39 ディアナは真実を知る
バルサノ公爵がすべてを金で解決することを提案した。
そもそも法律がそれほど整備されていない世界なので、殺人罪や傷害罪は有っても殺人未遂罪なんていう罪は無いから、このままではバルサノを裁くのは難しい。
このような封建社会では王様=法律という面が大きいから、それでアルファーノ公爵たちも今回の魔物との戦いの勝利の報酬として、バルサノになんらかの処罰を望んでいたわけだ。
しかし、王家の誰かが犠牲になっていれば別だが、王様から見れば今回は結局アルファーノ家とバルサノ家の紛争の仲裁になる。
バルサノ公爵がアルファーノ家に慰謝料を払うと提案したこともあり、王様はアルファーノ家さえよければそれで解決するのもいいのではないかと思った様だ。
もちろん、バルサノ公爵から台所事情が厳しい王家に対しても、今回の迷惑料という上納金が入ることも一因ではありそうだ。
殺されそうになった当のディアナやアルファーノ公爵の腹の虫はそれでは収まらないのだが、金で解決という方向に向かいそうな雰囲気になっていた。
ところがそこに、横の方から声がかかった。
「ちょっといいかな?」
そこにいる皆が声の方を注目すると、謁見室の数本立っている太い柱の陰からレイナが現れた。
騎士団総長のオスカルは、先程戦場で彼女がディアナたちと一緒にいるのを見ているので、警護の騎士たちが警戒して動き出すのを手で合図して止める。
――あっ。レイナさん。
「無事で良かったわ。でも、いつの間に?」
ディアナが聞いた。
レイナが出てきた近くには扉は見当たらない。
いつからそこにいたのか、前からいたのか、今来たのかよくわからない。
ディアナが不思議に思っていると、レイナがウインクをした。
その疑問に答えるのは後で、という事だろう。
ところがもっと驚いたことに、レイナは縄の様な物で縛られた魔人を引きずってきたのだ。
普通の縄ではないようで、エルフ製の魔法が掛かった縄かも知れない。
その引きずられている魔人は、今は気を失っている様だった。
「魔人を捕まえたのね?」
ディアナが続けて聞いた。
――でも、ひとりで魔人を捕まえてしまうなんて、さすがだわ。
そこにいた王様達も、その女性がディアナたちの知り合いらしいことは察したようだが、それよりも鬼のような形相の魔人があまりにも衝撃的で、レイナがエルフであることや、どうやって部屋に入ってきたのかという疑問からは気が逸れてしまったようだった。
「まさか、それが魔人なのか!?」
初めて魔人を見た王様が驚いて聞いた。
「そう。こいつが、今回の魔物たちを統率していたやつだ」
レイナが答えた。
しかし、魔人を見たバルサノ公爵の挙動が明らかにおかしくなった。
そわそわし始めたのだ。
「そ、それは、死んでいるのか?」
バルサノ公爵がレイナに聞いた。
「いや。気を失っているだけだ」
「では、すぐに息の根を止めるべきだ」
「焦るでない」
「なんだと?」
「この魔人は人間の言葉を話せる。色々と面白い話が聞けるに違いない」
レイナはそう言ってニヤリとする。
おそらくレイナは、ここに連れてくる前に魔人の口を割らせて、ある程度のことを聞き出しているに違いない。
それで、王様の前でしゃべらせるために生かして連れてきたのだろう。
もちろん精霊から、ここにディアナたちがいることを聞いて。
レイナは魔法で気を失っている魔人を起こし、すぐに魔力を遮断する特別な結界で包んだ。
拘束しているので魔人は動けずにいるし、特別な結界の中なので、もし魔人が魔法を使っても結界の外には影響を及ぼせない。
「騎士団! 魔人を殺せ!」
バルサノ公爵が謁見室の壁際に並んでいる騎士団に命じて、魔人を殺させようとした。
しかし、オスカルがそれを止める。
「待て。魔人の話を聞いてみようではないか」
オスカルは騎士団総長になったのだから、すべての騎士団に対する命令権限が有る。
騎士団に対しては、バルサノ公爵よりも権限は上だ。
よって、騎士団たちはオスカルの命に従って元の配置に戻った。
バルサノ公爵が今回の魔物戦にオスカルも出陣させて亡き者にするために、王様に総長するように進言したわけだから、皮肉なことだ。
「そ、それなら、私はこれで失礼を」
バルサノ公爵は急いでこの場を離れようとする。
「待て。どこに行こうというのだ?」
王様がバルサノ公爵を止めた。
すると魔人が目を覚まし、あたりを見回す。
「ここはどこだ? ん? そこにいるのはバルサノか?」
「陛下、早くこいつを始末しましょう。危険です」
と、バルサノ公爵。
騎士団総長の命令を覆すことができるのは、国王しかいない。
「なぜ魔人はそなたの名前を知っている?」
「そ、それは……」
「バルサノ。俺を始末しろなんて、後で覚えていろよ。そもそも今回負けてしまったのは、お前が聖女を始末しそこねたからだろう。そのせいで戦場に聖女があらわれて、手下の魔物が全滅してしまったではないか」
魔人が言った。
魔人はすでにレイナに洗いざらい喋っていて、今更隠すつもりはないようだ。
そしてこの証言を王様たちを始め皆に聞かせたくて、レイナはここに連れてきたのだろう。
――まさか、それで私が殺されそうになったの?
なんで私の命を狙うのかと思っていたけど。
つまりディアナの暗殺は、今回の魔物の侵攻で聖女がいると邪魔なので仕掛けたことだったわけだ。
おそらく、ディアナが今回の戦で聖属性魔法を発動する場面だけを誰かが予知能力で見たのだろう。
だから、その場にいなかったレイナの事まではわからなかったに違いない。
そしてバルサノは、ディアナの暗殺には失敗したが、聖女になることはオルゴールの呪いで阻止できたはずなので、安心していたはずだ。
「なんの話か分からん」
バルサノ公爵が白を切った。
「今回の敗北は俺のせいではないぞ。もし皇帝の前で釈明する機会があればそう言うからな。覚悟しておけよ」
「ま、待て……」
バルサノ公爵は冷や汗をかいているようだ。
「皇帝だと?」
王様が聞き返した。
「そう。今回の騒動の背後には帝国がいる」
と、レイナ。
――やはりレイナさんが予想していた通り、魔人は帝国と関係があったのね?
そして、話からするとバルサノも?
「ということは、まさかバルサノは」
そう言って王様がバルサノを見る。
「その通り。まずはこの魔人が魔物を操ってソリアーノ王国を攻撃し、ソリアーノが疲弊したところで帝国が攻めてくる事になっていたそうだ。そして、帝国の侵攻開始に合わせてバルサノがアルファーノ家などの邪魔な勢力を背後から襲う。帝国がこの国を占領した後は、バルサノがこの属国になったソリアーノの王を任されるはずだった。そうだな?」
「まあ、そういう事だ」
魔人が応えた。
今の話を聞いて騎士の二人が、念の為にバルサノが逃げられないように謁見室の後方にある扉とバルサノの間に立って退路を塞いだ。
しかし、バルサノはまだ否定しているし、武器も所持していない文官という事もあり、捕まえるのは王様の指示を受けてからになるだろう。
――そういうことだったのね?
「ジェラルドが言っていたバルサノ公爵に命令していた「さる方」というのは帝国の皇帝の事だったのね? 皇帝が何らかの方法で私が聖女になることを知って、それでバルサノ公爵に妨害させたんだわ」
と、ディアナ。
「そうだったのか」
ジェラルドは、ディアナの言葉を聞いてやっと全体が分かったようだ。
おそらくバルサノ公爵も始めはディアナがジェラルドの許嫁だから、ジェラルドを通して自分側に取り込めればいいと思っていたのかもしれない。
しかし万が一のために呪いを掛けたオルゴールをミラ王女経由で渡して、事が終わるまでは聖女にならないようにしようとしたのだろう。
ところが、ジェラルドがディアナをバルサノ家側に取り込めそうもない。
そうしているうちに帝国のソリアーノへ侵攻する期日が近づき、皇帝から催促されたこともあり、ディアナを殺すことに決めたわけだ。
今回は偶然ディアナが王子やジェラルドに対して無礼な態度を取ったことを理由に修道院へ送るようにして途中で襲わせたが、もしそれがなかったとしても、何らかの言いがかりを付けて拘束するか、あるいは闇討ちで暗殺しようとしたに違いない。
「バルサノ、もうあきらめろ。帝国も、今回無傷で済んだソリアーノとコンフォーニが手を組めば、攻めるのは難しくなる。助けは期待しない方がいいぞ」
と、レイナ。
「でたらめだ。皆嘘ばかりつきおって。陛下、あのような者たちを信用してはなりません」
バルサノ公爵が王様にそう言って、次にレイナを指差す。
「そもそも、こいつは何者だ」
「そういえば、そなたは?」
王様が聞いた。
レイナがため息をつく。
「できれば正体を隠したままにしたかったがしょうがない。リベルト、私を忘れたのか? レイナだ。お前がまだ十歳の時に会ったのが最後だったが」
リベルトとは、王様の名前だ。
王様が大きく目を見開く。
「ま、まさか。大お婆様?」
そして玉座から立ち上がり、高くなったところから降りてくる。
「やはりそうでしたか」
と、アルファーノ公爵。
「それって……?」
ディアナが父親の顔を見る。
「私の曾祖母でもある。つまりディアナから見れば、お爺さんのお婆さんだな」
アルファーノ家は王家の分家だ。
二代前の公爵が王の弟で、その時に臣下に下って苗字も変えた。
その二代前の公爵と王がレイナの息子だったわけだ。
王家や分家のアルファーノ家に金髪で緑の目が多いのもそれが理由だ。
「それじゃあ、私のひいひいお婆さんなの!?」
「だから、『お婆さん』と言うなと言っただろ」
と、レイナがちょっと不満気味に。
レイナはディアナに森の小屋にいる時にそう念を押していたが、それは年齢の故だけではなく、いつか自分との関係を話したときに、お婆さんと呼ばれないように釘を刺しておいたという意味もあったようだ。
自分が「ひいひいお婆様」とか「大お婆様」と呼ばれたくなかったので、ディアナには自分との関係をずっと黙っていに違いない。
――レイナさんは初めて会った時に、私にエルフの血が流れていると断言していたけど、そういう事だったのね?
大おばあちゃん。
ディアナは声に出すとレイナに怒られるので、心の中で言った。
「あ、ごめん。お義母様」
「そう。それでいい」
さらに、転移魔法陣でやってきたレイナの父親がディアナに注目したのも、自分と血がつながっているのが分かったからだった。
しかし、遺伝は人間側の方が強く、エルフの耳と長い寿命を持った子孫は王家にも公爵家にも生まれていない。
ただ、ディアナに聖女の素質が現れたのは、レイナの子孫だったからかもしれない。
そして実は、レイナは元々エルフ国のお姫様だ。
だから大精霊マクスウェルも事があれば守護していたし、その子孫でもあるディアナのところにも現れたわけだ。
さて。中世世界では親や先祖は絶対的な存在だ。
だから国王もレイナの意向には逆らえない。
なので、魔人の証言しか裏切りの証拠がなくても、このままバルサノ公爵が断罪されるかと思われた。
「ウーゴ!」
バルサノ公爵が呼ぶと奥の扉から一人の男性が入ってきた。
――あっ、あの顔。あれはオルゴールに呪いを掛けた魔法使いだわ。
呪いが掛けられるということは闇魔法が使えるのよね?
ディアナがレイナに、それを知らせようとする。
「レイナさん、彼は……」
「ああ、分かっている」
レイナも気がついたようだ。
するとウーゴと呼ばれた男が魔法を使おうとしたようだが、魔法が発動するギリギリのタイミングでレイナがウーゴを結界で包んだ。
魔人を包んでいるものと同様の、魔法や攻撃を遮断する結界だ。
ウーゴはあっけなく何も出来ずに拘束された。
――何をしようとしたのかはわからないけど助かったのね。
もし昨日、オルゴールに掛けられた呪いを解析していなければ、この男が闇魔法の使い手だとは気づかずに対処が遅れ、魔法でディアナたちはやられていたかも知れない。
「ウーゴ! クソッ!」
バルサノは切り札を失って、この後どうすべきか思い巡らしている様だ。
「もう終わりだ。観念しろ!」
レイナが言った。
王様が騎士たちに合図し、騎士たちがバルサノを取り押さえようと動き出す。
ところがここで、バルサノが最後の賭けに出た。
バルサノが玉座から下に降りてきていた王様にすばやく近寄り、どかこに隠し持っていたナイフを出して王様に突きつける。
「こいつの命が惜しければ、近寄るな!」
右手でナイフを突きつけ、左手は王様の腕を掴んで逃げられないようにしている。
バルサノを取り押さえようとしていた騎士たちが、少し後ろに戻り距離を取った。
「父上! 何という事を!」
いくらアホのジェラルドでも、これが大罪でもう後戻りできない事はわかる。
今までは魔人の証言でしかなかったが、これではもう言い逃れは出来ない。
この後父親がどうするつもりかわからないが、バルサノ家は全員処刑になる可能性が高いことぐらい想像がつく。
「まだ望みはある!」
バルサノがジェラルドに言った。
しかし、単にこの場を逃げるだけでは望みは無いだろう。
もしこの国を逃れて帝国に行ったとしても、帝国の皇帝も失敗して逃げて来たバルサノを生かしておくかどうかはわからない。
あとは自分の領地に戻って今兵を起こすのは、兵士の数から言って無謀だ。
それに、帝国が攻めてくるのはもう少し後の予定だったので、内部から戦いを起こす為の準備はこれからだった。
もし戦うことになったとしても、今回の魔物戦でソリアーノの国軍がほとんど無傷の状態では、帝国が助けに来てくれる可能性は低い。
望みがあるとすれば、このまま国王を人質に取って王国を乗っ取り、帝国に差し出すぐらいしか残されていないはずだ。




