
すると、魔人を囲っていた球状の結界が小さくなっていく。
「この、糞エルフ!」
レイナは一瞬イラッとしたようだが、魔法の行使を止めることはなかった。
魔人を囲っていた結界がどんどん縮んでいき、最後には魔人を消滅させてしまった。
――これですべて終わったのね?
ディアナが命を狙われた理由も、父の公爵が狙われた理由もわかった。
帝国の方は今はどうにもできないが、しばらくはもうソリアーノやコンフォーニに手を出してくることは無いだろう。
ここでディアナはレイナに先ほどの疑問を聞いてみる。
「ところで、さっきレイナさんはどこから出てきたの?」
「ああ。実はな。あの隠れ家からこの王宮につながる秘密通路があるんだ」
「え?」
「私がここの王妃をやっていたころ、旦那とよく王宮を抜け出して町に遊びにいったものさ」
「そのための隠れ家だったのね?」
レイナは頷いて続ける。
「そのあと、この王宮は改築されたから、通路がまだ通れるかどうかわからなかったがな」
ディアナは、レイナが魔人を連れてよく衛兵に止められないでここまでこれたと思っていたが、ここまで秘密通路を通ってきたわけだ。
レイナの旦那だった当時の国王が寿命で亡くなると、レイナは一人で森に移り住んだ。
その後、前国王の時代に王宮は大改築され、今のように贅沢な造りになった。
その時にこの謁見室や、レイナたちが使っていた寝室などは基本的な造りは変えずに装飾のみを豪華に改装されたために、地下の秘密通路は発見されないで残っていた。
ちなみに、その時の増築と改装費用が莫大な金額だったために、王家の台所は火の車となった。
そして、その時に資金援助をしたバルサノ侯爵家は公爵家となり、台頭を許したわけだ。
バルサノ公爵が、どうして帝国の手先になったのかという理由などは、後で尋問を受けることになるだろう。
「ひいお婆様、その秘密の通路を私にも教えてください」
と、王様。
レイナは「ひいお婆様」と呼ばれて一瞬イラッとしたようだ。
本人は歳を気にしているので、その年寄りを連想させる「婆」が気に入らない。
そのうち「王太后」などの呼び方に統一させるかもしれないが、今の所は呼び方を決めていないからしょうがない。
「まあ、悪いことに使わなければ教えてやらないでもないが」
「悪いことなんて滅相もない。町を見に行くだけです」
しかし、レイナのスイッチが入ったようだ。
「王国は庶民がいて初めて成り立っているのを分かっているか?」
「は、はい」
「町を見るだけでなく、庶民の生活をよく見ろ。そして、もっと庶民を大切にするんだ。日々の生活にも困窮している者だっているんだぞ」
「はい」
「そもそも、今回帝国がつけ入るスキを作ったのは、お前やお前の父親の金遣いが荒かったからだが、今後は無駄遣いを改めるんだ」
「はい」
「忘れるなよ」
「はい、決して」
王様はレイナに叱られて小さくなっている。
すると、そこにアロルド王子が入って来た。
「やっと悪者が処罰されたんだね?」
そう言いながら、ディアナの方にやって来る。
「あー、ディアナ。今日の君は、いつもにも増してなんて魅力的なんだい」
「え?」
「その精悍さは、まるで戦いの女神の様だ」
ディアナがかっこいい革鎧を着ているのを見て言ったようだ。
「殿下。褒める相手が違いますよ」
「アンナの事かい? 彼女はここにはいないし」
「あいにく私は、コンフォーニのエドモンド殿下と婚約しました」
そう言うと、エドモンドがディアナの横に来て肩を抱く。
「なんだって? この私を置いて……」
するとそこに、姉のアンナが入って来る。
「アロルド。女神が何ですって? 妹にちょっかい出さないでちょうだい。さあ、あなたはこっちよ」
そう言って王子の耳をつかんで引っ張り、ディアナから引き離した。
「アンナ痛いよ。私が悪かったから許しておくれ。本当は君の方が大好きなんだ。でも、できれば二人ともお嫁さんに……」
「バカな事を言ってないの!」
――なーんだ。
お姉様ったら、もう殿下の手綱を引いているじゃない。
心配して損したかも。
という事はやっぱりあの夢は、途中からオルゴールによって掛けられた呪いのせいで、歪んでいたのね?
私がもしあのまま聖女になっても、お姉様は王子の手綱を引いて、自殺はしなかったにちがいないわ。
アルファーノ公爵は、自分の娘が二人ともおてんばなので、ため息をついていた。
「ああ。二人は誰に似たんだろうか。もしや?」
そう言いながらレイナの方を見る。
レイナはそう言われて、明後日の方を向いた。
どうやら、少しは自覚があるようだ。
「まあ、アロルドはこの通りだらしがないところがあるから、アンナの様な嫁さんでちょうどよかった」
と、王様。
「恐れ入ります」
アルファーノ公爵が恐縮して言った。
五ヶ月後。
予定通りの日程で、無事にアロルド王子とアンナは結婚式を挙げたのだった。
結婚後は予想通り、アンナが王子を尻に敷いているようだ。
王子もアンナが好きなので、それでうまく行っているらしい。
バルサノの処分はというと。
バルサノ元公爵は処刑され、命令されたとは言え直接悪事を働いたタッソとその部下は鉱山送りにされた。
鉱山で鉱夫として、他の犯罪者とともに無給で重労働をさせられるわけだ。
公爵以外のバルサノ家の面々は、爵位をはく奪されて一般市民になった。
ジェラルドは威張る以外には取柄は無かったので、相当苦労している様だ。
王妃もバルサノ家の出身だが、バルサノの一族と縁を切ることを誓約することによって、処罰は免れた。
そして、バルサノ家の領地や財産は王家に没収され、これで長年の王家の財政問題も収まったのだった。
それに加えてレイナに叱られたリベルト王は浪費を改めるようになり、それらによって国庫が潤ってきた分税金を下げたそうだ。
それからは、民から「賢王」と呼ばれるようになったとか、ならないとか。
この後はコンフォーニで続けて結婚式が行われる予定だ。
まずはレオポルド二世とレイナの再婚。
そして少し時期をずらしてエドモンドとディアナ、ファビオとソフィアの結婚式も予定されている。
そのディアナは、教会の本山で正式に聖女と認められた。
しかし、教会の本山にあった聖女魔法の教科書は、すでにレイナから教えてもらったものばかりだったので、すぐにコンフォーニへ戻った。
そして今は大聖女になるべく、レイナの元で修行を積んでいる。
おわり
(第二部「ディアナ大聖女編」に続く……かも)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし気が向けば、続きを書くかも知れません。




